9話 テストと座学
竜子の修行が本格化する一方、木枯山の智鶴も本題に入る為のテストを受けていた。
「目を隠したか」
「ええ。何も見えないわ」
そこには黒い布で目を隠した智鶴と、それに対峙するように立つ栞奈、そしてそれを監督する智成という三すくみの光景があった。
「では、紙鬼回帰習得許可テスト始めるぞ! ルールはさっき説明した通り、術使用ありで、栞奈を捕まえること。栞奈はフィールドから出ないこと!」
「あいあい~智鶴さんこっちら! 手の鳴る方へ!」
これは紙鬼回帰の前段階、自動防御を習得しようとしたら、そもそも気配読みが出来ない事が発覚した智鶴の為に行われるテストだ。今日これがクリア出来ない事には、この夏に紙鬼回帰を教えることは出来ないと言われており、その恐怖に震えるながら、必死に積んできた成果を発揮しようと意気込む。
今まで詳しい気配取りなど出来なくとも百目鬼がいたが、これからはどうなるか分からない。1人で戦う時の為にも、皆を守って戦いぬく為にも、必要不可欠な力である。
力を手に入れる為にも、今日を乗り越えないとね……。智鶴に緊張が奔っていた。
「よし! 位置について……よ~~~い、ドン!」
智成が、徒競走の様などこか間の抜けた開始の合図を出した。
風魔という風の妖を自身に降ろし、スピードを強化した栞奈は、智鶴をおちょくる様に彼女の周りを風邪の如くふわりと駆け巡る。
智鶴はゆっくりと霊力を滾らせていく。自分を中心にシャボン玉を膨らませるような感覚で霊気を張る。薄く広く……。
現状限界の5メートルまで広げると、その探査網にひっかかるモノはないかと集中する。栞奈は勿論、その網の外に居た。
「智鶴のやつ、なかなか上手くなってきてるな。でも、それじゃあまだまだなんだよなッ!」
栞奈はその網に飛び込む。智鶴がそれに気づき、捉えようと駆けてくる寸前、足の裏から空気の塊を生成、それを圧縮、解放することで、大ジャンプし、智鶴を飛び越し、網の外へ逃げた。
「くそ~。あっちは見えてるものね。どうしようかしらね……」
このままじゃ上手く行かないと考えた智鶴は自分の今出来る事から、何か応用出来ることは無いかと考える。
智成は「術は自分で想像して創造するモノ」と言っていた。きっとこの探査術、ひいては自動防御も、智成とは違ったアプローチだってあるはずなのだ。それにこのテストは、眼隠しの状態で、栞奈を捕まえる事としか言われていない。何も言われたままにこの狭い探査範囲で気配を取る必要は無い。
また栞奈が網に入って、出て行く。また、また……その時、ふと思った。
この網、狭いし邪魔ね……。これがなかったら、いやもっと広かったら? 出られたり入られたり、鬱陶しいことは無いじゃないの。と。
でも、探査範囲をこれ以上広げるには技量不足であることも、事実である。
なら、いっその事……。
「え!? 何でだなんだ!? それ消したらもう勝ち目無いぞ!?」
急に智鶴の探査術が解かれ、驚く栞奈。
「おお、何か始める気だな」
と、ニヤニヤし始める智成。
智鶴は今までにも、襲ってくる竜気や毒霧を紛らわせる為にやってきた要領で、紙吹雪を自身に纏わり付かせるように飛ばした。だが、それはいつもと様子が違い、智鶴から遠く離れた所で、何百と言う紙が一定の間隔を保ち飛び交っていた。
「栞奈! 掛かってらっしゃい!」
手でクイッと挑発するが、その方向に栞奈は居らず、何とも格好がつかない。
「あと5分~」
智成の声をゴングに、栞奈が駆け出した。
「紙操術 紙吹雪! 衛星管理!」
智鶴がそう唱えると、紙を基地局に巨大な霊力の網が張り巡らさせる。フィールドよりも大きなそれは、簡単に栞奈の居場所を智鶴に伝えた。そう、いままでは膜を意識していたから、限界があったのだ。そのイメージを網に変え、そのつなぎ目を紙で補ったという訳である。
