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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ

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6話 杏銃と漢九郎

 監査が始まった翌日のことである。()(づる)は学校終わり、いつも通りに道場へ行く前の自主トレーニングをすべく、(はな)ヶ(が)(だけ)へ向かった。

「う~ん。出稽古前より威力は上がったけど、精度が落ちちゃったわね……」

 紙による的打ちの結果を見て(たん)(そく)した。木々に貼った的は、全てに命中はしていたが、中心から外れた物の方が多かったのだった。

 智鶴がこうかああかと試行錯誤をしていると、木の上から人が降ってきた。

「そんな時は! これ! これなんか如何でしょうか!?」

「うわ! 居たの!?」

 それは目をキラキラ輝かせた(あん)(じゅ)だった。

「はい! 監査中ですからね! いつでも見てますよ。因みに、(かん)()(ろう)は道場に居ます」

「そうなんだ……。って、何か良い物でもあるの?」

「はい! 見させて頂いた感じですが、出力が大きいからこそ、命中にブレが生じているようでしたので、こちらのブレスレットをオススメします! これは、自動で出力を調整してくれる優れものなのです! これを付けてさえいれば、出力が抑えられ、命中精度が上がるはずです!」

 ここまで一息で説明した杏銃は、掌にのせた、一見、ただのパワーストーンブレスレットにしか見えない黒い球が連続して輪になった(じゅ)()を差し出した。

「へえ、まあ、百聞は一見に如かずよね。試してみましょう」

「ありがとうございます!」

 智鶴は早速ブレスレットを填めて、()()(かい)()を発動……した瞬間に、それは爆ぜて、四方に散った。

「何よこれ! 試すまでも無いじゃない!」

「あちゃ~。すみません、智鶴様の出力は想像以上ですね……。そっか~、鬼気には耐えられないか~やっぱり、あれをこうして、これをああして……」

 杏銃は頭を掻いて恥ずかしそうに謝罪をしたかと思えば、ブツブツと考察を呟き始めた。

「で、では、こちらはどうでしょうか!?」

 次はネックレスを差し出したが、それも呆気なく千切れた。

 その後もどこから出してくるのかと、体のあちらこちらから呪具を取り出し、智鶴に試せと迫ってきた。

「あ、あの……気持ちは嬉しいのだけどね、私そろそろ道場に行かなきゃだから……」

 杏銃の圧を押し切り、逃げだした。


 *

 

「おおおおお! (どう)()()! 凄いなお前!」


 道場に着くと、中から騒がしい声がした。

「な、何事?」

 息を整える間もなく、道場の鉄扉を開けて中へ入ると、扉の脇には、(ふう)(てん)(じゅつ)()(なか)()(じょう)()()()が立っていた。

「あ、智鶴様。何と申しますか、監査の一環だと言って、漢九郎さんが百目鬼さんと組み手を始めたのは良いんですけど、盛り上がってしまって。お2人とも勝敗が決するまでやめる気が無いようですから、皆、修行の手を止め、観戦をしているというわけです」

 確かに目の前では、門下生が輪になっており、その中心で百目鬼と漢九郎が戦っていた。

「ああ……。関与しないは仕事だけなのね……」

 彼女は右手で顔の右半分を押さえて呆れた、もう知らないと言外に言っていた。

「仕方ないし、私たちは、庭で修行しましょうか」

「はい!」

 嬉しそうに返事をして、子犬が尻尾を振って着いて行くみたく、智鶴の後を追って、一緒に庭へ出た。

 大広間前の縁側に腰掛け、座禅を組み、(れい)(りょく)(じゅん)(かん)から(じゅ)(りょく)(じゅん)(かん)までの基礎をこなしていく。智鶴が夏休みの間で成長した様に、結華梨もまた成長していた。このくらいの基礎なら、すんなりと(こな)せてしまえる程に。

「結華梨、良い感じよ」

「智鶴様も流石です」

 お互いに褒め合うと、次は智鶴が監督となり、結華梨の術を見てやる。

「いきますよ! 見ててくださいね」

 智鶴に向かって宣言すると、彼女の足下につむじ風が発生し、服がふわりと(なび)く。そのまま手をクルリと(ひね)ると、智鶴が紙操術で宙に浮かせた紙の的に向かって風を飛ばす。

 そよと吹いた術の風に煽られ、紙がヒラっと動いた。

「あ! 動いた! 動きましたよ! 智鶴様!」

「そうね、でもそれじゃあ妖も涼しいだけだわ。もっと、その風で的を吹き飛ばすような、切り裂くような、そんなイメージを持ちなさい」

「はい!」

 そうして結華梨は現在修行中の術『風纏術 (ごう)(ふう)』と、『風纏術 (かざ)(きり)』の特訓を続けるが、智鶴もそれをただ見ているだけでは無い。紙鬼回帰状態で、的にしている紙を浮かせ続けているのだ。

