表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ
88/151

12話 束の間の……

 残暑の気配もだんだんと薄れ、時折吹き抜ける冷たい風に、次の季節を感じ始めた9月の終わり。翌週に文化祭である『(せい)(りょう)(さい)』を控えた清涼高校は、生徒たちが一年で一番浮き足立っており、放課後に居残って各クラス出し物の制作を詰めている。帰宅部の()(づる)は、普段ならもう下校している時刻であり、初めて放課後の学校というものを堪能していた。

「あ、智鶴、お疲れ」

 自販機に飲み物を買いに行ったところで、(どう)()()にバッタリ出会った。

「アンタもサボり?」

「ち、違う。休んで、って、言われた、から」

 智鶴と同じく、部活に入っていない百目鬼も、初めて放課後の学校を経験して、ソワソワしている様だった。

「あ~。楽しいけど、帰って修行したいわ」

「わかる。楽しい、から、こそ、ちょっと、不安に、なる」

「そうね。まあ、最近色々立て込んでたし、束の間の休日って事にしましょうか」

「うん、そうだね」

 2人が連れ立って教室に戻る途中で、中庭を挟んだ向こう側の校舎に、(りょう)()の横顔が見えた。クラスメイトだろうか。智鶴の知らない誰かと、仲睦まじく談笑しながら歩いている様子だった。

「元気なのよね……」

 智鶴は百目鬼に聞こえないほど小さく呟く。

 (ゆき)ヶ(が)(はら)で様子がおかしかった件について、竜子にまだ何も聞けないでいた。もしも何か、最悪の答えが返ってきたら、無視されたら……と思うと、話しかけても、怖くなって違う話をしてしまう。もう今となっては、仲間をただ信じて想うことしか出来ないのだった。

 教室に入ると、委員長が日曜日に登校して来られる人を募っていた。

(せん)()さんと百目鬼君! どこに行ってたの? 2人は日曜日来られる?」

 土日とも夜の仕事がある2人は、どうしようかと迷ったが。

「夕方くらいまでなら」「俺も」

 というラインで妥協した。

 正直なところ、人付き合いが苦手な智鶴は、最初こそこの『高校の文化祭』『みんなで盛り上げる雰囲気』という、如何にも“発言力の高い人らがこれ見よがしに楽しむイベント”としか思えないものに、嫌悪感すら抱いていた。彼女にとって友達は日向とついでに静佳だけでいいし、仲間の百目鬼と竜子だっている。これで世界イッパイ、お腹イッパイだった。だから、仲良くなりたいとも思わないクラスの有象無象と戯れるなんて……。と感じていたのが初日の事である。

 クラスの出し物『13日の金曜日』をイメージした、コンセプトカフェの準備として、血糊を作ってみたり、チェーンソーを動かしてみたりというのを、名前もちゃんと覚えていなかったクラスメイトと共に行う中で、徐々に楽しいという感情が芽生えだし、また新たに数名顔と名前が一致する人も増えた。

 今も積極的に参加するというスタンスは、恥ずかしいから取れないものの、修行や仕事に支障が出ない範囲内で、できる限り参加していた。

「ちーちゃん楽しそう」

 隣で血しぶき飛び散る看板に色を塗っていた()(なた)が、からかう様に言葉を向けてきた。

「そ、そんなことないわよ」

 智鶴は意識を逸らそうと、慌てて看板にペンキを塗りたくる。

「別に隠さなくてもいいのに……」

「隠してなんかいないわ。早く帰りたいわよ。本当に」

「も~。(あまの)(じゃ)()なんだから~」

「あんな(あやかし)と同じにしてほしくないわ」

「え?」

「何でも無いわよ!」

 あら、うっかり失言をしたと、智鶴は顔が赤くなる。

「ま~いいや」

 日向は智鶴からかいに満足したのか、意識を血しぶきに向け始めた。

 夏の夕日が優しく教室に差し込んでいた。


 *


 だが、智鶴が何気なく言った「束の間の休日」は本当に束の間で終わってしまう。

 アイツは本当にいつもいつも突然やってくる。千羽に住まう全ての術者が、誰一人として歓迎していないのに。

 その日の夜、文化祭の準備で疲れた智鶴は、夕食後に修行そっちのけで居眠りを貪っていた。いや、智鶴だけで無い、百目鬼もまた、疲れからウトウトしていた。時刻は夜の9時を回ったところである。妖が湧くにも中途半端な時間。……だったが、2人はほぼ同時にピクンと跳ね起きた。直ぐに着替えると、家を飛び出す。

