14話 百鬼夜行
これは智鶴の不幸が去って明晩の事。
いつも通り智鶴と百目鬼と竜子の3人は妖の気配を追って集っていた。だが、その3人の様子がいつもよりも慌ただしい。
「智鶴ちゃん! 隼人君! これは何事なの!?」
鼻ヶ(が)岳の鼻出神社へ向かい駆ける智鶴と百目鬼の頭上へ、美夏萠に乗った竜子が現れた。それでも走るのを止めない2人に合わせて、彼女もスピードを合わせて話しかける。
「竜子! 分かんないけど、ヤバそうなことだけは分かるわ。それに、今お爺ちゃんが門下の皆を集めて、もしもの時のために支援部隊を編成してる!」
「分かった! 私は上空から行くから、地上は任せたよ!」
「了解」
竜子は天と空に指示を出すと先行させ、視界を共有しながら、また上空に戻っていく。
騒動の発端はつい数10分前の事である。智鶴と百目鬼がそろそろ仕事に出るかと支度をしていた時、鼻ヶ岳の方角に強すぎる邪気の塊が現れた。家にいてもゾッとするような邪気に、慌てて2人は家を飛び出そうとしたが、玄関口で智喜に止められる。
「待て、そう急ぐ出ない」
「でも! こんな邪気、感じたこと無いわ!」
「だからじゃ、子供だけに行かせられるか!」
「じゃあ、だまって指をくわえてろとでも言うの!?」
こうしている内にもどんどん広がる邪気に、気が急いて仕方ない智鶴は、イライラとした口調で祖父に食いつく。
「だから待てと言って居るでは無いか! 今から門下の者を集め、状況を把握してからじゃな……」
「分かった! じゃあ、私たちが先に行って見てくる! 偵察よ、偵察」
「じゃが……」
智鶴の真剣な眼差しに、智喜も言葉を失う。
「……分かった。じゃが、今から準備をするからの、1時間は応援が無いと思え。そして、どうしようも無かったら直ぐに逃げ戻ること!」
「約束するわ!」
そして、2人は顔を合わせ、一つ頷くと家を飛び出した。
走って走って、走る中、智鶴の脳裏に先日のっぺらぼう(父)から聞いた不吉な言葉がリフレインしていた。
――ここに来る少し前、西の方で大きな邪気の塊を見たんや。よっぽど大丈夫だとは思うけどなぁ。安生気ぃつけな――
それが来たのか。このとてつもない邪気の質量、何が来たのか。
百目鬼の見立てでは、少なくとも数十~百に近い妖の群れではという。
それは、まさか、まさか――
鼻ヶ岳の参道、長い石段を登るにつれ、むせ返るように邪気が濃くなっていく。そしてその全てを登り切った時、彼女の悪い予感が的中したことを悟った。不幸玉の効果はまだ切れていなかったのか……。いや、これは幸運なのか? そんな思考が高速で流れていく。
「これは、これは。わざわざお出迎えご苦労様」
それは妖の群れの中からフワッと現れ、そしてそれらの先頭に立ち、ソフトハットを外しながら頭を下げた。
こんな暑い中葡萄色のスーツを着た妖は、更に言葉を重ねる。
「そして、初めまして。千羽のお嬢さん。我は百鬼夜行の主。ぬらりひょん」
「おま、オマエが……。お父さんの仇……」
「はて、何の話か」
「しらばっくれるなーーーーーーーーーーーー」
その名を聞いて、ゾッと体がヒヤリとするほどに血の気が引いたが、直ぐに体中を熱い血が巡り、紙吹雪の礫を繰り出す。そしてそれと同時に上空からは水の塊がぬらりひょんを襲った。
「これはまあ、随分なご挨拶だ」
「後!?」
知らぬ間に背後を取られていた。咄嗟にそちらを向いて構えるが、これでぬらりひょんと彼の百鬼に挟まれる形となってしまう。
「まあ、話を聞け。千羽のお嬢さんよ。今、我の事をお父さんの仇と言ったか?」
「言った! それがどうした!」
智鶴はいつでも攻撃にも守りにも出られるよう、ロール紙に手を掛ける。
「ふふふふふふ……。そうか、千羽はそうしたのか。そうかそうか」
「……!? どういうことだ!?」
威嚇混じりに語気を荒らげる。
「何も知らない千羽のお嬢さん」
「右!?」
「知りたければ、相応の覚悟を見せなさい」
「後!?」
ぬらりひょんは智鶴たちを弄ぶように、現れては消え、消えては現れた。そして再び百鬼の前に立つ。
