13話 不幸の日
百目鬼が里帰りしている間、智鶴と竜子は百目鬼の居ない夜を過ごしていた。
「智鶴ちゃん! そっちいった!」
「オッケ~。任せときなさい」
2人が追う妖は見たことの無い妖だったが、小ぶりでいかにも弱そうな妖だった。まるでゴムまりのようなそいつは、地面や塀にバウンドして、なかなか捉えにくい。
「くそ! じっと、してなさい!」
智鶴がロール紙を操り、その行く手を阻む。
「やった!」
何とかそのまま紙の中に取り込むことが出来、そのまま紙を圧縮することで、妖を滅した。
「口ほどにもなかッ……」
クサい台詞を言おうとした時だ。その紙の中からガスのような気体が溢れ出す。それは直ぐ風に押し流されていったが、その何割かを智鶴は吸い込んでしまった。
「ゴホッ! ゲホッ!」
「大丈夫?」
「な、何とか。でも、これ何なの? 滅したと思ったのに」
智鶴が恐る恐る紙を開いて見たが、中には塵一つ残って居らず、綺麗さっぱり地獄へ還った様だった。
「まさか……」
竜子が思案顔で顎に手を持って行く。
「な、何よ」
「話にしか聞いた事なかったんだけど、力は殆ど無いのに、上級に指定されている上に、決して滅しちゃいけない妖。その名も『不幸玉』ってのが居るんだけど」
「それがどうしたのよ。今のが上級な訳ないでしょ」
「うん。滅そうと思えば簡単に滅する事が出来るんだけど、滅した後が大変。その妖は塵になって消える前にとある猛毒を吐くの。それを吸うと……」
「吸うと……?」
智鶴は生唾をゴクリと飲む。
「暫くの間、とんでもない不幸に見舞われるとか。でも、今のがそうとは限らないし、吸ってなきゃ大丈夫だよ」
「エッ……ワタシ、吸っちゃった……」
「ご愁傷様です」
翌日の昼休みのこと。
「ぎょうごぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおグヘッ」
竜子がお手洗いから教室に戻ろうとした時だった。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった智鶴が、猛ダッシュで近づいてきたと思ったら、足下に落ちていたビニール袋に足を取られて、顔面から盛大に転んだ。
「え、ちょ、え? 何があったの?」
「ぶ、ぶへっ……ぶこうだまっで、いどぅまでごうりょぐあどぅどぉぉぉぉ??」
「ちょっと、何言ってるかさっぱりだよ」
「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
彼女が泣きながら語るには、こんなことがあったようだ。
先ず、朝、いつも通りに目が覚め、朝食を食べた。お母さんが炊飯器のタイマーセットを間違えてお米が出てこなかったくらいで、特に何事も無い普通の朝だったという。
「何よ。不幸玉の効果も、ビビる程じゃないようね」
そんな事さえ言えるくらいには、余裕があった。
だが、家を出て100メートルで車に跳ねられた。
勿論ちゃんと受け身を取ったから、ダメージは無かった。
だが、車から出てきた、海外で活躍する名医に「今すぐ治療するから」と、抵抗虚しく連れ去られ、飛行場へ。
自家用ジェットで名医の務める海外の病院へ向かうも、途中で何処からか攻撃を受け墜落。パラシュートで無事に脱出したが、着地と同時に、現地のシャーマンに誘拐された。
シャーマンが言うには、今暴れている霊の討伐に参加して欲しいとの事だった。嫌がれども、引き受けなくてはならない条件を幾つも突きつけられ、渋々付き合う羽目に。
苦戦を強いられつつも何とか勝ったが、地域外での呪術行使が見つかり、魔術呪術管理局(通称:魔呪局)から強制帰国させられ、取り調べ。
何とか状況を分かって貰い、帰ろうとした時、不意によろけて割った壺から、20人の小人が逃げだし、魔呪局は大混乱。
責任を取って一緒に探すよう命じられ、早く登校したかったが、これ以上の嫌疑を掛けられる訳にいかず、止む無く受け入れ、捜査開始。
19人はつかまったものの、最後の1匹がどうしても見つからない。探し回った挙げ句、智鶴の服から出てきたモノだから、誘拐疑惑で再び取り調べ室へ。
何とか何とか魔呪局を後にしたものの、お金が無い上にキャッシュカードはどこかで落としてきたから、お金も下ろせない。
携帯の支払いアプリも緊急メンテナンスに入り、使えない。
仕方なくヒッチハイクを決意し、車の通りが多い道で親指を立てて待つと、黒塗りの車が止まり、乗せてくれた。
しかし、きちんと場所を告げた筈なのに、何やらどんどん怪しい場所に向かっていき、港の倉庫に連れ込まれる。そこで見るからに怪しい人たちから麻薬を運べと脅されるが、呪術者でも無ければ智鶴の敵ではないので、全員倒して通報。
身柄を渡したら、どうやら指定暴力団の幹部だったらしく、感謝状を渡したいと言われた。どんなに断っても、譲らないから、仕方なく付いていくと、もの凄い人数の警察に見守られで大々的に表彰。明日の新聞に載ると言われた。
その後しつこい勧誘を受けるも、何とか逃げ出すが、帰路に就こうにも、お金が無い。
そんな時だった。空から舞い降りた鳥型の上級妖が、「困っているなら乗っていけ」と言ってくれたから、仕方なく嫌々ながら乗り、千羽に着いた。