「そこね!」
智鶴の指揮に従い、紙漉の法で繋がった紙が、栞奈を絡め取る様に迫った。
「掴まらないぞ~~~~」
栞奈は上を目指して飛び上がる。要はこの網の外に出たら良いんだぞ! との考えからだったが、そもそも自分の網に出入りされることを嫌った智鶴が、それを簡単に許す訳もない。
「そう動くことは予想済みよ! 紙操術! ええい! 捕まえなさい!」
術名なんてどうでもいいから、栞奈を捕まえるイメージだけを持って、手をグッと握り込む。
あと一歩で網の外に出る栞奈。
だが、今まで衛星として機能していた紙吹雪が1カ所にあつまり、紙漉の技術でそれらは大きな壁となった。勢いをつけて飛び出ようとした栞奈が、それに激突した。
「はにゃ~~」
完全に目を回した栞奈が真っ逆さまに落ちてくる。そして、紙を集めて彼女をそっと受け止めると、ほっぺたを鷲掴みにして、「捕まえたわ」と得意げに言うのだった。
「くっしょ~~~~。あひょ少しでゃったのににゃ~~~~」
直ぐに目を覚ました栞奈が頬を掴まれたまま悔しそうに声を上げ、智鶴の手から逃れようと、ジタバタした。
「い~や、栞奈ちゃんの完敗だ」
「何でだよ。智成!」
「もしもあの一瞬でスピードを増して、網から逃れたとしても、その下には何百という紙の大群。栞奈ちゃんに逃げ場は無かった」
「む~~」
「智鶴ちゃん。確かに良い戦法だった。だけどなぁ、これが通用するのも、今回はフィールドが限られていた、栞奈ちゃんを捕まえるというルールが存在したからこそだ。実際に戦闘で使えるようにするには、まだまだ修行が必要だな。それに自動防御もこれがスタート地点だからな」
「分かってるわよ。でも、これで紙鬼回帰は教えてもらえるのよね!?」
「ああ、勿論だとも」
そう言って智成が智鶴の肩をポンと叩こうとした時だった。一枚の紙切れが、それを弾いた。何度やっても結果は同じ。
「……」
全員がその現象を目にして押し黙る。
「……自動防御、なんか習得しちゃってたわ」
「ええ~~~~~」
自身の探査網から逃れる栞奈を捉えたあの時、術名など唱えなくとも、ただ網にかかる彼女目がけて、自然に紙を動かした感覚が上手く作用した……のかも知れない。
「お前、すげえな」
「智鶴、見直したぞ」
「これで、心置きなく紙鬼回帰を覚えられるぞ! よかったな!」
「なんか分からないけど、ヤッタ~~~」
その声は山々に木霊して、どこまでも響いていった。
「で、これってどうやって止めるの?」
「「え」」
まだまだ不完全な出来であった。
*
「それでは、紙鬼回帰習得にあたって、先ずは色々説明していく。ちゃんと聞いとけよ」
その日の夕食後、智成は智鶴に向き合うと、座学を始めた。その会話に耳を傾けながら、栞奈は皿洗いをしている。
「よろしく頼むわ」
智成は一つ頷くと、本題の話を始める。
「紙鬼回帰ってのが、どんな術なのかは知ってるよな?」
「ええ。私たち紙操術師が魂に抱える紙鬼を引き釣り出して、自分の力にするものでしょう?」
「まあ、概ね合っているな。それじゃあ質問を変えるが、何で紙鬼の魂を引っ張り出しても、乗っ取られないか分かるか?」
「その全てを引き出す訳じゃ無いからよ。お爺ちゃんのを見ただけだけど、あれは多分50パーセントくらいね」
「おお、以外と視えてるんだな。探知は苦手なくせに」
「うるさいわね」
「それじゃ、もう一つ質問だ。その50パーセントって何だ?」
「え? え~と、紙鬼の魂でしょ?」
「魂の、何かを、聞いてるんだ」
「何って……」
智成は枕詞に「分からないのも仕方ねえか」とぼやき、解説を始める。
