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 気づいたらそこは見たことのない場所だった。


 お城の大広間のようだった。周りには昔の西洋の人が着る様な服やドレスを纏った人達がいた。


『よくやった!!成功だ!!』

『これで我が国だけではなく、世界は救われる……』

『これで魔王も怖くはない!!』


 魔法陣の真ん中にいる女性は、彼らが何を話しているのかよくわからなかった。ただ周りの人々は歓喜しているようなのがわかったが、何の言葉を話しているのかもわからない。だから、魔法陣の真ん中にいる女性は戸惑いと恐怖心しかなかった。その戸惑いと恐怖から言葉も発することができなかった。


『聖女様、どうぞこちらへ。王が貴方様にお声をかけてくださいますよ』


 一人の神父みたいな服を着た男性が触れようとした時、女性は何をされるかわからなかった。恐怖のほうな上回り、思わず「いやっ!!」と突っぱねてしまった。


 するとその男性の右腕が、ミイラの様にからからに乾いた骨と皮だけになってしまった。


『う、うわわあぁぁぁあああ!?な、なんだぁ!?これは!!?』


 そこからは阿鼻叫喚の嵐だった。


 まずドレスをきた女性達が逃げ出し、武装していない男性達も我先へと逃げ出した。そして剣を持った男性がその女性を掴もうとすると同じことが起きた。


 さらに武器、見たことのない魔法陣から魔法が繰り出されるが、彼女に触れる寸前で、武器は錆だらけで脆くなり、魔法は氷の塊となり、彼女にあたることはなかった。


「ご、ごめんなさ……、わ、私、私、どうしたら……」


 女性は自分が怪我をさせてしまったことはわかったが、どうしたらよいのかわからなかった。ただ、周りの人々は恐怖と怒りに支配されており、女性はますます怖くなってしまった。


『……この召喚は失敗だ。この魔女をすぐに魔の森へ追放とせよ』


 偉そうな人が自分を指差して何かを言っていたが、何を言っているのかわからなかった。ただとても怒っていることはわかった。


 彼女は槍を持った人に追い立てられた。槍が自分に刺さりそうで怖くて、どうなるかわからない不安と恐怖で震える足を何とか動かした。



***



 召喚された彼女は、ようやく仕事が終わり、撮り溜めていたテレビ番組や漫画でも読もうかと楽しい気持ちで帰っていた途中にこんなことになってしまった。後もう少しで家というところで、落とし穴にはまった感覚があり気づいたらこんなところにいた。


「これ、何なの。異世界転移ってやつ?なんか漫画と違うじゃん……」


 今彼女は森の中にいた。城から追い立てられる様に、ここ魔の森に言葉通り捨てられたのだった。


 最近の異世界転移では、言葉だってわかるし周りの人にちやほやされて、逆ハーレム?になっているのを自分に置き換えて妄想していたものだった。人生イージーモード羨ましい!って思った。みんなが自分にひざまずいて、自分の敵をこらしめてくれる。元の世界の知識を存分に活用して、褒められ認められていく。そんな世界が良かったと思ってもすでにどうにもならない。


「……野垂れ死にって苦しいのかな……」


 諦めは良い方だった。死ぬにしても苦しいのは嫌だし、簡単にあっさりぽっくりが良いが、残念なことに今のところ餓死か衰弱死が一番確率が高い。後は獣に咬み殺されるか。


 今はまだ明るいが、暗くなる前に寝泊まりできる様な場所に行きたい、もしくは洞窟とかあれば尚良しだが、そんなところはなさそうだった。野宿なんてしたことないし、こんかところで眠れそうもなかった。


「水を探して、食べ物探さないと……」


 なんだかんだ言って、まだ生きてはいたい様だった。でも鞄はどうも城に置いてきてしまったから、スマホも無いし鞄の中には野営に向きそうな物なんて何もなかった。


うおおぉぉぉぉぉおおおおんっ


「え?……狼?」


 狼は夜行性ではなかっただろうか、昼間から行動しただろうか、と昔何かの動物番組で見た記憶を思い起こそうとするが、うまくいかない。かの有名なアニメでは、群れで野獣に襲っていたのは覚えていた。


「まずい気がする……」


 一度止まり、周囲を見渡すとがさがさと物音が聞こえて来る。それもこちらに近づいて来る様だった。その物置を一度意識してしまうと、物音の正体を確かめないことには前に進めなくなってしまった。だが、危険な生き物な場合近づいてくると、逃げられなくなってしまう。


 考えることを放棄したくなっている頭をフル回転させ、とりあえず身を隠す場所を探すことにした。


 草が生い茂り道もなく、大きな石や枝がそこかしこにあり、行手を阻む。この際しゃがんで草むらに身を隠すことができないだろうかと思いはじめた。こういうのは運も大事であり、見つかったら苦しまずに死ねることを祈り、見つからなければまずは水と食べられる物を探そう。


