10話 紙鬼回帰
沢山考えて考えて、3日経った。
朝、智鶴は起き抜けに智成を呼び止める。
「智成。私、決めたわ」
昼食後、智成を呼び止め、そう宣言する。
「やっとか。遅えんだよ。センスねえな」
やれやれ全くと、腕を組む。
「即決して失敗する方が、よっぽどセンスない気がするけど」
「時には即決することも必要なんだよ」
「それで、選択肢は決めたけど、どうやって引き出す力を確定させるのかしら」
「それは今晩のお楽しみだ」
智成はそう言うと、そそくさと何処かへ消えていった。
その夜、仕事終わりに智鶴が布団に入ろうとしていると、智成が尋ねてきた。
「仕事終わりで疲れてるのに悪ぃ(わりい)な……」
「な、何する気?」
「まあ、お前さんはそのまま寝てるだけで良いんだ」
布団を抱えて智成を見つめる智鶴に、彼はフッと笑った。
「え、ちょっと、そんな……。わ、私たち血が繋がっているのよ!?」
「な~~に言ってんだお前? センスねぇなあ。はっはっは。年頃の女の子ってか!? 似合わねえ。はははははは」
智成が腹を抱えて笑う。
「いやあ、誤解させちまったんなら悪い悪い。今晩から始めるって言ったじゃねえか。紙鬼回帰の習得を始めるんだよ」
「そう言えばそんなことも言ってたわね。でも、昼間じゃ駄目なの? 流石に疲れてるし……」
「だ~から、お前さんは寝てるだけで良いんだって。それに、夢を見るには夜の方が良いだろ。ここじゃ始められん。場所を動くぞ」
「え、ええ」
智鶴が納得する間も置かぬままに、智成に付いて向かったのは、栞奈の部屋だった。
「栞奈ちゃん、入るぞ」
「おう! 準備はしておいたぞ!」
そんな返事を聞くと、彼は遠慮もなく引き戸を開けた。
その部屋は所謂女の子の部屋といった感じでは無く、生活感はあれども、個人を余り感じない。殺風景な部屋だった。そこには、部屋の四隅に背の高い燭台が設置されており、刺された蝋燭には火が灯されていた。また、それらを繋ぐように、壁には細いしめ縄が護符で貼り付けられ、結界が張られていた。そして床には、何故か布団が2枚敷いてある。
「智成、アンタまさか……そう言う行為で力が開眼するとか言わないわよね……?」
怪訝な目つきで智成を睨む。
「おいおい布団を見つめて、変な誤解するなよ。俺は別にロリコンじゃねえし、そういう呪術もあるが、千羽にはねえよ。ここで寝るのはお前さんと栞奈ちゃんだ」
「え?」
「だから、ホント、センスねぇなあ。説明も聞かねえし。親父と兄貴はどんな教育をしたんだ。全く」
智成は頭痛がするように、額を押さえ、困り果てた様子を示した。
「ごめんなさい。ちゃんと聞くわ。私は今から何をするのかしら」
「簡単な話だ。お前さんには夢の中で紙鬼に会ってきてもらう」
「紙鬼に……。それなら前に一度会ったけど、それをするのにどうしてここなの?」
暴走し、紙鬼らしき黒靄と話をした時を思い出しながら、自分が寝ると言われた布団に座り、そう尋ねる。智成もしゃがみ込むと、話を進めた。
「先ず一番は、何かあった時に誰かが傍に居るべきだからだ。だからといって、俺が添い寝する訳にもいかんだろう」
「そんなことは何があっても許さないわね。確かに」
「手厳しいな。姪っ子が恐ろしいぜ……。で、もう一つ理由があってだな」
「もう一つ?」
「ああ、今から行う紙鬼との邂逅は『夢中往来』という夢渡り系の術を応用する。その術自体は勿論1人で行使できる術だが、如何せんお前さんは専門じゃ無い。だからここに居る巫女の栞奈ちゃんに手伝って貰う訳だ」
夢渡り系の術とは、占い師や呪い師が主に使う術である。人の夢は全てがネットワークのように繋がっているとされ、そこを辿るようにして、対象の深層心理を探る際に使われる。
だが、今回は誰か他人のそれを覗く訳では無い。力を外的にではなく、内的に使う。智鶴は紙鬼と会い、話すために、夢を使い、彼女は彼女自身の深層――魂に入るのだ。
「そうだぞ、わっちは魂の呪術を研究しているからな。今回の『夢中往来』は他人の所に行くのでは無く、智鶴自身の魂に呼びかけるように行使するんだ。どっちにしても、わっちの専門分野って訳だぞ」
