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 一ヵ月後。


 コトハはまず、この世界の言葉や常識を学ぼうとケネスに教えを乞おうと思ったが、ダッバーフから自分が教えるといわれ、ダッバーフに教えてもらっていた。


「魔王様……じゃなかった、ダッバーフ様、これは『私は出会い?始めた時から、あなたを好きです』という意味ですか?」

「なかなか良いな。うん、良いな。……まあ、意味としてはだいたいはいいんだけどな。『私は初めて会ったその時から、あなたを愛しています』だな。つまりは一目惚れってやつだ」

「この文章丸々そういう意味で覚えた方がいいですか?」

「おう、だいたいそんな意味合いだから覚えてしまった方がいいな」

「ありがとうございます」


 失礼な話ではあるが、コトハはケネスの方が頭が良さそうに思い教師役を頼みたかったが、ダッバーフが『(俺が)教師役をやる』という積極的なお誘いもあり、ケネスではなくダッバーフにお願いすることにした。しかし、これが思いの外当たりだった。ダッバーフは教え方が上手くとてもわかりやすかった。ダッバーフはコトハの飲み込みが良いからと褒めてくれる。だがそんな事は一切なく、標準からちょっと下あたりの頭の出来だとコトハは認識していた。なので、ダッバーフの褒め言葉に煽てられることなく、日々勉強を続けることができていた。


「ふっふっふ。一区切りついたな。……頭も肩も疲れただろう!次は実習だー!!」

「ダッバーフ様!ありがとうございます!!」


 ちなみにコトハはどちらかといえば、体育会系、脳筋系のところがあるため、机に向かうよりかは身体を動かす魔法の実地訓練のほうが性に合っていた。


 二人は城の中庭へ向かっていた。そこには何かを受け取っている様に見えるケネスがいた。


「ダッバーフ様、コトハ様。魔法の訓練ですか?」

「はい、ダッバーフ様がこれから魔法の授業をして下さると……」

「楽しそうで何よりです」

「はい、お二人にはとても良くしてもらって感謝しかありません。いつか恩返ししたいですね」

「楽しみにしていますね」


 コトハはこの一ヵ月、二人に世話になっているので、いつかこの魔法(ちから)で恩返しができればと思っていた。こちらに来てすぐ、ダッバーフに出会った直後はホームシックで一人になると泣いて、泣いて泣きくれたものだった。しかし最近では、あまり元の世界のことを思い出さないようになってきていた。それもこれも二人が何かとコトハを気にかけていてくれているからだと思っている。


「何か動きがあったのか?」

「……あまり良くないですね」


 ダッバーフがケネスに問うと、ケネスは先程受け取った手紙をダッバーフに渡す。


「あいつら……何が何でも悪いことはコトハのせいにしたいらしいな」

「ここまで清々しさを感じるのも久しぶりですよ」


 手紙を読むなりダッバーフは面白くなさそうに言った。ケネスも不快感を滲ませた表情をしていた。


「何が書いてあるのですか?」


 ダッバーフとケネスが顔を見合わせて、どうするかと瞬時に視線を合わせた。ダッバーフは話したくない、ケネスは話した方が良いという相反する判断をしていた。しかし結局は、コトハを味方につけたほうがよいというケネスが勝ち、コトハに何も知らせずに守りたかったダッバーフが、ため息まじりに話し始めた。


「……コトハを召喚した国がな、コトハのことを『滅びの魔女』と言い出して……、魔王と手を組んでると……』

「は、はあ?」

「それでな。……討伐隊が組まれて……」

「討伐隊って……」

「そうだ、つまり俺たちをやっつけようと国軍が攻めてくる。しかも他の国に援軍頼んでるんだ……」

「……えぇ?……ええぇぇぇえええぇぇえ!?」


 コトハは驚くしかなかった。まさか、自分を聖女と言って召喚した国が、手のひらを返して『お前悪い奴だからやっつけてやる!』なんて、どこぞの変な国でもしなかった……はずだった。


