4話 相棒登場!
「おはよ」
翌朝、一人で起きた智鶴は居間の襖を開けながらそう言った。
「おはよ~。今日は一人で起きられたのね」
母が朝食を並べながらそう言う。
「もう、高校生なんだからね。門下のみんなも別に私を起こすために、ここへ出入りしている訳じゃないでしょ」
「よく言うわ。中学まで、というより昨日まで起こされないと起きなかったのに」
「~! からかわないで!」
彼女の朝は夜の仕事のせいでキツい。正直な事を言うと、起きずに寝ていたいが、そういう訳にもいかない。
「じゃあ、いってきま~す」
眠い目をこすりながら、通学路を歩く。
歩きながら、昨日の仕事を思い出していた。
そう言えば、あの妖、私たち紙操術師の事を知って居るような口ぶりだったわね……。まあ、でも、1000年続いてる家なら、流石に妖にも術の事なんてバレているか。深く考えるのはよしましょう。
「……ちゃん。ちーちゃん」
「あ、日向」
「「あ、日向」。じゃないよ! 起きてる? 校門通り過ぎてるよ」
「あ」
「も~今日は一段と眠そうだね。夜更かしは良くないよ! お肌の大敵!」
分かっているし、乙女としても寝られるなら寝たいものだ。だが、掟に『一般人に家業を知られるべからず』とある以上、日向にも千羽家の本当の仕事は話せない。この地の地主である事から、勝手に厳しい家だと思ってくれているようで、智鶴が帰宅部である事や、学校帰りは直帰する事に疑問も持っていない様子なのが唯一の救いであった。
今日からは通常の授業が始まる。本当の意味で高校生活が始まるのだ。
智鶴は気を引き締めようと頬を叩く。
「わかってるわ」
「お~。いつものちーちゃんになった。それ、いつも思うけど、どんな魔法なの?」
「ちょっとしたルーティンみたいなものよ」
「私も覚えたいところだよ」
「今度教えようか?」
「いや~、遠慮しとく。あ、そう言えば、帰ってくるんでしょ?」
苦笑いを浮かべ、日向がそう言った。
「え? あ、ああ~。多分?」
「多分って……楽しみなくせに」
素っ気ない振りをしているが、智鶴の顔は嬉しそうだった。
そんな事を話しながら、教室へ向かう。
席に着くと、前の席に座るクラスメイトの女子が話しかけてきた。
「智鶴さんだっけ。私は前の席の前野静佳っていうの! 静佳って呼んでね」
「あ、はい。よろしく」
智鶴は人見知りモードを発揮し始めた。昨夜妖に強気な態度をとっていた人物と同じとは露程も思えない。
「智鶴さんって、綺麗な白髪よね。それって地毛なの?」
「うん。まあ……」
「素敵! ハーフとか? クオーター?」
「いや、純日本人です……」
段々耐えられなくなり、智鶴はそっと隣の席の日向に目線で助けを求める。
日向は合点とこちらを向くと、話に交ざってきた。
「何の話をしているの? 私も混ぜて~。私の名前は木下日向って言うの。日向で良いよ」
「よろしく日向」
日向の登場にそっと胸をなで下ろす智鶴だったが、胸中では初対面で普通に下の名前を呼べるような奴なんて、人間じゃない、妖だ! 滅してやるとそんな事を思う智鶴だった。
授業はつつがなく進んでいく。夜は妖と戦う智鶴だが、昼間は昼間で睡魔という恐ろしい敵と戦っていた。
「はーい、千羽さん? 授業初日から寝ないの~」
英語教師に起こされるが、英語なんて子守歌にしか聞こえない智鶴にとっては無理な話だった。
何とか午後の授業を乗り切り、帰路につく。
「初日からこれは……私、華の女子高生なのに……」
睡魔と闘い、満身創痍、ボロボロの彼女はふらふらと帰宅すると、自室に飛び込む。そして、大きなテディベアに抱きつくと、表情筋が一気に弛緩する。
「イッチー! ただいま~。今日ね、クラスの女の子に話しかけられちゃった~。でもね、上手く話せなくてね……。そっか! イッチーは慰めてくれるのね。ふふふ~」
