5話 師匠追加!?
「今日から早速修行を始めていく。先ずはどんな術を身につけるか考えろ」
「どんな……」
急に言われてもパッと浮かばなかった百目鬼は、考える様子を示すが。
「遅い! そんな展望も無く、よくも俺に師事したいと言い出したな。貴様!」
鱗脚にキレられてしまった。
「ま、待って、言える! 言うから!」
「ほう……?」
ジタバタとして、全力で鱗脚の睨みから逃れる。
「全てを、見通す、力、欲しい。今の、力を、底上げ、したい」
「全てとは?」
「過去も、未来も」
「は~はっはっは。全部って、お前、それは神にでもならんと無理だ。だが、そうだな、どんな術でも、やってみなくては分からないか。では、先ず、力の底上げだ。オレに着いてこ……」
言うや否や鱗脚は駆け出した。
「なっ! ま、待て~~~~」
せっかちな鱗脚は、自分の話が終わるのも待てなかった。
「ぜぇ……はぁ……」
「ニンゲンとは軟弱だな。この程度着いて来られんとは」
「た、多分……妖でも、難しい……」
鱗脚は普通に走ってもオリンピック陸上短距離メダリストの3倍のスピードが出る。百目鬼も日々の鍛錬で一般人の倍近いスピードを出せるが、それでも全く追いつけないのだった。振り切られても妖気をたどれるので問題は無いが、遅れたら何をされるか分からない恐怖から、全速前進は必須である。
「さあ着いたぞ。お前には先ずここで修行して貰う」
「え? ここって……?」
そこは様々な種類の植物が咲き乱れ、芳醇な香りの漂う花畑だった。夏草が風に煽られ、さざ波のように揺れ動く。金奉山きっての美しい場所である。修行でなかったら、ここでピクニックでもしたいくらい心地の良い場所だなと、そんな事を考えてしまう。
「つべこべ言わずに、先ずは集中出来る姿勢を取れ。座禅でも何でもいい」
言われて、百目鬼は取り敢えず座禅を組むことにした。
「さあ、言え。ここで花を咲かせている植物は一体何株ある?」
「えええ、そんなの分かる訳……」
大雑把になら分かるが、正確な数となると瞬時に数えるのは無理がある。ルーティンで行っている気配取りの範囲拡大でも、人や動物くらいのサイズなら何処で何が何をしているか見渡せたが、こうも細かいモノを視るとなると話は変わってくる。
「遅いと言っている! これくらい瞬時に読み取れ!」
「ええ……」
「文句か!? 初日を最終日にしても良いんだぞ」
「それ、だけは、勘弁」
言うと、百目鬼は術を立ち上げ、数えていく。
10、20、30……駄目だ。これじゃ、時間が、かかる。それに、全体を、俯瞰、しても、多すぎて……どう、すれば……。
「遅い! 何をチマチマ数えておる! そんなスピードじゃ実践ならもう殺されて居るぞ!」
「……」
花を数える実践って何だよと、突っ込みたい気持ちが少し湧いたが、確かにそうだ。百目鬼は極端に術の立ち上がりが遅いタイプだった。いつも智鶴と竜子を待たせてしまっているのは、消すことが出来ない事実であった。
そんな時だった。その場に来訪者が現れた。
「チース。鱗脚のダンナァ。元気してたか~?」
「遅い! 遅刻とはなんたる侮辱!」
来訪者は、チャラチャラした髪と服装に、サングラスまで掛けた20代前半くらいの見た目をした妖だった。百目鬼はクラスに居ても、絶対に話しかけないし、話しかけたくないタイプだと直感した。
「おいおい。仕方ないだろ……それに、先に使いを寄越しておいた筈だぜ……?」
「おお、そうだった。悪い。出来の悪い弟子に苛立っていた」
出来が悪いと言われ、落ち込む百目鬼だったが、初めて見る妖とその妖気に、最悪の場合を考え身構える。
「おいおい。弟子君。そんな身構えないでよ。オレもシショーだからさ、へへっ」
「は?」
急に現れたグラサン・チャラ男が、己の事を師匠と呼称した? いや、まさかな? と、百目鬼の脳内は不可思議でいっぱいいっぱいだった。
「百目鬼、紹介する。コイツは手の目の……」
「うーす。百目鬼ってんだ。オレは手の目の手目目高。気軽にメダカさんって呼んでくれて良いんだぜ!?」
手の目とは、文字通り手に目があり、顔に目が無い上級妖である。千里眼を操る、古来より日本に生息する妖だ。そんな彼が、鱗脚の言葉を遮って自己紹介した。自己主張の強い妖の様だった。
「……そう、メダカはオレと共にお前を鍛える師匠だ。武術の類や妖術そのものは分かるが、千里眼となると門外漢だから、呼んでおいた。これからは昼間にメダカ、夜はオレの2人態勢でお前を鍛えていくから、そのつもりで!」
