5話 百目鬼隼人のルーティン
百目鬼隼人の朝は早い。
6時。昨夜遅くまで仕事があったにも関わらず、彼は目を覚ます。その数秒後、目覚まし時計が鳴る。それを直ぐに止めると、部屋を後にし、身支度を調えに部屋を後にする。 彼による朝のルーティンが始まった。
顔を洗い、髪を簡単に解く。そして、彼が着るのは制服でなく、千羽家から支給される修行用の袴と着物だ。それに着替えると、彼は道場へ向かう。そこでは千羽に師事する門下の者が先に居り、朝のトレーニングを始めていた。門下といえども、紙操術師ばかりでは無い。中には遠い親戚で、先祖返り的に能力が発現してしまったが為にここへ来た者も居るが、その殆どが千羽の師事を求め、自身を高めんと集った別の呪術師である。
軽く挨拶を交わすと、彼もその一団に交ざり、トレーニングを始める。軽い筋トレと柔軟を済ますと、屋根に上る。そこで彼は着物から腕を抜き、上半身裸になると、腕の包帯を解く。
彼の腕に巻かれた包帯は何も眼隠しの為だけのものではない。それは呪い師の出である千鶴の母、美代子のお手製封印具であり、びっしりと呪い文字が書かれている。その呪的意味は「眠り」。この包帯は彼の力を抑える為に彼の眼を眠らせているのだ。
「……まだ少し冷えるな」
肌が粟立つ感覚があるが、それを無視して座禅を組む。そして精神をゆっくりと統一していく。精神が研ぎ澄まされていくに従って、ゆっくりと腕の眼が開いていく。そのまま家の気配を感じ取る様に認識できる範囲を広げていく。真下の道場では6人の門下生が朝練をしている。台所には美代子さんと他に門下の3人が朝食の支度をしている。智鶴は……まだ寝てるな。智秋さんが起きようとしている。更に範囲を広げる。他にも寝ている門下生、草木の気配、鳥の気配、様々な気配を感じ取っていくが。
「やっぱり、智喜様だけは、読めない」
奥の間の気配は読めるのだが、その中に居るはずの智喜だけはその気配がしない。
それは智喜の気が研ぎ澄まされている為であった。自然の気と一体であるために、彼の気配を読むと言う事は、風の気配を全て読み解く事に等しく、並大抵の探査術では捉えられない。
「まだまだだな」
百目鬼にもそのレベルの事が出来れば、智喜の気を読む事も、この街のどこかに潜む監視者の気を読む事も出来る様になるだろう。だが、それは何年後か、いや、何10年後の事なのか。
仕上げに屋敷内に止めていた力を街に広げる。500メートル、1000メートル……
「……せ、千ひゃ……く。に、ひゃ……」
ゼーハーと荒い息をして、仰向けに倒れ込む。その頃には腕の眼もすっかりと閉じていた。
ここ最近の記録は1200メートルから伸びていない。
「……これじゃ、だめだ」
あの子と肩を並べていられる為にはこんなんじゃだめだ。それに、範囲ばっかり広げても、広げるほどに大雑把になっていく。屋敷という狭い範囲なら、智喜様は別として、ちゃんと気配を読めるのに……。500メートルを過ぎた辺りからそれがどんどん希薄になっていく……。
「……次、やるか」
7時前、彼は再び着物を正すと、道場に戻る。そして、手頃な門下生を捕まえ、修行に付き合って貰う。その門下生は手足に呪いの入れ墨がある、武闘家系の能力者だった。
先ほどのは眼を開いている状態を保つ訓練。次は眼を閉じる訓練だ。
訓練の内容は簡単。腕の眼も顔の目も閉じたままの組み手。日常生活の中で眼を開き生活をするわけにはいかない、だが、それでも警戒を怠るわけにはいかない。その為の訓練だ。
眼を開かずに先ほどの様な気配取りを行う。範囲は彼の間合いである、自身から半径5メートル。
「……よろしくお願いします」
「オス」
門下生が腰を落とし、百目鬼は仁王立ちで、両者構える。
「行きます」
