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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ
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9話 捜索! 雪見入道

 夜。月に照らされた雪が異常なほどに白く見え、またその反射光で、闇夜は暗さを忘れてしまったように照らされる。新雪に覆われ、まだ誰一人とてその侵入を許していない雪原には、見知らぬ大地に足を踏み入れてしまったかのような、おどろおどろしささえ感じさせた。

「さむっうううぅぅぅぅ」

 遠くからは見た時は小さく感じた万年雪も、その地に入ってみれば、想像以上に広く、それでもって堅く氷のようで、寒さも夏とは思えぬほどにしっかりと身に染みた。

 ジャージに紙服という、いつもの戦闘スタイルの上からモスグリーンのチェスターコートを着て、首にはしっかりと赤いマフラーを締め、モコモコの手袋を填めた寒がりの()(づる)が、自身を抱くようにして、寒さに抗おうと震えていた。まだ9月であるとは信じがたい状況であった。

「ここが万年雪です」

 案内役の(ゆき)ヶ(が)(はら)(しずく)が、皆の方に向き直って声を張った。彼女は寒さに慣れているのか、他の皆よりは薄着だが、それでもフードにファーの付いた。薄水色のダウンコートを着ていた。

(どう)()()、どう?」

 声をかけられた彼は、戦闘着の上から黒いダッフルコートを着込み、首元までしっかり締めて口元はネックウォーマーで隠れているから、いつもよりも声が通りらない。

「う~ん。多分、近くに、居ない、か……。居ても、隠れて、る、かな……。ちょっと、待って」

(りょう)()の方は?」

「空から見た感じは、雪一色の光景だね」

 と、天と空の視界を通じて、空から(ゆき)()(にゅう)(どう)を探した現状を報告する。

 山住まいだったからか、彼女は寒さに慣れっ子のようで、スタンドカラーコートの首元を開けて着ているのみで、智鶴のようにマフラーも無ければ、手袋もしていなかった。

 百目鬼も、竜子も捜索に苦労している様子で、その様子に、(ゆき)ヶ(が)(はら)(ともえ)がやれやれと首を振る。

「言っても、まだまだひよっこじゃないのさ」

 そんな小言の一つも聞こえてくるが。

「あ、待って、居た、かも、かすかに、視えた」

 百目鬼が朗報を呟いた。

「こっち、だと、思う。付いて、きて」

 彼を先頭に、一列になって進む。暫く山を登ると、直角に折れ、万年雪のある谷を抜けた。()(かる)み、つるつるした山肌に足を取られて危ないので、智鶴が紙で人数分の長いロープを作ると、片方を()夏萌(なも)に咥えさせ、もう一方を各々腰に結んだ。

 更に先へと歩を進めると、木々の間に一際大きな岩が現れた。

「みんな、ここで、待って、て」

 百目鬼が声を潜めてそう言い、また、ジェスチャーで姿勢を低くする様に指示を出した。そして、腰の紐を解くと、岩の向こう側に回り込む。

「……」

「……」

「……」

「……」

 話し声の様な音が(かす)かに聞こえてくるが、百目鬼も相手を驚かせないように、そっと優しく話しかけているのだろう。何を話しているのかは全く聞き取れないものの、とりあえず『何か』が居たことだけは分かった。

 暫くするとその声も消え、彼が血相を変えて戻ってきた。

「直ぐに、()(たん)(ざか)、呼んで。それに、(けっ)(かい)や、()()けの、使える、術者」

 急くように、言葉を捲し立てる百目鬼。

 何があったのかと、岩の向こう側へ、皆がなだれ込む。

 そこには、袈裟を掛けた坊さんのような、だが、そうとは言えないほど大きく、ずんぐりむっくりとした妖――雪見入道――が傷だらけで倒れていた。


 *


 翌朝、夜の内に移動してきた()(たん)(ざか)(おう)()椿姫(つばき)姉妹が、雪ヶ原の玄関を叩いた。

「患者は「どこですか!? 「一刻を争うと「聞きました「早く案内してください」

 入ってくるなり、出迎えた雫を詰問する。

「す、直ぐにご案内致します……!」

 慌てて呼び出されたことで、準備が整っていた智鶴と竜子、百目鬼が牡丹坂姉妹の先導として先発し、昨日雪見入道を見つけた場所へと向かった。

 目的地も分かっているので、智鶴と百目鬼は紙に乗って、竜子と牡丹坂姉妹は美夏萌に乗って直行した。

 昨晩と同じ岩の下に雪見入道が寝かされていたが、違うのは、大岩にはしめ縄が巻き付けられており、(ばい)(かい)(せき)(結界の要)として据えられ、そこを中心として半径10メートルの円を描くよう、木々伝いにしめ縄を結ぶことで、結界が張られていたことだ。

