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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ

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7話 牡丹坂姉妹の監査

「ここにあるものも、どれだけ本当なんだろう……」

 監査が始まって2週間が経った日曜日、倉の中で文机に向かう()(づる)は、両脇の壁に(そび)える様々な書物を収めた棚を見て、不安げなため息をついた。

 先日、出稽古から戻ってくるなり告げられた真実について、ずっと考えていた。監査でバタバタしており、それどころでは無くなっていたけれど、こうして1人になると、自然、その事が脳内を埋め尽くすのだった。

「ここに書いてある紙鬼のことも疑わしいわよね……」

 以前にも倉で読んでいた『(せん)()()()(れき)()』をパラパラと(まく)るも、疑いの目でしか見られない。真実の一端を知る前は、こうして倉で歴史や呪術に関する書物を読むのが好きだった彼女も、今となっては、ここへ来る意味が分からなくなっていた。

「そもそもこれっていつ書かれた物なんだろう。何百年も前に書かれた物にしては、状態が良すぎるのよね……。まあ、古くなったら書き写すなりなんなりしているんだろうけど、原本は一体何代目の時に書かれたのかしら」

 書物を目にすればするほどに、不安感が襲ってくる。

 もし、紙鬼に対しての知識も間違っていたら、自分はとんでもない契約をしてしまっている訳だし、取り返しが付かないと、不安に心が揺れる。

 ――真実か――

 魂の奥から声がした。この鬼もまた、何かを隠しているのでは無いか。

 ――隠しているにしろ、何にせよ、私が私と交わした契約に嘘偽りは無い。それに、智成だったか? アイツの話に嘘は無かった……と思う――

 ――あなた、本人の事なのに何であやふやなのよ――

 ――そこまでちゃんと聞いていた訳ではないからな――

 ――なによそれ。そんなんでよくこのタイミングに現れたわね――

 ――私は怖いなあ。まあ、なんだ。とりあえず、まだ私は私を裏切って暴走するつもりは無い。それだけは安心してくれ――

 ――ああ、もう分かったわ――

 それっきり紙鬼は魂の奥に引っ込んだようで、声は途絶えた。智鶴はう~んと一つ伸びをすると、仰向けに倒れ込む。

「あ~、やめやめ。ウジウジ考えてたって、何が分かる訳でもないわ。もう諦めましょう。分かんないことはしょうがないじゃないの。さて、そろそろ(おう)()たちが来る時間だし、屋敷に戻りますかね」

 暫くぼ~っと天井を眺めていたが、足をバタつかせながらそう独りごちると、勢いをつけて立ち上がった。

 言葉を出すだけで簡単に気持ちを切り替えられる訳もないが、彼女は書物を棚に戻すと、梯子を下りて母屋に戻った。


「ごめん「ください」

 昼過ぎ、丁度昼食を済ませた頃になって、()(たん)(ざか)()(まい)が現れた。

「あー! いらっしゃい!」

 その声を聞きつけると、智鶴が嬉しそうに玄関へ向かう。

「智鶴様「ごきげん「よう」

「さあさあ上がって上がって」

 相変わらず代わりばんこに喋る変わった姉妹だったが、智鶴には慣れっこのようだった。それもそのはず、彼女たちは、幼い頃からの顔馴染みである。呪術に関係があるなし問わず、しょっちゅう無茶をしては怪我をしてくる彼女を、母・()(たん)(ざか)(さく)()が診察に来る際、智鶴の遊び相手にと、必ず姉妹を連れてきていた。そして自然と仲良くなったが、最近では互いに家の仕事に関わりだし、忙しくて会う機会もめっきり減っていたので、今毎週ある往診は、智鶴にとって楽しみの一つとなっているのだ。

 牡丹坂姉妹が客間に通されると、道具を広げるなりの準備を済ませ、早速診察が始まる。これは、先の修行から戻り、多くの新たな『術』を学んだ反動で、肉体的にも霊的にも急激な変化が起こる可能性を考慮した計らいだった。

 

