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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ
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16話 終戦とハジマリ

 ()(じん)が背中から植物の羽を生やし、空へ舞い上がる。

 そして、その誘いに乗り、(りょう)()もまた()()()を呼び寄せると、跨がり、空へ飛び立った。

 右手にはくさりんを構え、マドウメとの(きょう)(かい)()()を解くと、美夏萠と強固に繋がる。

「そんなに怒りを露わにして、竜のガ~ルは怖いなぁ」

 などと嘲笑い、妖気をまき散らしながら、肘から先を刀へと変えていく。空中だから歩く必要も無いと、足までも膝から先が刀になった。第二形態となって、体に草木のスーツを纏っただけでなく、手足の得物は先ほどまでの木刀と打って変わり、明らかに鋭さが増しているようで、打撃でなく斬撃を出せるようになったと見て疑いは無い。

「美夏萠!」

 敵の姿に見入ることなく、竜子が相棒の名を呼ぶ。

 その声に応じ、蛟の口から太い滝のブレス――(すい)(りゅう)(ほう)――が放たれた。だが、その攻撃を手の刀で受け止めると、ブレスは切り裂かれ、妖の体を避けるように、両側へと切られた。更にはブレスの水気を吸って、体の草木が生長し、翼は大きく頑丈に、スーツも厚みを増した。

「Oh! これで完全体となれた。気持ちの良いシャワーをありがとう。ガ~ル」

 クソッと顔をしかめ、敵を睨みつけると、目線の先には微動だにしない(かげ)(ぎつね)の姿が見えた。

 そうだ、あの身体に押し込めたらどうなるんだろう。

 丁度その時、地上から百目鬼の声が聞こえた気がしたが、お構いなしに水の鎗・(すい)(そう)(ほう)を放つ。……だが、放つ瞬間に、また攻撃にならず、回復されたらどうしようと不安が過った。その不安で命中力は格段に下がってしまい、結局一つも木人当たること無く、影狐の体内にとっぷり吸い込まれていった。

「ど~こを狙っているんだい? ガ~ル」

「うるさいね! ボサッと浮いてないで、かかって来なよ!」

「では、遠慮無く」

 木人は空中で一つ宙返りをすると、美夏萠の鼻頭向かって飛び込んできた。

 蛟は回避行動をとり、寸手のところで躱すが、四肢を刀に変え、空中を自由に舞う木人の攻撃はあまりにも手数が多く、複雑であった。まるで暗闇で襲われているかのように、不意をつかれ、躱しきれずに、いくつか太刀筋を掠めた。

 更に追撃がくる。美しく、蝶のように飛び、バレリーナのように舞い、蜂の様に刺し、剣豪の如く切り裂く。その攻撃がどんどん核心に迫ってきている感覚に、冷や汗の止まらない竜子は、退避しようとした。だが、その動きも読まれていたのか、木人の鋭い一撃が、美夏萠の右角を切り落とした。

「ぐおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 痛みに呻き、咆哮を天高く轟かせる。

 妖気が吹き出し、再生の得意で無い美夏萠は直ぐに治ること無く、徐々に身体を戻していってはいるが、角が無くなった事でバランスが取りづらくなり、飛ぶ姿勢もいつになくフラフラしていた。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……。焦って頭が回らない。木人の洗練された動きは、無駄が無く、また得意の水攻撃も効かない。くさりんで戦うにも、空中では美夏萠なしでは動けないし、美夏萠に乗ったままでは自由に獲物を振り回せない。マドちゃん……はだめ。美夏萠とくさりんなら同時に繋げるけど、3体は無理だし、それに今美夏萠やくさりんと繋がりを断つ様な、攻撃を捨てるマネは出来ない、する度胸が無い。

 八方塞がりだ……。

 竜子は今にも泣き出しそうだった。

 みんなと肩を並べられる程に強くなったと思ったのに、しんどい思いも沢山して、修行にも耐え抜いたのに、竜気という高位な気も扱えるのに、なのになのに、目の前の妖一匹に手も足も出ない。

 勿論相手は上級妖である上に、ぬらりひょんの百鬼に加わる猛者だ。だとしても、それでも、こんなに何も出来ないものか。悔しい、悔しい、悔しい……。


「悔しい!!」

  

