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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ
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2話 鳥肌が立つ程の邪気

(とも)(ふさ)のやつ、どこで油を売ってるのか、遅いのう」

 夕焼けの差し込む居間の窓から、チラリと玄関の方を見て、(せん)()(とも)()は眉根を寄せた。自分の経験からしても、今日は時間がかかりすぎている。どうせ(はっ)(かく)(さい)とでも喋っているのかと、そこまで心配はしていなかったが、それでもどこか、心に不安が過った。これも気のせいかと、孫の方に向き直る。

「ねーねー。じーじー、おとーさんは?」

「じーじじゃなくて、ちゃんとお爺さまって呼ばなきゃ駄目でしょ」

「え~。いいじゃん~。おねーちゃん、うるさい~」

 妹の言葉遣いを、お姉さんらしく訂正する()(あき)と、反抗する()(づる)。そんな姿が微笑ましくて、智喜はなんともだらしなく目尻を下げた。

「お父さんは、まだお仕事じゃ。そら、じーじと遊ぶか?」

「遊ぶ~」

「お()()さん、また腰を悪くしますよ」

 机を挟んだ向こう側で、洗濯物を畳んでいた()()()が、注意を呼びかける。

「大丈夫じゃて、まだまだワシは現役じゃよ」

「また、この(あいだ)もそう言って、ぎっくり腰に……」

「この間はこの間じゃ。のう、智鶴」

 そう言いながら、智鶴を抱え上げる。腰にグッと負担がかかる感覚がしたが、孫の可愛さに比べれば屁でも無かった。

「うん! じーじ、大好き!」

 キャッキャと嬉しそうに声を上げる智鶴を、羨ましそうに見つめる智秋の視線に気がついたから、下の孫を降ろすと、上の孫に向かって両手を広げた。

 もじもじしながらも、祖父の胸に飛び込んでくる愛らしさたるや。目に入れても痛くないどころか、目に入れてそれを証明したくもあった。

 智秋を降ろしてやった。窓から差し込む日の光が、うっすら赤みを帯びてきていた。なんとも幸せな風景だったから、この後の事件と余りにも対照的だったから、今でもしっかりと脳裏に刻まれている。

 腰をさすり、背筋を伸ばしたその瞬間、ズキンと頭に痛みが走り、全身に鳥肌が立った。

 

 (はな)ヶ(が)(だけ)の方角から、今までに感じたことの無い濃密な邪気が流れてきた。


 それはおぞましく、恐怖に魂が震える程だった。もっと正確に言うと、魂に巣くう鬼が反応しているかのような、初めての感覚……。

「お爺さま?」

 智秋が不安そうな声を発し、急に険しい表情になった祖父を見上げる。

「なんじゃ、これ……」

 智喜は何が起こっているのか訳が分からなかった。

 同刻、邪気を感じた門下の者が、瞬発的に屋敷を飛び出し、その方角を探査すると、俊足で智喜の元へと戻り、跪いた。

「報告致します! 鼻ヶ岳山頂に鬼の姿を確認、全長約5メートル、総身白に染まった、一角の鬼です!」

「なっ……。それは……まさか、()()……」

「お義父さん!? 今なんて?」

 突発的な緊急事態、智喜の耳はヤケに静かで、隣に居る美代子の声すら届かない。

「緊急事態じゃ! 大広間に人を集めよ!」

 跪く門下生に命令すると、居間を後にし大広間に入る。

 智喜はあれやこれや、今からとる可能性のある行動を、浮かべられるだけ頭に浮かべて、最善の策を練っていた。

「……そうじゃ、智房は!? 智房はどうした!?」

「はっ! 未だ連絡取れず、現在確認中です!」

 と先ほどから控えている門下生が答えた瞬間、別の門下生が居間に飛び込んできた。

「伝令! 伝令! 彼の鬼は、智房様である可能性が高いと判明!」

「う、嘘じゃろ……。詳しく申せ!」

「鬼から智房様の霊気を感じるという報告があったため、現地付近にて調査致しましたところ、鬼に引っかかっている端切れより、智房様の携帯電話の着信音がしたとのこと。確たる証拠とはなりませぬが、かなり確率は高いかと思われます!」

「……くそう。智房め、吞まれおったか」

 悔しそうに、腹立たしそうに、歯がみする(あるじ)からの指示を待つ門下の者たち。

 既に大広間には、8割程の門下生が集まっていた。皆、やる気に満ちあふれ、出立の合図を、今か今かと待ちわびている。

 智喜が大声を出すべく、息を吸った瞬間、ピリッとした空気が場に流れた。

「緊急任務じゃ! 鼻ヶ岳に現れた鬼、呼称を『(いっ)(かく)()』とし、此奴の滅却を第一に戦闘を開始する! 戦闘系の術者から準備を始めよ! 現場の指揮は安否の確認できない智房に代わり、このワシがとる! 遅れを取るな! では散会!」