少女の部屋には他にも大小併せて沢山のぬいぐるみが置かれていた。だが、抱きついた熊のぬいぐるみは父が初めて買ってくれたぬいぐるみであり、彼女にとって特別大好きなぬいぐるみだった。
「今日もお仕事かなあ。でも、しょうがないよね。私、本家の人間だし、きっと上の人たちの間じゃ、跡取りの候補にされているだろうし、お姉ちゃんは仕事しないし。でも、眠いの~。眠くて、学校じゃ満足に華のJKを満喫出来ないの~。私も部活とかカラオケとかしてみたい~~。なんてね、私が仕事しなきゃ、街が大変だ……もん。ね。ふああ」
智鶴はイッチーを抱いたまま、制服のままで眠りに落ちた。
いつも人前では気を張っている彼女だが、イッチーの前でだけは年相応の女の子という感じだった。そうして、彼女の放課後は過ぎていく。
どんな昼間を過ごそうとも、必ず闇夜は訪れる。そして、昼間に人が生活するように、妖もまた、闇夜に乗じて蠢き出す。
今宵もまた、妖が現れた。
今夜の妖は小さくすばしっこい、子ネズミ型の妖で名を窮鼠という。古来より人の生活に巣くうネズミが妖化したものだ。
既に智鶴は戦闘態勢。彼女の周りには20枚の紙切れが浮かんでいる。
妖の気配は大雑把にしかつかめない智鶴にとって、今日の敵は困難を極めていた。
先ず、場所が悪い。ここは鼻ヶ岳の足下に広がる森の一角。茂みが多く、体調15 cm程の窮鼠に隠れられては、為す術がない。しかも窮鼠は群れで行動する。一匹潰すだけならともかく、何匹も潰すとなると、捉えきれない。
死角から一匹飛びかかってくる。常に服を硬化させ、守りに徹しているから良いという物、術の長時間行使は彼女を無意味に消耗させていく。
どうしましょう……。
戦闘を始めて早20分が経とうとしているが、しかし、敵に一撃も与えられていないのが現状だ。
いっそ、辺りの茂みごとなぎ払えば……いや、それはだめだわ。
千羽家の掟の中に、『一般人に迷惑となる行為を慎み、己の力を無闇に人へ晒すべからず』とある。それに準ずれば、街の破壊などもっての他であり、もし茂みを破壊すれば、明日の新聞の一面は決まったようなものだろう。
どうしよう……。
考えれば考えるほど思考が煮詰まって戦略が纏まらない。
纏まらない思考に、筋肉まで強張り、体が動かなくなってくる。
窮鼠の攻撃は続いており、幾らかはあしらえているが、2割ほどは攻撃を受けてしまった。和紙製の着物は幾ら堅くしても、既に所々綻び始めている。万事休す。どうする事もできない。
と、その時だった。背中を預けた大きな楠の上から声がする。
「12時」
聞き覚えのある声だった。その声に従い、自分の正面に紙切れを放つ。すると、塵が天に昇っていった。
一匹倒したのだ。
智鶴は先ず一匹と胸をなで下ろすと同時に、上を見上げた。すると、木の上から学生服姿の少年が振ってくる。
「相変わらずだね、考えすぎてテンパる、癖。抜けてない」
「ど、百目鬼!」
少年は目が隠れる程に伸ばした前髪の隙間から、智鶴を見つめ小馬鹿にするよう笑った。
彼について説明したいのは山々だが、先ずは目の前の敵だ。
「一匹ずついくよ」
彼は学ランを脱ぎながらそう言った。
「わかった」
「焦らない、焦らない。落ち着いて」
「う、うるさい! 分かってるわ!」
「なら良いけど。
来る! 5時から一匹! 11時から一匹!」
百目鬼の指示に従って紙吹雪を放つ。
このコンビネーションは何年も一緒に仕事の手伝いをし、切磋琢磨してきたからこそ発揮出来る物だった。
次々に窮鼠が灰になっていく。20匹程倒した所だろうか。百目鬼の指示が止まった。
「……おかしい。撤退? いや、これは!」
窮鼠が林を抜け、草原の方へ(消去)向かって駆け出したのだ。こんなにも潜んでいたのかと驚きを通り越して、あきれてしまう様な数の大群が一気に駆けていく。
そして、窮鼠は一カ所に固まり大きな大きなネズミに形を変えていく。一匹一匹では小さかった邪気も、一塊となると、大きく膨れ上がり、圧が増す。