 この結界には目隠し・人払い・妖避け……等、複合的に呪的意味が持たされており、部外者にはしめ縄すら目視することすら叶わないが、智鶴たち一行は皆鍵となる呪具をポケットや懐に入れている為、見えるうえに出入りも可能となっている。

 結界維持の番として駐留していた雪ヶ原の門弟が彼女らに気が付くと、黙礼をして迎えた。

「ご苦労様。私たちがいる間は、警備だけは休んで構わないわ。でも、術だけはしっかりと保ってね」

「はい」

 智鶴が、門弟の去る方向をなんとなく目で追っている内に、牡丹坂姉妹は早速薬箱を下ろして、準備に取りかかった。

「これは酷い「直ぐに手当を」

「桜樺、薬箱の4番と7番と18番を調合しなさい「椿姫は3番と6番と13番を調合しなさい」

 なんとも不思議な光景だが、この姉妹はお互いがお互いに指示を出し合っているのだ。別にそれぞれでやれば良いのにと思う智鶴だが、この界隈、どこに呪術的な意味があると分からない。とりあえずは黙って見守ることにした。

「じゃあ、私たちは見回りに行ってくるから、百目鬼はここで見張りをよろしく頼むわ」

 治療が進んでいく中、特に手伝える事も無いと判断すると、智鶴と竜子が結界から出て行く。百目鬼は見送ると直ぐに眼を開いて、辺りの警戒を始めた。

 ――昨日、探れ、なかった、所まで、意識を、伸ばそう。集中……。

 山の隅々まで視界を広げる。何か手がかりは無いか、何か手がかりは無いかと探りを入れるが、これと言った収穫も視えない。目の前に伏し、治療を受ける妖をチラリと肉眼で捉え、昨夜の会話を思い出していた。



「ひ、ヒトなの!」

 百目鬼を見るなり、雪見入道は悲鳴を上げたが、もう左程力も入らないのか、悲鳴も小さく痛々しい。

「大丈夫。助けに、来た」

「ほ、本当なの……?」

 図体のでかいお坊さん然とした見た目からは想像できないほど、かわいらしい声で、彼の会話に応じる。

「うん。再生は、出来、る?」

「そんな妖力、もう残ってないの……」

「誰に、やられ、た? 話せ、る?」

「良く、見えなかったの……。でも、なんだか怖かったの。いつも遊びに来る、ユキガハラのヒトとは大違いだったの」

 雪ヶ原の見回り業務を、遊びだと思っているところに、なんだかこの妖の性格が出ているなと感じた。

「そうだった、声は聞こえたの。あいつらは、僕を痛め、いたぶりながら、ハズレかって、そう言ったの」

「はずれ……」

 彼には何の事やら、さっぱりだった。

「それで、去り際に、(ものの)()(さま)に報告だって、そう言ってたの」

「……!!」

 物部というワードに、百目鬼が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

「そうか……。これ、も……」

 彼が眉をひそめて思案しようとした時、ドサッという音を立てて、力尽きた雪見入道が意識を失った。


 *


 これが昨夜、智鶴たちの反対側で起こっていた出来事である。

 その後、雪ヶ原家屋敷ではこれからの対策のために、皆方々へ電話したりや会議を行ったりでバタバタし、結局床についたのは、太陽がそろそろ出番かと姿を見せるくらいの時間になってしまった。

 勿論、その際に智喜に連絡を入れたが、彼は「そうか……」と言うばかりで、これと言ってどうする指示も出しはしなかったものの、その声にはどこか動揺のような感情が読み取れた。

 百目鬼は一通り記憶を辿ると、索敵に集中し直す。視た感じでは、智鶴も竜子も戦闘をしている雰囲気は無い。

「あっ」

「百目鬼様? どうしました?」

 治療の手を止め、桜樺が尋ねる。

「来客。出るね。何か、あれば、叫んで、呼んで」

 彼は立ち上がり結界を出ると、2、3分待った。夜に比べて日が出ている分は暖かいが、直ぐそこに雪が積もっている上に、山の上であるため、千羽に比べると寒い。腕を露出させる必要も無くなり、長袖の戦闘着を着られるようになった今、多少は(しの)げるがそれでもヒヤリとする。

「おっ。百目鬼!」

「漢九郎、さん、こんにちは」

 百目鬼の監視網に引っかかったのは、(かん)()(ろう)と、(あん)(じゅ)(しずく)とあと1人見慣れない女性だった。他の3人が受け入れているところを見ると、敵ではないようだが、素性が知れるまでは警戒するに超したことは無い。

「初めまして、こんにちは。()(じゅつ)(じゅ)(じゅつ)(かん)()(きょく)(じゅ)(てき)()(がい)調(ちょう)()(しつ)(あい)(おい)です。雪見入道が発見されたと聞いて、伺わせて頂きました」

 だが、そんな警戒も束の間のことだった。女性は百目鬼を見るなり、胸元から局員証を引っ張り出し、それを掲示して見せ、自己紹介を済ませたから、百目鬼も心に構えたものを解いた。

