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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第六章 真実とウソ

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1話 そして始まる真実の話

「絶対に起きるのよ」

 (せん)()()(づる)(ふすま)を閉めつつ、中で眠る相棒にそっと声をかけた。

 きっと朝には腕が再生して、きっと目を覚ますから。自分にそう言い聞かせて、彼女は強い足取りで、祖父とぬらりひょんが――いや、真実が待つ奥の間を目指した。


「遅れたわ。入るわね」

 障子の外で一声掛けると、彼女は奥の間へ入る。祖父・(せん)()(とも)()もぬらりひょんも無言で座しており、(じゅ)(じゅつ)(しゃ)の、(あやかし)(はら)いを生業とする家の奥の間に、呪術界の大物と(あやかし)の総大将が揃う異質で異様な光景へ、否が応でも緊張感を覚える。智鶴は開いている座布団を見つけると、静かに正座した。

「うむ。では、話そうか。のう、ぬらりひょん」

「ああ、いつでも始めるが良い。我は待ちくたびれた」

 無音であった部屋、話し手の声が空気を震わせ始める。勿論、智喜は「遮音」の(じゅ)()を貼っているから、外に言葉が漏れる心配は無い。

「その前に、1つだけ聞いて良いかしら」

「なんなりと。千羽のお嬢さん」

 ぬらりひょんは、常に上からの目線を崩さずに応える。

「アナタは最初から真実を語りに来たんでしょ? なのに何故私たちに危害を加える様なマネをしたの?」

「ふん。そんなことか。それなら単純明快。我は弱き者に、わざわざ真実を教えてやる気が無かっただけだ」

「……私を、私たちを認めるというわけね」

「無論、全てをではない。勘違いだけはしてくれるなよ。これにて軍門に降る訳でもなし、ただ、真実を知るべき者として、認めただけに過ぎない」

「勘違いなんかしてないわ。それでも、一応私たちを術者として認める訳ね」

「ああ。そう言っているだろう」

「分かったわ。なら今からの話を信じる。私はずっと嘘をつかれてきた。だから、私を認めるなら誓いなさい。今からの話に嘘が混ざり込まないことを」

「いいだろう。今から話す事に嘘偽りは無い。我が知っている事にはな」

「いいわ。それじゃあ、始めて」

 智喜とぬらりひょんは、自らが知る事実を共に語り始めた。


 *


 ――10年前――

 

春の陽気も日に日に強くなり、そろそろ夏が来るのかと思わされる頃、(はな)ヶ(が)(だけ)中腹に(とり)()を構える神社『(はな)()(じん)(じゃ)』の(はい)殿(でん)(うら)、獣道しか無い山道を登る者が居た。それは千羽家74代目当主、(せん)()(とも)(ふさ)だ。白くて長く、腰の辺りから二股に分かれた羽織が特徴の戦闘服を着て、腰にはロール紙を結わえ、袂には鼻ヶ岳に掛けられている人払いの術から、自分を除外する鍵(呪具)を持っていた。 

 一度本殿に寄り、一息つく。すると傍らに、音も無く一体の(てん)()が現れた。その天狗、名を八角斎(はっかくさい)といい、この山の主大天狗に使える(けん)(ぞく)である。

「おお、なんだ、智房か。山に侵入者が居るとのことでな、千羽の者だとは思っていたが、一応偵察に来たんだ」

「八角斎さん、何だか久しいですね」

「昔に比べて、お前さんが山に来んくなったからだろ。お前さんが若い頃は三人兄弟揃って、この山で悪さばっかりしとったからな。そのたびに俺は……」

「ははは。懐かしいです。いつも(とも)(なり)が泣かされてました」

「そうだったか」

 八角斎は何処か遠くを見つめる目つきで、懐かしい記憶を思い出している様だった。

「そう言えば、ずっと見かけとらんが、兄貴や弟は元気にしとるのか?」

「ああ~。生きてる事は知っていますが……。他には何も、私もずっと会っていませんし」

 そう言う智房の表情は、どこか寂しげであった。

「お、おう。なんか、その、すまん。デリカシーの無い発言だった」

 八角斎は後頭部に手を置いて、小さく腰を折った。

「いえいえ、お気になさらず。今は()(あき)()(づる)という娘も出来て、彼女たちの成長を見守ることが、私の生き甲斐です。生き別れた兄弟を思い出さない訳ではないですが、門下を抜けてしまった者は、戻って来づらいものです」

「そんなものか……というか、お前の娘! 境内で遊ぶのは良いが、何故妹の方はあんなにもアグレッシブなんだ? この間なんて森の中で蛙を捕まえて、それを姉に見せびらかし、泣かせていたぞ」

