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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ

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3話 そしてこれから

(りょう)()が去った後、彼女と同じように、()(づる)もまたイッチーに抱きついていた。

「イッチー! 聞いてよ! ね! ね! 今日ね、竜子と仲良くおしゃべりしたの。楽しかった~。こんなに楽しい奴だなんて、最初は全く思ってなかったの。でも、ちゃんと向き合って、言葉を交わして、ようやくスタート地点までたどり着けた。うん。イッチーが話を聞いてくれたお陰だよ~。日向とマスターにもお礼を言わなきゃね。それに、またぬいぐるみ……作らな……きゃ……」

 話疲れたのか、智鶴は夢の世界に吸い込まれていった。

 とても幸せそうな寝顔だった。

 竜子の使っていたコップから、水滴が1つ滴った。


 翌日、智鶴はタイミングを見計らい()(なた)に声を掛けていた。

「日向。今日の放課後は部活?」

「それがね~、今日は部室のエアコンに業者が入るからお休みなんだよ。また行く?」

「私もそれを提案しようと思ったの。以心伝心ね」

「ふふふ。お主の心は読めておる~。なんて」

「もう、日向ったら」

 昼休み、(しず)()がお手洗いへ立っている時に、こっそり聞いた。

 別に静佳に聞かれても良いのだが、何となくこの話は日向とだけしたかったのだ。

 

 そして放課後になった。

 昨日の雨が嘘の様に晴れ上がった夕方、智鶴と日向は、喫茶『モクレン』の戸を開けた。

「マスター! 来たよ!」

「いらっしゃい。だから、マスターはやめてくれよ」

 カウンターの奥で新聞を読んでいた(みつ)(はる)が、それを折りながら近寄ってくる。

「チッチッチ。マスターはマスターでも、今日のマスターは(こっ)(とう)(ひん)マスターって事でどう?」

 日向が人差し指を振りながらそう言う。

「どう? って言われても、別にこれは趣味で置いてるだけだし、マスターなんて名乗ったら本業の人に怒られちゃうよ」

「自称は誰にも怒られないと思ったんだけどなぁ」

「駄目です。ささ、席について。智鶴ちゃんも、いらっしゃい」

「ええ。ありがとう」

 2人は席に着くと、いつも通りのものを注文した。

 注文を待つ間も、華の女子高生は会話が止まるところを知らない。女3人寄ればなんとやらと言うが、たった2人でも十分姦(かしま)しい。

「そう言えば、今日の家庭科もちーちゃん無双だったね」

「無双って何よ」

「だって、凄かったもん。皆にペットボトルカバー制作キットが配られて、先生が注意事項とか説明し終わる前に完成してたじゃん。どう言う仕組みなの? ちーちゃんって、実は高性能ミシンなの?」

「何馬鹿なことを言ってるの。そんな訳ないじゃない。ただ、先生の話が終わるのを待っていられなかっただけよ」

「またまた~その前の調理実習だって、先生が「どうしたらこんな美味しくなるのぉ!?」って言ってたじゃん」

 日向は家庭科の先生の声真似をしてそう言った。何となく似ている様な、似ていない様なクオリティに、智鶴は小さく吹いた。

「まあ、唯一の得意科目だから。それくらいしておかないとね」

 丁度そのタイミングで、満晴が飲み物を運んできた。

「ありがとう、マスター。今日も良い香り」

「はは。こちらこそありがとう。ゆっくりしていってね」

 やはりマスター呼びが嫌なのか、若干苦笑いを浮かべつつ、カウンターの奥に消えていった。

 熱い紅茶の湯気をフ~っと吐息で吹くと、ゆっくりと啜る。少し薄めのダージリンがその香ばしさと豊かな香りを全身に充満させてくれる様で、智鶴はホッと一息ついた。

「それでね、今日も話があったの」

「なになに?」

「前に来た時の事覚えてる?」

「あ~。なんか嫌なオンナが(どう)()()君を(さら)っちゃうの。イヤ~ンってやつ?」

「大分違うわ」

「あれ? 可笑しいな」

「可笑しいのは貴方の記憶よ」

「そんな悲しい事言わないで。私、ちーちゃんとの事は(ちく)(いち)覚えてるよ。幼稚園のお泊まり保育で――」

「あ~あ~。もう良いわ。分かった。話が逸れちゃう」

 智鶴の(めい)()の為にも特記はしないが、そのお泊まり保育にはトラウマがある様だった。彼女はそれを思い出す日向を必死に止めると、話を続ける。

「話って言うのは、そのオンナの件なのよ。日向とマスターに言われた通り、知ろうと努力したの。最初は(すご)く、凄く嫌だったのよ? でも、沢山の知らない顔を知っていく内に、だんだんと認められる様になって、ついこの間、とうとう部屋に呼んじゃったわ」