 相生と名乗った局員は30前半くらいだろうか。若さはありつつも、大人らしい落ち着きを備えていた。着ている黒のロングダウンジャケットでスーツも局員証も見えなかった為に、直ぐ魔呪局員だと気が付かなかったのである。

「はじめ、まして。こっち、です」

 百目鬼が結界の方へと案内する。彼や漢九郎たちは皆先述の通り鍵を持っているから、結界も透けて中が見えるし、出入りも自由だが、今来たばかりの魔呪局員はそうもいかない。

 結界に入り、姿がかき消えた百目鬼が再び現れると、彼女に向かって、拳を差し出した。

「これ、持って、ください」

 百目鬼が彼女の手のひらの上で、拳を開くと、コロンと鉄製のサイコロがこぼれ落ちた。それを握ると、彼女の目の前に、大きな岩が現れる。

「随分洒落た鍵ですね」

「術者、の、趣味」

 相生は牡丹坂姉妹に許可を取ると、背負っていたリュックからタブレットを取り出し、専用のペンで何やら文字やイラストを書き付けていく。

「魔呪局も電子化してるんですね」

 杏銃が誰にと無く言った。

「そうだな。これからの世の中、その内、暗闇なんて無くなるんじゃないか? そうなれば、俺たちも何れはお役御免となるかもな」

「ん~。なかなかそうはならない気もしますけど。人が居る限り、怨恨やそういった負の感情は消えませんし、呪術も妖も姿形を変えてずっと居座り続けそうです」

「確かにな……っと、忘れる所だった。百目鬼、他の3人はどこ行った?」

「門弟、休憩中。智鶴と、竜子は、見回り」

「なら、直ぐに呼んできてくれ。雫ちゃんと巴さんから弁当の差し入れを貰ってきた」

 その言葉を聞いて、百目鬼はスッとポケットからスマフォを取り出し、時間を確認する。朝9時には雪ヶ原家を出たというのに、もう12時42分が表示されていた。

「待ってて」

 百目鬼は着信音が鳴り響き、部外者に場所を教えてしまう可能性を考慮し、電話は使わず、千里眼で3人を探し出し、連れて戻った。

 全員揃うと、楽しい昼食タイムが始まるが、それでも雪見入道の元を離れるわけにもいかず、だが見える位置で食べていてもお互い気が休まらないということで、岩を挟んでの休憩時間となった。椿姫だけは妖の側に残り、桜樺は皆と共に食事を取る。

「雪見入道の容態はどうなのかしら?」

 松花堂弁当の焼き鮭をつつきながら、智鶴は何気なく桜樺に問いかけた。

「良好とは言い難いですが、大分安定はしてきました。まだまだ予断は許されませんが、最初に比べれば、良くなってきています」

「再生、始まった、の?」と、百目鬼。

「いえ、まだですが、恐らくあと少しで始まるかと」

 妖の治療は人間の治療と違い、長期間で治すと言うよりも、その再生に必要となる要素を高めるという、短期的な療法である。だから、再生さえ始まれば、後は安静にしておくだけで、消滅は免れ、傷も癒えるという訳だ。

「なら、事情聴取も当分先になりそうですね」

 自前の弁当をつつきながら、相生が話に入ってくる。

「そうですね、まだ控えて頂きたいです」

「因みに聞くが、再生が完了したとして、雪見入道はどうするんだ? ここに居ると、またいつ襲われるか分からんぞ」

「でも、妖の性質上、山から動かすのは得策じゃ無いと思います」

 漢九郎の問いには、杏銃が答えた。

「それなら、門弟には悪いが、暫くここに結界を張り続けて貰わんとな」

「魔呪局の中にも結界を張れる人材は居ますので、その期間は交代制にするか、いっそ異界を構築して、そこに移って貰うかという対策は講じられます」

「異界を構築!? そんなことが出来るの!?」

 相生の提案に、少し違う角度から、智鶴が食いついた。

「魔呪局員では無いですが、そういう術者も居ますよ」

「凄いわね、会ってみたいわ……」

 そうして、特にこれといった方針は決まらないままに、お昼ご飯タイムが進んでいく。

 だが、その時だった。百目鬼が食べかけの弁当を蓋も閉めずに、慌てて地面に置くと、全員に向けて、人差し指を唇に当てるジェスチャーで、静かにするように伝えた。

「知らない、気配……」

 小声でささやくように言った。全員が顔色を変えて、言葉を止めた。


どうも。暴走紅茶です。

今週もお読みくださりありがとうございます。

昨晩深酒をして、体調も悪く、眠いので、これから追酒したいと思います。

あと、暑くて、お腹も痛いので、ツマミはキムチチゲ鍋とか良いなと思っております。

現場からは以上です。

では、また来週もよろしくお願い致します。

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