16話 嫌なにおいと落下物
再び地上へと戻る。
地に伏した巨大な大蛇、蛇骨鬼。その傍に立つ智鶴と百目鬼は不安そうに空を眺めていたが、ふと百目鬼が声を漏らした。
「何か、匂う」
「どうしたって?」
「気づか、ない?」
「何がよ」
智鶴は辺りを見回す。すると、蛇骨鬼の体からは塵でなく、煙が立ち上っていた。
「何これ」
咄嗟に百目鬼が妖を視る。
「ヤバい。コイツ、まだ、息、ある!」
「え!?」
直ぐさま智鶴は戦闘準備を整えようとした。が、ロール紙に手を伸ばそうとした時だ。
ずちゃっ……ぬちゃ……
完熟のトマトを潰すような、どこか気味の悪い音が聞こえてくる。
「危ない! 下がって!」
百目鬼の声にいち早く反応し、長めに距離を取ると、蛇骨鬼の体からぬちゃりと骨(、)だけが起き上がった。
その体液を垂らし自立する骨は、一本一本が鋭利なナイフのようになっており、ただ体当たりを食らっただけで、ズタボロに切り裂かれ、致命傷は避けられないことは想像に難くない。
「こうなった我を見て、生きていられた者はおらん!」
蛇骨鬼は一体どこから発声しているのか分からないが、それでも相当な怒りを顕わにしている事だけは分かる。ただそこで一回転しただけでえらく地面が抉られる。少し触れただけで木々が切り倒される。
「百目鬼! 一旦逃げるわよ!」
一目散に撤退するが、蛇という生き物はサーモグラフィーによって獲物を捉えている。だから、木々の間に隠れようが、建物の中に隠れようが関係ない。それから逃げるためには、ただ体力と霊力の尽きるまで走り続けるのみ。
如何に2人が優れた術者であり、日々の鍛錬によって他人よりも早く長く走れるからと言って、無限では無い。フルスロットルで走れば30分と経たずに体力が切れてしまうだろう。
「百目鬼、どうする!?」
走りながらも、果敢に紙を飛ばし続ける智鶴。しかし蛇骨鬼の骨は硬く、それに傷一つ付けることも叶わない。百目鬼も同様だった。頭の中でどれだけシミュレーションをしても、勝てるイメージが湧かない。
「どうしよ……どうしよ……」
さっきから何だか心臓がドクドクいっている。霊力の流れもいつもより速い。体が温まってきたのだろうと、それくらいにしか思っていなかったが、それでもここ最近起こっている幻聴や、知らない底力の顕現など、これは何かの兆候では無いかと胸騒ぎがする。
――そうだ、力を欲しろ――
また聞こえた。手を伸ばせば掴めるところに、大きな力がある。でも、それに触れてしまったら全てが終わってしまう様な気がする。いや、気のせいでは無いだろう。それに触れてはいけない。本能が、危機回避能力が、そう強く言っている。
智鶴は頭を振ると、逃げることに力を割く。そうして攻撃を受け流したり躱したりしながら何とか逃げていると、少し向こうの山の斜面に、大きな破壊音を轟かせながら美夏萠が降り落ちるのが見えた。
数分前の上空。
2人の力が均一にならされた事で、リミッターが外れ、美夏萠が猛攻を繰り出していた。
善戦をしている様に見えるが、実際は慣れない大きさの力に、竜子は体の節々が痛み出し、美夏萠は、力みすぎてあまり攻撃が当たっていなかった。中には暴発して自らのダメージとなってしまう事もあり、良い流れとは言い辛いのが現状であった。
それでも力を増した格上の妖が襲ってくる恐怖に、ふらり火も上手く手出しが出来ない事だけが救いだった。
「これじゃ、無駄に体力を削ってしまう……」
確かに力の出し方は分かったが、制御出来ないではどうしようもなく、このままではあと5分と持たない。
それでも分かった事がある。こうして一体化すると、指示を出すのにわざわざ声を出さなくても良い。第六感的な部分で繋がっている感覚がある。美夏萠の死角から飛んでくる攻撃も、迫り来る事が分かるし、その逆も然りだ。
そうして2人が考えあぐねながらも攻撃を繰り出す中、ふらり火もただやられている訳では無い。
ホーミング性能のある小鳥の夢と、無い火鳥風月を織り交ぜた攻撃に、時折自身の翼での打撃を混ぜ、攻めてくる。追われないと思って避れば追われたり、追われると思って守りに入ると、追われない避けられる攻撃だったりすることが、ただダメージを蓄積されるだけで無く、イライラと精神的にも疲労が溜まる。
只でさえ初の試みにもう頭が割れそうな程思考を高速回転させているのに、それに加え、相手の攻撃も読まなくてはならない。
そうこうしている内に状況が一変する。
「攻撃が止んだ……?」
ふらり火は攻撃を止めると、美夏萠から距離をとった。何をしてくるのかと、竜子もゴーの指示を出せないでいる。
「ギョ~~~~~~~~~~~~~~~~」