 スパンと、胴に熱い感触が走る。

 そこで竜子の意識は途絶えた。

「安心しろ、ガ~ル。峰打ちだ」

 美しくも恐ろしく、木人は夜の闇に煌めいていた。


 *


 かつて一冊の文庫本であった無数の妖が、()(づる)の周りに放たれた。

「紙鬼回帰!」

 彼女は迷うこと無く力を解放する。

 残された時間はあと僅か。他の場所では勝敗が決した様で、感じる気配も減ってきた。「出し惜しみはしないわ!」

 智鶴もまた無数の紙片をばらまく。

「踊れ! 指揮のままに! ()(そう)(じゅつ) (かみ)()() (き)(せつ)(げつ)()!」

 春に散る花の如く舞い、夏に迸る水の如く勢いよく、秋に実る果実の如く重く、冬に吹き荒れる雪の如く荒々しい。智鶴の指揮する紙吹雪は、その一枚一枚が意思を持って躍りかかっていると錯覚してしまうほど的確に、文庫妖を襲っていく。

 (どう)()()のように弱点が見えている訳では無いし、竜子のように圧倒的なパワーがあるわけでも無い。ならば、当てずっぽうでも数を打ち、出せるだけの力で貫く、引き裂く、切り裂く……!

 拝殿を照らす明かりが急に灯り、紙を操る指揮者たる智鶴を、スポットライトのように照らし出す。

 彼女の指揮は転調し、BPMを上げていく。肉迫してきた個体から、一番後ろの個体まで、どんどん塵に消えていった。

「道が出来た!」

 文学妖妃までの動線上に居た文庫妖が滅され、彼女の目の前に道が出来た。

「紙吹雪!」

 そう叫ぶと、文庫妖を襲っていた紙片が一ヵ所に集まる。攻撃が無くなり、再び標的は智鶴へ戻る。

「巨人の!」

 あと少しの所で、右側に居たカンガルーと蛇の相の子に見える文庫妖の拳が脇腹に食い込む。右の脛をワニの文庫妖に噛みつかれ、血が噴き出した。他にももう防ぎきれない攻撃が身体にめり込んで苦渋に顔を(しか)めながらも、諦めず、拳を突き出す。

「拳固!」

 打ち出された巨大な紙吹雪の拳が、文学妖妃に向かって飛ぶ。その攻撃に巻き込まれ、智鶴に取り付いていた文庫妖たちが、またその道筋に居た文庫妖たちが、塵になって夜風に飛ばされていく。

「いけぇぇぇぇぇえええ」

 しかし、それはあと一歩のところで、切り裂かれた。

「やれやれ、こっちもこっちでお転婆だねぇ、ガ~ル」

「うそ、でしょ……」

 智鶴の渾身は届かなかった。いともたやすく切り捨てられてしまった。

 だが、妖の側にも誤算が生じる。

「Oh!」

 彼女の攻撃を防いだ木人が、横っ面を殴り飛ばされ、智鶴の目の前から消えたのだ。

「智鶴の! 邪魔を! するな!」

 そこには全身を眼に覆われた少年が立っていた。

「木人、お前の、相手は、俺だ」

 新たな対戦のカードが決まった。

「ふぅ、ようやくか、私は君をバラしてみたかったんだぜ。ボ~イ」

 そう言うや否や、木人は拝殿の前に飛んでいった。百目鬼もまたそれを追って行った。

 だが、彼が木人を引き受けたからとして、智鶴の戦況は大きく変わらない。依然数の減りきらない文庫妖を相手に、再び文学妖妃までの道のりは閉ざされた。

「クソ……こんなんじゃ、切りが無いわ」

「数で押しても無駄じゃ無かったの~? ねぇねぇ、今どんな気持ち? ねぇねぇ、悔しい? 悔しい? 悔しいよねぇ」

 智鶴はその問いかけに、奥歯をかみしめて、答える。

「悔しい? 違うわね、こういうのは、鬱陶しいって言うのよ!」

 彼女がクッと拳を握ると、先ほどの様に、紙が一ヵ所に集まり、巨人の手を(かたど)る。だが、それは直ぐに打ち出されず、まるで彼女の身体の延長であるかのように、左右両側に留まった。

「紙吹雪 (きょ)()なる(てつ)(わん)!」

 智鶴の動きにシンクロして、その巨大な両腕は、文庫妖を叩き潰していく。一発当たり10匹程塵になり、その数をどんどん減らしていく。だが、本体の妖妃もそれをただ見ているわけでは無かった。

「妖術 阿鼻絶叫」

 智鶴の周りに、妖術によって作り出された『本』が浮かび上がる。先に百目鬼に浴びせた大音声が、叫び渡る。

「ちょっと! 何時だと思ってるの!? 近所迷惑よ!」

 智鶴の声もかき消され、あまりの音量に身動きも緩慢になるが、その出所は本、つまりは紙だった。音の方向に手を向け、力強く、握りつぶす様に拳を握る。くしゃっと本が潰れると、音は鳴り止んだが、その隙に文庫妖が襲ってくる。