「ぢーぢゃん……。成長したねぇ……。日向さんは、もう、嬉しくて涙が、ズズ。グスン」

 その話を聞いて、日向は号泣していた。

「何で泣いてるのよ」

「昔っから強がりで、意地っ張りのちーちゃんが、ちーちゃんが、歩み寄ったからだよぉ……」

 その台詞を聞いて、智鶴はニコッと口元を笑わせると、ティッシュを差し出した。

 しばらくそんなやりとりをしていると、満晴がお盆を手に近づいてきた。

「智鶴ちゃん、頑張ったんだね。あ、毎度のことだけど、聞き耳立ててた訳じゃないんだよ。ただ聞こえてきちゃって。これ、僕からの(ねぎら)いね」

 そう言うと、彼は新作のレアチーズタルトケーキを2つ置いた。

「よく頑張ったね」

「これで、愚痴も言い放題よ」

「それ、冗談だったんだけどな」

 満晴はばつが悪いといった表情で、苦笑いを浮かべていた。

「私も冗談よ。満晴さん。どうもありがとう。アドバイス、効いたわ」

「本当かい? それは良かった」

 そんな2人とチーズケーキを見て、日向はニッコリと笑い泣き止んだ。

「マスター、私も良いの?」

「2人で食べた方が美味しいと思ってね」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 そして、満晴が(ちゅう)(ぼう)へ戻ると、智鶴がチーズケーキを突きながら、話を続けた。

「だからね。本当に今回の件に関しては、感謝しているのよ。ありがとうね。日向」

「いいって事だよ。親友の危機とあらば、川越え山越え、槍が降ろうが何だろうが~ってやつよ」

 そう言って、手に持ったフォークをくるくると回す。

「ちょっと適当すぎない?」

「これくらいが丁度いいんだよ」

「そう言うもんかしらね」

「そう言うもん、そう言うもん」

 日向が照れ隠しに茶化したことには気がついて居たが、そんな風に茶化す彼女の言い回しが智鶴のお気に入りだった。このくらい軽く接してくれるのは本当にホッとする。

 そして暫く2人は他愛もない話に花を咲かせたのだった。


 智鶴は家に帰ると、直ぐにジャージ……ではなく、修行着の和服に着替えた。スカートは適当に椅子へ引っかけ、合い服は洗濯機に放り込んで、そして、自室の戸を開けて正面の廊下を真っ直ぐに進むと、道場の重い(てっ)()を開く。

 入り口で一礼をすると、中へと入っていく。

 普段何があっても大抵のことなら動じずに修練を積んでいる門下生も、智鶴の登場にぎょっとしてみな動きを止めた。

 そう、智鶴はこの道場で修行したことが無かった。それに、中に入るのすらも初めてだった。

 スタスタと歩いて行くと、一番古株であり師範代を務める、スキンヘッドがトレードマークの男、(ふじ)(むら)の前で止まり、頭を下げた。

「私に稽古を付けてください」

 藤村は究極に困った顔をした。

 

 智鶴がこの行動に出るまでの経緯があった。

 それは数日前の放課後に遡る。

 智鶴はいつも通りの修行をするべく、鼻ヶ岳に入っていた。その日は(はっ)(かく)(さい)と稽古をする日であったから、いつもよりも気合いが入っていた。

「よろしくお願いするわ」

「今日も厳しく行くからな」

「それは嫌よ。優しくして」

 智鶴はからかう様に、(つや)っぽくそう言った。

「ちょ、変な声を出すな。誰かに聞かれたらどうする」

「その時は滅するしか無いわね」

「お前が言うと冗談に聞こえん」

「冗談に決まっているわ」

「なら良いが……。じゃあ、早速始めていくぞ」

「ええ」

 そして、組み手を始めた。

 数十分後、八角齋が一旦止めると、腕を組んだ。

「大分筋は良くなってきたが……。何だろうか、今ひとつ伸びてないな……」

「そう……。近接はまだまだね」

「お前、前に一応道場は使えるって言ってただろ。前は聞きそびれたが、何で行かないんだ?」

「……」

 智鶴は話そうかどうしようか(しゅん)(じゅん)したが、直ぐに向き直ると、重い口を開いた。

「私、昔は(じゅ)(じゅつ)を学ぶ事すら禁じられてて、それでも頑張った結果、3年前に仕事の解禁と同時に、道場の使用も許されたのだけど、意地張っちゃって、一向に足が向かないのよ」