「すでに出立しているようですね。……まったく、敵わない相手だとわからないんでしょうね……」

「明日の朝にでも出迎えるか」

「いい場所見繕いますよ」

「頼む」


 そういうとケネスは行ってきます、といい発っていった。


「ケネスさん、一人で大丈夫なんですか……?」

「ああ、場所見繕うだけだし、すぐ戻るか現地集合か連絡がくるから、それまで俺らも勉強は休みだな」

「はい……」


 コトハは以前の世界では、普通の暮らしを享受する普通の会社員だったので、ここまで憎悪を向けられることはなかった。軽い嫌味や嫌がらせは、受けたことも過去にはあったりもしたがそんな程度だった。『お前たちをやっつけてやる!!』と大勢の人間が自分たちに向かってくるのが信じられず、現実なのかわからず戸惑うばかりだった。


 そんなコトハの戸惑いが表情に出ていたのであろうか、ダッバーフはコトハに問いかけてきた。


「何か聞きたいことありそうだな?」

「……ダッバーフ様は魔王ですよね?」

「おう!悲しいことに押しつけられた魔王だけどな」

「こういうことって何度もあったんですか?」

「何度というか何十回、何百回?覚えてねー」


 ダッバーフは魔王になってから大小、数多くの襲撃を受けている。その多くは人間ではあるが、時に近くに住む魔物の群れが恐るあまり襲い掛かられ、また何も知らない竜や魔族なんかにも襲われている。話し合いができるケースでは、できる限り話し合いで解決をし、そうでない場合には徹底的に叩きのめしていった。その内に争いを望まない魔王として知られる様になるものの、世代交代の早い人間にはなかなか広まらず、今ではその襲撃の殆どは人間だという。


「……結構長生きなんですか?」

「人間よりかは長生きだな。他の種族は良く分からんけど、リザードマンだしな!」

「え?」

「リザードマンだよ!前の世界には居なかったのか?」

「……空想上の生き物でした」

「お?幻とか?出会ったら幸運とか!?」

「……いや、存在しない……架空の?」

「うわ、残念!」


 片手で顔を覆い天井を仰ぐ。その様子が本当に残念そうだったので、笑いを誘われた。その様子を見たダッバーフは、真剣に問いかけてきた。


「不安だろう?」

「え……あー、まあ」

「同族から憎まれるのは辛い。それはわかる。怯えられたり居ない者と扱われたり、逆に迫害されたりするのは堪えるんだよなぁ」


 ダッバーフはうんうんと、腕を組んでうなづいていた。


「……ダッバーフ様も経験あるんですか?」

「俺はこんな見た目だからな。産まれてから憎まれて憎まれて大変だったぜ。まず産んだ直後に母親がこんな見た目の俺を見て狂死、その後父親が俺を殺そうとして返り討ちにして、兄弟達はそれを見て俺の存在を居ない者として扱って、一年経って族長から村から出てってくれと。族長のバツが悪かったのか、貸しのあったケネスに俺のことを頼んだと。んで、その後魔王になってからは他の種族、特に人間だなー。何もしてないのに目の敵にされて、大変だったけど……。最近色々折り合いというか、何か気持ちが強くなった気が………」

「……壮絶でしたね……」

「ん?あー、付け狙われてるのは最近もだけど、同族のごたごたは何十年も前の話さ」


 コトハは自分はなんてついていないんだ、どうしてこんなことになったのかと毎日何かしら考えているが、そんな自分よりもダッバーフの人生が壮絶で、自分なんかよりも辛い思いをしていたと知ってしまった。自分は異世界に来て運良く助けてもらい何とかなったが、彼は自分自身の力でここまできたのだろう。そう思うと、コトハは自分のことで彼を思い悩ますのは、失礼なことだと思った。


