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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ
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2話 秘密の花園

あいにくの雨天に、クラスの中には心が何となく晴れない人が居る中、()(づる)は機嫌が良かった。というよりもどこかソワソワしていた。放課後、()(なた)(しず)()への挨拶もままならないままに教室を飛び出し、昇降口で靴をひったくると、(きびす)を返し、階段を駆け上がる。

 屋上に着いても、そこには誰も居なかった。

「早く着きすぎたかしら」

 数分して、待ち人がコバルトブルーの傘を差して現れた。

「お待たせ」

「今来た所よ。じゃあ、早速行きましょう」

 待ち人は(りょう)()だった。智鶴は昨日提案した通り、竜子を伴い家に帰る予定だったが、折角なので、()()()に乗せて貰う事にしていたのだ。

「うん。あ、そうだ。智鶴ちゃん、(おん)(ぎょう)は出来る? 万が一に備えて、出来れば隠れて行きたいんだけど」

 もし、(れい)(かん)のアンテナがそこそこ強い人が居たならば、美夏萠とそれに乗る彼女たちが見えてしまう。そうなれば、多少面倒な事になるのだ。

「あ~。まあ? こんな感じなら」

 スーッと智鶴の気配が薄くなる。霊力の放出を意図的に減らしたのだ。

「まあ、これならよっぽど気が付かれないかな。じゃあ、乗って!」

「ええ」

 竜子は完璧な隠形を披露し、美夏萠へと乗る。それに続いて、智鶴も(みずち)へ跨がった。

「じゃあ、美夏萠。千羽家までよろしく」

 そう言われると、美夏萠はサービス精神を最大限に発揮し、地面に対して垂直に空へ飛んだ。智鶴の悲鳴が微かに響く。そして、雲を突き抜けると、その悲鳴は(かん)(たん)の声に変わった。

「すごい! 雲の上なんて初めてよ。私、飛行機にも乗ったことないの」

 そんな智鶴を見て、竜子が得意げに笑ったのも束の間、美夏萠は鋭角に体を折ると、急降下を始めた。

「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 智鶴の悲鳴は降下時の方が大きかった。

 そして、ぶわぁんと砂埃を上げると、(せん)()()本家玄関前に降り立った。丁度家に入ろうとしていた(どう)()()が驚き、尻餅をついた。その拍子にはらりと腕の包帯が解ける。

「ひ、ひえぇぇ。あ、脚が震えてるわ……」

「軟弱ね。私はいつものことだし? 慣れてるんだ」

 そういう竜子も膝が笑っていた。

「ふ、2人とも、どうしたの」

「今から私の部屋であ~んなことやこ~んなことをするのよ」

「え、ええ……」

「百目鬼は絶対に覗いちゃ駄目よ」

 地べたに座る百目鬼を余所に、智鶴は客人の背を押し、自室へと向かっていった。

「ほ、本当に、来た……」

「勿論、気配も読んじゃ駄目よ!」

 百目鬼は高速で首肯しつつも、またもや全身の眼を見開いていた。


 かつて智鶴の部屋に入った事があるのは、日向と母・()()()、門下の女性のみである。それに長居を許すのは前者2人のみで、百目鬼も入ったことのない秘境(アガルタ)である。例えばクラスメイトが突然遊びに来たり、学校を休んだ日にプリント何かを届けてくれたりしたとしても、必ず客間に通し、絶対に部屋の敷居は(また)がせないのだった。

 しかし、どんな風の吹き回しか、そこに竜子を招き入れたのである。

 竜子は最初こそ嬉しさに心を支配され、ウキウキとした気分だったが、家に上がり、廊下を進むにつれ、何故呼ばれたのか分からないという不安感が襲ってきていた。

 そ、そう言えば、私、何されるんだろう……。術の人体実験とかじゃないよね……。そんな考えも、部屋の敷居を跨いだ瞬間に消し飛んだ。

「これは……凄いね……」

 入室一番、目に飛び込んできたのはぬいぐるみだった。そして次にぬいぐるみ、左を向けども、右を向けども、ぬいぐるみ。

 本棚だと思った棚も、ささやかながら教科書が押し込まれているだけで、あとはぬいぐるみが飾られていた。座るよう勧められた丸テーブルの傍に置いてあったのも、クッションでなく、ぬいぐるみだった。

 壁も床も天井までも、そこかしこに多種多様な造形が施されたぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみの山だった。

「これが私の部屋よ」

「いやあ。凄い。恐れ入った」

「まあ、アンタの部屋には負けるけどね。私は気に入って居るのよ」

 この部屋と比べられても勝つ気がしない竜子は、すかさず否定に入る。

「いやいやいや。この部屋に比べたら私の部屋なんて……」

「そんな事ないわ。アンタの部屋は、CD以外にもギターとか楽譜とか置いてあったじゃない。ここなんて、ぬいぐるみしかないんだから」

「それにしても、ここの方が凄いよ!」

「そんなに褒めても何も出ないわよ」

「それにしても、よくこんなに買ったね」

 改めて部屋を見回した。そしてちゃっかり一匹、足下に居たクマのぬいぐるみを膝に抱える。

「まあ、確かに、そっちの棚に入っているのは買った子だけど、あとは自作よ」

「じ、自作って事は作ったの?」

「ええ。そう言ってるじゃないの」

 そう言って、智鶴が押し入れを開け放つと、そこには布団などなく、下の段は棚が置かれ、上の段にはミシンを中心に、布や裁縫道具がきっちりと仕舞われた作業台になって居た。