智鶴が阻止しようと紙吹雪をぶつけるも、それは大きな的ではなく、小さな的の集合体。少し崩れただけで再生してしまう。
「こんなのどうすれば」
「こういう場合。指揮系統、潰す」
「指示して。どこを狙えば良い?」
智鶴は針のように鋭くした紙を一本作り出すと、右手で握り、目は敵を捕らえたまま、百目鬼に問う。
「……待って。今『視』るから」
そう言うと、彼は肩まで袖をまくり上げ、しゃがみ込むと、敵と相対する様に両手を地面に着ける。するとどうだろう、彼の両腕に無数の『眼』が開いた。大きく、禍々しく。そして、それらはぎょろりと動くと、敵を捉える。
これが彼の技である。妖百々目鬼の先祖返りである彼はこうして敵の気配を捕捉することが出来るのだ。
だが、敵も黙って観察されているだけではない。着々とその巨体を完成させつつある。
その様を百目鬼が従える無数の眼がじっと見つめる。
そして遂に巨躯が完成した。妖は襲いかかろうと予備動作に入る。しかし、百目鬼の解析はまだ終わらない。
数が多すぎる……。
百目鬼は小さく歯がみする。
「おい! 百目鬼、まだか!?」
「……」
窮鼠の攻撃が目前に迫る。
智鶴は守りを固めるべく、残った着物を盾にする準備を始めようとした。その時。
「……見えた! 尻尾の付け根!」
「尻尾の付け根!? そんなの、ここからじゃ見えな……」
「全部貫けば同じ」
「ふんっ。簡単に言ってくれて」
「……ムリなの?」
「出来るに決まっているわ。私を誰だと思っているのかしら?」
智鶴はありったけの紙をつなぎ合わせて、貼り合わせて一本の大きなランスを作り上げ始める。バラバラだと20枚までという制限があるものの、一纏めにしてしまえばそんな制限は消え去ってしまう。彼女が携える巾着袋が空になるまで、敵の攻撃を引きつけながら、窮鼠の巨躯にも引けを取らない、巨大なランスを組み上げた。
「水平方向より、-20と-30!」
それぞれX軸、Y軸に当たる数値だ。
「いけぇぇぇぇぇええ」
百目鬼の指示する座標に寸分違わずランスを投げつけた。いや、見る人が見れば、それは発射したと記した方が正確だろう。
ランスは真っ直ぐに窮鼠の尾の付け根に狙いを据えると、腹の辺りからめり込み、狙いで無い窮鼠をまき散らしながら、リーダー格の司令塔へ一直線に向かっていく。
しかし、あと一歩と言うところで、勢いが消え、窮鼠の巨体に突き刺さったまま、動きが止まってしまった。
しかも、窮鼠が囓っているのか、段々ランスもその鋭利さを失っていっているようだった。
その光景を見ると、彼女が再び力を込める、すると、ランスは回転を始め、そして、タイミングを合わせ、「ハァッ」と声を上げ、眼前の虚空に向けて思いきり拳を突き出した。
そう、このランスは只のランスで無い。智鶴が紙操術で作り上げた紙の集合体である。彼女の動きに合わせ、ロケットが分離しながら宇宙を目指すように、ランスの先だけが飛び出す。
分離されたランスの頭は親玉を捉えると、貫き、滅した。
親玉が潰されると、まるで爆竹が炸裂するが如く連鎖反応を起こし、他の窮鼠もどんどん消滅していく。
そして、最後の一匹が消滅した。
「これで、窮鼠は、全部。……だけど、まだ、居る!」
「え? 窮鼠とは別の妖?」
「……そう。まるで僕らを、監視している、みたい」
智鶴が辺りを見回そうとする。
「だめ! 勘付かれたら逃げられる」
「……!」
智鶴は無言で小さく頷く。
「見事に隠形しているね。けど、逃がさない!」
「どうすれば」
「……任せて。逆探知。してみる」
そう言うと、百目鬼の視線が近くの茂みに潜む、狐型の妖に注がれた。
その妖にはまた、奇妙なマークが付いていた。
所変わり、ここは清涼市の外れにある古びた神社の一角。昨晩と同じように、少女が石段に腰掛けている。
「何話しているのかな? もう少し近づいてみる? でも、バレちゃうかな」
少女は楽しげに笑う。