「はい! よろしく、メダカ、さん」
「ひゃっはっは。せっかちの師匠に、ゆっくり話す弟子か! こりゃ傑作。よろしくなニンゲンのドーメキくん」
「で、だ。メダカよ、この花畑で花をつけた植物はには一体何株ある?」
「え? 1万飛んで60株だけど? それが?」
「では、花の数は?」
「6万と5681輪」
「す、すげえ……」
「え? 何? まさかドーメキ君はそんなことも分からないの? あの百々目鬼の子孫なのに?」
「……」
馬鹿にされすぎて、もう泣きそうだった。自分のこれまでを全否定されたような気になる。
「……右手手首、2センチ、肘寄り」
悔しくなった百目鬼がポツリとそう言った。その言葉に手の目が絶句し、その部位を背中に隠すと、怯えた表情を作り上げる。
「お前、なんでそれを……」
「これ、なら、分かる」
「何だ? どうした?」
「いや、鱗脚の旦那、何でもないぜ」
こ、こいつオレの霊的弱所をもう……? ちゃんと隠してたよな……。
「そうか、そう言うことか。お前、基礎自体は出来てるんだな。あ~心配して損した。鱗脚の旦那、もうコイツのことは任せといて貰っていいぜ。オレが最高の眼を授けてやる」
「ふん。頼もしいのは言葉だけじゃ無いといいがな。じゃあ、俺は他に用があるので、これにて失礼する。夜には戻るので、心配す……」
そう言い終わる前には既に駆け出しており、結局最後の言葉が聞き取れなかった。
「ま、まあいいか。それじゃあ百目鬼、修行を始めるぞ」
「はい!」
「先ずお前は視る時、個で見過ぎているーー!。今日は全を視る修行をするぜ、イエーー」
「い、イエー」
「元気が無いな? イエーーーーー」
「イエーーーーー」
半ばやけくそで大きな声を出す。久しぶりに叫んで、喉がすり切れ、血が出そうだった。
「やれば出来るじゃーーん? じゃあ、その息で修行もイっちゃおうぜーーーーー!」
「イエーーーーー」
「いいか、じゃあ分かりやすいところから行くぜ~~~! 手前のその花見て分かると思うが、細かい花がいくつも着いているだろーーぅ? 見りゃ分かる事だが、その数を瞬時に数えてみろよ、ボーーイ」
言われるがままにそこを視る。
「これなら、わかる。6輪」
「そうだなぁぁあああ! じゃあ、なんでそれが増えると数えられないんだぁい!?」
「……」
「答えられないかぁ? お前はさっき俺の霊的弱所を見抜いたが、それは個で捉えたからだ。それは出来てる。でも、だ。もし敵が複数居たら? 一体ずつ視ていくのか? それはナンセンスだぜぇ~~~~!」
「そうか……全体を、視る。視野を、広げ、る」
「そうだ。何で瞬時に視られないのかよく考えろな! 俺はあっちの木陰にいるから、出来るようになったら言うんだぜ!」
「はい!」
「そこはイエーーーーーだろ!」
このノリにはどうしてもついて行けないなと思う百目鬼だった。
だが、何度やっても上手く行かない。特に草木はそれ自身が持つ霊気が動物に比べて弱い上に、今までここまで細かいモノを瞬時に数える等したことが無かった。
どうしても個に集中してしまう。全体を捉えようとしても、個に眼が行ってしまう。
休憩を挟みながらも、何度も繰り返し、気がついたら日が落ちかけていた。
「結局、初日は何も得ずかぁ~~~~。まあ、いいか! 今日はここまで! どうせこの後旦那から、肉体的にしごかれるんだ。ちょっとは体を休めておけよ~~ん。じゃ!」
メダカはそう不吉な言葉を言い残し、どこかへ消えていった。
誰も居なくなった花畑に寝転がる。花を潰さないように気を付けながら、大の字で赤く染まった空を眺めた。
「駄目だな……」
不出来なまま、何も掴めずに終わった昼中の修行を思い出して、泣きそうになった。
「2人は、どう、かな……」
懐に入れていたお守り代わりの割り符を取り出して、仲間のことを思うと、気が急くような、それでいてどこか安堵のような、そんな感情が湧いてくる。
ぐぎゅるるるる。口下手な百目鬼とは思えない程、お腹はおしゃべりだった。
「何か、食べ物、探すか」
仕事で野営した経験から、食べられるものとそうでないものは一応区別できる。その知識を活かし、夕飯を調達する。日が完全に落ちたら次は鱗脚が師匠としてやってくる。その前に何とか食べておかなくてはと、急ぎ木の実や野草なんかを集めて食す。
丁度最後の木の実を食べた頃、鱗脚が現れた。
