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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ

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10話 百目鬼の過去ー3

「私は冷静よ!」

 家の中に春賀の声が木霊する。

「そんな大きな声を出したら子供が起きちゃうよ」

「急に子供の心配なんかしないでよ。アナタ仕事が忙しいって言ってたけど、本当なの? 本当に会社に掛け合ったの? 忙しいって言ってるだけじゃ無いの? お義母さんの看病すら出来ないの? 何で全部私がやってるの?」

 (はる)()は完全に取り乱していた。

 彼女がこの様に不満を漏らし始めたのは9月の終わり、だが、ここまで激しく怒りを顕わにしたのは今日が初めてだった。

「分かったから、分かったから落ち着いてくれ」

「何が分かったのよ! (はや)()の事でこっちに来たってのに、これで(はな)()の事も見てやれると思ってたのに、前の家にいて身の狭い思いをしていた時の方がよっぽど良かった! また隼人がまた倒れて入院したのよ。アナタ、知ってるの? 一度も病院に来なかったよね。どうせまた目を覚ますだろうから、ちゃんと目を覚まして退院しただろ? これは病気じゃ無いから? でも、退院する時に言われたのよ! あの子、脳に負担が掛かってるって。何かに圧迫されて、思考に使う所がこのままだと機能しなくなるかも知れないんだって! でも、アナタは何も聞いてこなかった! 話すタイミングもくれなかった! 隼人が退院して何日経ったと思ってるの!?」

「……ごめん。知らなかった」

「そうだよね! 知らないよね! 知ろうともしないものね!」

「そんな言い方しなくてもいいだろ」

 (のぶ)(ひさ)の務める地方出版社は、資本金も低く常に人手不足だった。その為に毎日帰る時間も遅くなり、また休みも取れず、休日も基本半日、たまに一日出社などで居ないという日々を追っていた。

「出版社が忙しいのは分かってるの。でも、あなた転職したのよね? 何でまた出版社にしたの!? 今家族が大変だってのに、忙しいなんて分かりきってる会社に転職したの」

「それは……。ほら、経験職の方が早く転職できるからだろ。前の家から一刻も早く離れたがってたのはどっちだよ」

「でも、引っ越しを提案したのはアナタよ!」

 と、かれこれ2時間はこうして平行線を辿っていた。

 だが、ついに終止符が打たれる。

「もういい! 私出てく! 子供連れて実家に帰る!」

「それは無いだろ。今大変だって言ったのはお前の方じゃ無いか。実家に行くよりも家族揃って居た方が良いって」

「いつも居ない夫と慣れない土地に居るよりも、自分の実家に居る方がよっぽどマシよ!」

 そう言って彼女は荷物をまとめ始めた。

「もう、好きにすれば良いだろ。でも、いつでも戻ってきていいんだぞ」

「知らないッ」


 こうして、(どう)()()一家は離散した。

 華英が今の幼稚園の友達と離れたくないと嫌がるもので、華英は夫が面倒を見ることになった。それに、何だか(ごん)(すけ)を連れて行く気になれず、彼ともここで離ればなれとなった。

 翌日、隼人の手を引き、電車に乗る母の顔はどこかやつれていた。

「大丈夫よ」

 そうは言っても、体は大丈夫に見えない。隼人から見ても母は痩せ、頬もこけ始めていた。

「きっと大丈夫。あの人の実家よりも田舎だけど、その分のんびり出来るから」

 それは隼人に言ったのか自分に言ったのか。

 隼人はもう(ほとん)ど喋らなくなっていた。最初の件で友達に傷つけられ、艮助の件では(あやかし)と友達になれないと知った。そして、自分がこんなだからお母さんが傷つくと思って、自分がこんなだから家族が離ればなれになったと思って。僕が居なくて華英は寂しくないかな、泣いていないかななんて思う事さえ、もう失礼な気がして。

 自分を責めて、責めて、責めて、責め続けて。涙の泉は()れきった。そして、気が付けば、声も枯れてしまっていた。

 春賀はまるで人形を引っ張る子供のように、無感情のままただ着いて行くだけの隼人と電車に揺られる。

 何度も電車を乗り継いで、最後はバスに乗って、某県の田舎にある実家に着いた。

 ここは信久の実家よりも、千羽町よりもずっと田舎であり、裏山と田んぼと数メートルおきに建つ民家以外何も無かった。

「良くきたねぇ。隼人ちゃんも大きくなったねぇ」

 玄関をくぐると、春賀の母・()()()が迎えてくれた。彼女は御年ももう80に近く、顔の皺は日に日に深くなり、会う度に小さくなっていく。いつもなら帰省する度に老いていく母へ哀愁を感じる春賀だが、自分の事で気が滅入っていてそれどころではなかった。