「ほら、蛇骨鬼、ふらり火、相手をしてあげなさい。お嬢さん、もしも君が勝ったら面白い話を聞かせてあげよう」
ぬらりひょんに呼ばれ、1匹の鳶が彼の右肩に留まる。するとその鳶は猛烈に燃えさかり、彼の肩を離れた。そしてその反対側には、顔には能面の如く白粉を塗りたくり、小袿姿で黒髪の女が進み出た。
「ぎゃ~~~~~~~~~~~~」
ふらり火が一つ鳴くと、それを合図に2体の妖が飛びかかってくる。
「危ない! 智鶴! これ、両方とも! 上級!」
「ふらり火は私が相手するよ! 智鶴ちゃんは蛇骨鬼をお願い!」
「分かったわ!」
そう言うと、竜子は水弾をふらり火に放ちながら空へと舞い上がって行った。
ぬらりひょんを、やっと会えた父の仇を今すぐにでも滅してやりたい気持ちが溢れそうになるが、それでも立ちはだかる妖が居るのなら、先ずはそれを倒すのみと、智鶴は蛇骨鬼に向かい術を繰り出す。
「紙操術! 紙吹雪! 餓狼の鉤爪!」
だが蛇骨鬼はまるで意に介さず、それを手で払った。
「ほほほ。何だ、その程度か。なら、こちらも行かせて貰うぞよ! 妖術! 蛇縛り!」
蛇骨鬼の両腕が蛇となり、智鶴を襲う。だが、その間に百目鬼が割り込み、彼女を庇った。
「百目鬼! 馬鹿っ何してるの!?」
「大丈夫! この蛇が! 弱点だ!」
「末期の言葉はそれで良いかのう。さてさてひねり潰すぞよ」
「ぐわ~~~~~~~~」
百目鬼の骨という骨がメキメキと音を立てる。だが、百目鬼もノープランで飛び込んだ訳では無い。
「五行符……発動……」
百目鬼の手があるであろう位置から、大きな光が漏れる。彼が手に握っていたのは、木火土金水全ての呪符だった。それぞれがそれぞれの効果を吸い取り、打ち消し合い、邪気の爆発を起こす。
「貴様ぁぁぁああ」
腕を吹き飛ばされた蛇骨鬼は悪態をつきながらも、直ぐさま再生するが、その隙に飛び込んだ智鶴の術がまだ完全に治っていない傷口を襲う。
「紙吹雪! 針地獄!」
「ぐうっ。こんな裁縫針、効かぬ!」
余裕を見せつけるためか、それを抜こうともしない妖を見て、智鶴がニヤリとする。
「侵入せよ! 針紙虫!」
蛇骨鬼の表皮に刺さった紙の針が、意思を持ったように、うねり、くねり、そしてドリルのように回転して、その妖の中へと入っていく。
「食い荒らせ!」
更にそう叫ぶと、蛇骨鬼の体内を食い荒らすような形に変わり、どんどんと妖の体内を突き進む。
「痛い痛い痛い痛いたいたたいたたいいいいいいい」
蛇骨鬼は気が狂った様に空を見上げ、激痛に咆哮する。
体液で湿りきった針紙虫たちは数分で動きを止めたが、そこへ回復した百目鬼が体術でラッシュを畳み掛ける。
「ふごごごごごおおおおおおお」
そして、蛇骨鬼はうつ伏せに倒れた。だがしかし、上級に定められる妖がこの程度でやられる訳が無い。その妖は大小様々な傷口をまるで動画を巻き戻すように再生しながら、ゆっくり立ちあがると、はっきりと怒鳴る。
「赦さぬッ。人の子よ! ひねり潰してくれるわ!」
「流石は百鬼の一員といったところかしら。これくらいじゃ何ともないのね」
智鶴の優勢を取っているという自負心も、次の瞬間揺らぐ。
蛇骨鬼は自分の口を大きく開け、空を仰ぐと、巨大な能面を額に貼り付けたアオダイショウのような、いやしかしその体長は10メートル近くあり、太さも相当な大蛇を吐き出した。
それはまるで脱皮をするかの如く。そして脱ぎ捨てられた人の皮は、中身を失うと塵となって消えていった。
「ほ~~ほっほっほっほ~。どうだい、どうだい、今すぐ丸呑みにしてやるからねえ」
その光景を唖然として見上げる人の子2人。得意げに笑う蛇骨鬼。だが、智鶴はまだまだ諦めて居なかった。脱皮を見届けると、直ぐさま紙に乗り飛翔。手には紙刀を握り、ちょこまかと蛇骨鬼の顔の辺りを飛び交う。
「これもオマケよ! 集中蜂花!」
「小賢しい……これでもくらいな!」