「私、魔王さ……、ダッバーフ様の役に立てる様に頑張ります」

「お前……ほんっと、健気だな」

「そんなことありませんよ。頑張って追い出されない様にしているんですから!」

「……コトハ、俺はそんなに非情じゃない。捨てたりしねぇよ」

「……じゃあ、ずっとここに居てもいいんですか?」

「ん?ずっと?」

「……役に立ちますし、仕事も頑張ります。……だから、その、帰れない時とか帰る方法が見つからない時には、魔王軍に居てもいいですか?」


 ダッバーフはコトハの言葉に思わずと言った様子で、天を仰ぎ目を瞑り呼吸を整えた。


 自分を倒すために聖女が召喚されるという話を聞いた時には、何もしてないのに何度もこんな扱いをする人間に殺意を抱き、この気持ちのまま、暴虐の限り尽くしてやろうか、とも思ったが、それも面倒に思い様子を見るだけに留めた。そうすると、人間達は魔王に対する切り札、聖女コトハを手放した。理由はわからないが、これは好機ではあった。この好機を逃さずに、速やかにコトハを確保すると言葉がわからず、魔力が乱れ、逃げようとしているしで、ダッバーフは随分と面白く思った様だった。


 元々聖女は勇者の力を増幅する力をもつといわれているため、勇者と一緒でない限り脅威ではない。魔力が通常よりも強い魔法使いにはなるが、それでも魔王の敵ではない。しかもコトハは、魔王軍の一員になった。これで勇者が来たって怖くはない。そもそも勇者が来るとも決まっていない。だからダッバーフは勇者を恐れてはいない。ただコトハがここから離れるのが怖い。勇者がやってきて、コトハがその手を取るのが怖かった。ダッバーフはコトハのことを、ようやく見つけた自分の大切な者だと、守るべき者と思ったのだ。怯えて縋る様な眼差しでこちらを見た時に、飢えていた心が満たされるのを感じた。それだけでダッバーフは、コトハを守ろうと己に誓い、攻めてくる討伐隊を迎え撃つと決めた。


 だからダッバーフは何があっても、コトハを自分の手元から出すつもりはないし、ずっと一緒に居たいと思っていた。


 コトハはコトハで特に深い意味はなく、そして身寄りもないため、ダッバーフの優しさに縋る思いだった。ただ、その優しさにずっと付けいるのも申し訳ないので、せめて自分の生活の糧を自力で得られる術を身につけてから、出ていくのもありだとは思っていた。コトハは、自分の身の上だとダッバーフ達に迷惑をかけたり、トラブルを引き起こしたりすることが多くなりそうだと思っていた。そうなってからだと目も当てられない。取り返しのつくことならいざ知らず、争いの火種になり事が起こった後ではどうしようもできない、責任もとれない、だからそうなる前に出ては行きたいとコトハは考えていた。なので、いざとなれば山奥にでもひっそりと暮らして、自給自足の生活をしてもいいもしれない、と思ったりもしていた。


「……はあ、お前なー、言い方考えろよな。全く。まー、お前の面倒くらいこの俺がずっと見てやるぜ!感謝するんだな!!」

「……ありがとうございます」


 ダッバーフの言葉はとても嬉しかった。でもコトハは、自分自身がダッバーフやケネス達の重荷になっておるという自覚があり、笑って感謝を伝えたつもりではあったが、上手く笑えた自信はなかった。



***



 その後、一度ケネスが戻り、討伐隊を迎え撃つ場所をダッバーフと決めて、また準備をすると言って立ち去っていった。


 二人、もとい三人で迎撃する予定ではある。当初ダッバーフとケネスの二人だけだったが、コトハが絶対に一緒に行くと譲らず、不承不承承諾した形となった。


 ちなみに、何故二人なのかと言うと、もともと常駐している魔王軍というものはおらず、魔王を冠するダッバーフとその従者みたいな世話人のケネスの二人しか居ないからだ。攻めてくる敵によっては、利害の一致があえばもう少し増えたりする。今回に関しては、ダッバーフとケネスの二人だけであると聞きコトハは驚いた。そして、コトハはダッバーフとケネスの二人だけで事に当ろうとするのを良しとはしなかった。何故なら、コトハは自分自身が当事者であり、自分が何とかしないといけないと考えた。だからそれを切々と訴えた。自分を狙ってきているのであれば、自分が何とかしなくてはいけないと。囮でも何でもするから頭数に加えて欲しいと。


