3話 木枯山(こがらしやま)
「あ~くっそ、何処まで登らされるのよ……なんかクサいし、あ~最悪だわ。こんなことならジャージとかにしとけば良かった。竜子から初対面での印象が大事なんて聞かされていなかったら……」
そんな文句を言いながらも、先方から術を使わずに登ってこいと指示されていた智鶴は、律儀にそれを守り、登山をしていた。
だが、彼女はインディゴブルーが褪せた色のスキニージーンズに、夏らしい透かし刺繍の入った白い半袖のトップスと言う格好で、足下のスニーカーを除いて、殺風景なハゲ山を登る格好では無かった。
「遊歩道なんて期待してなかったけど、こんなハゲ山だなんて思ってなかったわ。歩きづらいったらないわね」
木枯山は木も生えていないハゲ山の上に、所々硫黄だろうか、ガスのようなものが吹き出している。その風景はまるで地獄のよう。登れども登れども風景がさほど変わらず、周りを見渡しても、ガスや霧に覆われて、どれだけ登ったのかも分からない。ただ分かることは、もうすっかり日が暮れてしまったという事だけだった。
「小川を渡って、山道に入った所までは順調だと思えたのに……」
そう、そこまではウキウキした感情がまだ生きていた。それでも、登るにつれ、疲労感が増し、今にもへばりつくして、寝て仕舞いたかった。
「いや、大丈夫よ。大丈夫。きっと、多分、恐らくは、あと少し登れば小屋が見えるはずだから……」
そう自分を鼓舞するも、吐き気のする匂いに胃がムカつき、それにより余計に消耗した体力で、だんだん視界がぼやけてくる。
「こんな……くらいで……立ち止まる訳に……行かない……」
と、その時だった。
「久しぶりの、ニンゲン(ごちそう)、だぁぁぁぁぁぁあああ」
カモシカの体から長い首を生やし、その先に中年男性の頭部をくっつけた、異形の妖――人頭虫が襲ってきたのだ。
「ちょっと、嘘でしょ! こんな時に……」
人頭虫は身体でなく、その長い首――に見える茎と根によって動物の死骸に取り憑く草木の妖である。
事前のお達しでは、術を使うなと言うことだったが、この事態はやむを得ない。智鶴は素早く巾着から紙を抜くと、戦闘態勢に入る。
「見たところ、中級くらいね。行くわよ! 紙吹雪!」
智鶴の周りから紙が飛び、妖を翻弄するように攻撃を繰り出していく。
「コイツ! 術者カ!」
ふらりと迷い込んだ登山客だとでも思ったのだろうか。妖は慌てた様子を見せはしたが、それでも彼女が弱っていると直感し、再び襲う構えを取った。
人頭虫は地面を蹴ると、真っ直ぐに進んでくる。
「うわっ!」
紙一重のところで避けるが、体に力が入らずによろけてしまう。
「おかしい……。このくらいでへばるなんて……」
いつもよりも数段消耗が激しく感じるのは気のせいで無い。
「口ほどにもナイ術者! 今夜は、ご馳走ダ~~~~~~」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ、あれ? あれ?」
足腰が踏ん張ることを拒絶しているかの様に、立ち上がることが出来ない。
「ええ! こうなりゃヤケよ!」
「紙操術! 巨人の拳固!」
座ったままの姿勢で何とか術を放つ。それは真っ直ぐに突っ込んでくる妖の鼻っ面にクリーンヒットした。跳ね返されるように攻撃を食らい、後方へ弾き飛ばされる人頭虫だったが、まだ息があるようだ。追撃しなくちゃ、追撃しなくちゃと思えども、急くほどにどんどん力が抜けていく。
人頭虫が先に立ちあがった。顔を潰され、傷口から妖気を立ち上らせながらも、ゆらりゆらりと近づいてくる。
来ないで……。妖に恐怖するなんて、いつぶりだろうか。ああ、短い夏休みだった。もう術を出せる気がしない。百目鬼……竜子……アンタたちは大丈夫かしら……。
縁起でもない想像が否応無く頭の中に浮かぶ。
「危ない!」
どこからか声がした。幻聴だろうか。こんな所に助けなど来ない。
薄れていく意識の中。確かに妖の断末魔を聞いた。
パチンッ! プチンッ!