 早口で、一息でそう言い切る。まるで何か後ろめたいかのように。

「……そうだったのか。と言う事は、ワシとしか組み手をしていないわけだな?」

 八角齋は苦笑いを浮かべて問うた。

「そ、そんな訳ないじゃない。ちゃんとしてるわよ。……………………そこの木と」

「はぁ……。そんなことじゃないかと思っとったわ。良いか? こういう訓練は、勿論イメージトレーニングの一環として木や虚空に向かって行うとうのも、悪くは無い。だけどな。それだけじゃ、やっぱり伸びないな。相手の動きを素早く予測して、次の一手を出す瞬発力。それが圧倒的に足りていない」

 智鶴はふてくされた様に、足下の小石を蹴る。

「でも、道場は汗臭いし、それに私が行くとみんなが気まずいんじゃないかしら。それに今更……」

「強くなりたいんだろ? 誰に気まずく思われようと、何だろうと、出来る事は全てやるべきだとワシはおもうけどな。それに、ワシだけじゃ無く、色んな人に師事することは、可能性の引き出しも増える。ワシはワシの主観でしか教えられないしな」

「そうね……」

 智鶴は自分が道場の扉を開ける事を想像した。何だかそれだけで緊張してきた。皆の目に、どう写るのか。15年も本家の者として生きてきて、許しを得ても尚、一度も道場へ顔を出さない私を、どう見るのか。それに、指導者としてでなく、同じく修練者として、本家の者が道場に来て、どう思うのか。

「……やっぱり不安よ」

「大丈夫だ。胸を張りな。堂々として、謙虚にしていれば、他の者も直ぐに慣れるさ」


 その言葉に励まされ、タンスの奥から久しぶりに修行着を取り出したのが三日前。三日間どうしようか迷った挙げ句、日向と満晴に礼を言い、竜子との事が完全に片付いた今、心機一転頑張ろうと彼女は道場に向かったのだ。

 きっと少し前の彼女なら、また修行着を仕舞いなおすのがオチだった筈だ。だが、自ら行動し、竜子という苦手を克服した智鶴だからこそ、新たな一歩を踏み出す勇気を出せたのである。

「ち、智鶴様?」

「何よ」

 藤村は困り顔のまま話を続ける。

「一体どうされたのですか? ここへ来るなんて」

「単純に修行したかったのよ。その為に家の道場へ来てはマズかったかしら」

 堂々とそう言う彼女を見て、周りの者がヒソヒソと声を出していた。強がってはいるものの、本当は心臓と胃が口から飛び出そうだった。

「いえ、良いのですが……。ここにはあなた様に()(けん)する者はおりませんよ」

「そんな事は無いわ。ウチの道場の門下生でしょ? みんな強いに決まっているわ。それに、そもそも私は紙操術の稽古よりも、いままで蔑ろにしてきた基礎を修行したいのよ。(れい)(りょく)(じゅん)(かん)(じゅ)(りょく)(じゅん)(かん)、体術、とかね」

「そうですか……そうおっしゃるなら、非力ながら私藤村がお相手致します」

「本当!? ありがとう」

「それと、智鶴様さえ良ければ、最近門下となった(なか)()(じょう)()()()もご一緒させて頂いて宜しいですか?」

「ええ。構わないわ」

「中之条さん、こちらへ」

 他の女性と立っていた結華梨がガキガキに緊張して右手と右足を同時に前に振りだしながら、やってきた。

「ななな、中之条、ゆ、結華梨です。大変、恐れ多くもッ。ご一緒させて頂きます」

 結華梨は大学生くらいの年に見えた。背の丈は智鶴と竜子の間くらい、ボブよりも少し短い髪の先を可愛らしく巻いているのが特徴の、とても可愛らしい女性だった。

 智鶴は彼女の緊張を解こうと向き合う様に座り直した。

「そんなに緊張しなくて良いわ。私だって、こうして人に習うのは(ほとん)ど初めてだもの」

「え!? そうなんですか!?」

「ええ。ずっと意地を張って、独学でやってきたからね。流石に同じスタートラインとは言えないかも知れないけど、似たようなものよ。よろしく」

「あ、はい。よろしく……です」

「ところで、あなたはどんな術を使うの?」

「あ、はい。(ふう)(てん)(じゅつ)という、風を纏い、操る術です」

「へえ。初めて聞くわ。ちょっとやって見せなさいよ」

「はい! で、では、簡単なところを……」

 結華梨は目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。すると彼女を取り巻く様に風がゆくりと流れ、その風に巻き上げられるようにして、ふわりと空中に浮かんだ。

