第一章 ハルのぬいぐるみ
「いい加減にしなさい春子!」
きっかけは、ひょんなことだった。食事のマナー。「ひじをつかないで」なんていわれて。ついてなかったから、「ついてません」っていった。だけど、「うそをつかないで!」って怒られちゃった。譲るわけにはいかないから、水掛け論になったのだけど、やっぱり間違いだったみたいね。今日はイブなのに。
「今年は、プレゼントもらえないかもね」
「…………」
去年のクリスマスプレゼント。かわいくないブタのぬいぐるみ。でも、今は大切な人生のパートナーだ。このこになら、何でも打ち明けられる。
「ねぇ、ピク。ピクはどう思う?」
「うーん。せやなぁ。やっぱ、譲ったらアカンことってあると思うんよ」
「うんうん。ってええ!ピクって男だったの?」
「驚くとこちゃうやろ」
「ああ! ピクが喋った!」
「そうそう。そのリアクションや。ワイが期待してたのは。ったく、一ヶ月間暇だったで」
「一ヶ月?」
「せや。この間まで、猫のキトとか言うのが、いたやろ? ずーっとあいつと話してたんやけど、こないだコロッと逝ってもたからな」
「……キト」
「あーすまへんすまへん」
はぁ。まさか、ピクが喋れるなんてね。ホント驚いちゃった。こういうのって小説とか、少女マンガとかにありがちよね。ってことは、私は、物語の主人公? なんちゃって。
「ううん。いいの。だけど、ピク。どうして、あなたは喋れるの?」
「うーん。せやな、まぁ、理論で喋れるものやないやろな。強いて言うなら、なんとなくや」
「ふうん」
なんか、納得しないわね。でも、いいわ。だって、悩みに答えてくれるなんて、最高じゃない?
「なぁ。ハル、ちょっと、外でぇへんか?」
「え? どうして?」
「ワシからのプレゼントや」
「え? なになに」
「うーん。お楽しみってことで」
「じゃ、外にレッツゴー」
「ほな、先行ってるさかい、その格好なんとかしろや?」
その格好……?ってええええええ! シャツ着てないじゃん! ブラとパンツだけじゃん! なんつーエロい格好。もう。ピクに感情があるってわかってたらなぁ。超ハズカしい。そういえば、前に、風呂上りの状態で、抱きしめたことあったっけ。ああ、もうやだ。自分で、顔が赤くなるのがわかる。
「ああ、そうだ。プレゼント、プレゼント」
そういって、ベッドのしたに放り投げておいた、ホームウェアを着て、外にでた。
「おお。ハル。見てみい」
目の前には、雪が降って、地面には、
Happy birthday Haruko 16歳の誕生日おめでとう。
「わぁ……」
そこに、広がっていたのは、なんとも幻想的な光景だった。雪で、もやけた明かりに包まれた、文字と……林?
「ねぇ、ピク。ここにこんな林、あったけ?」
「ん?んなもん、知らんわ。なんせワイは初めて外にでたんやから」
「そっか、そうだよね」
「それより、どや? ワイのプレゼントは」
「うん。ありがとう、最高の誕生日だよ」
「せやろ。あ、そや。さっき、言い忘れたんやけどな、お前の親御さんやって、神様やないんやから、過ちは、あるで。許してやれや」
「……この期に及んで、説教なんて、聞きたくなかった」
あ、気づくと走り出してた。どうしよう。そうだ、あの林に行ってみよう。
「あ、ハル!」
うるさいよ、ピク。私だって、わかってるのに。
「ふぅ。ハルが一番よくわかってたんかもな。よっしゃ、追うか!
――一方ハルは
「はぁはぁはぁはぁ」
疲れた。はぁ、怒りすぎちゃったかな。
「家に、帰ろう」
ふう。まっすぐ来たから、まっすぐ帰ればいいね。ゆっくり、帰ろう。ひょっとしたら、ピクが迎えに来てくれるかも。
「ハルー!」
「ピク!」
「ああ、よかった」
「ああ、心配したで」
「じゃ、帰ろうか?」
「ワイ、どうやってきたかわからんで」
「大丈夫。まっすぐ歩いていけば」
「ああ?ワイは二、三度曲がったで」
「え? うそ! ま、まあとりあえず、まっすぐ歩いていこう」
――しばらく歩いて
「ほれみぃ。行き止まりやないけ」
「どうする?」
「とりあえず、壁伝いに歩いていこうや」
「そ、そうだね」
「しっかし、大変な状況やな」
「……このまま、家に帰れなかったら」
「帰りたくないか?」
「ううん。帰りたい。……助けて、怖いよ。ピク」
「……大丈夫とは言えん。けどな、プラス思考でいこうや。ワイらにできるのはそれぐらいや」
「うん」
「あ、ワイ、気づいてもうた」
「え? なにに?」
「足元見てみ?」
「え、あ、きれいな草。タンポポかな?」
「ワイももう少し、暖かかったら気づかなかったかもしれんが。ここ、雪ふっとらん。それどころか、春や」
「ああああ! よく気づいたね。お手柄だよ。ピク!」
「ああ、しかし、どうして、こんなことが有りうるのか?」
うーん。わからないわね。しばらく考え込んじゃった。そんなとき!
「おい、あそこにいるのは、冒険者のアキ様じゃないか?」
「ああ、ホントだ!かれこれ、一ヶ月か?」
「そうじゃな。よく生きてたものだ」
「オーイ。アキ様!大丈夫ですかぃ」
「おい、オマイら。何もんじゃい? ワイの主人にてぇ出したら承知せえへんぞ?」
「……アキ様。この気持ち悪い、豚は?」
「私は、アキじゃないし、ピクは、気持ち悪くない! 容姿だけがすべてじゃないんだから」
「おいおい、ハル。それ、どういう意味や?」
「あ、なんでもないから気にしないで」
「……むっちゃ気になるわ」
「と、とにかく、お引取りください!」
「う、ここは一旦退散するか」
「国王様に報告しよう」
「では、私の名前はアベル(アルベルト)です。以後お見知りおきを」
「私は、リュカ(リュケイロム)です」
はあ。怖かった。怖かったよぉ。
「ハル。あんな連中につるまれても、その……俺のそばを離れないでくれよ」
「大丈夫。ピクはずっと、ハルのぬいぐるみだよ」