先述通り、魂の研究は禁止されているが、古来より呪術一族として、魂と深く関わってきた家は、例外的にそれが認められている場合もある。栞奈の実家、神座の一族は正にそれだった。
「それで……。そう言うことなら安心してお願いするわ」
「じゃあ、手順を説明しよう――
一通り術の説明を終え、智成が部屋を後にすると、智鶴は蝋燭の灯りが時折怪しく揺らめく暗い部屋の中、栞奈の隣に仰向けで寝そべり、霊力循環を行おうとした。だが、そんな彼女に栞奈が話しかける。
「なあ、智鶴。智鶴は怖くないのか?」
「怖い? 何が?」
「これから紙鬼に会うんだろ? もしも呑まれたらとか、もしも夢から戻れなくなったらとかさ」
「ああ、そう言うこと。それなら全然怖くないわ。だって、アナタが付いてくれるんでしょう? それならきっと大丈夫よ。だから、宜しく頼んだわよ。栞奈」
「……お、おう! 任せとけな!」
照れくさそうにそう言う栞奈は、布団の中を探り、智鶴の手を握ると、一声。「始めるぞ」と、それだけ言った。
その言葉を合図に、智鶴は霊力循環に集中する。ここに来てからはずっと保ってきた術だが、改めて取り組むことで、精神統一を図る。
智鶴の霊気が安定したことを感じ取ると、術を詠唱し始めた。
「タマガクレタマヨバイ。術者智鶴の魂に呼びかけん。タマガクレタマヨバイ。術者智鶴の魂に呼びかけん。タマガクレタマヨバイ。術者智鶴の魂に呼びかけん。タマガクレタマヨバイ。術者智鶴の魂に呼びかけ………………
その声がだんだん薄らぎ、ゆっくりと夢の世界に入っていった。
*
夢の中は前に来た一面真っ黒の世界でもなければ、真っ白の世界でも無く、そこは鬱蒼と茂った森の中であった。どうやら神社のような敷地内に居るようだが、明確に鳥居や社がある訳では無く、朽ち、苔むした柱が刺さっていたり、壊れた構造物が散乱したりしていた。
正しく言えば、元神社の敷地内なのかも知れない。
「ここ、どこよ。実際にある場所なのかしら」
智鶴はキョロキョロと辺りを見回し、紙鬼を探した。
森を進むと、恐らく拝殿が建っていただろうと思わせられる残骸の中心に、大きな丸い岩が鎮座していた。丸いとは言っても、川でも下って出来たのか、荒削りに丸いそれには、朽ちたしめ縄が辛うじて引っかかっている。
「これ、もしかして御神体かしら。でも、しめ縄もボロボロで……」
「以外とお早いご登場だな」
「ひゃっ」
急に声がして、驚いてしまった。小さく飛び上がったのが恥ずかしくて、顔を赤らめる。
それに、声がするまで気が付かなかったが、その岩の上には、1人の、異様に白い少年が座っていた。少年は肌も着ている水干も髪の毛は勿論、睫毛の一本まで全てが純白で統一されていた。ただ目だけは赤く、白い中にぽつんと二つの赤が、異様さを際立て、智鶴を威圧した。
「ちょっと用が出来たものだから来たのよ」
文献で読んだり、紙操術師達の記憶の中で見たりした紙鬼とは全く違う姿だが、何故かそれが紙鬼だと分かった。
「私が私自らこうして、やってくるとは思わなかった」
「さっきも言った通り、用が出来たから来てやったのよ。それよりもアンタ、そんな姿だったの?」
「私の姿はお前の想像とか、諸々の要因から形成されているに過ぎん。鬼である私も私だし、この姿の私も私だ。だがまあ、こんなにも昔を思い出す姿を取らせてくれた術者は、久しぶりだな」
「昔?」
紙鬼の言葉に引っかかりを覚えた智鶴は、首を傾げた。
「いや、何でも無い。私は何だか気分が良い。お前の望みは何だ。言ってみろ。やはり力か? そうだろうそうだろう」
「まあ、平たく言えばそうね」
「おお、では、早く体を寄越せ。お前の代わりに暴れてやるよ」
「それは嫌よ。うら若き女の体を好きにしようなんて、このドスケベ!」
智鶴は自分の身体を抱くように腕で胸前を隠し、首から下を紙鬼に見られないよう、身体を捻って、更にはあっかんべーと舌を出した。
「ドスケベ……? 言ってくれるでは無いか。お前のような貧相な体に入ってやると言っているんだ。むしろ感謝されたいくらいだな」
「ひ、貧相ですって!? 何処がよ!」
再び向き合うと、地団駄を踏んで憤慨する。