「あらら~鬱陶しいの、無くならないね。無くならないと、私に会えないよ~~~ん」

「黙りなさい」

 智鶴はサッと紙刀を折り上げると、それを振り回し、飛び込んできた文庫妖を切り裂いた。

 更に攻撃を繋げる。

 勢いそのままに、彼女は紙刀を地面に突き刺すとそれを杖の様に扱い、空中に飛び上がった。そんな彼女にそれいけとばかり、文庫妖たちがパン食い競争を想起させる動作で、口を開けて飛びかかるがしかし、空中で身を捻ると、その足下に紙を固定して、更に高く飛び上がった。文庫妖たちの口がガチンと空を噛むのと、智鶴が再び紙を蹴って地面と平行に飛んだのは同時だった。

 その光景に呆気にとられた文学妖妃は、ついポカンと見入ってしまった。

 背後に敵が迫ったところで我に返った妖の少女が、ザッと音を立てて振り向く。

「ついつい妖を見ると滅したくなるのは悪い癖だわ。別にあんな雑魚、無視すれば良かったのよ」

 その言葉を聞いた時には既に、目と鼻の先に麗しき紙吹雪の少女がいた。

 彼女は妖の顔面に手ずから拳骨を叩き込んだ。鬼気の乗った鬼の拳は、むき出しになった骸の鼻と口を粉々に吹き飛ばした。その骨に頑丈さはなく、火葬後かとも思えるほどに脆かった。

 そのまま文学妖妃が仰向けに倒れると、周りに居た文庫妖もボロボロ崩壊を始める。

「ズルだもん、そんなの、ズルだもん。いやぁ、嫌あだ! 女の子なの! 私は女の子なの! 管にまみれて、骨と皮しか無い“醜い一族の面汚し”じゃ無いの! 女の子だもん、ピチピチで、るんるんした、カワイイ、カワイイ、1人の、女の子だもん! 殴っちゃ駄目なの! 女の子は! 殴っちゃ、駄目なの!」

 駄々をこねて、ジタバタと暴れ、骸に残された眼底から涙を滴らせる。

 そうしてわめく妖少女の生前に思いを馳せない訳では無いが、智鶴だってここで負けるわけにいかない。

「ごめんなさいね。出来れば幸せになってもらいたいところだわ」

 そう呟いて、彼女は紙刀を妖の腹に突き立てる。

 そこに霊的弱所が無い事は分かっていた。

 紙刀から手を離すと、文学妖妃の両手を取って、包み込むように握った。

 一分の時が流れ、定礎の力により場外へ弾かれるまで、ずっと暖かく。


 *


 文学妖妃が消えたのを見届けた後、さて百目鬼の方はどうなったかしらと、智鶴は立ち上がり、駆けだした。

 まあきっと、百目鬼のことだから余程心配は無いけれどねと高を括って。

 だが智鶴が移動し、拝殿前の光景が広がって行くに従って、血の気が引いていくのが分かった。

 そこには両腕を失い、胸倉を掴まれ、足が宙に浮いた百目鬼の姿があった。足の下には血が小さな水たまりを作っている。腕の傷口は再生繊維がにょろにょろと頼りなげに動いているだけで、復元される気配が無い。他の小傷も修復されずに残っていた。

