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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ
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4話 百目鬼隼人の苦悩

道場で()(づる)とすれ違った(どう)()()は暫く硬直していたが、それが解けると、何だか心のどこかがザワザワし始めた。

 智鶴も、強くなろうと、している。俺は……? もっと、頑張ら、なきゃ。

 ただ、頑張ると言っても、何をしていいか分からない。妖の体に効くのかいまいち分からないプロテインを飲み下しながら、思考のみが空回りする。

 今と、違う事。何か、始めないと。


 翌日の道場では、昨日と近い光景が繰り広げられた。

 放課後、帰宅すると直ぐに修行着に着替え、道場へ向かった百目鬼は、真っ直ぐに(ふじ)(むら)の元へ向かうと、一つ頭を下げた。

「藤村、さん。また、俺に、稽古、つけて、ください」

「ど、百目鬼君!?」

 藤村はまた困り果てた顔をした。


「そうですか、事情は分かりました。皆さん、いつまでも子供だと思っていたのに、すっかりたくましく成られて」

 百目鬼は(ぬえ)と戦った時の事。とりわけその時自分は怪我をしても再生出来るのに、何もさせてもらえなかった事、何も出来なかった事。そして仲間たちが強くなろうとしている事への焦りなどを粗方話した。

「それで、どうしたら、良いで、しょう、か?」

「伸び悩んでいる時は、また基礎から見直すのが良いですね。百目鬼君は毎日自主トレを行っていますし、今更どうということもありませんが、どうです? やってみますか?」

「お願い、します」

 百目鬼は藤村に言われるがまま、昨日の智鶴たちと同じく、精神統一と(れい)(りょく)(じゅん)(かん)(れい)(りょく)()(どう)を藤村に見て貰った。

「流石ですね。安定しています。キチンと毎日基礎も大事にしていた証拠ですね」

「ありがとう、ございます」

「でも、やっぱりどこかまだぎこちなさが残っています。もしかしてまだ力を使う事へのためらいがありますか?」

「……少し、感じます」

「10年経ってもまだ駄目ですか。もしかしたら、それを乗り越えれば、今の(つまず)きから解消されるかも知れませんね」

「……」

「直ぐには無理かと思います。10年もずっと残っている(しこ)りが簡単に消える事はなかなかあることではありませんから。それでも、少しずつ過去と向き合う事を始めても良いかもしれませんね」

「……考えて、みます」

 10年前に抱えたとある傷はまだ百目鬼の中に(くすぶ)っていた。

「それでは、どうしましょうか。他にも具体的に何が分からないとかありますか?」

「それが、分からないが、分からない。です」

「若い時期には良くある事です。修行は変に気負いせず、今まで通りにやっていれば大丈夫ですよ。それか、いっそ修行から離れてみるのも良いかもしれませんね。一週間くらい道場をお休みしてもいいんですよ?」

「え……」

 百目鬼はこの家に来てから10年弱、毎日道場に通い、自主トレと(けい)()を積んできた。今更道場に来ない選択など、取れないほどに。

「……考えて、みます。ありがとう、ございます」

「いえいえ。また悩んだらいつでも来て下さい。百目鬼君は今じゃ私の次に長い門下生ですからね。あなたの唯一の兄弟子として、ここで待ってますよ」

 凄くホッとする言葉だと思った。どうなるのかは分からないけれど、一度藤村に言われた通りにしてみようと道場を後にする。

「でも。どうし、ようか」

 家に帰ってから、仕事まで、いつもは道場で暇を潰してきたから、何をしていいか分からない。

「取り敢えず、着替えるか」

 修行着から私服のTシャツとパンツに着替える。少しダボッとしたオーバーサイズのTシャツが鍛えた肉体を上手く隠してくれる。

 そして、一眼レフカメラを手に取ると、当てもなく街に繰り出した。

「何か、風景でも、撮ろう」

 このカメラは、智鶴と同じく中学一年から仕事を始めて、そして貯めたお金で買ったものだった。休日はこれを持って出かけるのが、彼が持つ唯一の趣味である。

 門をくぐると、目の前には辺り一面の田んぼ。まだまだ成長途中の稲が、青々と並び、風に合わせて右へ左へと揺れている。そこで一枚パチリ。満足そうに笑うと、(はな)ヶ(が)(たけ)の方へと歩いて行った。

 鼻ヶ岳の参道を登り切ると、(はな)()(じん)(じゃ)に出る。

「前は、通り抜けた、から、今日は、手でも、合わせようか」

 百目鬼は(はい)殿(でん)へ向かうと、何となく財布から100円を出して賽銭箱へ放った。

 二礼二拍手一礼。

 これからもみんな健康で、死なずに仕事を続けられる様に。そんな事を願った。

 知ってる神様に願うのは、いつもどこか不思議な気持ちになる。

 そして帰ろうと振り返ると、百目鬼の目には(せん)()(ちょう)(ほとん)どが飛び込んできた。術を使ったかと勘違いするほどに、様々なモノが見えた。千羽町は所謂田舎町と呼ばれる場所であり、背の高い建物など、3階建ての家が珍しい位で、あとはだいたい2階建てだった。ビルもショッピングモールも無い。だからこそ、とても遠くまで見晴らせた。