「自覚が無いのか? 自分の胸によ~く聞いてみるんだな」
「何を~~~~」
今にも掴みかかりそうな雰囲気すら漂う。完全な喧嘩腰。両者睨み合い――目が覚めた。
起き抜け、何だか体が怠い。朝食を食べながら、智成が問う。
「おお、そう言えば紙鬼とは会えたか?」
「会えたわよ」
完全にイライラした様子で、智鶴が返す。
「それで結果は……?」
「喧嘩した」
「は?」
「喧嘩中よ! また今晩行ってくるわ。良いわよね、栞奈?」
「いいぞ……良いけど、折角わっちが術を掛けてやってるんだ、できればもっと有意義に、使って、くれよ……」
寝ている間も術を使って居たからか、すこぶる眠そうな栞奈。目を擦りながらも必死に朝食を食べているが、たまに船を漕いでしまっている。
「で、どんな内容で喧嘩したんだ……?」
「知らないわよ。あの変態」
「……紙鬼に、胸が無いって言われて、たいそうご立腹なされてたぞ……」
「はぁ?」
夢現の狭間で、栞奈がボソリと呟く。
そんな暴露へも怒りが湧かないほど、紙鬼に対してご立腹な様子だった。
その晩も智鶴は紙鬼の元へと向かった。
紙鬼は昨日と同じ場所に同じ出で立ちで、彼女を待っていた。
「こんばんは。紙鬼」
「ああ、こんばんは。私」
「昨晩の事だけど、そもそもアナタはワタシなのだから、口論するまでも無かったわね」
「やっと気がついたか。要はどちらが実体としての身体に力を及ぼすか。という話だったんだ」
「そうね、悪かったわ。今日は実りある話が出来ると良いわね」
「全くだ。わざわざ手伝って貰っている訳だしな」
「そうよ。だから、手っ取り早く提案させて貰うわ」
智鶴は組んでいた腕を解くと、左手は腰に、右手で紙鬼を指さし、こう言った。
「折半しましょう」
「ほう、紙鬼回帰か」
「なんだ、知ってるの?」
かっこつけた腰を砕かれ、カクリと首を捻る。
「勿論だ。きっかり五十代目、私が知る限り天才の紙操術師、千羽智によって考案された術だろう」
「え? そうなの?」
「なんだ、知らなかったのか」
紙鬼は不思議がるように首を捻る。智鶴もまた、どの文献かしらと、同じように首を傾げた。
「まあ、いい。私よ。折半すると言って、私は私からどんな力を引き出したいのだ。筋力か? 術の知識か? 歴代様々な術者はみな自分の必要とするモノを、私から引き出していた。お前は何を要求する?」
「全て」
間髪入れずに、スッパリと、はっきりとそう言った。
「は?」
その答えに、紙鬼も驚嘆を隠せない顔をする。
「だから、私の意識以外全てを渡すから、貴方は私に全てを差し出しなさいって言ってるのよ!」
「私自ら言うのもどうかと思うが、お前はリスクを分かって言っているのか?」
紙操術師は紙鬼回帰を使う際、紙鬼に体を乗っ取られないようにするため、紙鬼から引き出す力を選択することで、紙鬼を抑えつけている。また、これは暴走し、紙鬼化することを防止するために、掟として定められても居ることというのは、前にも智成から説明があったろう。
だが、智鶴はそのリスクを承知した上で、全ての力を出す許可を出し、掟に逆らったのだ。
「だから、全て寄越しなさいって言っているのよ。智成に聞いたけど、紙操術師がそれぞれ抱えている紙鬼は別個体で、ただ魂の奥底が血脈で繋がっているから、知識を共有しているに過ぎないんでしょ? なら話は簡単よ。私の私は私を裏切らない。裏切らせない。その為にも、もし他の条件も出したいならちゃんと提案して欲しいわ」
「なるほど。私の出す条件は私に我慢せず、暴れさせてやるから、意識だけは乗っ取ること無く、全ての力を寄越せと言う事か。いいだろう。だが、一つだけ条件がある。お前がもう強さは要らないと思ったその時、私はお前を乗っ取るからな」
「分かったわ。私は常に強くありたいと思う事を誓うわ」
「よし、それなら呑んでやる。契約は成立だ。私が望む時に私は力を差しだそう。私は私になりきらない。だが、私は私が望む様に力を振るう」
紙鬼がどこか嬉しそうに、ワクワクしたように言うが、智鶴は急に思案顔を作ると、制止するように掌を紙鬼に提示するように、上げる。