目を覚ますと、囲炉裏で炭が爆ぜていた。
「こ、ここは……?」
「おお! 目を覚ましたか! 智成、目を覚ましたぞ!」
「おう、そうか! 良かったな」
どうやら同じ空間に人が2人居るようだった。1人は智鶴に覆い被さるようにして、顔を覗き込む巫女服の少女と、もう1人は少し遠くに居るのだろう、男性の声がした。目を覚ましたばかりの彼女は、まだイマイチ状況が分かっていない様だった。
「あんた誰?」
「わっちか? わっちはな! 神座栞奈って言うんだぞ。よろしくな! で、お前は?」
見たところ中学生くらいだろうか。竜子よりもうんと伸ばした髪を上手くまとめ上げている少女が、智鶴同様平たい胸に拳を乗せて、偉そうに自己紹介をした。
「私? 私は千羽智鶴よ。助けてくれたのね。ありがとう。山で妖に会ったら、何だか力抜けていっちゃって……」
「まあ、知らない奴はそうなるだろうな。ここ木枯山に充満するガスは霊力を消耗させるからな。まあ、わっちは常にコントロールしてるから大丈夫だけどな!」
「そういう、仕組みだったのね」
「でも、普通、呪術者なら気がつくけどなあ。お前、実は相当弱いんだろ」
「何を! 失礼な。私を誰だと思ってるの!? 今までに屠ってきた妖は数知れないわ!」
「でも、お前、霊力ブレブレだぞ? わっちみたいに落ち着かせてないと、また山のガスにやられるぞ?」
「こ・れ・で、良いんでしょ!?」
智鶴はスッと霊力循環を行い、霊力のゆれを抑えた。
「やれば出来るのに、なんでやらないんだ? 絶対そっちの方が術も安定するだろ」
「うるさいわね。疲れてたのよ」
「そんなの言い訳にならないぞ」
「あ~~~もう、分かったから! 私が悪かった。これでいいかしら!?」
「悪いとかの問題ではなくてな……」
「こら、2人とも。そこまでにしとけな。夕食の時間だ、ほら、智鶴ちゃんも布団から出て、取り敢えず食卓に着きな」
白衣の様な長い白装束を着て、短髪の白髪に耳にはピアスまで開けた、見た目が物騒な男性が立っていた。
「あ、アナタ、だ、誰よ!」
「おいおい、これから師匠となる人に向かってアンタとは、言葉選びのセンスがねえなあ」
「し、師匠って、まさかアンタが……お父さんの……」
「そう、お前さんの親父、智房の弟智成だ。よろしくな! まあ、今日は病み上がりだし、取り敢えず飯食ってゆっくりしてな! 修行は明日の朝2時からだ」
現時刻20時に対して、朝の2時は果たして明日と言って良いのか、智鶴にはよく分からなかった。
「わ、分かったわ。じゃあ、頂きます」
そうしてご飯を食べ、仮眠を取り、深夜2時が訪れた。
「起きろ~~~~~~~~。仕事の時間だ~~~~~~~」
智成がステレオタイプにも、フライパンをお玉で叩き、目覚まし時計の役割を買って出る。
「初日から寝坊なんてしないわ」
与えられた客室から紙服に着替えて登場する智鶴。
「智鶴がどんな技を使うのか、楽しみだぞ!」
「でも、修行じゃないの? 仕事って」
「まあ、修行も仕事も大差ないだろ。最近ここらの術者が減って人手不足だったんだ、丁度いい」
「で、仕事って?」
「分かりきった事を聞くなよ。センスねぇなあ。俺たち術者がこんな霊山で仕事って言ったら、一つしかねえだろ」
「ああ、結局ここにきてもこの生活なのね」
智鶴は全く呆れたと言いたげに、首を振った。
「嫌なのか?」
「そんなこと無いわ。むしろワクワクしてる」
「いいな! わっちもだぞ!」
「初仕事の智鶴ちゃんがいるからな、一応注意事項を説明しておく。一回しか言わんから、ちゃんと聞いておけ」
その言葉に、智鶴は無言の首肯で返す。
「先ず、この木枯山は、さっき栞奈ちゃんが言った通り、霊気が揺らぐと一気に放出させられてしまう効果のあるガスで覆われている。絶対に霊力循環を怠るな。次に、ここに現れた時点で低級から超級に至るまで全ての妖が悪意ある(・・・・)妖だ。片っ端から漏らさず全滅させる事。最後に、死ぬな。以上!」
「分かったわ! 任せておきなさい!」
「へっ。頼もしい限りだなぁ」
「わっちにも任せておくんだぞ!」
そして夜が幕を開ける。智鶴は2人に引き続いて外に出た。
どうも暴走紅茶です。
今週もお読み下さりありがとうございます。
なななんと、この物語も今回更新で1周年!(本当は17日)です!
な・の・で、今回はこの通常更新の他に、1周年企画も投稿しています。(別URLです。暴走紅茶の投稿作品一覧やTwitterからお探し下さい)
そちらもどうぞ読んでみて下さいね!
よろしくお願いいたします!
ではまた来週!