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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第四章 強さのイミ
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15話 視える

 (よう)(じゅつ)(ばん)()(がん)の習得に励む(どう)()()に困り事が起こっていた。

 それは万里眼の発動を10分維持出来るようになった翌日のこと。

「よし、10分は保てるようになったな。これなら、戦闘中に千里眼と切り替えながらなら、何とか使える」

「本当!? よっしゃ!」

 (りん)(きゃく)の一言に、小さくガッツポーズをとって応える。

 あの集中修行からこっち、組み手をする機会は減り、修行の時間全てを使って万里眼習得に励むようになって居た。昼はメダカと千里眼の基礎を行い、夜は鱗脚と妖術の修行。これが今の百目鬼が行う1日だった。

「もう、夜も遅い。今日はこの辺にし……」

 相変わらず、鱗脚は最後まで話しきる前に駆けて行ってしまった。

「手応え、あるな。うん。きっと、あと、少しの、修行で、良く、なる。はず!」

 百目鬼は嬉しそうに微笑むと、家に帰り、ベッドに潜り込んだ。


「ふぁ~~~~。朝。ま、眩しい……」

 朝9時。百目鬼は起き上がると、降り注ぐ光に目を細めていた。寝ぼけ眼だったから、己に起こっている異変にもまだ気がつかない。

 ガチャリ。部屋のドアを開けて廊下へ出る。階段を降りて洗面所へ行くと、先に起きていた妹の(はな)()が顔を洗っていた。

「あれ? 華ちゃん、部活、は……って、え? は、華ちゃん!?」

 そこにはすっぽんぽんの華英が立っていた。

「あ、に~。おはよ~。今日は部活無いんだ~。って、なんで目を隠してるの?」

「だ、だって……」

「おお、隼人、おはよう」

 土曜日だったからゆっくり寝ていた父が続けて起きてきた。

「お父さん。おはよ……え」

 そこには人体模型然とした筋肉標本が立っていた。だが、理科室のとはどこかたるんでいる。

「う、うわ~~~。え? あれ? あれ?」

 そう言えばさっきから目を塞いでいるのに、なぜか全く視界が遮られない。それに、鏡があるはずの場所に、壁の内壁が見え、天井を仰げば青空が見えた。

 直ぐに腕を見る。そこには確りと包帯が巻き付けられていた。イヤな予感が更に加速し、ゆっくりと服の首元を引っ張り、身体を見る。

「ああ……。そういう……。あ~~。困った」

 胸の辺りとへその辺りに数個眼が開いていた。

 万里眼は千里眼の上位互換である。もう、美代子の千里眼用呪(まじな)いも効かなくなってきたと言う事だ。

 直ぐに術を解こうとするが、寝ぼけている脳はそう簡単に起きてくれない。百目鬼は何か余計なモノを視ないように、自分の足をじっと見つめる。10分もしないうちにその症状は治まった。

「寝てる時、無意識に、発動、しちゃってた、んだ」

 家族四人でダイニングテーブルに着き、朝食のホットケーキとサラダを食べる。その間も、「これが、頻発、するのは、良く、ない」「体が、色んな、意味で、持た、ない」とそんな考え事を巡らせて居たせいで、心ここにあらずといった様子だった。

「ねえ、にーってば、ねえ、聞いてる?」

 その為に無視された華英は、大変にご立腹であった。


 昼。メダカとの修行の時間。

「メダカさん、俺、寝てる、間に、術、使ってた、みたいで」

「おお、そんなことになってたんだなぁ! お疲れさん!」

「いや、で、その時、なんだけど……」

 百目鬼は朝起こった事を話した。

「それはナニか? 実の妹に興奮しちゃって、どうしようって話か!?」

「いや、違う。全く、違う」

「あ~。ウソ、ウソウソ。ウソだぜ~! はっはっは」

 殺気のこもった冷酷な目つきに、恐怖を覚えたメダカは、話の方向をスッと戻した。

「まあ、それは、言っちゃえば、焦点が合ってないってことじゃねぇか~~!?」

「焦点」

「そう、焦点だ~~~~。お前さんは、視たいモノを視る修行はしてるが、視たくないものを視ない修行はしてねえだろ~~~~? まあ、今まで個を見る方が得意だったんだ! 直ぐに慣れるだろうよぉ!」

「なるほど」

「朝のソレも、ちゃ~~んと服に焦点が合ってれば良かったってだけの話だろぉ!?」

「確かに」

「よし、じゃあ、今日は場所を変えるかぁぁぁああ」

「え?」

 ビブラートを効かせてシャウトし、百目鬼の手を引いたメダカは、そのまま山を下りた。

「ちょ、ちょっと、何処行くの」

「まあ、まあ、良いから良いから」

「良いからって、え? ここ?」

 それは、そこは山の近くにある、マイナスイオン金奉というショッピングモールだった。メダカは何も言わずにズカズカと入っていくと、フードコートの(いっ)(せき)に腰掛けた。

 一般人に程近い背格好のメダカは、常に甲冑を着ている鱗脚や、不自然なほどにヒョロヒョロな三柏翁に比べ、モール内でも浮いてはいなかったが、チャラチャラとしたファッションに、すれ違う人が皆目を向けてくるため、同行者たる百目鬼は何だか気恥ずかしかった。