「おう!」

 千羽家門下一同、声を合わせて心から返事をした。

 三々五々屋敷を飛びだし、準備を再開し……と、誰も彼もが前向きに行動しており、そんな(はず)はないのだが、それでも、どうにも、どこからか、主君が鬼になった可能性に、不安の声が上がっている気がして、智喜はもどかしさを感じていた。

(ふじ)(むら)と何人かは残れ」

「如何されましたか?」

「緊急事態じゃ。悪いがワシは鼻ヶ岳に向かうでの。お主らで()(ぶき)(かい)(めん)()に連絡を入れてくれ。現状通達と至急応援求むとな」

「相分かりましてございます」

 藤村と数人が電話機の方へ消えていったのと入れ替わりに、美代子が駆け込んできた。

「お義父さん、お義父さん……はあ、はぁ……」

 息を切らしながら、智喜にすがりつく。

「美代子さん」

「あの人は……智房さんは、無事ですか?」

 智喜はクッと顔を歪めると、吐き出すように言った。

「非常に不味い」

 と。

「そんな……。助けられるんですか?」

「分からん。今できることは、あの鬼を倒す事だけじゃ。それが(じゅ)(じゅつ)()として出来る精一杯じゃて……」

「智房さんを殺すんですか? あんまりです。私は、私は……。ヒッ……。あの子たちもまだ小さくて、まだまだお父さんが必要な歳なんです。グスッ……どうか、どうか命だけは」

 美代子の目から、涙があふれ出ていた。それを拭うこと無く、智喜の目をしっかりと取られ続ける。

「分かっておる。ワシかて大事な息子じゃし、千羽にとっても大事な当主じゃ。出来ることならば助け出したいが、何度も言っているように、現状まだ何も分からぬのじゃ。あれが智房であるという確証もまだ掴めとらん」

「……グズッ。ズビ。なら、私も戦います。戦場に、出ます」

 涙と鼻水でグズグズになりながら、美代子が決心を口にした。

「なんと。じゃが、それは認められん。お前さんまでいなくなったら、あの子たちはどうするんじゃ」

「それは……」

 彼女の目が泳いだ。

「いいから、母親としてあの子らの側に居てやりなさい」

 お義父さんの言うことも(もっと)もである。そうだ、私は妻であると同時に、二人の娘を育てる、母。今放り出していくのは良くない事だ。それに、もしも、もしも、私に何かあったら、あの子たちは両親の居ない子になってしまう事だって考えられる。これからもっともっと甘えたい盛りになっていくだろうに、成長を見届けたいのに、それすらも叶わなくなる可能性だって、大いにある。それでも……。

 美代子の気持ちは揺るがなかった。

「嫌だ……。嫌です。行きます。行かせてください! あの子たちの部屋には()(りつ)(しき)(けっ)(かい)を張ってきましたから、少なくとも一晩は大丈夫です。あの人が大変なのに、ただここで待っているなんて出来ない」

 そうだ。頭ではどんなにこれが愚策か分かっている。それでも、それでも、最愛の人が、手の届くところで苦しんでいるのに、家でただ手を(こまね)いているなんて、出来ない。そんなの、体が無事であっても、心がどうにかなってしまう。

 美代子のそんな決心が集約された視線に圧倒され、智喜は直視できないまま、折れるしか無かった。

「……好きにしろ。後悔しても知らんからな」

「ありがとうございます」

 美代子が部屋を後にした頃、我先にと門下生が屋敷から飛びだしていった。

「ワシも行かねばな……。智房、無事で居てくれよ。愛娘を可愛がるんじゃろ」

 智喜は全速力で鼻ヶ岳へ向かった。


 *


「智秋、智鶴。ごめんなさい。きっと怖いと思うけど、それでも、お母さん行かなくちゃいけないの」

 明かりも付けない寝室のダブルサイズベッドに娘姉妹を座らせ、母はしゃがみ、目線を合わせると、2人の頭を優しく撫でた。

「やだ~。怖いよ~」

 子どもながらに、母の雰囲気がいつもと違うのを察したのだろう。智鶴が不安げに甘えた声を出し、両手を差し出すが、自分の服の裾をキュッと掴む姉の力強さに気づき、怯えた顔のまま、手を引っ込めると、胸の前で拳を結んだ。

