11話 報告会
雪ヶ(が)原から戻って、報告だのこれからの対策だのと、バタバタ慌ただしく時が過ぎていき、とうとう監査も最後の日となった。
本日開催される吹雪会での報告発表に向け、杏銃は朝から胃がキリキリして、食事も喉を通りらない様子だったが、漢九郎は白米を4杯はお代わりしていた。
「なんでそんなに元気なんですか~」
客間に向かい合わせで座り、当事者2人が話している。
「だって、後はもうやるだけだろ。資料も作ったし、話す内容も打ち合わせた。余程の理不尽でも無い限りは大丈夫さ」
「その理不尽の可能性が怖いんですよ~」
杏銃は泣き出さんばかりに、口をへの字に曲げていた。
「っと、そろそろ向かうか」
漢九郎が膝を叩くと立ち上がり、大広間を目指した。杏銃も渋々ながら、後を付いていった。
*
『吹雪会』それは名前だけなら幼い頃から親兄弟から聞いていた。だが、こうして参加するのは初めてどころか、会が開かれる日に千羽屋敷に来ていること自体初めてだった。
杏銃はいずれこの中に混じる存在となるだろうが、漢九郎はもうその気配もなく、いやない方が良いとさえ思っていたからこそ、今こうして蝋燭の明かりだけが灯る暗闇に座し、大家たる面々と主、千羽智喜が上座に座る光景に、見慣れぬ異様さを感じた。
「今日は若人も参加しておることじゃし、脱線は手短に進めようか」
智喜の声が響き、皆が深く頭を下げる。
それぞれが順番に、管轄区内の異常や変化の有無等、いつも通りの報告がされていくが、先に事のあった雪ヶ原、月謡だけは質疑応答も交え、時としてヤジが飛び交い、これからについての意見が交換された。雪見入道の件において当事者である漢九郎や杏銃に話が振られる場面もあり、肝が据わっているはずの漢九郎でさえ、おっかなびっくり言葉を選んで、漏れがないように、質問の内容から逸脱しないように話していた。
しかし両家とも大事には至らず、現状維持ということで、話が纏まった結果だけには、皆、胸を撫で下ろした。
「それでは、本題といこうか。漢九郎、杏銃、前に来なさい」
末席の更に末席に座り参加していた2人が、智喜に呼ばれ、白澤院告の立つ、ホワイトボード横の司会席まで移動する。こんな時だが、杏銃は何となく授業参観を思い出していた。
「では、資料を配らせて頂きます」
進行自体は杏銃が仕切る様だった。
数枚の報告書がホチキスで留められたそれが、行き渡った事を確認すると、当主たちの方を確と向き、報告を始める。
「先ず最初に、前回の会議で議題に上がったと聞いております、千羽の守りですが、こちらは概ね良好と言えます。結界も作動しておりますし、智鶴様のスリーマンセル、門下生の方々による夜の守りも、特筆して指摘する事はありませんでした」
ここで一旦言葉を切り、聞き手である当主陣の反応を確認する。誰もが安心した様な雰囲気を出していた。
「ですが、細かいところには気になる点がございましたので、次のページにてお話しさせて頂きます」
皆が話の流れに従い、資料のページを捲る音だけが広間に響く。
「先ず一点目、千羽町、並びに鼻ヶ岳、千羽屋敷の守りに対する指摘です。僭越ながら、私どもで該当箇所の結界を拝見させて頂きました。その場所ですが、詳しくは資料に地図を載せておきましたので、そちらをご確認ください」
皆が地図を見る。それには千羽町の数ヵ所に星印が打たれていた。その地点が千羽の最優先守護地であり、結界の張られている所だ。
「この全てが、千羽美代子様によるものです。とても優秀な呪い師である事は、皆様もお認めのところでございましょうが、この全てを一手に任されているとなると、不安を感じざるを得ません。もしも、美代子様の御身に何かがあったら、千羽の守りは崩壊するでしょう」
「まてまて、ワシの速記術で作った結界も、効力を発揮しておるはずじゃぞ」
智喜がしかめ面で反論する。
「はい、それも確認致しました。確かに智喜様の術も効力を発揮しております。ですが比重と致しましては、どの地点でも、美代子様の方が高いです。これではどうにも美代子様の負担過多。有事の際の不安が拭いきれません」
智喜はふんと鼻で笑うと、扇子を広げ、顔を煽いだ。