 かすかに声が聞こえる。

「俺、は……まだ……て、な……」

 再生能力の高い彼でさえ、直ぐには直らない傷を負わされ、それでも尚、仲間の負けを阻止すべく、意識を失わず戦える意志を示している。

「百目鬼……百目鬼!!」

 智鶴は叫び、走り出した。

「百目鬼を、離せ~~~」

 再び巨躯なる鉄腕を発現させ、紙吹雪の拳を木人に叩きつける。

 妖はその攻撃をいともたやすく、空いた方の手で切り裂くと、顔の無い顔を智鶴の方に向けた。

「本当に負けてくれないボ~イで、こっちはもう疲れたよ、ガ~ル」

 ボロボロの百目鬼に対して、余裕を見せる木人の姿に、彼らの戦いが如何に一方的であったかが伺い知れる。

「ん~、どうせこのボ~イも直ぐに事切れるだろうし、そうだなぁ。最後の一匹も叩き出さないとだね、ガ~ル」

 粘っこい言い方に血がザワつく。

「最後ってどういうことよ!」

 竜子の顔が脳裏に浮かび、最悪のイメージが浮かぶのを、首を振って阻止した。

「言葉の通りだぜ!」

 木人は興味を失ったように、百目鬼を地面に投げ捨てると、彼を掴んでいた方の手も刀に変え、智鶴に迫る。

「早っ」

 妖は背中の羽で常に少し浮いている為、走ると言うよりも滑るようにして移動してきた。その速度は智鶴の予想を遙かに超えていたが、間一髪で自動防御が働き、攻撃を防ぐ。

 少しでも気を抜いたら、やられる……。そう思い、紙壁に鬼気を注ぎ続ける。

「ぐぬぬ……」

「ほ~う。やるねぇ、ガ~ル」

 木人は褒めるそぶりを見せながら、左足の刀を下段から切り上げた。そちらにも紙壁を張ると、鬼気が分散してしまうと判断した智鶴は、後方へ飛んで回避行動をとる。それでもたった数歩の距離など直ぐに詰められ、四肢を振りかざし、柔軟な剣戟を繰り出してくる。

 大振りなのだけが救いねと智鶴は、その攻撃も避けて、攻勢に出られるタイミングを覗う。

 先程文庫妖に喰らったダメージが体に響いているが、まだまだ戦えそうなのだけが幸いである。

 木に有効な手立てを考えなくては……。そう思えども、現状の紙鬼回帰では発火の術は使えないし、切り替えようにも、大勢の妖に見られている状況で下手な事は出来ない。

「なら!」

 智鶴が刀を構えるように両手を前に出すと、そこへ紙吹雪が集まり、紙刀を形成した。

「そんなもので、この私が切れるとでも思ったのか~ぃ? 笑わせるね~」

 木人は余裕の態度を崩さぬまま、つばぜり合いにでも持ち込み、樹液で滑らせ切りつけようと片腕の刀を振り下ろした。が、智鶴の居合いとも横薙ぎとも似つかない刀の振り方に違和感を覚えた……時には既に遅かった。

 折り紙の刀は、まるで木こりが斧を突き立てる様に振られると、その軌道上で折り直され、ハンマーに形を変えた。

「なっ」

 紙とは思えない重量の攻撃が、細身の刀の鎬にクリーンヒットした。ヴァキッと思い音がして、妖の刀と化した腕は中程でへし折られた。

「先ずは一撃ね」

 智鶴が嬉しそうに笑う。対して木人は悲鳴とも苦痛とも激怒とも取れる声を上げた。

「うわぁぁぁぁぁあああああああああああ」

 信じられないとでも言いたげに、折れ、木の繊維ばかりが残る腕の先を見つめる。

「私の大事な、マスターの作ってくれた、大事な大事な身体に何てことを……。だが、私は慌てないぜ、ガ~ル」

 ふわりと浮かび上がると、身体を月光に向ける。

(よう)(じゅつ) ()(じゅ)(せい)() (げっ)(こう)(せい)

 妖の身体がキラキラと月光に輝き、折れた腕を再生させる。一般的な植物が太陽光による光合成で成長するように、木人の身体は月光による光合成で再生されるのだ。

「させないわ」

 智鶴が飛び出そうとした時だった。木人は何かの力で顔面から地面に叩きつけられた。

「お前の、相手は、俺だと、言ってる、だろ!」

 倒された木人の背には、その首根っこを掴む――

「百目鬼!」

 ――の姿があった。

 智鶴の驚きと嬉しさが綯い交ぜになった声は、直ぐに戸惑いの表情を連れてきた。

「その腕……」

 百目鬼の腕は、およそ人の肌と言える色では無かった。真っ黒の腕。その腕の中に瞳孔の無い白い眼がいくつも浮かんでいる。

「話、後。先ず、コイツ!」

 植物の羽を羽ばたかせ、無理矢理飛び起き、百目鬼を弾き飛ばし起き上がる。

「おやおや、まだ戦えるのかい、ボ~イ。それには驚きだ」

 通常の再生が苦手なのか、妖術を中断させられ中途半端に繋がった左腕を、元の手の形に戻すと、2人に(あい)(たい)する。

「それでは、行くぞ」

 木人が前進のために羽に力を入れた時だった。


『そこまで~~~~~~』


 どこからともなく声がすると、定礎の作り出した枠が消え、ゾロゾロと百鬼の妖が湧き出てきた。

「どうだ、我の百鬼は強かろう」

「何? どういうこと!?」

 自慢げに言葉を投げかけるぬらりひょんを無視して、智鶴が問いかける。

「時間だ、時間。今がきっかり1時間。残りは2対1でお前らの勝ちだ。ギリギリのギリギリと言うところだが、まあ、勝ちは勝ちだ。約束通り……

「最後まで戦わせなさい! 木人をへし折ってやるわ」

 敵の総大将の話すら無視して、我を通そうとする智鶴。

「やっても良いが、その時はルールも無しのうえ、百鬼全員での総力戦となるが、いいか?」

「……それは」

 状況を把握して、口ごもる智鶴。正直に言って、現状で百鬼を相手取れば、満身創痍の百目鬼は確実に殺されるだろうし、竜子の所在が分からない以上、下手に動かない方が良い事は明白だった。