「いや、ちょっと待ちなさい。それだと私が無茶な契約をしたことがお爺ちゃんにバレる。それは大分面倒なのよ……。そうだわ。私は私が望むまでの間、渡す力は鬼気による力の底上げだけにしてちょうだい。『その時』が来たらその契約に基づきましょう」
「人とは難儀なものだな」
「だからこそ生きていけるのよ」
「ふん。まあいい。しばらくはその案を呑んでいてやる。だがな、『その時』が来ずとも、余りにも不甲斐ない時はその限りで無いぞ」
「任せなさい。私は私が飽きない人生を送ってやるわ」
「頼もしい限りだ」
「あ、忘れるところだった」
「どうした?」
そしてまた朝になった。
「智鶴、本気か……?」
智鶴と同時に目を覚ました栞奈が、かばりと起き上がり、まだ寝そべる智鶴の顔を覗き込む。
「ええ、当たり前じゃ無いの。私の魂には想像以上に紙鬼が濃いのよ。これくらいさせてあげないと可哀想でしょ」
というのも勿論理由の一つではあるが、それよりも純粋に強くなりたい一心から、智鶴はストッパーを外せる様にしたのだった。
それも全てはあの迷いながら眠った夜が、彼女に一つの決心をさせたからだった。
「……」
栞奈は心配そうな顔で尚も智鶴を見つめる。
「大丈夫よ。大丈夫。私の仲間は強いのよ。いざとなったら滅してくれるわ。それと、栞奈。このことは他言無用よ? いいわね?」
「う、うん……。分かったよ、誰にも言わない。その代わり、約束してくれ、絶対に無理なんかするなよ? わっち、まだまだ弱いけど、絶対助けるから。具体的には……えっと、えっと、そうだ! また紙鬼とゆっくり話したくなったら言ってな? 直ぐに術を用意するから。それに……」
「ありがとう。そう言ってもらえると、心強いわ」
言葉を探し惑い、焦った彼女に、智鶴が笑いかけると、ようやく笑顔を作れたが、それでも彼女の不安は消え去りはしなかった。
「紙鬼と契約も出来たみたいだしな。早速、紙鬼回帰の修行といこうか」
いつも通り山小屋前の切り株に腰掛けて、智成の授業が始まっていた。
「それで、結局何にしたんだ?」
「色々悩んだんだけどね、鬼気にしたわ。これで霊力を補強して術のパワーを上げられたらいいなって」
何気ない顔で話し、嘘を誤魔化す。
「うん、まあ、良いんじゃ無いか? じゃあ早速、紙鬼回帰を発動してみてくれ」
「え? どうやるのかしら?」
「……は? そこは決めてくる所だろ」
「そんなの知らないわ。もう、これじゃ修行が進まないッたらありゃしないわね」
「それはこっちの台詞だ!」
まるで他人事のように言う智鶴に対して、智成が突っ込みを入れつつ身を乗り出す。
「ちょっと待ってなさい。ねえ、紙鬼! 紙鬼! 出てきて!」
智鶴がドアをノックするように、自分の胸を小突いてそう問いかける。
――なんだ。まだ昼だろ――
ボソリと耳元に声が聞こえた。
「紙鬼回帰よ。さあ、出てきなさい!」
――ああ、分かった。紙鬼回帰って唱えれば出る、うるさいなぁ――
「分かったわ。『紙鬼回帰』」
智鶴がそう唱えると、体から湧き上がる霊気が乱れ、激しく呪力へと転じていく。だんだんとそこへ鬼気という不純物が混ざり、『気』の密度が濃くなっていく。それは大気の塵とふれ合い、爆ぜ、火花を散らす。
次に、体への変化が始まった。先ず左目から瞳孔が消え去り、真っ白となる。さらに、その真上からは細い角が額の皮膚を突き破るように生え、爪は少し伸びて、鋭利になった。先日の智喜が見せたのと同じような姿になる。ただ智喜と違い、智鶴はさらりとした白髪が腰のあたりまで伸びた。
「お、お前今何したんだ」
「え? 紙鬼回帰でしょ?」
「いや、それじゃなくて」
「どれよ?」
何を言われているのか分からないと言った様子の智鶴。
「いや、紙鬼と話してなかったか?」
「え? こんなの、紙操術師なら誰でも出来るんじゃ無いの?」
「出来るか! 出来ないから夢を使うんだよ。なのに何ださっきのは出てきなさい! って!」
智成の似てないモノマネに、栞奈がプッと吹いた。
「だって、そもそも私が紙鬼化した前兆が、紙鬼に語りかけられたことだし……」
「はぁ? じゃあ、夢渡りなんて必要なかったじゃねえか」