 出来るだけ物陰の多いところにうつ伏せになり、息を殺し身を隠す。物音はすぐ側まで来ていた。何となく四足歩行の獣ではなく、人の様な物音だった。物陰から物音の正体が見えないかと覗き見るが、草や岩が邪魔をしてなかなか遠くまでは見ることができなかった。


『………ぶはっおおー!なんだなんだ、何してんだ、見つけたぞ』

「うあっ!?」


 いきなり上から声が聞こえ驚いてしまった。心臓がバクバクしているが、怖くて上を見ることができない。


『ウルフドッグ達、もういいぞ。おい、それで隠れているつもりか!?バレてるぞ』

「………ごめんなさい、言葉がわからないんです」


 笑いながら差し出された手を握り返していいものか逡巡し、とりあえず握り返すのはやめた。手を出した男性は、切長のルビーのような瞳と肩まで伸ばされ後ろで一つに縛られたパールグレーの髪は、光の入り方によっては白や銀にも見える。


『おい!?起こすの手伝ってやる。手を出せ』

「えっと……、ことば、わからない」


 何とかジェスチャーで伝えようとするが、男はわかったのかわからないのか首を傾げていた。


『ん?あー、言葉がわからないのか?……通りで魔力が乱れているのか』


 そう言い、頭に手を置かれると一気に何かが流れ込んできた。それは何かの情報で、整理する間もなく頭に叩き込まれた。女性はあまりのことに声も出せず、その情報量に頭が強く痛んだ。


「………うぅっ……、どうしてこんな目に」

「お、よしよし。上手くいったな」

「あれ、言葉……」

「感謝しろよ。俺の力のお陰だからな。よし、行くぞ」


 とりあえず言葉はわかったから逃げようと、起き上がりダッシュしようとしたが、足元の岩に躓き転んでしまった。


「いったぁぁ……」

「ははっお前面白いな。ほらよ」


 そういうと片手で引っ張りあげられて起き上がった。


「初めまして。ダッバーフだ」

「……初めまして。コトハといいます」

「膝擦りむけてるな。治してやるよ」


 擦りむいた膝にダッバーフが手を当てると、暖かな光が馴染み傷が治った。


「うわあぁ!すごい!!治ってます!魔法みたいですね!」

「魔法だぞ。お前の世界にはなかったのか?」

「ありませんでした。私のこと知っているんですか?」

「ああ。別の世界から召喚された勇者?聖女だろう?」

「そうだったんですね……」

「そうか。言葉がわからなかったからわからなかったのか。魔王倒すために召喚されたってところだろうな」

「……魔王なんているんですか?

「いるさ。まあ、そこまで悪さしているとは思わないけど」


 コトハは、あのお城にいた人たちは、自分に魔王を退治してほしくて召喚したんだと納得した。だから召喚成功した時には喜んでいたし、コトハが彼らを傷つけたときには、期待を裏切ったために怒り、話とは違うために恐ろしくなったのだろうかと考えた。


「戻れるのかな……」

「戻りたいのか?」


 独り言のつもりだったが、ダッバーフに聞かれていた様だった。コトハは一人暮らしではあったが、連絡は疎遠ではあるが実家には家族がいるし、友達や職場の同期や良くしてくれる先輩や面倒を見ている後輩だっていた。

 

「もどれるのなら戻りたいんですが……、戻れるんでしょうか?」

「正直なところ聞いたことは無いな」


 よくある話だった。こんなことになった以上戻れるとは思っていないし、連絡もつくとは思っていなかった。だが諦めるにはまだ時間が経っていないから、落ち着いたら調べてみるのもいいかもしれない。


「コトハ、俺の城にくれば図書室もあるし、頭のいい奴もいるから来いよ」


 コトハは、ダッバーフに捕獲されるような気がして逃げ出したかったが、行くあてもなあし寄る方もないので行ってもいいのかな、という気にはなっていた。そこで次の足掛かりにしてもいいし、この世界になれるまではお世話になってもよいのかも、と思った。


「じゃあ……、行きたいと思います。よろしくお願いします」

「おう!よろしくな!」


 そう言うとダッバーフは、コトハの手を取り何かしらの呪文を唱えると景色が歪み、違う場所へと立っていた。それはそれは見上げるほどの大きな城が立っていた。某有名なアミューズメントパークにある城を思い出したが、それよりもごつごつした壁で城塞といえような印象を受けた。しかし、コトハにはそんな城をゆっくりと見る様な余裕などはなかった。


「……うぐっ………ぎもぢわるい……おぇっ」

「おお!!転移酔いか!?おい!?誰か!誰かいるか!?大丈夫か!?」

「うぅっだめ……ゔおぉっ」


 必死になって戻さない様にしているが、時間の問題であった。ここで戻すと清掃料とか賠償金問題なるのかとか、ここに来いって言った手前そんなお金とらないよね、とか余計なことしか考えていなかった。


