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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第四章 強さのイミ
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8話 境界霧化

(どう)()()がセクハラ紛いの触診を受けた日曜日から数日後、(りょう)()の修行が本格化し始めた。「基礎は大分修正出来てきたね~」

 との評価を受け、竜子はホッとした表情を浮かべる。そう、竜子もまた、独学の弊害に悩まされていた。(れい)(りょく)/(じゅ)(りょく)の循環技術は最初から褒められたものの、移動や放出となると、これがまたどうして上手くいかないのだった。

 だが、それも昨日までのこと、2週間あまり(ふみ)()に付きっきりで特訓を受けた結果、それは大分マシなモノになっていた。勿論それは「まあ、ギリ及第点かな~」といった程度の評価だったが。

「ありがとう」

「竜子様! 昔とは見違えるほどですよ!」

 このマンツーマン応援団たる美夏萠(みなも)も、頑張れた秘訣だった。

「えへへ」

「ほらみろ、やっぱりお前が甘やかてるじゃないか!」

羅依華(らいか)、うるさいですよ」

「うるさいとは何だ! むき~~~~」

「1000年前からずっと子供ですね」

「悪いか!」

「ほらほら君たち~。その辺で終わりねん。じゃあ、竜子ちゃん、次はとうとう『(きょう)(かい)()()』のレッスンを始めていくよん」

「……」

 竜子が何とも言えない複雑そうな顔をしているのが気になったのか、文子もまた釈然としない表情で問いかける。

「修行、嫌になっちゃった?」

「ううん。違うの。ここに来て、基礎が全然駄目だって気がついて、一応の及第点はもらえたけど、それで次のステップに進んで大丈夫なのかなって」

「心配性だね~。お姉さんが付いてるのよん。大丈夫大丈夫。そ・れ・に、境界霧化は呪術としての技量も勿論だけどぉ、それよりもなによりも、従者ちゃんたちとの信頼関係のが大事だからぁ。竜子ちゃん、得意科目なんじゃない~?」

「……信頼関係。うん、それは得意!」

 不安そうな顔がいくらかマシになると、文子も笑顔になり、話を先に進めた。

「じゃあ、大丈夫だ! さて、始めていこうかねん。前に近い状態になった事があるって、言ってたよねん。ならぁ、その状態になってみて! さあさあ」

「なってみてって言われて、急に出来ないよ……」

「その時を思い出して、どうやったの」

「……」

 竜子はスッと目を(つぶ)るとあの日を思い出す。急に現れた(ひゃっ)()()(ぎょう)と、その一員ふらり火。負けたくない一心でやったあの時の行動……。

 美夏萠を人型から(みずち)に戻し、波長を合わせていく。

 呼吸を合わせて、動きを合わせて、心音まで綺麗に揃えていく。

 ……で、あれ? これからどうするんだっけ? あれ? ここは、どこ?

 不意にドボンと水に落ちる感覚。これは確かに前も感じた。それでも、何かが違う。あの時はもっと澄んでて、違う! ここは、ここはどこ!? 私は……。

「……ちゃん、竜子ちゃん!」

「あっ!」

 パッと目を開けると、どうやら倒れてしまったようだった。文子が覆い被さるようにして、肩を叩いていた。術が解けたのか、美夏萠も人型になり、近寄ってくる。

「急に倒れたかと思ったら、全然目を覚まさないんだもん。大丈夫!?」

「あ、はい。多分……」

「今日はもう止めにする? 智っちからも無理させないようにって言われてるし」

「いや、大丈夫です。もう落ち着きました」

 智っちという呼び名が気になりはしたが、今はそれどころでは無いと思った。

「うん。(れい)()も落ち着いたしぃ、大丈夫みたいねん。でもぉ、さっきは何があったの~? 異常なくらい霊気が落ち着いたと思ったら、急に呪力に変わって、そのまま倒れて……」

「何か変だったの。うん、変だった。前とは違う感じ。前はもっと綺麗な湖に沈む感じだったのに」

「わ、ワタクシも変な感じでした。前はもっとスッと竜子様が入ってくる感じだったのに、なんだか無理矢理押し入られている様な、圧迫感と言いますか……」

「やっぱり無理だったか~。まあ、そんな気はしてたんだよね~。無理ない無理ない。初めてだもんね。確証はないんだけどぉ、多分~、竜子ちゃんが人型の美夏萠ちゃんにまだ慣れていない事と、術として捉えて緊張しちゃったのが原因かなぁって思うのね。だからぁ先ずはぁ、人型の美夏萠ちゃんとお手々を繋ごう!」

「は?」

 美夏萠と竜子の声が重なった。

「まあ、良いから良いから、ほら言うとおりにしなさ~い」

「は、はい……」

 言われるがままに、お寺の和尚さんをやる要領で、美夏萠と手を繋ぐ。

「あと、また倒れちゃうと危険だから、座ってやろうか」

 川縁の大きめな石に腰掛け、再び向かい合い、手を繋ぐ。

「じゃあ、私の言うとおりにしてね」

 1人と1匹は同時に頷いた。

「先ず、竜子ちゃん、霊力を美夏萠ちゃんに流すようにしてみてぇ」

「そうそう、良い感じよぉ~。美夏萠ちゃんは、竜子ちゃんの霊力の感じぃ、分かるぅ?」

 美夏萠が頷く。

「じゃあ~それに似せる様にして、美夏萠ちゃんから竜子ちゃんに竜気を流してみて~。お嬢さん、お入んなさいって、お互いに相手を招き入れる感覚よぉ。どっちかが受け身になっても積極的になってもだめ。平等に、過不足無くね」