「これには俺の解釈も入るが、魂ってのは遺伝に近い。子供が両親に似た性質をもつ事ってあるだろ?」
「あるわね。でも、それって科学的に遺伝で証明されているじゃないの」
「ああ、そうだ。だが、科学的な遺伝だけじゃ無い。それを霊的に考えた時、血脈の記憶媒体こそ、魂の正体だと、俺は踏んでる」
まあ、これは千羽としての解釈でも殆ど同じだがな。と続けた。
魂の解釈は人や流派によって大きく異なる場合がある。それは大々的に魂というものを解き明かすのが、魔呪局によって禁止されているからだけでない。古来よりどれだけ研究を重ねても、その神髄に辿り付いた者が居ないからでもある。
「……」
「その解釈をすると、紙鬼の魂ってのも、開祖・千羽智明が抱えた物とは異なって来てると考えられる。代を経るに従い、子へ孫へと色々な性質や記憶を受け継ぎ、魂は洗練されてきた。だから先の質問への回答としては、俺たち紙操術師が紙鬼回帰を行う際、50パーセントまで引き出す制限の中で、記憶や技術……ってところだな。そして紙鬼回帰状態になった時、その中で何を一番多く引き出すのかを選べる訳だ」
「一番多く引き出す……」
「そう、記憶・腕力・性質・鬼気……。それはそれぞれが自分のスタイルに合わせて決めるのが、一般的だな」
「……ねえ? それって全部を均等に足して50パーセントじゃ駄目なの?」
「駄目だ」
キッパリと言い切られた。
「なんで」
「この取捨選択は、紙鬼を暴走させない、ストッパーとしての役割もあるからだ」
「ストッパーね。なるほど」
得心いったという様子で、智鶴が頷いて見せた。
「分かったなら、詳しい説明も要らないと思うが、一応話しておくと。紙鬼の魂から全てを均等に引き出すと、絶対につけ込まれるんだ。あれも欲しい、これも欲しいと、力に溺れてな。それで、だんだん50パーセントの箍が緩み、いつか外れる。そうして紙鬼化した先祖が多々居たから、紙鬼回帰を行う上で、選択することが今や掟とされているわけだ」
「……」
智鶴はどこか腑に落ちないという顔をしていた。むすっとした顔つきで、何かを思案している様にも見える。
「だから馬鹿な事を考えずに、今の自分に必要な物を考えろ。あくまで、紙鬼回帰は己の力を補うものだからな。ソレが決まったら、次の段階に移る」
「ええ……分かったわ」
「う~ん。そう言われても、何が必要なのかなんて、分からないわよ……」
智鶴は話の後、仕事まで寝ようと布団に潜り込んだものの、思考が頭の中を巡り、寝付けないで居た。
「私に必要なもの……。やっぱり力かしら。分かりやすく強くなるには、必須よね。でも、知識も必要よ。技のバリエーションが増えれば、攻撃の幅も広くなるし。でも、それを言ったら、鬼気にして霊力と置き換えた方が、私のスタイルに合ってるかも……」
その後もその纏まらない思考は頭の中を巡り、仕事中も集中出来なかったから、うっかりミスで何体か取り逃しただけで無く、肩に深い怪我まで負ってしまった。
「どうしたんだ。らしくねえな。まさか、紙鬼回帰の事を考えてて、仕事に身が入ってねえなんて事はねぇよな?」
智鶴の肩口にしっかりと包帯を巻き付け、更に上から、『治癒』の意味を込めた護符を貼りながら、智成が問うた。
「……ま、まあ、そんな所よ」
「マジか……。智鶴ちゃん、結構スッパリした性格だと思ってたから、こんな事で悩むなんて思ってなかったぜ……」
「うるさいわね。余計なお世話よ」
「まあ、そうカッカするなって」
智成は笑顔をスッと真面目な顔付きにすると、一つの言葉を放った。
「智鶴ちゃんは何で強くなりたいんだ?」
ソレが分かれば、自ずと……って、聞いてるか? おい? おい?