 そう、(とも)()に止められる前に。


 智鶴と百目鬼が飛び出した後の千羽屋敷は、蜂の巣を突いたような騒動に包まれていた。

 スッパーーーンと壊さんばかりに襖を開け放ち、智喜が広間に飛び込む。

 そして一声。

「出られる者は準備を急げ! 智鶴と百目鬼はどこじゃ!?」

 そう叫んだ。

「智鶴様と百目鬼は先ほど血相を変えて、家を飛び出していきました」

「あ、アイツら……」

 彼は頭を抱えると、不安げな様子で(はな)ヶ(が)(だけ)の方向を睨んだ。

 

「智鶴ちゃん! (はや)()くん!」

 鼻ヶ岳に向け、全速力で駆ける2人を呼ぶ声が降ってくる。

「竜子!」

 智鶴が空を見上げ叫ぶと、蛟・()()()の背から仲間を見下ろす彼女の顔が見えた。

「この邪気! まさかまた!?」

「多分ね。百目鬼も居るって言ってたわ」

 走りながら、彼はコクンと(うなず)いて見せた。

「先に行ってるよ!」

「直ぐ追いつくわ!」

 美夏萠がグンとスピードを上げる姿を見て、いつも通りだわとホッと胸を撫で下ろした。でも、今はそんな時じゃ無いと、心に一発平手を打ち込み、気持ちを切り替えると、百目鬼と共に夜の千羽町を駆け抜けた。


 参道の石段を駆け上ると、丁度拝殿から鳥居の方を向いて、妖が群がっていた。そして、その先頭にはそう、智鶴の宿敵ぬらりひょんが仁王立ちして待っていた。

「思ったより早いお出ましで」

「今日こそ滅してやるわ」

 売り言葉に買い言葉。戦いが始まる前触れの様な、一触即発の雰囲気の中、ぬらりひょんの背後から、一体の如何にもチャラついた格好をした人型の妖が右手を挙げ、「よう、ドーメキ、元気にしてたか!?」等と声をかけるものだから、場はより一層凍り付いた。

「メダカ、さん……? なん、で?」

「百目鬼!? 知り合いなの!?」

「知り、合いも、何、も、俺の、師匠……」

「え?」

(きん)(ぽう)(ざん)、で、(りん)(きゃく)と、メダカさんに、術、教えて、もらった……。え? 何で……?」

 百目鬼は悪魔に胃を捕まれたかのように、お腹がキュッと痛んだ。次いで、心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。

 吐き気と共に、自責の念がこみ上げてくる。自分は誰に術を教わっていたのか、それすら知らなかった自分に対して。その正体が、まさか大事な仲間の宿敵の一味であった事に対して。

「おお……。メダカ、良かったではないか。ちゃんと覚えててもらって」

「ぬらりひょん様、そりゃまだまだケツの青い子供ですぜ? 記憶力は良いはずだぜ」

 そんな会話すら、耳に入って来ようとしない。

「理解が出来ないわ。何故、敵に塩を送るようなマネをしたの!?」

「まあまあ、それもこれも全部含めて話そうじゃないか。でも何だ。無料(ただ)で聞かせるのも、面白くない」

 ぬらりひょんは彼女を値踏みするように、そう言うと、腕を組む。

「お金でも取る気?」

「ははは。馬鹿を。強くなったのだろう? 我は弱き者に事を教える気は毛頭無い。だから、我とゲームをしろ。もしも勝てたら、メダカの事も、……そうだな、10年前の真実も話そうでは無いか」

「ゲームって何よ。それに、10年前って、何なの!?」

「知りたいのなら、ゲームに勝つのだな。我に言えるのはそれだけだ」

「……」

 智鶴は眉根を寄せて、思案顔を作る。下の様子が気になったのか、竜子が降りてきたところで、小声で百目鬼に話しかけた。

「あのメダカさんは、信用できる?」

「わ、分か、らない……」

 百目鬼は意気消沈しており、自分の言葉に何一つとして、責任を持てないでいた。

「シャキッとしなさい。アンタは強くなったんでしょ。今はそれで、十分じゃない!」

 智鶴が落ち込む彼の背を思いっきり平手で叩き、(げき)()ばす。

「あ、痛っ!」

 少し涙目になるほどの威力だった。それでも、ようやく目が覚めたのか、少しはマシな表情になった。

「ごめん。そう、だね。そうだ……」

 あの期間、自分がどれだけメダカに世話になったか。どれだけ自分を気にかけてくれたか。それを思いだし、精一杯、過去の自分を肯定した。

「うん。メダカさん、は、信用、出来る」

「竜子はどう思う?」

「ごめんね、断片的にしか聞こえなかったけど、ゲームにのるかどうかって話で合ってる?」

 智鶴がコクリと頷いて見せる。

「私は乗って良いと思うよ。だって、この数の上級妖、普通に相手できる数じゃ無いもん」

「でも、ゲームの内容が分からないのよ? 百鬼とのバトル・ロワイアルだったらどうするのよ」

「多分、一般的に、それは、ゲーム、じゃない。(じゅう)(りん)