 単発で攻撃を出すだけなら、無造作に紙を浮かせるだけなら、紙鬼回帰状態であっても、それなりに出来るようになった彼女だが、意識して浮かせ続けるような、継続的な()()の使用は苦手であった。声は(まと)()で分りにくいが、額に汗をかいている。

 と、その時。

「うお~~~~~~!」

 道場から歓声が上がり、その声にビクッと驚いた拍子に、紙鬼回帰が解けただけで無く、紙漉きでつないでいた紙も解け、夏空に舞っていった。

「次は何よ……」

 智鶴と結華梨はソロッと鉄扉を開けて、中を覗き込む。そこには倒れた百目鬼と、腰に手を当て、笑う漢九郎が居た。


 数分前に遡る。

 漢九郎との組み手が白熱してきた頃、門下の皆が手を止め、円を作り、見物を始めたらしいと、百目鬼は顔を動かすこと無く視た。

「おおおおお! 凄いなお前!」

 自分の攻撃を全て躱した事に対して、そんな声を上げる漢九郎だが、今のところ両者共に一発も相手に拳をねじ込めていなかった。

「見え、てる、のに……」

 攻撃の来る方向は分かるし、何手先までも見通せるから避けられるが、攻撃を入れると、それは(かすみ)を打った様に手応えが無い。

 漢九郎の側も一緒だった。攻撃は食らわないが、攻撃をしても躱されるか、いなされる。 一見して戦力が拮抗していると見えるこの組み手も、呪術者である門下生たちには、そう見えていなかった。

「百目鬼さん、押されてるな……」

 誰かがぼそりと呟いた。

 そうこの状況、理論上漢九郎は百目鬼に攻撃することは出来るが、その逆は成立しないのだった。

 というのも、獺祭家は天候を操る『()(しょう)(じゅつ)』の一族であり、当主の漢吉朗は晴れも雨も自在であると噂される程の実力者であるが、その陰に隠れあまり話の壇上に上げられない漢九郎もまた、自身を霧にする、『気象術 ()(ぎり)』の使い手であった。

 要するには、百目鬼が如何に攻撃をねじ込もうと、それは文字通り霞に向かって正拳突きの練習をしているのと殆ど違わないのだ。

 どうする……?

 道場での組み手であるのに、百目鬼の脳みそは実戦の如くフル回転していた。

 スピード、自体、は、ついて、いける。でも、この、霧。これは、どう、する、か……。

 迷ったら、分からなくなったら、壁につき当たったら……そうした時、彼は(つぶさ)に相手を観察する。その行動は、異常なほど(せい)()に相手を見極める。全身全ての眼が、漢九郎を睨む様に、切り刻んで検証する様に、鋭く鋭利になる。

「……!」

 今正に相手が拳を引き絞った瞬間、百目鬼には2つの事が見えた。

 一つ、攻撃をする際に手や足など、相手に当てる必要がある部分は、(じゅ)(りょく)が薄くなる。

 一つ、体は恐ろしいほど揺らぎの無い呪力で覆われている。 

これを元に考え、攻略法が浮かぶと、直ぐさま飛び退り、距離を取り、キチンと構え直す。相手に突き出した拳を開き、チョイチョイと指先を曲げ伸ばし、挑発した。

 それに乗った漢九郎は、大きく予備動作を設け、突っ込んできた。

「よし」

 漢九郎の右フックを右手で受け止め、いなすと、左手に妖力を集める。呪具の手袋を填めている時にイメージが近い。あれは対人では使わないと決めているから、今は填めていないが、要はあれと同じである。

 濃密に妖力で満ちた拳で、漢九郎の鳩尾……では無く、それを纏う呪力を殴った。

 百目鬼が殴った所を中心に、呪力が波紋を浮かべ、揺らいだ。

 揺らぎ。強い術者であるほど、霊力循環・呪力循環の維持によって、全身の力は均一に保たれている。だからこそ、必要な時に必要なだけ力を引き出せるのだが、今の漢九郎は、外的要因により、故意にそれを揺るがされた。