「言われなくとも夕飯を調達したか。その程度は出来るようだな」
「当たり前」
「ふん。いい気になるのもそれまでだ」
鱗脚が立てと言うから従うと、いきなり下っ腹にゲンコツを入れられた。
「グハッ……な、何……?」
「今気を抜いたな? いいか? 山にいる間は常に眼を開き続けろ。今みたいに術を解いたらその瞬間、お前を再起不能にしてやる」
「んな、無茶な……」
「無茶かどうかは俺が決める! さあ立て! 妖の体にその程度はかすり傷だと思え! 再生も惜しみなく繰り返せ! さあ月が一番高くなるまでに、俺から一本取れたら先ずは第一段階クリアだ!」
そこからは先日のようなステゴロでのタイマン勝負だった。ただ前と違うのは、夜という事。街灯も無く、月光も木々の葉に遮られ、殆ど届かない漆黒。人の目では余程夜目を鍛えていたとしても、薄ぼんやりとしか見えない上に、夜は妖の時間である。前よりも鱗脚の動きが素早く正確になっている。
「ほらほらどうした!? そんなでは初日が最終日に……いや、今日が命日になるぞ!」
百目鬼は防戦を強いられていた。手を出そうにも、ガードを解いたら、そこへ重い拳がねじ込まれる。まだ数時間しか経っていないが、何カ所か骨が折れ、皮が破け、何度再生したか分からない。あからさまに治りも遅くなっている。
3時間ぶっ通しでただ体を再生し続けていたに過ぎない結果が、百目鬼の心に深く刺さる。昼も夜も不甲斐ない自分は、何処に身を置いたら良いのか分からなくなっていた。
「一旦休憩! お前が千羽の夜を守っているなんて信じられん! 俺が行って跡形も無く、灰燼に帰してやろうか!」
「オエッ。ゴポッ」
信じられない量の血を吐いた。今まで智鶴がどれだけ自分を守ってくれていたかが、文字通り、身に染みて分かる。でも、これからは、それじゃ、駄目なんだと、自分に言い聞かせ、口元の血を拭い、平静を装う。
「だが、やはり人の体とは何故にこれほど脆いのか。俺も昔はこうだったか? 信じられん。これだから若いのは」
休憩と言いつつも、ずっと喋り続ける鱗脚。
「そうだな……。俺から一本取る前に死にそうだしな、一回体術の基礎から見直すぞ! さあ立て! 休憩は終わりだ!」
3時間のスパーリング(ほぼ一方的なリンチ)に5分の休憩は割に合わないなと思いつつも、立ちあがる。
拳の握り方一つからやり直すレベルの指導は、実に当を得ているもので、一体先ほどまでの蹂躙は何だったのかと思わされた。絶対順序が逆だろうと思いつつも、そんなことは言えないのだった。
月が一番高くなり、今日は解散となった。もう訳が分からないほどボロボロで、使い古されたボロ雑巾の方が、まだいくらかマトモなのでは無いかと思える程だった。
体の損傷は回復できても、血まみれの服はどうしようも無い。これでは家に帰るのはおろか、町を走ったら警察に咎められてしまう……。
もう妖力も尽きかけていたが、しょうがないと隠形を掛けてこっそりと家に帰る。
何度か人や車とすれ違う度に、通報されやしないかとヒヤヒヤしたが、特に何事も無く家に着いた。
家の明かりはまだ灯っている。もう深夜帯だというのに、まだ起きている人が居るようだった。
「ただいま~」
自分の姿に驚かせてしまうのでは無いかと、恐る恐る玄関を開ける。
リビングには母が居た。
「あ、お帰り。夕飯食べ……キャーーー。どうしたの? その体」
予想通りに驚き、手に持っていたお盆を取り落とした。
コロコロ足下に転がってきたお盆は、百目鬼の足に当たると、カランと音を立てて倒れた。
「ああ、修行中、ちょっと」
「怪我は? 痛いところは?」
「大丈夫だよ。心配、ありがとう」
そうは言っても、血まみれの服では説得力が無い。
「本当の本当だね? 本当に痛いところは無いんだね?」
「うん。本当の、本当。それに、多分、毎日、こんな感じ。心配、しないで。本当に、駄目に、なったら、ちゃんと、言うから」
そんな時、またもや百目鬼の腹は正直に大声を上げた。
「あらあら。お風呂済ませてらっしゃい。夕飯温めておくから」
「うん。ありがとう」
こうしてボロボロになっても、ちゃんと帰る場所があって、そこで家族が迎えてくれる。こんな幸せなことがあるのかと、百目鬼は不甲斐なさに傷心していたことも忘れ、ご機嫌な笑顔のままお風呂に入った。
今週もありがとうございます。
新しいPCを買おうか真剣に悩み始めました。
まだ買いませんけどね笑
また来週もどうぞよろしく。