 先ずは智鶴から客間に呼ばれる。

 血圧や心音等の肉体的診断や、霊視による霊気の測定等の霊的診断を一通り受けた。

「お疲れ様です。「智鶴様、「至って健康です。「この調子で「修行を続けて「大丈夫です」

「ありがとう!」

「でもちょっと、「無理なさってますね」

 智鶴の両脇に移動してきた姉妹が、彼女の二の腕辺りを摩り、筋肉の強ばりをチェックしながらそう言った。

「まあ、ね。まだまだ力を使いこなせなくて」

「焦る気持ちも「分かりますが「無理はなさらないよう「気をつけてください」

「そうね。無茶はしないって決めてるしね。また暴走なんてしたら、みんなに迷惑がかかっちゃうし、次に暴走したとして、戻ってこられる確証もないしね」

「はい「その思い「何があっても「忘れないでくださいね」

「ええ」

 智鶴が客間から出て行くと、カルテに所感等を追記し、次の準備をする。


(どう)()()様「どうぞ」

 百目鬼の番が回ってきた。修行の間、何度も何度も過度な触診を受け続けた彼だから、恐る恐るという態度を隠しきれずに中へ入った。

――以上になります「ですが「一応「念のため「確認のため「もう一度「触診しても「よろしいでしょうか!?」

「ええ……あ、いや、遠慮、します」

 呼吸を乱し迫ってくる牡丹坂姉妹にたじろぎ、引きつった笑みを浮かべて、その提案を断った。

「そうですか……「残念です……「まあ、いいです「結果を話しますね「「はぁ……」」

 2人のため息がハモった瞬間を見た彼は、あまりの意気消沈ぶりに驚きと恐怖を感じ取り、なんとも言えない顔をした。

「はい「結果ですね「体は良好です「妖気も安定してます」

「良かった」

 診察の腕自体には、全幅の信頼を寄せているものだから、百目鬼はホッと胸を撫で下ろしたが、どこか投げやりに聞こえるのは何故だろうかと、心の中で首を捻った。

「ですが」

 飛び出した逆説に、安堵した心が再び引き締まる。

「以前修行中に「診察した時より「妖気が濃くなっています」

「そう……」

「若干では「ありますが「余り無理をしないように」

「そうは、言っても」

 そうは言っても、どれだけ頑張ってもまだまだ弱く、強くなれない自分にはもっともっと頑張って貰わないと……。といった事が、心にひっついて離れないのだった。

「努力と無理は「別物です「無理せず努力する「それは難しいですが「そうして頂かないと「体を壊しては「元も子もありません」

「……」

 痛いところを突かれて、ハッとした気持ちになるが、言われて直ぐに実行できるほど、自分は器用でない。無理をするようなタイプの努力しか知らない。

「見たところ「再生に頼って「休養を疎かに「していると思います」

「流石、医者、だね。お見通し、だ」

「休養は大事です「以前にも申しましたが「百目鬼様は人間です「ご自身も「それにこだわっていらした「人間なら「休養を取ることこそ「パフォーマンスの向上に「役立つのです」

「……」

 何も言い返せなかった。最近、どこか人を捨てた気分になっていた。大事なことを忘れる所だったと、深く反省した。

「……うん。分かった、よ。肝に、命じる。ありがとう」

「いえ、お大事に」

 百目鬼が出ると、(ふすま)の外には(りょう)()が座って待っていた。

「無理……しちゃうよね」

 竜子は彼の方も見ず、ボソッとまるで独り言のように呟いた。

「聞こえ、てた、の?」

 百目鬼が恥ずかしそうに問いかける。

「ごめんね。早く着いたからここで待ってたんだけど、そしたら聞こえてきちゃって」

 失敬を取り繕うように笑いながら。、スッと立ち上がる。

「竜子、も、無理、してる?」

「私? まあ、してないって言ったら嘘になるかも」

「……体、には、気を、つけて」

「ありがとう。隼人君もだよ?」

「うん。分かって、る、よ」

(じっ)(しょ)様~」

 タイミング良く声が掛かり、竜子も客間の中へ招かれた。

 

「――十所様は「霊的には「安定していますが「胃に負担が「かかっているようです。「精神的に「疲れる事が「ありますか?」

「う~ん。特には思い当たらないけど、最近自炊が面倒で、出来合いのものばかりだったからかな」

「そうですか「霊的に元気でも「それを扱うのは身体です「内も外も「健康を保つように「してくださいね。「今日は胃薬を「出しておきます」

「ありがとう。気をつけるね」


 牡丹坂姉妹は3人の診察を終えると、「次の用がありますので」とそそくさ帰って行った。折角ならゆっくり話したかったのになと、智鶴は残念そうな顔をしていた。

 姉妹は、バスが(せい)(りょう)(えき)(まえ)に着いても駅構内とは別方向、トキノワ商店街に入っていった。アーケードの中に店を構える、喫茶『高本珈琲店』の階段を上がっていった。入り口のドアを押し開けると、カランコロンとドアベルが澄んだ高い音を響かせる。待ち人が既に到着していたらしく、奥の席から手招きされた。

 色とりどりのカップやソーサーが壁の棚に飾られたカウンターで、コーヒーカップを磨いていた店員に会釈をすると、その席に向かう。

「お待たせ「しました」

「いやいや、私たちも今来たところですよ」

「そうそう、まだ珈琲も一杯目だ」

「何杯飲む気なんですか」

「だって、おかわりだと安くなるんだぞ?」

「そういうのは、もっと高い珈琲を頼んでから言ってください……。一番安い奴で威張らないで……」

 そんな呆れ声を上げたのは、(ふた)(いり)(あん)(じゅ)だった。そしてその隣に座っている、がたいの良い男性が、(だっ)(さい)(かん)()(ろう)だった。

「あ、私たちには紅茶を……「ええ、アイスで」

 2人の埒もない会話を無視して、姉妹は注文を済ませた。

 暫くすると、ワイングラスを思わせる背の高いグラスに、氷と共に注がれた紅茶が運ばれてくる。店員がカウンター奥に戻ったことを確認した杏銃が、一枚の札――意味は『遮音』――をテーブルの上に置くと、