「ここで術、使ってみ?」

 流石にここでシャウトをしない位の良識はあるようだったが、言っていること自体は大変なものだった。

「ここでって、え? そんなの、え?」

「良いから、ちゃんと服に焦点を合わせるんだぜい? 今日は視る修行じゃない。視ない修行だ。いつまでもそんな包帯に頼ってちゃ駄目だぜぇ」

「う、うん……。じゃあ、万里眼」

 百目鬼は人に見られないよう、両腕を袖の中に入れると、術を発動した。

「うわぁぁぁぁあああ」

 ものの数秒で顔を真っ赤にした百目鬼は、術を解いた。

「な~にが見えたんだか」

 メダカがニヤニヤしながら百目鬼を見やる。

「これ……。メンタル、持た、ない」

「弱音を吐くんじゃねえ。さあ! もう一度!」

 何度やっても羞恥心に勝てない。こんな状況で集中など出来なかった。

「出来るようになるまで動かないぜ~? 夜まではまだまだ時間があるからなぁ! まあ、この程度も出来ずに諦めたいんなら、いつでもどうぞご勝手にだぜぃ」

 そんな売り言葉を飛ばされてしまって、引き下がれる百目鬼では無い。

「やる、やって、やる……万里眼!」

 先ずは手近な所から、目の前に座っている中年男性の背中を視る。何を見るか、しっかりと考えて、そこに集中する。

 (いち)(がん)レフカメラのズームリングとフォーカスリングを調節して、ピントを合わせていく感覚を思い出す。

「おお。見えた、見えた」

 そのまま隣の男の子に視線を合わせる。カメラのオートフォーカスを思い出した。オジサンを視た時はマニュアルで写真を撮るイメージ、そこから視線を動かす時はオートモードにした時のイメージ。頭の中で自分というカメラの機能を操作する。

「ああ、あ~。うん。よしよし」

「飲み込みの早いことだけは、心から褒めてやるぜぇ」

 メダカが小さく呟いた時、行けると思った百目鬼は一番人が多いところに眼を向けた。

「~~~~~~!」

 結局顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「まあ、まだまだだけどな」

 メダカがガハハハ笑っていた。


 昼の修行で精神的にやられてしまった百目鬼は、モソモソと焼き魚を食べながら大きなため息をついていた。

 だが、あの訓練も無駄で無かった事が、この後発覚する。

「よし、昨日は10分間の保持が出来たから、今日は試しに組み手をするぞ!」

「はい!」

 以前は急に殴りかかってきた鱗脚も、最近ではお互い構えるだけの時間をとってくれるようになっていた。

 師匠が先に動いた。攻撃が迫るのと同時に、右へ飛ぶ。

 ただ相手の動きを先読みするだけなら、千里眼で行える様になっていた。そこから、足に力を入れ、踏み出し、拳を叩き込む……のはフェイクで、避けるついでに背後に回ってきたところを、肘で打った。

 その後もそうして一進一退の攻防を繰り広げる。

「そろそろ本気を出そう」

「なら、こっちも」

 お互いに妖術を発動した。鱗脚のスピードが倍以上に跳ね上がるが、百目鬼も万里眼でそれの先の先の先を読み、行動する。

「あれ? 見える!」

 そんな百目鬼の視界は、今までよりもよっぽどクリアに澄んでいた。千里眼で捉えきれなかった、万里眼にしてもイマイチ見えなかった、そんな所に焦点が合っていく感覚。

「これか!」

 昼に混浴温泉か不気味な理科室に居るような、恥ずかしさと気味の悪さ入り交じるフードコートを経験して培った修行の成果が、もう出始めていた。

 何かを掴んだか! 弟子の成長を嬉しく思う鱗脚はニッと笑い、更にギアをトップに入れていく。

「見える!」鱗脚の動きが。

「見える!」鱗脚の(よう)()が、(じゃ)()が。

「見える!」鱗脚の骨の軋みが。

「見える!」鱗脚の筋肉の収縮と伸長が。

「見える!」鱗脚の次の行動が。

「見える!」鱗脚の次の行動が。

「見える!」鱗脚の次の行動が。

「見える!」全部、見える!

 まるで未来までも見えているかの様な感覚に、胸がドキドキした。興奮で身体全体が熱い。ソワソワウキウキする。今まで避けることすら困難だった師匠の動きが見える。避けられる。そして、隙を見つけられる。

 ――はあはあ」

 興奮状態で、アドレナリンがドバドバ出ていたのだろうか。10分という昨日の記録を大きく上回り、20分か30分は妖術を使い続けた。

「やれば、出来るじゃ、ないか」

 鱗脚も、どこか息が上がっている様に見えた。

「でも、まだだ」

 そこで一息、大きく素早く吐いて吸うと、先を続ける。

「俺の動きに着いて来たことには、賞賛を贈ろう。だが、そうなれば次の段階。お前に全く足りていない、攻撃力を上げる訓練を行う!」

「……はい!」

 図星を突かれて、胸がチクリとした。

 百目鬼はそもそも攻撃型の術者では無い。繰り出すパンチも、頑張って新人ボクサー並。人の枠を越えた妖と渡り合うには、物足りない。

 それは誰よりも分かっている百目鬼だが、今日掴んだ手応えに後押しされ、ショックよりも新しい修行に対する興味に、身体がうずうずした。


 こうして百目鬼の修行は続いていくのだった。


どうも。暴走紅茶です。

今週もお読みくださりありがとうございます。

先週長めだったので、今週は短めでお届け致しました。

それではまた来週も、是非是非よろしくお願い致します。


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