「だけど……」

「智鶴ちゃん。アナタの宿敵だよ? 迷うのもいいけど、決断するのはアナタだよ。私たちは、それに必ず協力する」

 竜子が百目鬼に目配せをすると、彼は頷き、真剣な顔で智鶴を見た。

「……」

「いつまでだらだら話しておるのだ? のらぬなら、我らは去るぞ。今日は主らとゲームをしにきたのだからな」

 ぬらりひょんが待ち切れなくなってきた様子で決断を迫る。

「……っ分かったわよ。うっさいわね! のるわ。それで、ゲームの内容は!?」

「鬼ごっこだ」

「お、鬼ごっこ、ってあの?」

 意外な提案に、智鶴が拍子抜けて、声が裏返ってしまった。

「そうだ。だが、ただの鬼ごっこではない、……そうだな『相対オニ』とでも名付けるか。ゲームは我が百鬼から3体対お前ら3人で行う。ルールは簡単。1時間以内に、ここに居る、『定礎』という妖の作る範囲内から出たら負け。敵に1分以上捕まれたら負け。気絶や死亡など戦闘不能になればそれも負け。どうだ、簡単だろう」

 要するに、互いが互いのオニである鬼ごっこという訳だった。だが、人の視点からすると、鬼がオニをする鬼ごっことは、冗談にも笑えない事だと、3人は同じ事を考えていた。

「いいわね。要するに捕まらず、全員滅(めっ)したら良いんでしょ?」

「そういうことになるな。まあ、我が百鬼の一員、そんなにヤワでないがな」

 ふっと鼻で一つ笑い、智鶴たちをどこか小馬鹿にした様子を示す。

「それでは、定礎、頼めるか?」

「御意のままに」

 四角いコンクリートブロックが組み合わさって出来上がった様な、西洋妖怪ゴーレムを思わせる2足歩行の妖が前に進み出てきた。振り上げた拳で、地面を一発殴ると光が走り、拝殿を中心とした300メートル四方の囲いを作った。その中には拝殿は勿論のこと、山の森や砂利で覆われた境内も含まれ、地形を利用した戦術も取れそうであるが、同時に死角が多く、逃げるのも捕まえるのも大変そうである。

「これが、範囲だ」

 それだけ言うと、定礎は百鬼の群れに戻っていった。

「ここでは定礎がルールだ。先ほどの負け要素を感知すると、範囲外に出される様になっている」

「ついでに俺も、監視・実況させてもらうぜぇぇぇぇぇええ」

 メダカが意気揚々と声高に叫んだ。

「では、こちらからのオニ役を紹介させてもらう。では、お前ら前に出ろ」

 呼ばれて進み出たるは3体の妖。左から順に『(ぶん)(がく)(よう)()』『(かげ)(ぎつね)』『()(じん)』という、どれも上級の妖である。

 それに、どの妖も……

「なんでこんな顔が見えないヤツばかりなの!?」

 そう、文学妖妃は()()(ちゃ)(しき)()という、明治時代の女学生然とした格好をしており、手に持った文庫本で顔を隠していた。隠狐はそもそも真っ黒で顔のパーツすら見分けも付かないが、狐と分かるシルエットであり、木人は高級紳士服店に展示される、木製のマネキンのような、デッサン人形を大きくしたような見た目で、顔らしい顔が見受けられる妖は一体も居なかった。

「不気味……」

 百目鬼ですら、気持ち悪げに呟く。

「人を惑わし、追い込み、捕まえるのに特化して選んだ逸材ばかりだ。そうそう簡単に逃れられると思うなよ、千羽のお嬢さん方」

「私たちだって強くなったのよ。ナメてると痛い目見るわ!」

「そうかそうか、それは見物だ。それでは始めようか……定礎」

 面倒くさそうに、かったるそうに、百鬼の中から出てきた定礎が、一声。「開始!」と叫んだ。

 ゲームの幕が上がった。

どうも。暴走紅茶です。

今週もお読みくださりありがとうございます。

最近土日に予定が入りがちで、早めに予約投稿しています。いやはや、便利な機能ですね。

では、また来週!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