「こういった感じです。私はまだまだですが、極めるとつむじ風を飛ばしたりなんか出来ます」

「凄いじゃない。その身一つで空を飛べるなんて、格好いいわ」

「あ、ありがとうございます」

 そうして場が少し和んだところで、藤村が一つ咳払いをした。

「では、始めて行きましょう」

 藤村は初日だからと、先ずは全ての基礎、精神統一と霊力循環をやると言った。

 教えられている2人は言われるがまま座禅を組むと、半目になり、呼吸を落ち着かせていく。自身に流れる霊力の流れを意識する。そして、全身くまなく、過不足無く、霊力が流れる様調整していく。

「はい、そこまで」

 10分くらいそうしていただろうか。完全に目を開いた2人の霊力はとても落ち着いて居ながらも、全身に(たぎ)っていた。

「それを常にキープするのが、この道場でのルールです。智鶴様は勿論日々こうして居られると思いますから、釈迦に説法かも知れませんが、中之条さんはまだまだですね。さっそく揺らぎが目立ってきています。そうして過不足が生まれると、次に行う霊力移動の際にスピードが落ちてしまいますから、気をつけてください」

「はい……」

 そう言われ、少し悄げる結華梨の隣で、智鶴は表情を崩さない様に努めながら、必死に霊力循環を保っていた。

「では、次です。今から私が言う体の部位に霊力を集中させてください。良いですか? 霊力ですよ? 呪力ではありませんからね」

 霊力を変換し、練ることで呪力となる訳だが、この修練では霊力を練るのでは無く、その流れをより意識する事が目標となる。やたらめったら呪力に練りあげるタイプの智鶴には案外苦手な種目であった。

「はい、いきますよ。先ず右手、はい、左手、はい、左のつま先、はい、頭頂部、はい、右肩……」

 藤村は3秒間隔ほどで、「はい」と言いながら手を叩き、部位を指定していく。

「そこまで。智鶴様、言いにくいのですが、大分もたついております。それに、霊力循環の方も、概ね出来ておりますが、霊力移動と同時となるとムラが生じています」

「か、紙があれば、もっと出来る……わよ」

 集中していた為か、息が切れている。

「それは呪力循環です。今は霊力循環。似ていて異なるものです」

「……精進します」

 藤村に指摘されたのは、独学の(へい)(がい)であり、自分ではなかなか気がつけないものだった。ずっと自分だけを信じてやってきた智鶴は、何とも悔しい気持ちが湧き出てきた。

 心の中には幾らも言い訳が浮かんでくるが、言葉にしたら負けてしまう気がして、それら全てを飲み込んだ。

「それでは今日はここまで。あとは自主練を行ってください。それと、お二人には先ず一週間この呪具を付けて過ごして貰います」

 そう言うと、藤村は鎖で出来た腕輪を見せた。2人は特に疑問にも思わず、手首を差しだすと、それを取り付けて貰う。

「この呪具は、霊力循環の乱れに反応するか、一週間が経つと外れます。もし、外れてしまったら、私の所に来て下さい。この呪具は私の呪力で無いと取り付けられない仕組みになっていますから」

「へえ。ウチも小粋なモノを使っているのね」

「因みに、外れてしまった場合、キチンと罰を用意しておりますので、ご安心を。黙っているのがバレた時は更にキツい罰がありますので、お気を付け下さい」

 そう言われて何かを思いだした結華梨が、顔を引きつらせたのを見て智鶴は怯えた。

 稽古の時間が終わると、智鶴はそそくさと道場を後にしたが、そこから出る時、ランニング帰りの百目鬼にばったり会った。

 道場から修行着を着て出てきた智鶴を見て、百目鬼は驚きの余り、全身の眼を見開き硬直した。

今週もありがとう御座いました。

最近沢山読んで頂けている実感あがり、大変に嬉しいです。

暴走紅茶は感想やレビューもお待ちしておりますので、

ドシドシ書いてやって下さい。

それではまた来週。

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