「新キャラの彼、どんな異能者なんだろう? 見ている感じ、戦闘向きって、感じじゃないよね。ねっ! 美夏萠はどう思う?」
そう言って彼女が空を見上げる。
そこには美しい川面を思わせる、青い鱗に身を包んだ一匹の蛟が浮かんでいた。その蛟にも、昨夜の鳩や、今夜の狐と同様のマークが付いている。
「……」
美夏萠と呼ばれたその蛟は、ツンケンとした態度を取り、彼女の質問を受け付けていないように振る舞う。
「相変わらず冷たいね~」
と言った瞬間、体にゾクリとした悪寒が走る。
「マズい! 見つかった!?」
瞬間、少女は狐との『主従の契』を解除すると、美夏萠に飛び乗り、空高く消えていった。
「あの少年、探索系か。……厄介ね」
少女は左手と両足の付け根に力を入れて、蛟にしがみつくと、空いた右手の爪を噛んだ。
半時が過ぎ、智鶴と百目鬼が千羽町の外、清涼市の外れにある不知火神社に駆けつけた時には、もうそこに誰も居らず、何の手がかりも無くなっていた。
勿論、智鶴の腕に抱えられた狐も、只の妖に戻っていた。
「……何も残ってないね」
「そうね……。ねえ、実は――」
と、智鶴は昨夜感じた違和感について話した。
「……誰かに見られている?」
「そうなの」
「でも、それなら……」
俺が逆探知して、智鶴が倒せば、いいと続けようとして、押し黙る。闇雲に動くのは得策で無いと判断したのだろう。
「おじいちゃんに報告しておく」
「それがいい」
そして、智鶴は1万円札ほどの紙を一枚取り出すと、狐の首を跳ねた。
「……え。その妖、邪気、発してない。きっと無害、だった」
「妖は悪よ。見つけ次第滅するのが、私の役目」
じゃあ、僕は? そんな事思えども聞けない百目鬼が、ただ寂しそうに彼女を見つめていた。
「ありがとう。助かったわ」
帰り道、今さっき無害な妖の首を刎ねたと思えないほど、屈託の無い笑顔で百目鬼を捉える。
「……いや、気にしないで。僕の方こそ。遅くなった」
「そんなに難しい仕事だったの?」
「……難しいと言うよりは、面倒。だった」
百目鬼は遠くの神域で発生した異常の調査手伝いとして遠征していた。その帰りが遅れ、入学式にも出られなかったのだ。千羽家にはこのように千羽町外の仕事も依頼という形で舞い込んでくる。因みに依頼主は個人だったり、警察や宮内庁等の組織だったり、いつもバラバラである。
また、先ほどは時間も無く彼を紹介し切れなかったため、2人がどうでも良い事を話しながら帰っているこのタイミングで彼について説明しておこう。
彼の名前は百目鬼 隼人。妖、百々目鬼の先祖返りであり、現在千羽家系の白澤院家という、昔、妖怪白澤と交わり、お告げの力を得た分家筋に所属する。7才で発現し、8歳の時に引き取られた。主な力は千里眼であり、昔から智鶴と組んで仕事の手伝いをしていた。その課程があり、彼女とは一蓮托生の仕事仲間という間柄である。
しかし、彼には彼なりに本家の智鶴とは弁えがある様で、仲が悪い訳では無いが、日向のように、幼なじみの友達とは一括りに言えないのだった。
そして、二人が千羽家に着き、同じ家の敷居を跨ぐと、「だたいま~」と口々に言った。
そう、百目鬼は所属こそ白澤院家であるが、在住はここ千羽家なのである。
それは、白澤院家が隣の県にあり遠いため、智鶴と組んで仕事をしやすいようにとの計らいだった。だが、智鶴にとってこのことはトップシークレットであり、学校の誰にもバレたくない事でもあった。
バレればどんな冷やかしを受けるか分からない。その思いから、知って居るのは千羽家家の他だと日向だけであった。
2人は別の部屋に入ると、朝までの短い時間、泥のように眠った。
どうも。暴走紅茶です。変な名前でしょう? 覚えてね!
今回は新キャラ百目鬼君が登場しましたね!
おどおどと話すのに、以外と出来る子なんです!
智鶴の相棒は、これからどんな役割を背負っていくのでしょうか!?
では、来週も乞うご期待!