だが智鶴を降ろすと、お礼をしろ、結婚しろと迫ってきてウザかったから戦闘に。
苦戦を強いられるも、鼻ヶ岳の麓だった事から、八角齋が助けに来てくれて、何とか滅する。
――そして、今に至ると言う訳だった。
「た、大変だったね……」
「ずんっ。たいべんだっだぁ」
「先ずはお顔を洗おうか。大変な事になってるよ」
「うんっ。うんっ」
竜子に連れ添われ、手洗い場に向かうと、蛇口を捻る。
だが、蛇口が壊れて水が大噴射。ずぶ濡れになった。
合服やスカートの裾から水がポタポタと滴る。
「ほら、もう、だめじゃない」
水を被って冷静になったのか、もう不幸に飽き飽きしたのか、智鶴はいつもの調子に戻っていた。
「こんなスケスケでどうやって過ごせと言うのよ? もう嫌よ。アアア!」
イライラがマックスになったのか、乱暴な言葉を吐いて、壁を蹴った。
そして、その衝撃で壁に設置されていた消火器が外れる。
床に落ちる時にはピンが外れており……大噴射された。
白い煙に辺りが包まれる。
「オホッ。ゲホッ。も、もういやぁぁぁぁぁぁあああ」
「私も付き合ってらんないよ……。解呪方法を探すから、智鶴ちゃんは保健室で寝てて」
「うん、うん、ありがとう。ありがとうね、竜子ぉ」
泣きながら竜子の手を取り、ブンブンと振り回すようにして握手をする。
そして、竜子による警護の元、何とか保健室に着いた。
「本当に大変だね……。何で保健室行くだけなのに、学校を一周する羽目になるの?」
「あ、あはは~。ご、ごめんなさいね」
この保健室という、竜子の教室から渡り廊下を真っ直ぐ進むだけの場所に向かうのも、それはまあ大変な物語があったのだが、語れば長いので割愛。
「まあ、それでも生きて辿り着けたから、良かったよ。理科室前で硫酸が飛び散った時はもう駄目かと思ったもん」
「そうね……私も、倉庫で先生のスキャンダルを見ちゃった時は、退学になるかと怯えたわ」
2人して苦笑いを浮かべる。
「と、取り敢えず服脱いで、乾かそう」
「そ、そうね。乾くまではカーテン閉めて、布団にくるまってるわ」
そう言って、スカートを膝まで降ろした時だった。
「智鶴、大丈、夫?」
そんな声と共に、入り口が開けられた。それはまだカーテンを閉める前で、お尻を扉の方に向けていた時だった。
「ど、どょうめきぃぃぃいい」
智鶴が保健室に行ったらしいと聞いた百目鬼は、心配で見に来たのだが……。智鶴の顔が赤くなるのと、彼が最大威力のパンチで、廊下の壁まで吹き飛ばされたのは同時の出来事だった。
「隼人クンっ!?」
あちゃー。竜子は見ていられないと、顔に手をやった。
「まあ、いいか。私、今からダッシュで家に戻って調べてくるから、絶対に、ぜぇぇぇったいにここから動いちゃ駄目だからね!」
「うん、分かってるわよ。それと悪いんだけど、あと一つ頼まれてくれないかしら」
「な、何?」
「天か空をウチに飛ばして、お母さんから魔除けの護符を貰ってきて欲しいのよ。私が行動すると、呪符を貰う前にまた外国か、次は異界か、はたまた宇宙に行っちゃうかも知れないでしょ……」
「あ、うん。分かった……。美代子さんに言っといてよ。その方がスムーズだし」
「うん、まあ、そうしたいのはやまやまなんだけど、保健室に来るまでの道のりで、携帯が何か爆発しちゃったじゃない……」
「あぁ……そうだったね……」
「ホント迷惑掛けるわね」
「うん。いいよ。うん。大丈夫。じゃあ、行ってくるから」
予鈴が鳴るギリギリで竜子が戻ってきた。
「ただいま。取り敢えず、これが護符で、ご飯食べてないと思ったから、パンとお茶買ってきたよ」
「ありがと~~~~~~。助かるわ! お腹減ってたのよ~」
智鶴が護符を受け取り、半乾きのセーラー服を着るついでに、キャミソールの上へそれを貼った。
「これで護符が飛ばされる心配も無しね! やっと教室に行けるわ~」
「あ、あのね……。言いにくいんだけど、その……」
少し機嫌を取り戻した智鶴とは対照的に、竜子は言いにくそうに、モジモジしている。
「何よ」
「不幸玉の効果時間だけどね、分からないの」
「え? どうして? 何で!?」
「智鶴ちゃんが吸った量も、あの不幸玉がどんなレベルの奴だったかも分からないんじゃ、何も言えなくて……。で、その~」
「その?」
「さ、最長3日とか、何とか」
「みっっっ!」
余りのショックに智鶴は頭がクラクラした。
「だ、大丈夫よ。大丈夫。何とか生き延びてやるわ……」
その後も智鶴は何度も何度も不幸な目に遭った。護符を貼る前よりはマシになったものの、一歩歩けば水を被り、二歩歩けば穴に落ち、三歩歩けば異界に入りかけるときた。
その上、無断遅刻を咎められ、反省文と大量の課題を出された。どんなに説明をしても、一つも信じてなどもらえなかった。
そして夜、下校して早3時間経っていた。何とか何とかぼろぼろになっても、家に帰り着いた智鶴は、部屋のぬいぐるみ達を抱きしめて一声。
「もうイヤ!」
と叫んだ。これが丁度効力の切れた瞬間だったが、この後彼女は初めて仕事を嫌がり、サボり、そして部屋から出ようとはしなかったのだった。
どうも。暴走紅茶です。
なんだかどうにも不幸が連鎖する日ってありませんか?
僕はたまにあります。そういう日って本当に疲れますよね。
皆様はご無事で。また来週。