妖の口から霧状のものがスプレーされる。紙を鼻と口に貼り付け、その飛沫を吸い込まないようにすると、体の周りに集中蜂花を移動させ、霧を散らそうとした。だが、紙が液体に触れるや否やそれは溶けて消えていく。
「!!」
これはヤバいと直感で動き、霧が皮膚に触れる前に退いたが、少し触れてしまったのだろう、左手に少しケロイドのような爛れが出来ていた。
これは、相当厄介ね……。そう思った瞬間、背後から忍び寄っていた尻尾に叩かれ、その衝撃で足場の紙は破れ、更に重力加速が加わり、地面へめりこむ。
「痛っっ」
地面ギリギリで体を捻り受け身を取ったが、落下のダメージは消しきれなかった。
「智鶴! 大丈夫!?」
「なんとか……。骨折は免れたわ」
百目鬼が駆け寄り、耳元で囁く。
「弱点、能面。俺が、囮。智鶴は、隙を討って」
「駄目よ! それじゃ、百目鬼が傷つくだけじゃない!」
「大丈夫。俺の、体は、再生、するから」
「それも切りがあるでしょう! それに、痛みだって!」
百目鬼の体の半分は妖で出来ていると言えども、ベースは人間。再生をすると言っても限度があるし、痛みもちゃんとあるのだ。
「無理は、しないよ。だから、早く、討ってね」
邪気を練り上げた蛇骨鬼が、尻尾で激しく地面を打つ。ズドーンという衝撃音の後、声高に叫んだ。
「何をコソコソとしておる! 我はここぞ! さあ掛かってこい、丸呑みにしてくれる!」 その声を聞き終わる前に2人は左右に飛び、百目鬼は蛇骨鬼へ、智鶴は山の中へと駆け出す。
「符術。業火炎」
百目鬼が火術符を投げた後、半拍置いて木術符を投げる。火術符の火が木術符の気を吸い上げ、業火の炎となった。それは真っ直ぐに進むと、蛇骨鬼の土手っ腹に一発当たるが、蚊でも止まったか位の反応しか示されない。
「お主はその程度か。妖術も使わぬ半妖が、我に刃向かえると思うておるのか!」
「思ってなんか、ない。でも!」
百目鬼は様々に呪符を投げ、その攻撃を止めようとしない。
「効かぬと言っておるのが分からぬか! お主の様な半端者にやられる我では無い!」
「言って、くれる……。でも、大口は、閉じろ」
「口ばっかりのお主など、一撃だ!!」
蛇骨鬼がその大きな口を開け、迫り来る。
「今だ!」
百目鬼の短い発声に、即座に反応した影があった。その影は山の木々の間から現れると、猛スピードで空を駆け、蛇骨鬼の額、面に向かって大きなハンマーを振り下ろす。
「紙操術! 折紙! 割槌!」
影の正体は智鶴だった。その攻撃は見事、面にクリーンヒットしたが、それは少し欠けただけで、致命傷には至らない。
「小癪な!」
「まだよ!」
智鶴は更に追撃をしようと迫るが、妖もやられっぱなしではない。また口から霧を噴霧した。
「同じ手は食わないわ!」
何も無策では無い。急いで槌にしていた紙を伸ばすと、次は巨大な風車に折る。そしてそれを全力で回転させ、霧をそのまま敵に向かって流し返した。
「我に我の毒は効かぬ」
「やるじゃないの。でも、足下がお留守よ」
「何? ……グフッ」
蛇骨鬼の足下では、手に智喜特製の呪符を巻き付け、その威力を底上げした百目鬼が、渾身の突きをめり込ませていた。まるで2トントラックが塀に突っ込んだかの様な衝撃音森に響き渡った。勿論、百目鬼自身もその反動を食らい、一歩も動けない重傷を負った上に、度重なる再生に体が追いついて居らず、痛みにこっそり涙を流していた。
だが、そんな彼の一撃によって、額の警戒が緩んだのを見逃さなかった。智鶴は風車を再び槌に変え、突っ込む。見事に弱点中の弱点を突けたのか、面はあっさり割れ、蛇骨鬼は地を割るかの如く、地響きを轟かせ地に伏した。
「やった……?」
地上に降り立った智鶴は、反動に喘ぐ動百目鬼の傍に駆け寄っていく。
「これで地上は終わりね! 後は上空だけど……」
その上空では竜子と彼女の従者たちが、ふらり火との戦いを繰り広げていた。
どうも暴走紅茶です。
とうとう出てきちゃいましたね。急に現れるのが、彼の悪い癖です。
今後の展開がどうなっていくのか、乞うご期待!
ではまた来週。