門下生が間合いに入る気配がする。右から左から、蹴りも殴りも全てをいなしていく。いなしきれない威力も何とか大きなダメージにならない様躱し、払いながら隙を突く。
だが、相手も只の人ではない。攻撃速度はさることながら、威力も高ければ隙も殆ど無いに等しい。その為に百目鬼からの攻撃も躱され、いなされ、それだけで無く、受け止められ、投げられそうにもなる。
もともと彼の異能は攻撃向きではない。それでも、武闘家系能力者に引けを取らない体術の仕上がりは日々の努力の賜物だった。
お互いに譲らない攻防が続く。だが、一瞬彼の脳裏に「次は左フック」という言葉が見えた。これも百目鬼の能力であり、それは『心を見透かす』というもの。その力は多くの人に知られては彼の生活に支障を来すという心遣いから、彼と智喜しか知らない事であるが、その力も極希に聞こえる程度であり、実践向きでは無いにしろこうして不意に聞こえると、戦闘においてとても有利になる。
聞こえた言葉通り左フックが飛んできた。
「ハアッ」
とのかけ声から分かる様に、決めにかかった攻撃。今までの攻撃よりも威力が高く、早い。だが、その分その力を利用されたらたまったものではない。
百目鬼は素早く右手を掴むと、威力をそのまま投げ技に転じさせた。
高く舞い上がる門下生の四肢。そして、受け身もとれぬまま仰向けに叩き付けられる。
そこへ百目鬼は即座に馬乗りの体勢をとると、寸止めで喉元に突きを入れた。
「参りました」
「……ありがとうございます」
立ち上がり、例をする。
「いやぁ、やっぱり百目鬼さん強いっすね」
「そんな事無い」
一応百目鬼はもう10年近くここに居るわけであり、後輩の門下生も少なくない。それに、本家の跡取り候補とツーマンセルを組んでいる事もあって、道場では一目置かれていた。
「自分はまだまだで。でも、どうして最後の決めって分かったんですか? 普通の攻撃みたいにいなしきれないし、これなら決められると思ったんですけど」
「筋肉の収縮、打ち出すタイミング、速度が他のと違うから、丸わかり」
という事にした。
「あちゃ~。そうかぁ。もっと自然にか……。どうです? 次は眼隠し無しでもう一本」
「ごめん。学校の時間」
「そうっすか。じゃあ、帰ってからでも」
「うん。時間が合えばね」
「うすッ」
7時半。これにて道場を後にすると、風呂場へ向かい、シャワーを浴びる。そして、制服に着替え、門下生と共に広間で朝食を採る。いくら智鶴の側近的な存在といえども、本家の彼女と共に食事を取る事は少ない。きちんと立場をわきまえ、振る舞いにも気を遣う。
8時。智鶴が起きてくる頃に家を出る。昔から絶対に登下校のタイミングをずらす事と言われている上に、裏口から出る様に言いつけられる為、そうして今日も学校へ向かった。
朝一の肌寒さが薄れ、春の麗らかな日差しが暖かく心地よい。桜の花吹雪が舞い散る通学路を一人歩く。10年近く変わらない毎日。腕に眼が発現しなければあり得なかった毎日。きっと毎日きちんと寝てごねながら起き、母の朝食を食べ、学校へ向かう。そんな日々もあったはずだ。でも、そんな事は考えなくなった。今の生活、これはこれで……。
「……嫌いじゃないんだよね」
どうも。暴走紅茶です。投稿日はバレンタインですね! ボクには何も関係しないですが!
無関係なので全く違う話を書きますね!
これを書いている今(1月初旬)毎日滅茶苦茶寒いです。
いつも小説を書くときは居間でエアコンと炬燵とラップトップを駆使して書いているのですが、投稿作業だけは大きいモニターを使いたいので作業部屋で行っています。
この作業部屋、空調設備が何も無い上に玄関の横で馬鹿寒いんですよね。ほぉら手の色が悪くなってきただろう? って感じです。
この部屋を使い続けるなら、ヒーターを導入しなくては……。
というわけで、凍える季節ですが皆様体調に気をつけて、また来週。