「続きまして2点目、こちらは私どもが直に観察した報告ではなく、雪ヶ原家の雫さんから頂いた情報です。どうやら智鶴様には人に対して術を行使した経験が無いようです。そのため先の刑部戦にて、攻撃を躊躇い、傷を負ったとか。実際、智鶴様は左肩に深い刀傷を負い、片腕を吊っているところを確認致しましたので、雫さんの話に虚偽は無いと思われます。これから我らが相対する可能性として危険視しておりますのは、皆様ご存じの通り、物部という人間です。対人が苦手、というよりも現状出来ない智鶴様は、不安点の一つであります」
途中でページが跨がれたものだから、皆、話に置いていかれないように、直ぐさま捲り、文字と図を見比べていていた。
「最後に3点目、これは一点目の美代子様の負担、2点目の智鶴様が対人戦闘に不慣れであることと関連しております。勘のいい皆様なら既にお気づきかも知れません。それは、千羽の人手不足です。現状智鶴様を除き、戦闘に参加でき、尚且つ対人で戦えると言えますのは、千羽智喜様、千羽智秋様、百目鬼隼人さん、十所竜子さんの4名です。勿論門下生の中にも戦闘に参加し、戦力となる者がおりますが、どの一門でも、人の入れ替わりが激しい昨今、本家の方以外で、常に戦闘できると保証できる人数を割り出すことは、不可能に思います。もしも敵襲があった時、丁度、古参の者が一門を後にし、新参者の方が多い状況だとしたら、戦力は一気に減ります」
少し昔は、若い頃に入門した道場で一生を過ごす者が少なくなかったが、現代では魔呪局を始め、公設・私設共に呪術者が集う場所が増えたこと、少子化や時代の流れから、呪術を扱える者が1人しか産まれなかった家や、兄弟がいても呪術者として生きる決意をする者が1人……いや、1人でも居ればマシな方という時代背景から、道場は呪術者の居場所としてでは無く、純粋に技術を磨きに来る予備校的な立ち位置に変化していた。例を挙げるならそう、中之条結華梨や百目鬼とよく組み手をしている門下生もそういった者である。
これにより、各地の大家が人手不足で悩み、またそういったところに呪術者を斡旋する傭兵のような集団も出来つつあるらしい。
呪術界にも転換期が訪れているのだった。
「そうは言ってもさ、ウチだって人手不足だし。いくら千羽が大事と言っても、自分の家が潰れちゃ元も子もないからねぇ。千羽に人手を出すのは難しいよねぇ」
月謳詠が反論を呈する。いや、反論と言うよりは現実と言った方が合っているかも知れない。
「ですが……、各お家で相互的に援助し合う基盤や、有事の際にいち早く駆けつけられる方法の模索は出来るかと存じます。例えば我が獺祭家では、天候を操れます故に、暴風に乗り、駆けつける方法が取れるかも知れません。また、非常時の訓練をする時間もまだ猶予的に、あるかと」
ここまで補佐役に回っていた漢九郎が答えた。
「簡単に言いますね。それが如何に大変な事かお分かりで? 例えばウチや弐ツ杁さん、月謳さんみたいな非戦闘員系の呪術者は、有事の際にも駆けつける方法がありません。それはどうするお考えでしょうか? まさかそもそも戦闘できない家は頭数に入れていないとでも?」
牡丹坂咲良がきつめにそう言うが、それも駆けつける方法が無い自分をどうしていいか分からない現れであり、助けにいけない者は助けて貰えない不安も物語っている。
「そうですね、細かいところはこれから話し合いで……」
漢九郎が言いよどむ。
「机上の空論だけでお話しするのは、どうかと思いますよ。一般呪術師ならまだしも、獺祭家の当主補佐はその程度しか先を見据えられ……」
「もうよい」
智喜の声がスンと広間に響く。そしてパチンと閉じられた扇子の音が、場面を展開させた。発言のターンが強制的に、彼に回った。
「自分たちで考えられないからと言って、若者に八つ当たりはかっこ悪いぞ」
彼は努めて優しく言葉を発し、咲良をなだめた。当の咲良は、ばつが悪いといった表情で恥ずかしそうに下を向いた。
「漢九郎、杏銃。千羽の事をよく見てくれた。ここに改めて礼を言う。して、報告はそれで全てか?」
「はい。若輩者ながら出過ぎた真似も、至らぬ点も多々あったかと存じますが、私どもからの報告は以上となります。その他詳細なデータは次のページ以降に記載しておりますので、ご査収頂ければと」
杏銃が代表して返事をした。