「じゃあ、早速、中間報告会をしましょうか」

 そう言って、他の3人の顔をくるりと見渡した。


「……そうかい、3人とも健康だったか。それは良かった。この間、百目鬼を()しちまったからなぁ。ちと心配していたんだが」

「何をなさって「いるのですか」

 ここ2週間分の診察状況を報告して直ぐの言葉がそれだったので、姉妹そろって(いぶか)しげな顔をする。

「あん? 強さを確かめるのも、監査の一環だろ」

「それでも、限度というものがあると、牡丹坂さんは言いたいんだと思いますよ」

 杏銃の助け船に、コクコクと頭を振る姉妹の姿は、ソーラーパネルで動く人形の様だった。

「牡丹坂さんたちの報告が終わったのなら、次は私ですね。私は主に智鶴様を中心として、見ていたのですが、先日とある呪具を試して貰いました。高出力な気にも耐える設計でしたが、直ぐにそれは弾け飛びました。ここから戦闘力に対する疑念はないと言えますね。それに、戦闘中も周りが見えていると思います。気心の知れた仲間だからでしょうが、それでも彼女が千羽のお守りをするにおいて、大きな猜疑点はないですね」

「戦闘面は?「他には何か「気になることでも?」

 意味深長な言い回しに、牡丹坂姉妹が首を傾げる。

「いえ、別にそんな気になるという程でもないのですが、呪術ばかりで学業が疎かになっているきらいがありますね。勿論東大出身の呪術者が最強の呪術者かと言えば、そういうわけでも無いですが、それでも、ねえ?」

「確かになあ。呪術って地球の法則から大きくかけ離れた大技ばかりじゃなく、以外と物理化学的な部分もあるし、思考力を伸ばすにも大事だからなぁ。でも、俺たちが行っているのは、あくまでも千羽全体の監査だからな。智鶴様にだけとやかく言うのも、違うよな」

「分かってます。少し気になっただけです。そういう漢九郎はどうなんですか? 百目鬼君と組み手ばかりしているのでは?」

「そんな事無いぞ」

 彼は腕を組み、胸を張ると、報告を始めた。

「勿論、百目鬼は実際に戦ったし、注目もしていた。かなり強い呪術者だと思うが、まだまだ伸び代がある感じだな。でも、ソイツだけ見ていた訳じゃ無い。竜子って言う子は千羽屋敷に殆ど来ないから、よく分からない部分もあるが、本物の(みずち)を従えているわけだし、特に足を引っ張っている様子も無いし、戦闘において不足は無いと言えるな」

 ほーらやっぱり、若手ばかり見ているじゃないですかと言いたげな目で、漢九郎を見やる杏銃の視線に気が付いてか、付かずか、彼は更に話を続ける。

「あと、千羽の守りについてだが、(はな)ヶ(が)(だけ)及び、(はな)()(じん)(じゃ)の結界はかなりの精度で作動していた。しっかりと対物(ものの)()用としての機能もあるようだ。でもなぁ、その要が()()()さん1人という事実には驚いた。腕の立つ(まじな)()だってのは周知の事実だが、もしも美代子さんが襲われた時、(とも)()様の守り札だけじゃ物足りないかなとは思った。」

「そうですね。屋敷の結界も智喜様の札メインではありますが、それを補うのは美代子さんですし。無理な話でしょうけど、智鶴様や()(あき)様がそういった術を使えれば、良かったのですが」

 千羽の守り術はその実、約8割が智鶴の母・美代子によっての物である。門下生の入れ替わりが早い昨今では仕方の無いことであるが、力の要が一つというのは、不安材料として挙げられても文句は言えない。

「でも、それは「どうしようも無い事です。「仮に智秋様がそう言った術を「使う方だとして「彼女は今一線を退いている「訳ですし」

「俺ァ、どうもそこが引っかかってるんだよな……。まだ智鶴様が時期当主って決まったわけじゃ無いのにも関わらず、智秋様が半隠居状態ってのがなぁ。確か、術が使えないとか弱いとかそう言う訳じゃなかったろ?」

「はい「智秋様は「十分に戦力たり得る「お方です」

 流石は幼い頃から、千羽姉妹と関わってきた事だけあり、牡丹坂姉妹は彼の問いかけに迷いも無く即答した。

「そういった内情はお家毎の事情がありますし、我々がとやかく言うものでも無いですよ。それよりももっと全体を見ないと」

「そうだな。まあ、俺はまだこんくらいしか話せないな。調査不足だ。他の3人は何か話し足りない事があるか?」

 「いえ」などと、3人が漢九郎の言葉に否定の意を示したところで、今回はお開きとなった。机の中央に置いた呪符を剥がすと、席を立つ。


 4人が去った後で、近くの席に座っていた老人が、不気味に笑っていた。


どうも。暴走紅茶です。

今週もお読みくださり、ありがとうございます。

知ることと、解ることは別物だと思ってます。

では、また来週。

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