「ふふっ。私たちの時みたいに、娘たちにも気遣い頂き、ありがとうございます」

「ふんっ。別にお前の娘だから、気に掛けているのではないわっ。この山を見張り、大天狗様が安心して、この地を治められるようにするのが、俺の役目なだけだ」

「またまた~。っと、そろそろ行かねば。それではまた」

「ああ、今日は仕事か。そうかそうか、気を付けてな」

 余り長居をしては、家で待つ家族が心配してしまうと、八角斎と別れ、更に上を目指す。ここより上に行くには、さらに別の鍵が必要となるため、彼は袂に手を入れ、中を調べる。しっかり2つの呪具が入っている事を感触で確かめ、登山を再開した。

「……ん?」

 少し登ったところで、なんだが胸の当たりがゾワッとした。言うに言われぬ焦燥感のような……恐怖心? のような。気になることがあるわけでもなく、確たる何かがあるわけでもないが、なんだか、いつもと違うような、そんな気がしていた。

「何でしょうか? この感じ。また娘たちがお父さんを困らせていないか、不安なだけでしょうか」

 きっとそうだと言い聞かせて、先を急ぐ。頂上付近まで登り、目的の場所に着いた。

 そこには、2、3畳ほどのスペースしか無さそうな、如何にも古い石造りの小屋があり、中にはしめ縄の張られた、大きな丸い岩が鎮座していた。

 辺りに不審な影や気配が無いことを確認すると、智房は()()(かい)()を発動。鬼の姿になると、その岩に触れて自身の()()を微量、流し込む。

 その岩は(ふう)(いん)(せき)だった。中にはそう、()()の魂が封じられている。


 *


「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 智鶴が頭を掻きむしりながら、話を止めた。

「なんじゃ、話の腰を折るでない」

 智喜が少し迷惑そうな顔をする。

「いやいやいや、黙って聞いていれば、好き勝手に、知らないことをベラベラと……」

「質問なら後にしてくれぬか? 最後まで話してから、聞くでの」

「嫌よ。そっちが気になって話が入って来ない」

「何じゃ」

「先ず、お父さん、お兄さんが居たの?」

「居た。じゃが、今どこにおるか、生きているのか死んでいるのかすら、誰にも分からぬ」

 そろそろ本題に戻りたいと、言外に言っていることがありあり分かる表情を無視して、智鶴が質問を重ねる。

「しかも、紙鬼が封印されてるって? 始めて聞いたわよ。開祖が滅したんじゃ無かったの?」

「あ~それはのう……」

 そこまで話すのか、智喜は正直、迷った。現状、智鶴を当主にすると決めていない。そんな娘に何処まで喋って良いのやら。

「……ワシにもよくわからんのじゃ。先代から色々と聞かされたときにのう、今のお前さんみたく問うたが、先代もその先代もきちんと答えられはせんかったという。勿論ワシなりに色々な()(くだ)を尽くして調べはした、じゃが分からぬ。ただ開祖は紙鬼を滅却すること無く封じた。そしてそのお守りがワシらの、この千羽を守る仕事の本当の目的なのじゃ」

「……よく、分からないわ」

 智鶴はうなだれ、膝にある黒子(ほくろ)の一点をみつめた。それに理由は無いが、そこ以外見られなかった。

「そうだと思う。じゃが、これに限ってはワシから満足いく答えはやれん。すまぬ」

「一応だが、我もその件に関して知ることはないぞ」

「分かったわ。取り敢えずはそう言うものだって、話を聞く。続けてちょうだい。話の腰を折って悪かったわね」

 心の中に、疑問が疑念が疑惑が疑心が渦巻く。知らない事柄の連続に、真実を話されたところで、どこまで理解できるか、不安さえ感じる。それでも、先ずは聞いてみないと分からない。智鶴は顔を上げると、祖父の目をしっかりと見据えた。

 孫の眼差しに、(しか)と頷き、智喜が開口した。

「では――


 *


 紙鬼が封じられた石に手をかざす。術について詳しいことは省くが、謂わば封印の状態を検査してるのだ。そしてこれは、全てを知り、当主となった者に与えられる使命である。

 ――パキッ――

「ん? 今何か音が……? いや、気のせいか」

 智房はただ封印の具合を確かめるべく、千羽の秘術を行使していただけだった。なのに……。

 ――パキパキパキ……バカッ――

 封印石は智房の目の前で真っ二つに割れた。刀で切ったと言うよりは、荒々しく引きちぎった様な断面を見つめ、「あ、中は空洞じゃ無いのか」なんて暢気な事を考えた。本能が楽観的に考えようとしてしまうくらい、目の前の異常事態は意味が分からず、思考が全く追いつかなかった。