「だたいま。急でごめんね」

「おかえり。いいのよぉ。娘が孫連れて帰って来るってだけで、嬉しいからねぇ」

「ありがとうね」

「いいのよいいのよ、ささ、隼人ちゃん、プリン買ってあるわよぉ。こっちにいらっしゃい」

 言われるがまま、隼人は居間に入った。

 隼人を母に預けると、春賀はまだ自分がここにいた頃のままにされている自室に入った。そして少しもほこりっぽさを感じないベッドに寝転がると、そのまま眠りこけてしまった。

 ハッと起きるともう辺りは真っ暗で、今が何時か分からない。それでもどこかスッキリした感じがして、起き上がる。心なしかやつれた顔も膨らんだ気がした。一つ伸びをして居間に入ると、父・(はる)()も近所の仲間との喫茶店会合と称した(ただ)のおしゃべり会から帰ってきた様で、孫を可愛がっていた。

 ただ、どんなに頭を撫でられても、表情を崩すことはなかった。


 実家に帰って2日目のこと、隼人が熱を出した。度重なる引っ越しで、短期間に何度も慣れない(れい)(みゃく)に触れることとなり、(よう)(りょく)の強い彼はそれに目を回し、倒れてしまったのだ。ただ、診察をしたのは一般の医者であったから、風邪との診断しかされず、また、霊的なことに知識の無い親も、一般的な風邪の治療しか出来なかった。

 それは今の百目鬼を癒やす方法として、正しい療法とは言えなかったが、寝込み、安静に過ごすことが、ここの霊脈に体を慣らす結果につながり、3日後には起き上がれるようになった。

 体が良くなると、よく庭に出て遊ぶようになってきた。(あり)を眺めていたり、祖父母と畑に行ったりして、落ち着いてきたのか言葉も少しずつ話すようになってきた。

「お母さん……。これ」

 などと言って収穫した野菜を手渡してくれた時には、感涙に(むせ)んでしまった。

 本当に全部言い方向に進み出したと心から思った。あとはもう目が現れない事を祈るだけだと。

 百目鬼の体調も安定してきたのを区切りに、暫く家事は母に甘えることにして、ゆっくり羽を伸ばすことにした。隼人も幼稚園にはもう行きたくないだろうし、こうしてのんびりと過ごすのも良いかなと思った。

 いくらか日も過ぎ、冷静になってくると熱も冷め、夫には言い過ぎたなと思い始めていた。まだ籍は残してあるし、あと少しゆっくりしたら帰ろうとも思っていた。謝るかどうかは置いておいても、華英も心配だし、また家族4人で過ごしたいなと思えた。

 良い傾向だと思った。


 それでも、息子は時折、何も無い所に向かって叫んだり、怒ったりするようになっていた。


 百目鬼は怯えていた。

 父の田舎でも東京に居た頃に比べて妖を目にする頻度が上がっていたが、母の実家に来てからそれは桁違いに上がった。

 昼間は家や裏手の木々の暗がりにポツポツ見かける程度なのだが、夜になるとそこかしこから湧いて出てきた。家の中も外も妖を見ない日は無かった。大きいのも小さいのも人みたいなのも、獣みたいなのも、色々な妖がいた。それは艮助に連れて行かれた喫茶店で見たような妖とは違い、あからさまに強そうで。まだ妖気と邪気の違いも分からない彼には、ただただ全てが(おそ)ろしくて、(おそ)れた。

 そして、事はある日に起こった。

 隼人は飛んでいくトンボを追って、裏山の裾野である、雑木林に入った。そこはまだ日の届いている林だったが、木の生えていない場所に比べると、大分薄暗かった。追ってきたトンボが近くの葉っぱに止まったところを見て、しめしめと思った。そして、抜き足差し足で近づく。