「うむ。2人ともご苦労じゃった。もう下がって良いぞ。退出を認める。他の者は今の報告、議題をしかと煮詰めようぞ」
そう言う智喜から、チラリと視線を送られた。「さっさと出ろ」と言われているようで、「失礼します」と一礼すると、広間を後にした。
「あ~~~緊張した~」
客間に戻った2人は書いて字の如く、緊張の糸が切れたようで、机にだらりと突っ伏していた。
「牡丹坂のおばさん、遊びに行くといい人なのになぁ」
「公的な場ではしょうがないさ、みんな真面目なだけだ」
「漢九郎は大人ですねぇ」
「杏銃がまだ子供なだけだ」
そうしてだらだらしていると、美代子がお茶を煎れて現れた。
「2人ともお疲れ様~」
そう言って差し出された緑茶は温かく、緊張で強ばった胃を解してくれた。
「美代子さんってすごい人ですよね。千羽の要ですもんね」
「あらまあ、嫌だわ。そんなにおだてないで~。おばさん、嬉しくなっちゃう」
今こうしている間にも、千羽の主要箇所に対する結界を維持しているかと思うと、恐ろしくさえ思えてくる2人だった。
「それに、あれ、色んな術式を織り交ぜてるから、私が居なくなっても作動はするのよ。勿論調整とかは私にしか出来ないから、暴走して壊れる事はあるかも知れないし、私が居なくなったら、次第に老朽化はするだろうけれどね」
「そうなんですか!?」
杏銃が驚きの声を上げる。
「まあ、自立式の結界なんて珍しいものね。知らなくてもおかしくはないわ」
「調査不足が早速出てきちゃいました……」
通常結界は、術者が常に見張り、その安定化を図り続けると言うのが一般的であるから、放っておいても作動し続けるなんて、夢にも思わなかったのも無理は無い。
「でも、何て言うのかしらね。私に一極集中しているってのは合ってるから大丈夫よ。他にも同じように調整とか、かけ直しをしてくれる人が居ても良いんだけどねぇ」
「ですよね……」
3人がなんとも言えない表情を浮かべ、黙りこくったところで、漢九郎が立ち上がる。
「吹雪会が終わったら、俺たちも帰りの時間だからな。荷物を纏めてくる」
誰にとも無くそう言うと、借りている二階の部屋に向かっていった。
「あ、待って私も戻ります。美代子さん、お茶ごちそうさまでした」
「はいはい。お粗末様」
美代子は部屋から消えていく2人の後ろ姿を、優しく見つめた。
「お世話になりました」と、そのような事を言って、漢九郎と杏銃がそれぞれの当主と共に、玄関を抜けようとした時だった。丁度、智鶴が学校から戻り、門をくぐるところに鉢合わせた。
「2人とも、帰るの?」
「ああ、世話になった。これから大変になってくると思うが、お互い頑張ろうぜ」
「勿論よ。百目鬼には会えたかしら? あなたと手合わせをしたのが良い経験になったみたいで、最近ヤケに修行を頑張ってるのよ、アイツ」
「会えず仕舞いだが、まあなんだ、俺たちはここの傘下なんだ。いつでも会えるだろう」
「それもそうね」
「そうだ、智鶴様」
漢九郎との話が終わったと感じた杏銃が、話に混ざってくる。
「何かしら?」
「これをどうぞ」
そう言って、一枚の紙片を渡された。また呪具か? と思ったが、そうでは無いようだ。そこには『無料券』と書かれていた。智鶴は首を傾げる。
「どっかのお店の割引券かしら?」
「まあ、そうと言えばそうですが……。この券を見せて頂ければ、いつでも、どんなに案件が溜まっていようと、最優先かつ無料で呪具をお作り致します。是非、我が『弐ツ杁呪具店』をご贔屓に」
最後に「色々リベンジしたいですから、きっと頼ってくださいね」と付け加えた。
智鶴の脳裏に、試してほしいと渡される度、壊れ、弾け、暴走した呪具の数々がよぎり、苦笑いでしか返せなかった。
「まあ、そうね。使うかは別として、ありがたく受け取るわ。ありがとう」
「では、これにて。お世話になりました」
そうして、弐ツ杁親子はバスで、獺祭兄弟は風に乗って、帰って行った。
「これで、や~~~~~~っと監視生活も終わりね」
智鶴は一つ大きく伸びをすると、家に入っていった。
どうも、暴走紅茶です。
今週もお読み頂き、ありがとうございます。
七夕の夜に、これを書いています。
最近どうにも財布が寂しいんですよね。使ってるだけなのに、何でなんでしょうか?
そんな疑問に苛まれつつも、また来週!