 割れた断面から、紅白入り交じる半透明の球体が、ポワンと浮かび上がってきた。

 これが、自分の魂に巣くっている……。

「紙鬼の、魂……」

 まだ目の前の事実が飲み込めていない智房だったが、それが明らかに意志を持ち、千羽の屋敷目がけて飛ぼうとしているのが、直感的に分かった。

 脳裏に娘たちの顔が浮かぶ。大分ませてきて、言葉も沢山話すようになって、それでもまだまだ、ほっぺなんかはぷくぷくで、愛らしい、愛しい、親愛なる我が娘――絶対に危害は加えさせない!

()(ぞう)(じゅつ) 折紙 大蛇(おろち)!」

 彼の腰に結わえられたロール紙が、するする勝手に伸びると、大蛇の形に織られる。更にその紙で出来た大蛇は本物同然の動きでにょろにょろと動くと、智房の体に纏わり付く。

 これが智房の得意な()(そう)(じゅつ)の応用だった。紙像術。折紙で作り上げた動物を、生きているかのように動かせるのだ。

「あの魂を、飲み込みなさい!」

 智房が手を振ると、大蛇は大きく口を開けて、紙鬼の魂を飲み込まんとする。だが、所詮は紙だ。紙を操ることに掛けては、紙操術師と同等か、それ以上の鬼。それは魂であっても、自身に危害を加える紙を許さない。

 大蛇が魂をパクリと咥えたところで、蛇は内側から爆散させられた。

「ええい、ままよ! 紙像術! 食物連鎖!」

 その術は名の通り、先ずは蛙が魂を飲み、勿論爆散させられるが、散々になるその前に、大蛇が蛙ごと丸呑みに、それをイタチが食い散らかし……と、紙鬼による爆散の前に新たな紙でくるみ、永遠に爆散させ続けるというものだった。だが、こんなもの時間稼ぎにしかならない。

「クソ……どうしたら……」

 封印石に使う術は、せいぜい封印の綻びを探し、修復・強化するもので、直接的に何かを封印できる代物ではない。美代子を……いや、どうやって呼べというのか。呼べたところで、彼女が到着するまで紙鬼を足止めできる保証は無い。それに、彼女でさえも、紙鬼を封印出来るのか、判らない。

「……」

 様々な攻略パターンを考える。思いついてはボツにしていく内に、最高にして最善にして最悪の解決方法が浮かんだ。しかし、それを実行する勇気が湧かない。それでも……。

 智房は妻と娘の顔を、強く、強く脳裏に引っ張り出した。笑った顔も、怒った顔も、哀しい顔も、楽しくてはち切れんばかりの笑顔も。

「みんなごめん」

 智房は全てをなげうつ覚悟で紙鬼回帰状態になった。

「紙鬼の魂よ! 私に取り憑きなさい! 私だって、貴様の半身です!」

 目の前でライオン型の折紙が爆散した瞬間、その魂を掴み、彼はあろうことかそれを丸呑みにした。

 瞬間、ブワッと全身に嫌悪感が走る。子どもの頃、どうしても苦手な人参を無理して食べさせられた時を思い出した。だが、それの何百倍も、いや考え得る最悪の、それ以上の拒絶反応に、胸を掻きむしり、悶え苦しむ。

 今すぐにでも吐き出して仕舞いたかった。だが、そんな事は出来ない。両手で逃がさないように口を塞ぎ、決死の覚悟でそれを飲み下す。飲み込んだ紙鬼の魂が、自分の身体に巣くう紙鬼の魂と混ざり合っていくのが、いやにハッキリと分かる。

 だんだん身体の自由が、意識が、乗っ取られていく。

 (かす)む意識の中、考えることはただ家族の事だけだった。

 ああ、智秋はやっと苦手なピーマンを克服したんです。智鶴はおねえちゃんにべったりで、それでもじゃじゃ馬ですから、いつまでも手がかかるでしょう……。2人とも術を覚え始めたんです。きっと、これから色々な人生の岐路に悩む彼女たちをみて、夫婦揃ってやきもきしたかったです。成長を見たかったです。進学に笑って、結婚式で泣いて、孫が出来て喜んで、年老いて二人で隠居生活をする……、それが私の夢でした。美代子、美代子……ごめん、ごめんなさい……。

 ここで智房の意識は途切れた。


どうも!暴走紅茶です! お読みくださりありがとうございます!

始まりました。真実語り。これからどうなっていくのやら。

では!また『再』来週!

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