「帰ってくるよね?」

 それでも智鶴は寂しいようで、母を呼ぶ声を止められない。

「智鶴。大丈夫、大丈夫」

 智秋は自分だって不安が溢れ出しそうなのに、気丈にも妹の頭を撫でて、慰めてやった。それでどうしても声が震えていて……。そんな娘たちの様子を見た美代子は、涙を堪えながら、2人を抱きしめた。

「必ず、みんなで帰ってくるからね」

 そっとそっと、優しく、呟いた。娘たちは「うん……」と力なげに応えるだけだった。

「いい? 絶対にこの部屋から出ては駄目よ? 飲み物や食べ物も置いていくから、トイレはちょっと我慢してね。ごめんなさいね。きっと直ぐに戻るわ」

 2人をそっと離した。母の言葉に、姉妹は「うん」と応えた。

 部屋の襖を閉める。

「ふ~~~。絶対に帰る」

 自分で自分に言い聞かす。

 (ふすま)に仕上げの()()を貼り付けると、家から出た。

 彼女が最後の1人だった。


 *


 美代子が娘と話していた頃、智喜は鼻ヶ岳の参道を登っていた。いつもと変わらぬ鼻ヶ岳の風景に、まるで合成写真かと疑いたくなる程、不釣り合いなサイズの鬼が立っている。

「こりゃまた、でかいのう」

 と(のん)()な事を口走った自分を恥じ、久しぶりにキッと当主の頃の顔つきになると、偵察部隊を呼びつけ、現状を報告するように命令した。

「現状を報告します! 一角鬼は現在停滞中! 攻撃に出る様子も、防御をとる様子もありません! また、霊視班の報告によりますと、彼の鬼からかすかに智房様の霊気を確認、あの鬼は智房様の変わられた姿とみて、ほぼ間違いないかと!」

「そうか……。きっと中で智房が戦っておるのかのう……。皆に伝令じゃ。今が好機! 動き出す前に叩け!」

「はっ!」

 偵察班が散り散りに飛び去り、伝令を伝えて廻っていく。

「さて、ワシも出るか」

 智喜は早速紙()()(かい)()状態に入ると、懐から白紙の札を取り出した。

「智房よ。頑張れな。ワシが直ぐに楽にしてやる。……(そっ)()(じゅつ) ()(ぎょう)()

 智喜の手中で白紙だった紙に文字が走る。これが彼による()(そう)(じゅつ)の応用、速記術だ。この度書かれた意味は、中国思想の『(いん)(よう)()(ぎょう)(せつ)』より、自然を司る『木火土金水』の五気である。最初に効力を表した土符から順に、『土より金生ずる』『金より水生ずる』『水より木生ずる』そして最後に。『木より火生ずる』(そう)(しょう)()(ぎょう)の順序に従い、五気を吸い上げた業火の火の鳥が、バサリと羽ばたき、紙鬼へと向かう。

 その鳥の美しき羽ばたきに、一度門下生の手が止まり、皆仰ぎ見て、心奪われた。

 バサリバサリと火の粉を散らして、紙鬼に到達。呪力の業火たる鳥は鬼の周りを優雅に飛ぶ。火の粉が舞う度に、鬼の身体を焦がしていく。最後にブワッと火力を増すと、鬼の胸元に飛び込んだ。直ぐさま引火し、瞬く間に燃え広がる。

 紙鬼はその場を動くこと無く、悶えていたが、数秒後、口を開いたかと思うと、大気を震わせるほどの怒号を発した。

 それにより発散された濃密な鬼気が渦巻き、呪力の業火はかき消されてしまった。

「チッ。やっぱり駄目じゃったか。おい! 皆の者! 手が止まっておるぞ!」

 智喜の攻撃に見とれていた者らは、主の言葉に、慌てて鬼へ向き合い、呪力を練り上げる。

 紙鬼が現れた際の衝撃で、結界の術式に異常が生じたのか、山に掛けられていた人払いの術は解けてしまっているようで、普段鍵なしでは入り込めないところまで、門下生は進軍していた。

 ある者は呪符を投げ打ち、またある者は呪力で作り上げた水や炎で攻撃した。門下生が各々多種多様な呪術を以てして紙鬼に(たい)()する。どの攻撃も、決定打にはならないが、着実にダメージを蓄積させていった。

 だが、こうした楽で一方的な戦いは直ぐに幕を引くのだった。

どうも。暴走紅茶です。

お読みくださり、ありがとうございます!

隔週でもきちいっす。プー太郎になりてぇ。

では、また再来週!

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