 揺らいだ霊気は外周に向かって波打ち、中心部は薄くなる。

 そこを百目鬼は逃さなかった。直ぐさま拳を引くと、同じ所へ、追撃を打つ。

 ズドンと、体に確かな反動を感じ、漢九郎は「ゴフッ」と口から空気の塊を吐いて中に浮かされた。

 観戦者からワッと声が上がる。

 だが何のこれしきと、空中で体を捻り、背中から落ちると、その衝撃を利用して腕力のバネで跳ね起きた。

「さあ、続けようぜ!」

「もう、見切った、ぞ」

「それはどうかな? 気象術 (じょう)(はつ)!」

 漢九郎の体から、熱気と共に湯気が立ち上った。

「なんだ? それ、だけ?」

「さあ! かかってこい!」

 百目鬼は誘われるがままに、突っ込み、先ほどのように呪力へ拳を叩き込んだが。

「――――――っつい!」

 先ほどまでは霞のような体であったのに、今は灼熱のマグマに手を突っ込んだようだった。

「惜しい……実に惜しかった、百目鬼!」

 熱さに怯んだ隙を突かれ、数発の攻撃を食らう。

「くそ……。集中!」

 だけど、どう、する? 触れ、ない。状況、振り出し、より、悪い?

 全てを避けながら手を出す隙を探し続ける。

 やっぱり、攻撃の、瞬間、だけ!

 漢九郎の突きが繰り出された刹那、百目鬼はその拳を掴むと、一気に一本背負いの要領で力を入れるが、余りの熱さに顔をしかめる。それでも、めげずにドバッと力を流す。

「あれ? 軽っ」

 漢九郎の身体はまるで質量を失っていた。その軽さでは、重力加速を掛けられず、投げ倒しても、ダメージにはならないだろう。

「は~っはっは! 百目鬼! 術の構成までは見切れないと見た!」

 空中で体をくるりと回し、百目鬼の手を掴み返し、落下しながら上手く関節を利用して投げ上げた。百目鬼の体が宙に浮き、背中から床に叩きつけられる。

「かはッ」

 衝撃は全身に更に響いたが、再生の力でダメージに変換されない。更に技を繋げようとしてか、漢九郎が手を離さなかった事をチャンスと、百目鬼も掴み返し、逆関節から寝技に持ち込もうとしたが、相手の腕は既に霧となっており、それはかなわなかった。

 百目鬼の策が破れたのを感じ取った漢九郎は、拳を握ったが、それが叩きつけられる瞬間、体を捻って腕を掴む手を振りほどき、立ち上がる。

 形勢は元に戻り、依然百目鬼が少し不利ではあるが、攻撃はお互いに当たらない、拮抗した状態になる。

「埒が空かんな……」

 漢九郎はそう呟き、百目鬼から長めに距離を取った。

「終わらせよう。気象術 (あまの)()(ぎりの)(かみ)

 彼がそう唱えると、急に放つ呪力の質が変わった。

「う、嘘、だろ。(しん)()!?」

 気象術の秘技。自身の霊力を練り、神気に到達するまで高める事で、その強化を行う。実際には神気では無いのだが、それに限りなく近い力を(はつ)()させる。天狭霧神とは、古事記に登場する霧の神である。この術により、彼は人の形を失い、筋繊維、骨の一本一本までを霧に変えられる。

 百目鬼の目の前にはただ質量を持った(もや)があるだけだった。

「視え、ない」

 そこにあるのはただ空気と同じであり、道場内に呪術者の集まっているせいで、空気中に霊気が満ち、どこを視ても、どれが漢九郎なのか見分けられなかった。

「グハッ!」

 完全なる死角からの攻撃。それが四方八方より繰り出される。

「あっ。がっ。おはっ」

 見破れぬ攻撃に為す術無く百目鬼は気を失うと、床に倒れ込んだ。

 道場から割れんばかりの歓声が上がった。

「は~はっはっは。強かったぞ、百目鬼! まだまだ俺の敵ではない様だがなぁ!」

 漢九郎は腰に手を当て、高笑いを決めた。

「百目鬼!」

 智鶴が駆け寄ると直ぐに目を覚ましたが、彼の顔には悔しい気持ちが前面に出ていた。

「俺、まだまだ、だ……」

「ほら、掴まれ。俺の攻撃を全て躱した奴なんて初めてだ。スゲえな、お前」

 漢九郎はニッと笑い、彼の手を握ると、一気に引き上げ、立たせた。

 百目鬼は、また自分が振り出しに戻ってしまったと、そう思わずには居られなかった。

どうも。暴走紅茶です。

今週もお読みくださりありがとうございます。

漢九郎も然る事ながら、杏銃も本当はすごい人なんですけどね。まだまだヒヨッコのポンコツ呪具師です。きっとこれから成長してくれたら良いなと思います。

では! また来週!

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