「分かったわ。勝ちと言うことなら、それで満足しましょう」

「話が早くて助かる」

 ぬらりひょんは不敵に笑うと、言葉を続けた。

「さて、褒美だ。真実を話そう。10年前、ここで起こった事の全てを」

 ドカッとその場に腰を下ろすぬらりひょん。目線がお前らも座れと言っている様で、それに従おうと、智鶴が膝を折りかけた時だった。


「待たれい」

 

 居るはずの無い声が響いた。

 皆がそちらに顔を向けると、そこには智喜と彼の半歩後ろに智秋が立っていた。

「これはこれは、ご当主。如何した」

「ぬらりひょん、こんなところで話すのも乙なもんかもしれんが、折角ならウチへ来い。どうせお前さんなら、結界も反応せんのじゃろ」

()(ごく)(こう)(えい)なこと。この我、ぬらりひょんをわざわざ家に招くとは。その提案、ありがたく受けよう。百鬼の者ども、お前たちは影を潜め、待機せよ。では、向かうとするか。千羽の者らよ」

「ほんとに、お前というヤツは、招いてもらうもんの態度じゃ無いぞ」

 智喜が呆れてそう言うが、智鶴はそんな会話もどこ吹く風。キョロキョロと辺りを見回している。

「どうした、の?」

 百目鬼が耳元でそう尋ねると、智鶴も同じく声を潜めて応えた。

「竜子、どこ?」

「それ……俺も、探して、る。けど、もう、境内には、居ない、みたい。あ、ちょっと、待って」

 百目鬼がタタタとメダカの元に駆けていくと、何やら話し、戻ってきた。

「メダカさん、実況、してた、から、聞いて、きた、けど、なんか、負けた、後、帰った、みたい」

「帰ったですって!?」

 後半は声が裏返ってしまうほどに、素っ頓狂な声を上げた。

「なんで? え? どうして?」

 続けざまに疑問を投げながら、既にボロボロになった紙服の下、ジャージのポケットから、スマフォを取り出すと、竜子に発信する。

『……。……。……。』

 何度か呼び出し音が鳴る。

『ガチャ』

『あ、竜――『お掛けになった電話番号は――

 智鶴は悲しげにうつむいて、電話を切る。

「駄目、出ない。一応メッセージだけ飛ばしておくわ」

「うん」

 智鶴は直ぐにチャットアプリを立ち上げると、

『どうしたの? 大丈夫? 怪我してるなら、ウチにいらっしゃいよ?』

 とだけ送信した。

 既読は付かなかった。


 *


 智鶴たちが帰宅すると、門下生たちが広間の中から、客人の姿をジロジロと見つめる。

「おい、あれが……」「伝承通り、頭長ぇ」「なんで、ウチに……?」

 とザワザワしている者たちを一瞥して、一行はそのまま奥の間へと入ろうとした。だが、玄関を抜けた直後、百目鬼がバタンと音を立てて倒れた。みるみる内に両腕が消えて行き、傷口が露わになる。

「ちょっと、百目鬼!? しっかりなさい、ねえ、ほら!」

「休ま、せて……」

「おじいちゃん、私、百目鬼を客間に寝かせてから向かうわ」

「分かった。では、ぬらりひょん、先に行こう」

 来訪者は首肯で応えると、智喜の後に付いていった。

「智鶴様! ここは、俺が」「俺も手伝います」

 身長差と腕が無い持ちづらさから、智鶴1人では運べないと判断した門下生が駆け寄ってくる。

「ありがとう」

 何とかして百目鬼を、客間に敷いた()()()(とく)(せい)(かい)(ふく)(じゅ)(じゅつ)()(とん)に寝かせ、直ぐに()(たん)(ざか)に連絡をした。

「絶対に起きるのよ」

 穏やかに眠る相棒に、優しく声をかけると、智鶴もまた奥の間へと消えていった。


 真実が、始まる。


どうも、暴走紅茶です~。

本日はエピローグも同時更新されておりますので、

引き続きお楽しみください!

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