後半の言葉は耳に届いていなかった。
考えもしてこなかった問いに、頭が真っ白になる。
「まあ、いいか。ゆっくり考えな。お疲れさん、おやすみ」
そう言い残し、智成は電気を消して部屋から出て行った。
バタンと布団に倒れ込むと、直ぐに思考が動き出した。
「強さのイミ……。私は……。え~っと」
キチンと考えた事が無かった。『宿敵ぬらりひょんを倒す』というのは、勿論目標として今でも自分の中に生きている答えだったが、本当にそれだけだろうか。
強くならなくちゃいけない。名家に生まれたからには、それを命題として、それを目指すことが普通だった。周りの人間も、皆強さを求めていた。だから、キチンと強くなるイミを考えた事が無かった。
竜子は、百目鬼は、自分から出稽古の許しを乞い願った。でも、自分はどうだろうか。2人が行くから、置いていかれるのが怖いから、だから出稽古に来たのでは無いだろうか。藤村も時期尚早だと言っていた。
自分は本当は、まだまだ弱いのでは無いか? 今こんな人生を決める決断をするべきでは無いか……?
「あ~。ダメダメ。そんな思考は、術を鈍らせるわ。もうここまで来たからには、腹を括らなくちゃ」
決断をするにしても、どうしたら良いのか分からない。自分のスタイルは分かっているが、それを補強するには、何が効果的か……。
と言うか、そもそもどう強くなりたいか、という思考で考えなくては。
『ぬらりひょんを倒す』これを最終目標にするなら、やっぱり、破壊的な強さが要る。それに、私は色んな技を使えるタイプでは無い。だから、知識を補強したところで、使いこなすのに時間が掛かる上に、パワーアップには繋がらない。なら、腕力・筋力的な方向は? これは、お爺ちゃんの速記みたいに、自己強化を行えるスタイルなら良いけど、自分は近接戦闘型じゃ無い上に、自己強化も行えないからこれも却下。鬼気は……そもそもどう扱うのか分からない。パワーアップにも繋がるのか分からない……。
「駄目ね。はあ、何でこんな事も決められないのかしら」
気がつくと、ポケットの中に入れている、あの割り符を触っていた。
「皆はもう強くなったのかしら……。結局私だけ取り残されてたりするのかしら……」
呪術を学ぶ上で、初めて弱気になった。今まではただ漠然と強さを求めてきたから楽だった。そのイミを考えるのがこんなにも難しいとは……。
一度目を瞑る。割り符を触っているせいだろうか、強くなることを考えて居るのに、何故か色んな人の顔が浮かんでくる。そこではみんな笑顔だった。
「良いわね。うん。早く帰りたいかも。辛かった事とか楽しかった事とか、はやく共有したいわ……。結華梨は真面目にやってるかしら、藤村さんを困らせて居ないかしら。マスターは日向に困らされていないかしら、その日向はどんな夏休みだったんだろう、静佳は……。お爺ちゃんどうしてるかな、お母さんも、お姉ちゃんも、みんな……。うん、そうね、みんなみんないつまでも笑顔で居てくれたら良いのにな」
休憩代わりに、皆のことを考えていたら、知らぬ間に眠ていたたらしい。目を開けたら朝だった。
でも、何かが分かった気がした。
どうも、暴走紅茶です。
先だってツイッターの方でも、報告(自慢?)しましたが、ニューPCを手に入れました!
また新たな相棒とバリバリかいていくので、これからもよろしくお願い致します!
では! また来週!