「いやいや、ゆっくりと話すにはやっぱり対面しないとじゃない。あれは必要だったわよ」
「ねねね! そんなことより、髪の長い智鶴、新鮮だな! それに綺麗だ~」
我慢出来ずといった様子で、栞奈が話を遮って目を輝かせていた。
「あんまりジロジロ見るんじゃないわよ。恥ずかしい」
「わっち、ちょっとだけ、キモいオジサンの気持ちが分かった気がしたぞ……」
栞奈が照れる智鶴から少し目を逸らし、胸を押さえて、ドギマギしていた。
「まあ、何にせよ、取り敢えず紙鬼回帰までは出来た様だしな。これからはそれを扱う術を覚えて貰う」
「え? このまま術を使えばパワーアップってものじゃないの?」
「そんな便利がこの世にあってたまるか。じゃあ、術を使ってみろ。分かるから」
師匠は弟子の言葉に呆れて、ぶっきら棒にものは試せとそう言った。
「ええ、分かったわ。紙操術! 紙吹雪!」
智鶴の周りに幾千もの紙片が、ブワッと湧き上がる。
「何これ……。おっ重い……」
直ぐに力尽きたのか、紙がハラリと地面に落ちた。
いつもの感覚で力を使うと、消耗が激しく、それはまるで鉄の塊でも持ち上げているかと錯覚してしまう程だった。
「だろう? それは今扱っているのが、呪力で無く、鬼力だからだ。鬼力は鬼気から生じるもので、そもそも霊力しか練った事の無い人間が直ぐに操れる代物じゃねえ」
「そう言えば、暴走した時も何日か倒れちゃってたわ」
「そうだろ。ただ闇雲に使っただけだと、人の器じゃ持たないんだ」
「だからこれを操れるように、修行すると」
「おお、センス良い答えじゃねえか! その通り。先ずは紙鬼回帰状態を保つ事、次に鬼気を操る事、そして最後に鬼気を鬼力に練ること。ここまでできてようやく実践で使えるわけだ」
「第一段階って、そんなに難しいの?」
今現在疲れを感じていない智鶴は、あっけらかんとした態度でそう問いかける。
「う~ん。これは人によりけりだが……。その姿を保っているだけで、鬼気を発してしまうだろう? 動き回っていると分かると思うが、霊気で行動するのと鬼気で行動するのでは相違に身体がなかなか追いつかないんだよな。というわけで、栞奈ちゃん、智鶴ちゃん? ランニング1時間、よ~~い、どん!」
「なんでわっちまで~~~~」
泣き言を言う栞奈を引き連れ、智鶴は山の中へ駆けだしていった。
1時間後。山の中から、術が解け気を失った智鶴と、それを担いだ栞奈が、ふらふらした足取りで現れた。智鶴の足が地面に擦れ、その軌跡を轍の様に残している。
「ふー。ふー。倒れた人は重いぞ……」
「やっぱりな。言わんこっちゃない。栞奈ちゃんご苦労様。そいつはその薪の脇にでも放っとけ。そのうち起きるから」
智成の予言通り、智鶴は10分とせずに起きた。
「お帰り。全く……センスねえな。倒れるって分かってんだから近場で良いのに、遠くまで行くから、お前を負ぶって帰ってきた栞奈ちゃんに、ちゃんと礼を言うんだぞ」
「な、何があったのかしら?」
山の中を走っていた筈なのに? 紙鬼回帰状態は? と、彼女は大変に混乱していた。
「だから、言ったじゃねぇか。霊力との相違だ。今のお前さんはディーゼル車にハイオクをぶち込んだような状態だ。エンジンは掛かるが、不可がデカい。似ている所があるから、無意識に鬼力を練ろうとして、でも結局違うから、練り上げられずただ力を使い切って目を回したんだ。人に戻れば、10分程度で鬼気が抜けて霊力が戻る。だから目を覚ました。以上」
「……。これ、しんどいのね」
「やめるのか?」
その質問に、フンっと鼻を鳴らすと、再び紙鬼化し、
「まさか」
心から自信があると言わんばかりにそう言った。
智鶴の本題はこれから始まるのだった。
どうも~。暴走紅茶どすえ~。
今週はちょっと長かったのに、後書きまでお読みくださり、ありがとうございます。
なんか寒さも和らいで来たなあと思ったら、もう3月。気がつけば新入社員が入ってくると言うじゃ無いですか。読者の皆さんの中にもこれから始まる新生活に、ドキドキワクワクしている人も居るのではないでしょうか。そんな皆さんに幸あれと言うことで、今週はここまで。
来週もよろしくお願い致します!