 そこへ一人のゆったりとした服装に身を包んだ男性が、城壁の上からふわりと降りてきた。その背中には透明な妖精の様な羽が生えていた。


「……ダッバーフ様、また無理をさせましたね?」

「ケネス!俺は何もしてない!!」

「転移したことない様な人に長距離転移すると皆こうなるでしょう?」

「いや、大丈夫かなって……」

「毎度それ!そして反省しない!!だめですよ!!」


 えづくコトハに桶を手渡し、合間で何らかの魔法をかけてくれた様で、背中からすっと暖かさが身体中に滲み落ち着いた。


「あ、あの私に触れても大丈夫ですか?」

「ん?魔力が乱れてる様だけど大丈夫ですよ?」

「よ、良かったです。先程、私に触れた人の腕が骨と皮だけになったようで……」

「ああ、よくあることですよ。身を守ろうとしたんでしょう?何かされませんでしたか?」


 彼は妖精のケネスといい、ダッバーフの側近、というよりか世話係をしているという。


 召喚直後、コトハは恐慌(パニック)状態に陥っていた。そんな状態では人は正常な判断が下せない。そして不躾に触れられ、声をかけられてしまえば、拒否しか返ってこないのも当然だった。


 コトハは魔力が体内にあるらしいが、それをコントロールしきれていない状態だという。そのため、無意識下で身を守る為の術として、魔力が相手に干渉した結果なのではないかというのが、ダッバーフとケネスの見解である。


「……あの、楽になりました。あ、ありがとうございます……」

「いえいえ、ダッバーフ様のいつものことですから」


 優しい言葉と表情をコトハにむける男性は、エバーグリーンの髪色に黒い瞳、短い髪から覗く耳は長かった。


「ダッバーフ様、彼女は例の……?」

「ああ、あいつらコトハを捨てたんだよ、バカな奴らだ」


 コトハは第三者から『捨てた』と指摘されて、多少傷ついた。自分ではなんとなくそうは思っても、他人から指摘されるのとでは心に受けるダメージの大きさが違う。


「どうかされましたか?」

「いえ、他人から捨てられたと言われると、何だか意外にショックだったなぁと……」

「もしかして好感をもてる方々でしたか?」

「ま、まさか!!そんなことは絶対にないんですが、自分にはそんなに価値はなかったのかなぁとか思ったり……、思わなかったり……、複雑な心境で……」

「ではこれからはここで頑張って見返しなさい。貴女にはそれができるでしょう」

「え?私にですか?」

「ええ。ねえ、魔王様?」


 魔王様と呼ばれたダッバーフは、ん?とこちらを見て破顔した。その顔は魔王というよりも悪戯を企む少年の様な印象を受ける。


「……ま、魔王なんですか?」

「おうよ!でもあんまり悪さはしてない筈なんだけどなー」

「もっと怖そうなの想像してた」

「角生えてたり?」

「そうそう」

「鱗あったり?」

「そうそう」

「緑色の皮膚とか?」

「はい、でも全然違いますね」


 魔王と呼ばれたダッバーフとケネスによると、魔王と呼ばれるには幾つか条件があるという。ダッバーフの他にも魔王候補と呼ばれる者達が何人か存在していた。そして今世における魔王は、なんと人間の賢者ではあるが彼から『面倒だからやらない』と言われ、さらに脅し文句が付けられて、やむなくダッバーフが魔王と名乗ることとなった。


「魔王は基本、忌み嫌われるから誰もやりたくない。やりたい奴が出てきたらそれは本当にまずい」


 魔王と名乗るだけで、様々な恩恵を受けると言う。それだけでも名乗りたいという者もいるが、今世の魔王候補はそれを厭う者ばかりだった。


「いいこともあったぜ。魔力コントロールとか呪文の詠唱破棄は上手くなったんだ!」

「無尽蔵の魔力暴走で何度か天変地異がおこりましたからね」


 ダッバーフがVサインをしている隣で、ケネスが遠い目をして大変だったと呟いていたので、相当大変だったのだろう。


「それなら私にも魔法使えるでしょうか?」

「おうよ!魔力はたっぷりありそうだからな。俺に任せておけば、その嵐の様な魔力だってコントロールできるぜ!」

「え?魔力?私にもあるんだ……」

「聖女か勇者だからな!魔力はたんなりあるだろう。コントロールできれば魔法使いたい放題だぜ」

「……魔法が使えるんですか?」

「おうよ!それでお前も魔王軍に加われ!」

「はい!!魔王様!頑張ります!!」


 こうして異世界から召喚されたコトハは、人間世界から追われ魔王軍として新たに加わることとなった。


読んでいただきありがとうございます。

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