一声鳴くと、ふらり火の体から人魂が抜けていく。1つ、2つ……。そして追加で入った分が抜け落ちると、元のサイズに戻り、再び攻撃してくる。
「強化のタイムリミットかな……。ブーストタイム的な。永くは持たない……? 攻めるなら今か!?」
美夏萠は竜子のその声を聞き終わる前に思考を読み、行動を始めた。敵本体に向かい、水弾を打ちながらの突進。……だったが、それは大した効果を現さなかった。
美夏萠が突っ込もうとした時、左右からふらり火と同じサイズの小鳥の夢が襲ってきたのだ。
そう、先ほどふらり火からため込んだ魂が抜け落ちたのは時間切れでは無かった。
元々ふらり火とはその人魂の方に本体があり、鳥に寄生することで、妖としての肉体を得ているともされる妖である。そう考えると、大きくなったふらり火は複合体と言える。
その複合体が合体を解いたのだ。寄生先の鳶が居なくとも、ある程度行動することが出来たとは、竜子も計算外であった。
「そんな……」
不意打ちの衝撃で美夏萠と竜子のリンクが外れ、その反動に気絶した。思っていたよりも負担の大きい技だったらしい。
そして、鼻ヶ岳の斜面に落ちたという訳である。
「竜子~~~~~~~~~~~~~」
走りながらも智鶴が叫ぶ。相打ちか? 負けてしまったのか? 状況が見えない為に、嫌が負うにも悪い想像が智鶴の脳内を巡る。もうなりふり構って居られない。もしも今の竜子に第三者の追撃が入ったら? もしもふらり火が執拗に攻撃し続けたら? いち早く駆けつけ、その安否を確認したかった。その為には……。
智鶴は踵を軸にぐるりと廻り、蛇骨鬼と相対すると、ロール紙の日本刀を構える。
もう逃げない。敵うか分からない、攻撃が届くかも分からない、それでも。
「やってやろうじゃ無いの! アンタの骨なんてへし折ってやるわ!」
急に戦闘態勢をとった智鶴に驚き、蛇骨鬼の動きが止まる。お互いに睨み合う所へ、一羽の鳶が蛇の頭に留まった。
「ふらり火……」
ということは、ということは、ということは……
「お~~~~~~~ほっほっほっほ~~。オマエの仲間はこんな鳥1匹倒せず散った様だのう。なんとか弱い事か。なんと愚かな事か。さて、オマエはいつまで持つのかのう。楽しみだ、楽しみだ、お~~~~~~ほっほっほっほ~~~~~~~~」
「何なの……。何なの。急に現れて、訳分からない事言って……」
「智鶴?」
彼女の体から、百目鬼すらもゾッとするような気が立ち上る。
「何だ? な、何をする」
智鶴の急変に、蛇骨鬼もその緩めた警戒心を強めた。
竜子がやられた。百目鬼ももう何度も再生をして、いつ限界を迎えるか分からない。もう何でも良い。何でも言いから、こいつらを全部全部全部全部滅したい。滅してやりたい。切って折って壊してバラして滅してやらなくては、何も収まらない。
智鶴の周りに、ブワッと紙吹雪が舞う。
1枚、2枚、3枚……そして20枚を超える量の紙片が彼女を取り囲むようにフワフワゆらゆらと舞っている。
始めて祖父の言いつけを破った。
そうなんだ、私はこんなに出来たんだ。
これならいける!
そう確信し、蛇骨鬼を睨んだ時だった。ドクンと心臓が跳ねた。
――ほら、結局お前にとって妖は滅したい悪なんだ。その為だけの破壊の力が欲しいんだ。そうだろう? もう、認めろ――
智鶴の内側に声が響く。
――お前は誰なの――
――私はお前さ――
――私?――
その声はどこか自分の声に似ていた。
――そうさ。だから早く認めろよ……。私の力を認めろよ……。良いんだよ、良いんだよ、ほら、認めたら、全部全部お前の思い通りだよ――
――思い、通り――
どんどん強まる智鶴の不可解な気に辺り全員の動きが止まる。
――そうさ――
――この妖も、どの百鬼も、ぬらりひょんも全部滅せる?――
――勿論――
「オイ! お主! 何ぞ!? 牽制か!? そんなにじっとしているなら、こちらから出るぞ!」
百目鬼は蛇骨鬼の声に恐れが混じった事を勘付いた。それでも彼自身、智鶴に気圧され、動けないで居る。情けないと立ちあがろうにも、足腰に力が入らない。
離れた場所から百鬼と共に観戦していたぬらりひょんは、慌てた様子で立ち上がり、目を凝らすと、その場から消えた。
また、千羽家本家屋敷でも、まだ総員戦闘準も整っていなかったが、不穏な気を感じ取った智喜は、出られる者を連れて、家を出た。
様々な者達がその気に異様な気配を感じて動き出した時、智鶴は独り決心を固めてしまった。
――そうね、それなら認めるわ――
智鶴の気が爆発した。
どうも。暴走紅茶です。
いつもお世話になっております。
寒い時期ですが、お体には気をつけて下さいね。
では、また来週!