 美夏萠が言われたとおりに、竜子の波長に合わせて竜気を送ると、以前と同じように、2人の気が混ざり合い、均一化されていく。

「おお~良い感じねん。その状態を30分キープ! よ~い、どん!」

 その頃の竜子は以前の湖に沈んでいた。

 とても穏やかな湖。何処まで沈んでも苦しさが無い。先ほどとはあからさまに違う。まるで抱きしめられているかの様な心地よさ。水底に誰かがいる気がする。美夏萠かな。手を伸ばしたら届くかな……。

「は~いそこまで~。終わりです~」

 2人の肩をぽんと叩く。すると、竜子がハッと目を開けた。

「行けました! またあの綺麗な湖!」

「良かったね~。その湖がなんなのか分からないけどぉ、まあ、第一歩はクリアかな!」

「やった~!」

 ガッツポーズをとる竜子へ、美夏萠が嬉しそうに拍手を贈る。

「じゃあ~、今日は一旦ここまでにしてぇ、休みましょうねん」

「え!? もっと修行したい!」

「それはぁ、立ち上がれてからぁ、言おうかぁ」

「え?」

 美夏萠から手を離すと、まるで糸が切れた操り人形の様に崩れ落ちた。

「あ、あれ……?」

「いやあ~。若いって素晴らしいねえ。限界を知らないんだもん。まだまだだよぉ、お嬢~ちゃん」

 美夏萠に担がれ、家に戻る。自室に寝かせて貰うと、枕元に文子がやってきた。

「何でお互いの霊力を渡し合ってるだけなのに、こんな消耗するのって顔してるねぇ」

「何で……」

「分かるよん。だって顔に大きく書いてあるもん」

 竜子は右手で顔を拭った。

「言葉の綾よぉ。本当に書いてある訳ないじゃないの」

「また、知らない術かと」

「そんな便利な術があるなら、みんな使ってるわぁ」

「それも、そうだね」

「じゃあ、本題に戻すねん。『境界霧化』ってのはぁ、文字通り、対象との境界を薄めて、お互いの影響力を増す術なのは、分かってるわよねん」

「うん」

「と言う事はあ、竜子ちゃんの体には、竜気が流れ込んでくる訳なのぉ、それを体へ直に流しても拒否反応が出ちゃうからぁ、無意識の内に、より霊気に近い状態へ整えて呪力にするって言う、翻訳作業をしてるのよぉ。しかも流れてくるままにやってるから忙しくて、消耗が激しいって訳なの~」

「なるほど……」

「今日は取り敢えずゆっくりなさいねん。明日からはその翻訳作業を学びましょう」

「うん。おやすみ……」

 元々重たかった瞼が、最後の力を失い、スッと閉じる。

 夢の世界へ引きずり込まれる。

 彼女は夢の中で、あの湖に似た場所に居た。ただし、今回は沈まずに浮いている。ただぷか~っと、波一つ立っていない水面は、高級ベッドのように心地良い。だれも居ない静寂。心身共に最上級のリラックスをしているようだった。

 雲が流れていくのを気にもとめずに、ずっとそうしていた。ずっと、ずっと、ずっと……。


 翌朝目が覚めると、体がスッキリしていた。傍らには美夏萠が正座している。昨日夕飯を食べずに寝てしまった為、起き抜けにお腹がぐ~~~っと鳴った。

 階下に降りていくと、文子さんがダイニングに居た。「直ぐに朝食用意します」とそんな事を言って台所に立つと、後ろからお礼を言われた。

「ありがとう~」

 朝ご飯はトーストに作り置きのカボチャの冷製スープと新鮮夏野菜のサラダにさっぱりとした自家製青じそドレッシングをかけたもの。と珈琲だった。

「昨日はよく眠れたかしらん?」

「うん。もうぐっすり。あ、でも夢の中まで湖が出てきて、なんか苦笑いだよ」

「ふふふ。もしかしたら美夏萠ちゃんが近くに居たからかもね」

「あ、そうかも」

 声は明るくも、文子の目は笑ってなど居なかった。

 今日もお昼から修行が始まった。基礎トレーニングに始まり、応用として境界霧化の稽古が始まる。

「今日は美夏萠ちゃんから流れてくる竜気を、翻訳する方法を教えるわん」

「うん。お願いします」

「じゃあ、昨日みたいに手を繋いでね~」

 文子が合図を出すと、美夏萠からゆっくりと竜気が流れてくる。人の体には過ぎた力。それは大きすぎて、人の器には注ぎきれない。

「先ずは竜気と自分の霊気をなじませるの。そしたら、混ざり合った霊気を竜気ごと練り上げるのよ。それを意識的に制御してねん。ただ流れてくるがままにやるとぉ、昨日みたいに倒れちゃうからねん。2日も夕食抜きは勘弁よぉ」

 意識下で、竜気を霊気に混ぜて練る。使い切れない分は体から放出させて、使いたい分だけを呪力にしていく。

「上手上手。じゃあ、一回休憩~」

 美夏萠から手を離すと、どっと披露が襲ってくるが、昨日よりは幾分かマシではあった。

「どうかしら~? ふらふらする?」

「少し。制御するのって難しいね」

「そうよん。一朝一夕とはいかないわ~。努力あるのみよん。じゃあ、また霊力循環、呪力循環からやっていこうねん」

「うん!」

 こうして竜子の修行は続いていく。この術の先に潜むモノの存在には目もくれず。

どうも、暴走紅茶です。

雪が降ったり、降らなかったり、滑ったり滑らなかったりする寒い日が続いていますが、皆様お元気でしょうか? 紅茶の車は先日凍り付いてて、扉を開けたらパリパリ音がしました。

それでは、今週はこの辺で。

また来週!

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