 気がつくとパチリ。カメラを構えていた。

「そう言えば、独りで、来るの、初めて、かも」

 遠くの遠くまで眺めて、ふと呟いた。ここへ来る時、いつもなら隣に智鶴がいるから、こんな顔を上げて遠くを見ることは無い。だから気がつかなかった。

「良いな。知らなかった」

 百目鬼はまた満足な顔をすると、参道を降りていった。

 町を行く中で、手を繋ぎ歩く親子とすれ違った。その2人をつい目で追ってしまう。

「俺も、昔、あんな、時代、あった、かな」

 小さく呟くも、その声は風に負けて、彼の内にのみ響く。

 そろそろ、向き合わ、なくては、いけない、か……。

 そんな思いはずっと抱えている。それでも、不安と恐怖に怯えて、足が踏み出せないでいた。親子を眺める。百目鬼の中に反響する想いと過去の記憶。それは親子が曲がり角に消えるまで続いた。

 少しの間そうしていたが、踵を返すと、歩き出した。

 その後も百目鬼は(ふもと)の林や、その中にある()(がくれ)(じん)(じゃ)、中学校、図書館やお寺などを巡った。

 巡りながらも、今までのことを思い出したりしてみる。中学の時、友達連中が肝試しをすると言い出し、心配で着いて来たお寺、なんとなく智鶴と距離を置いて受験勉強をした図書館。

 さっき帰ったばかりなのに、また高校の前を通り過ぎてみた。まだ部活動の時間という事もあり、校門の前を声を揃えて上げて走り抜けていく集団や、グラウンドの方からは先生の怒号が聞こえてくる。

「放課後の部活、見るの、始めて、かも」

 いつもこの時間は既に帰宅し、道場で過ごしていることもあり、午後の部活がこんなにも皆真面目に、活気を持って行っていることなど知りもしなかった。

 そんな風景を横目に通り過ぎ、その先の沼に着くと、手頃な岩に腰を下ろす。

 カラカラと音を立てながら、カメラを操作し、撮った写真を見る。ピントがぼけていたり、気に入らないモノを見つけては消したりしていくが、概ねどれもそれなりによく撮れていた。

 小さな画面から顔を上げ、沼を一望する。

「懐かしいな。智鶴が、ここに、来てくれた」

 遠い昔の様だが、言ってしまえば10年くらいしか経っていない過去の事。千羽家から逃げ出した百目鬼は、この沼のほとりで泣いて居た。

「あの時、俺の、声を、聞きつけて、くれた。嬉しかった、よな」

 ここまで散策をしたのは久しぶりだった。どこへ行っても、智鶴との記憶が思い起こされる。それでも、今はそこに(りょう)()の姿も出てきて。

「竜子が、来てくれて、何か、始まった、気がする」

 彼女の登場は間違い無く、智鶴に良い影響を与えていた。百目鬼が付いていようと、日向が一緒だろうと、智鶴はどこか独りで抱え込んで、孤独だった。それが今ではどうだろう。あんなに忌避していた、百目鬼が誘っても来なかった道場にやってきた。(なり)()りかまわず強くなろうとし始めた。

 木々が稲よりも豪快に風と戯れている。

 百目鬼も真似して、風と戯れていた。

 右へ左へまた右へ。揺れて靡いて、音を聞く。

 さわさわ聞こえるのは、風の音か葉の音か。

 夜とは比べられない平和が流れていた。


 そんな百目鬼の上空約500メートル。

 そこでもまた、強くなりたいと思う少女が嘆いていた。

「この前、鬼熊と戦って思ったの。隼人君も智鶴ちゃんも、確実に強くなっていっている。私は、私はどうなんだろう」

 顔に向かう光を遮る様に、掌を太陽に向けてみる。

「お母さんは、どうやって、戦っていたんだっけ」

 思い出そうにも、記憶の中で母は従者と笑っているだけだった。

 そう言えば、お母さんが妖と戦っている所を見たことが無い。あったかも知れないけれど、思い出せない。

 セーラー服のどこがどんなにはだけようとも、誰も見ている訳がなく。そんなことは気にしないまま、()()()の飛ぶがままに任せて、空に浮かぶ。

 夏の太陽だろうが、冬の太陽だろうが近づいてしまえば、余り変わらない。

「どうしたら、良いんだろう……」

 竜子だって、毎日こうしてただ美夏萠の背で寝転がっている訳では無い。家で精神統一や色々な基礎トレーニングはこなしているし、ランニングや筋トレ、柔軟も欠かさず行っている。

「足りないんだよ。圧倒的に、何かかが」

 口に出してみても、何が足りないのかさっぱり分からない。

 智鶴は、百目鬼はどうだろうか。自分と何が違うのか、この分からない「何か」の正体を掴んだのだろうか。自分と2人は何が違うのだろうか、それとも一緒なのだろうか。分からないから何だか怖い、不安だ。聞いてみようか、聞かないでおこうか。もしも、決定的に違う「何か」が見えてしまった時、どうしたら良いのだろうか。

 そんな思考が頭の中を巡って居る。巡れば巡るほどに、気分が悪くなる。

「ねえ、美夏萠。明日、実家に帰ろうか」

 主の突然の提案に、美夏萠は驚いた様子を示した。

「原点に立ち直ってみたいの」

 美夏萠は何とも言えないという顔でスイーと空を滑る。

「……そうと決まれば、先ずは(とも)(よし)(さま)の許可ね、じゃあ、千羽家まで、レッツ、ゴー!」

 蛟は行き先を変えた。

どうも。今週もありがとうございます。

来週もどうぞよろしく。

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