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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ
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11話 百目鬼の過去ー4

 時間というものは全てのモノに平等に流れ、そして無情にも季節が巡っていく。

 彼が初めて倒れた日からどれだけ経ったかなんて、誰も感じ取る余裕のないまま、目まぐるしく日々が流れていく。

 そんな日々の中で、実家に戻り落ち着いた(はる)()は、再び夫と話し合い、その(わだかま)りを埋めていた。しかし家族各々の都合から、4人揃っての生活を再スタートさせることは叶っていなかった。それは、信久の仕事が忙しく、華英は転園させるにも微妙な時期である事、また、(はっ)(きょう)(へき)のついてしまった隼人をより人口密度の高い夫の実家に住まわせる事は、現実的で無いという判断からだった。


 そんな百目鬼一家の影で、山の妖たちも引き続き彼の様子を覗っていた。

 あれ以来彼の妖気が大きく乱れることは確認されていなかった。しかし、その事に安堵する反面、根本的にどうにかしてやりたいという思いも同時に抱えていた。中には人、それも、呪術者を頼ってみるのはどうかと提案する者も居たが、実際にコンタクトを取るとなると、押し付け合いが始まりどうにも意見が(まと)まらない。いくら邪気を多く発しない彼らであっても、コンタクトを取る人間を間違えれば滅されかねない。その為、先ずは監視するだけに止まっていた。


 そんな皆の心配も(むな)しくなるくらい、隼人の精神状態は悪化の一途を辿(たど)った。基本毎日家に閉じこもり、出てこない。だから体が疲れる事も無く夜眠れない。何度昼夜を逆転させているか分からず、自律神経もボロボロになって居た。そんなだから体調も悪くなるし、情緒も崩壊していった。突然泣いたり、笑ったり、怒ったり……喜怒哀楽も彼の手中からこぼれ落ちていた。


 それに、妖を少しでも目にすると、完全に取り乱し、嘔吐や過呼吸などの症状を見せるようになっていたが、家族の誰もがそもそも妖を見る事が出来ないために、少しも力になれなかった。

 ただもう抜け殻のようにずっと暗い部屋から出ないまま、時だけが過ぎていった。


 そんな状態のまま時は流れ、12月になった。

 母・春賀は子育てに疲れ、どんどんやつれていった。時折発狂する百目鬼に手を挙げてしまうこともあった。そうするとまた後悔から心が塞ぐ。また、彼女の両親も孫と娘とどちらが先に倒れるか心配でたまらなかったが、そんな老夫婦も何度倒れそうになったことか。孫にも娘にもしてやれることが少ない状況に、この上なく心苦しい日々が続いた。

 だがそんな日々も、春賀が倒れた12月の31日を境に急変する。

 救急車の赤色灯がまばらに集まった野次馬を赤く染める。

 日々続く息子の不眠と体調不良に会わせた生活。それに参ってしまった春賀は倒れ、病院へと運ばれていった。祖父が付き添い、祖母が家に残る。


 そして、それを見ていたのは何も人間だけではなかった。

 木々のざわめきに混じって、声が聞こえる。

「おい、アイツの母ちゃん倒れたぞ」「何? 本当か?」「もう後先考えられんダロ……」

 と、そんな会話が山の中で繰り広げられる。最初は何となく気まぐれで様子を見ていた山の妖たちも、次第に彼を本気で心配するようになっていた。いや、それも気まぐれなのかも知れない。

 それでも、1匹の妖、人型で背に漆黒の羽を生やした濡鴉(ぬれからす)が声を上げる。

「俺が人に伝える。俺なら鱗脚さんには敵わんでも、そんじょそこらの術者には勝てる。山を下りれば確か呪術者の家があったはずだ」

「でも、危険じゃ無いか?」「滅されたらどうする」「そこまでしてやる義理もないだろ」

 そんな声が木霊する。

「いや、人も妖も関係ないね。あんなにちまっこいガキが生きるか死ぬかってんなら、俺は助けたいぜ」

「……」

 濡鴉の言葉に、山が静寂に包まれる。

「そうしてもらえると、助かるな……」

 そんな中、はっきりと三柏翁の声が響いた。

「ワシはもう歳で化けられん……。ワシが始めた事なのにすまぬ……。濡鴉、頼んだぞ……」

 その声を最後に、山はまた木々のざわめきだけが静かに広がっていった。


 そして、1月も中頃になった。

 母は目を覚ましたものの、まだ退院は出来ていない。

 祖父母が必死に隼人の面倒を見ていた。可愛い我が孫ながら、その辛さは今までの人生でトップクラスのものだった。もしも可愛い孫じゃ無かったら、途中で放り投げていた事だろう。

 ある日の事、昼過ぎに呼び鈴が押された。

 それは(ふく)(いん)の如く、家に響く。

「はいはい。どちらさんですか?」

 古いタイプの呼び鈴で、マイクもスピーカーも付いていないものだから、祖母の()()()が玄関まで出て行く。引き戸をカラカラと言わせて開けると、そこには黒い紋付きを着た男性が立っていた。

「突然済みません。私は(はく)(たく)(いん)告と申します。こちらに住む少年の事でお訪ねさせて頂きました」

「はあ」

「もし宜しければ会わせて頂けませんか?」

「あ、いえ、あの子は……」

「大丈夫ですよ。私も彼と同じですから。きっと解り合える事もあるかと思います」

「それは……」

 告は前髪を上げると、キッと眉根を寄せる。すると額に三つ目の目が開いた。

「ヒッ!」

「驚かせてすみません。でも、これで分かって頂けましたかね。私はそう言う筋から来た者です。また、こちらのお子さんの様な子を集めて、社会に出られるようにする施設も運営しております。ゆくゆくは彼を引き取ることも提案させて頂くつもりでした」