 ちなみにコトハは全く戦闘経験もないし、戦闘といえばテレビの画面やインターネットで何となく見たことがあるかなー、という程度だった。それを知った二人は大反対したが、戦闘には直接参加せずに、一先ずは後方支援だけと説き伏せた。ダッバーフは何故かコトハに甘いので、ちょっとお願いと言い上目遣いをすると大抵うなずいてくれる。今回も渋い顔をしながらあーだこーだ、条件をつけたが頷いてくれた。ちょろくて笑いそうになったのは心の中に留めなくてはいけない。そうなれば、後はケネスだけだ。ケネスはそんなコトハの事は見切っている様子もあり、コトハとダッバーフの二人で説得された風を装っていた。そしてしっかり釘もさしてきた。心の中で舌打ちせざるを得なかった。


 コトハは前線に立つと使い物にならないだろうとは、自分でも自覚していたし、ダッバーフはコトハが戦いに参加する事で、トラウマを植え付けられてはたまらないと言った感じではあった。コトハは戦いの雰囲気を知りたかった。だから後方支援であっても戦闘の雰囲気はわかるはずなので、参加してその雰囲気を覚えておきたかった。ダッバーフやケネスの話からすると、この世界は戦いが前の世界よりも身近であり、巻き込まれてしまうことも前の世界よりも多いと、話を聞いてコトハは思ったのだった。それならば、避けるよりは巻き込まれた時の身の振り方を自分自身で考えられる様に、戦いに少しでも慣れるべきだと考えたのだった。成人を超えた自分が、どの程度戦いに慣れるのかはわからなかったが、今後自活するためにも選択肢は多いに限る。話に聞いた冒険者なんかも自分に向く様であれば、身を立てる方法として選択肢に含めてもいいのではないかと考えていた。


 そしてコトハは、それがとても良い考えの様に思えた。コトハはいつか、一流の冒険者になって指名でクエストを受けてみたいなぁ、なんて夢を見るようになっていた。



***



「くそっ」


 聖女召喚を決めた国王は、怒りのあまり絨毯にワイングラスを叩きつけた。しかし、厚い絨毯の上では、ワイングラスは割れずワインが染みを作るだけであった。


「聖女召喚の儀でまさか魔女が召喚されるとは……」


 そう言って疲れた身体を執務室の椅子に放り出した。


 この国はとても小さく、周りには魔の森と豊かな国が存在していた。いつもその豊かな国をみていると、自分達が何故こんなに惨めな思いをしなくてはいけないのかと嘆きたくなる。何故あの豊かな国の収益の何分の一でも我が国の物にならないのか、いつも妬ましい気持ちになっていた。


 さらにはその隣国の王は、今代の魔王と親しいと言われている。時には酒を飲み、狩りを楽しんでいるという。


 それも王にとっては腹立たしかった。


 魔王たる悪の権化みたいなモンスターと親しく、友人として憚らないその態度に。


 魔王は倒さなくてはならないとその王は考えていた。一度他の国の王や隣国の王にも、打倒魔王のため軍を集めたり、勇者や聖女召喚を提案したがどれもとりあってはくれなかった。


 だから召喚の儀を断行した。


「だが、それももう良い」


 魔女が魔王のところへ行った。


 その話を聞いた時には何てことになったと思った。他の国に秘密裏に行っていた召喚の儀式。勇者召喚は失敗し、聖女召喚では魔女が召喚されてしまった。これが隣国、ひいては他国にバレては恐らく非難されてしまい、この国の地位が失墜してしまう。それだけは何とかして避けたかった。


 魔王討伐と銘打ち、魔女を倒し上手く魔王も倒したい。さすれば……、さすれば……。


「我が国は……、いや儂は稀代の王と呼ばれるか、先見の明があると後世に名を残せるか……」


 この戦いには何としても勝たねばならないと、一人呟く。自身が先陣を切り、英雄王と呼ばれるのも吝かでは……とも思ったが、いかんせん、寄る年並みにはかてず側近達に止められて諦めたのだった。


 魔女と魔王を打ち倒したら、あの隣国の古憎たらしい王にも一泡吹かせてやりたい物だ、と新しいワイングラスを傾けながら喉を潤す。


 今日の酒も一段と美味いが、勝利の美酒はさらに美味いのだろうな、と近い未来に思いを馳せた。


 





 

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