 今だと虫取り網を振り上げたその瞬間、不意に腕を掴まれた。

 振り向くとそこには不自然な程ヒョロリとした老人がいた。

「こら、弱き者を虐めてはならん」

 5歳児の脳では意味が理解できなかった。でも、その老人が妖だという事だけは、感覚で分かった。

「嫌っ! 離して!」

 叫び、振りほどくと、老人はよろめいて手を離した。自由を取り戻すと、直ぐさま駆け出し、家に帰った。

 妖はどこか心配そうな目で、彼を見送った。

 妖と関わると、更に妖を寄せると言う。その原理は未だに解明されていないが、(ぞく)(せつ)には、縁が結ばれてしまうとか、匂いが付くからとか色々な意見が上がっている。

 そう、この地であの老人――名を(さん)(はく)(おう)という、数百年の時を経た柏の木から生まれる中級妖に手を掴まれてしまった。そして結ばれた縁は、次の妖を寄せる。

 彼は日の高い時は暗がりから飛び出してくる妖に追われ、腕を掴まれた。そして夜になると、近くを通りすがった妖に窓を叩かれたり、呼ばれたりした。そうした日々が続き、次第に恐怖を募らせていった。

 だが、最初はそれだけだった。ただそれだけで、何か危険にさらされると言う事も無かった。

 それでも、数日後、筋骨隆々の鎧武者の様な出で立ちで、脚に鱗の生えた(りん)(きゃく)という人型の上級妖に掴まった時の事だ。

「やめろ! 離せ!」

 いつも通り抵抗をしていた。だが、何だか今日は感覚が違うなと思った。でも、その感覚がどう違うのかは上手く言葉に出来ないのだった。

 鱗脚は何も言わずに隼人をじっと見つめる。

 いつもなら振りほどけるのに、何だか今日は力が上手く入らなくて、逃げられない。

 そうして()()いていると、ドクン、心臓が跳ねる様な感覚がした。自分の輪郭がブレる感覚。

 腕を見ると、1つ眼が開いていた。それでも、いつもみたいに気を失う感覚は無い。しかしその現象へ言うに言われぬ焦りを感じ、いつも以上に必死に腕を振りほどくと、逃げ出した。逃げて、逃げて、家に飛び込むと、押し入れに飛び込み、腕を掴む。

「フー……フー……」

 息を荒げ、腕を睨む。そんな彼を嘲笑う様に、ゆっくりと眼が閉じていく。

「何で……何で……」

 ――気を失わないんだ。

 

 今、隼人の体にはある変容が起きていた。

 全ての発端は三柏翁に腕を掴まれたあの日だった。三柏翁は中級妖であるが、出生などから、どちらかというと神格に近い。三柏翁は彼の腕を掴んだ時、とてつもない違和感を抱いた。それは体とそこから流れ出る妖力の差である。

 腕を掴んだ瞬間、人だと思った、それでもそれを振りほどこうともがき始めた途端、大量にあふれ出た妖気を見た時、彼は自分の思い込みを恥じた。だが、それは全く制御が出来て居らず、ただ壊れた蛇口の様に放出し続けるだけであり、これを放っておいたらこの子はいずれ力尽きて死んでしまうと思った。だから、山に住む他の神格に近い妖を集め、彼の元に向かわせた。

 彼らは隼人の腕や体の一部を掴み、自身の妖力を流し込むことで彼の妖気を(きょう)(せい)しようとしていたのだ。

 しかし、彼はそんなことなど露知らず、妖を恐れ、腕を振りほどいた。その為に何日もかかってしまったが、何とか今日山の神格に近い妖の中において唯一の上級を冠する鱗脚が矯正したことにより、最後の仕上げを行うことが出来た。

 正直この対策はその場しのぎにしかならない。根本的にどうにかするのなら、彼自身が師を見つけ修行を行い、力のコントロールを覚える他は無い。それでも今、彼を延命させるにはこの方法しか残されていなかった。

 だが、もう一度言うが、百目鬼は妖がこんなにも善意で自分に尽くしてくれているなど、微塵も知らない。それどころか、妖に何かをされ、人から遠ざかり、より妖に近い存在にされてしまったと思った。だから、眼が開いても気を失わないし、頭が割れそうに痛くならないのだと。

 そして、次に妖に触れられたら最後、もう人では無くなってしまうと結論づけ、独り怯えた。

 そのせいで取り乱し、泣き叫び、発狂してしまう事もあった。そんな彼をなだめるのに、母も両祖父母も身を粉にして献身的に接した。そうすることしか出来なかった。

どうも、暴走紅茶です。

百目鬼君の過去も3話目ですね。

彼が彼女に出逢うまではもう少しかかります。

どうぞ皆様お見守り下さい。

では、また来週!

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