 千賀子は腰が抜けてしまった。ようやく助けが来たと思った。

「あの子の為にこんな田舎までありがとうございます。それでもごめんなさいね。あの子に会わせるには、先ずあの子の母、あ、今は山の下の病院に入院しているんですが。その母に許可を取って頂かないことには、勝手に出来ません」

「そうですか……。それでは、応急処置にこちらを、彼の部屋に入る扉に貼って下さい。部屋の気を安定させる効果があります」

 と、一枚の護符の入った封筒を渡した。

「信用できないのなら使わなくても結構ですが、少しは頼りになるかと思います。それと、大変おこがましい話ではありますが、お母様に会いに行っても宜しいでしょうか」

「は、はい。それは勿論」

「では失礼します」

 千賀子は封筒を握ったまま、暫く呆然と彼の去った方向を向いていた。

 

 告はその1時間後に母・春賀の元にも現れた。

「失礼します」

 ドアを三回ノックすると、菓子折りを手に病室へ入った。

「はい。えっと、どちら様かしら」

 春賀は病室を間違えていませんかと、困り顔を作る。

「初めまして。私は白澤院告と申します」

 そして、先ほど千賀子に話した様に、また春賀にも事情を話して聞かせた。

「……すみません。帰って下さい」

「ですが」

「あの子は! ……あの子の面倒は、私が見ます。今はこうして入院していますが、直ぐに退院してまたあの子の傍に居るんです。私が、あの子の親ですから」

「……分かりました。また来ます」

「何度来ても同じですよ」

 そして、告は宣言通りまた来訪した。それも翌日に。

 それから何日も何日もめげずに春賀の元を訪れた。

 そんな日々の中、彼は例の山へと入った。

「誰か居ないか~? 俺は呼ばれて来たんだ~」

 彼はそう叫んだ。すると空から黒い羽が降り落ちてきた。

「お前が、あの子を迎えに来た術者か?」

 濡鴉が傍に降り立つ。

「ああ、そうだ。一応お礼を言わなくては思ってな。この度は我ら人の為にどうもありがとうございました」

「いや、礼なんか良いんだ。これは妖の気まぐれだと思ってくれ」

「気まぐれ? 本当に?」

「……ああ、気まぐれだ」

「その昔、この山に百々目鬼が居たことは、知らない訳じゃないけどね」

「……」

「……」

 両者見つめ合い、目を離さない。

「……知って居るなら、それで良いだろ」

「良くは無いな。ちゃんとした話を知りたいんだ」

 告の真剣な目に、濡鴉が折れる。

「ああ、確かに居たよ。500年前だか、1000年前だかは忘れちまったけどな。人と恋仲になって、子を産んだ奴が居た。でもそいつはとうの昔に地獄へ帰った」

「ありがとう。事情は分かったよ」

 それを知ると、もう満足したのか踵を返す。

「おい、待ってくれ。ここまで話させたからには最後まで聞いてくれ」

「何だ? さっきは帰って欲しそうにしていたのに」

「……アイツは、百々目鬼は半ば俺たちのせいで山に居場所を失って、地獄へ帰ったんだ。その罪滅ぼしって言う訳じゃ無いけど……あの子を救ってやってくれ」

 神格に近い妖が人に頭を下げることなど、そうある事では無い。それほどまでに、ここの妖は過去を悔やんでいたのだろう。

「はい。分かりました。お任せ下さい」

 告も礼をもってその言葉に返す。そして、山から出た。


 数週間粘りやっとの事で、春賀とその夫信久の3人で話す機会を得た。

「……と言う訳で、私は息子さんを引き取りたいと思っております」

 一通りのプレゼンはしたし、これで駄目ならもう攫っていくくらいしか案が無い。それでも連れていかないと、あの子は長く生きられない。

「それで息子は助かるんですか?」

 膝の上で堅く拳を握った信久が、(こら)えるような表情でそう聞いた。

「はい。勿論。宜しければウチの施設をご覧になって頂いても構いませんよ。そんなに多くは無いですが、隼人君のような子供さんを複数人預かっております。みんなちゃんと術を習得して、暴走すること無く日々を暮らしておりますよ」

 そう聞くと、拳を緩め、すこし気を緩めた様だった。

「……アナタ、本気なの?」

「きっとこれが最後の頼みだ」

「……他に方法は無いの」

 春賀は純白のシーツを握りしめ、咽び泣いた。自分の不甲斐なさ故に、またどこかでホッとしている事に。

「白澤院さん、息子をよろしくお願いします」

「はい。お任せ下さい」

 こうして、百目鬼隼人は白澤院付けとなった。

 白澤院へ入門しても、彼の心は直ぐに治ることは無く、施設でも溶け込めぬままに数ヶ月が過ぎた。そして春がやってくる。春に彼は白澤院付けから千羽付けへと鞍替えした。そこで出会った白髪の少女。

 彼女の相棒となった少年は、光に照らされ元気に暮らしている。


どうも。暴走紅茶です。

百目鬼君の過去はいかがでしたでしょうか。

来週は今のお話をしますよ。

よろしくお願いいたします。

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