「あら~」

「一応道具は揃ってるし、何てこと無いわよ」

「いやいやいや。だって、私こんな感じのぬいぐるみ、ヴィレバンで見た気がするんだけど」

 そう言って掲げるクマのぬいぐるみは、縫い目が見えて居らず、手足の先まできっちりと綿が詰められ、目鼻もそこにあるのが当然と言わんばかりに、不自然なくしっかり縫い付けられていた。

「何? 私が嘘をついてるとでも言いたいの!?」

「ち、違うよ。言い方が悪かったかも。売り物レベルで精巧に出来てるねって言いたかったの」

「あら、そう? ありがとう」

 一瞬見せた剣幕も嘘だった様に、智鶴はコロリと笑顔になる。

 そのとき、部屋の襖がノックされた。

「あら、竜子ちゃん、いらっしゃい。意味の分からない部屋で申し訳ないけど、ゆっくりしていってね」

 ()()()が、(けつ)()を身に(まと)った()()にも冷たそうなアイスティと、洋菓子店で買ったであろうサンドイッチタイプのシュークリームをお盆に載せて入ってきた。

「ちょっとお母さん!?」

 智鶴は意味が分からないと言われた意味が分からなかった。

「美代子さん。お邪魔しております。お茶とお菓子ありがとうございます」

「いいのよいいのよ。それよりこの子、竜子ちゃんに迷惑掛けてない? 大丈夫?」

「はい。仲良くさせて貰ってます」

「もう、お母さん、いいから、出てって」

 智鶴が美代子を押しやり、部屋から強制退場させた。

「良いお母さんだね」

「うるさいだけよ」

「でも、(のろ)いも上手だよね」

「それはそう。私はあんまり知らないんだけど、実家が名門らしいのよ」

「らしいって、お爺ちゃんお婆ちゃんは?」

「私が産まれる前に他界しているから会ったことないし、里帰りしない人だから、一度もお母さんの実家には行ったことないわ」

 そういう智鶴は少し寂しそうで、傍にあった部屋の中でも一番大きなテディベアにそっと腕を回した。

「そのテディベアだけ、年季が入ってるね」

「これが最初の子なの。お父さんがね、最初で最後に買ってくれたぬいぐるみなの」

 智鶴は優しく、優しくテディベアを撫でた。

「そっか……。いやあ、それにしても……そろそろ部屋から溢れ出そうだね」

 竜子は少し湿っぽくなった空気を変えようと、シュークリームを(くわ)えたまま、部屋を三度見回した。何度見ても見飽きない部屋である。

「え? 溢れてるわよ」

「溢れてるの!?」

「ええ。流石にこれだけじゃないわよ」

「いや、十分多いと思うけど」

「そうかしら? この部屋と同じ量のが、倉と倉庫と屋根裏に分散させて隠してあるの」

「倍!?」

「見つかっちゃうと、捨てられるかも知れないでしょ」

「かもじゃないよ。捨てるよ」

「私もね……ここ5年くらい断捨離しようか迷ってるんだけどね」

「人生の3分の1迷ってるの!?」

「どの子も親友だから、捨てられないのよ~」

 智鶴は親馬鹿な母親みたいに、デレッとして、何かを招く様に手を振った。

「ぬい狂いね」

「何か言ったかしら」

「何も言ってないよ」

「そういえば聞いてなかったわね。アンタ気になる子とかいるかしら?」

「恋バナ!? 急だね」

「違うわよ。この子たちの中でよ」

「あ、ああ……。そういうね。智鶴ちゃんが恋バナなんてしないよね」

「何よ。これでも華の女子高生よ」

「智鶴ちゃんの場合、鼻ヶ岳の女子高生だよ」

「それはアンタもそうでしょうが!」

「私の家は離れてるもん」

「まあ、いいわ。それで? どの子がお気に召したの?」

 改めて言われると難しいものである。あっちに転がっているシュモクザメのぬいぐるみも気になるが、ベッドの上に居るチベットスナギツネも気になるし、天井に吊られたオオコウモリのも気になるところだが……。

「やっぱりこの子。継ぎ接ぎみたいな所が可愛い」

 散々迷った挙げ句、ずっと膝に抱えていたクマのぬいぐるみを掲げた。

「あ! 流石、お目が高いわね。それは、鼻出神社のフリーマーケットで買ったハギレから作ったの。懐かしいわ。確か去年の今頃だったかしら。日向と行ったのよね」

 鼻出神社では毎年初夏の時期になると、小規模なフリーマーケットが開催される。主には周辺の商店や街の人がちょこっと余ったモノを売る程度だが、たまに掘り出し物もあり、智鶴にとっては毎年の楽しみなのだ。

「フリーマーケットがあるの!? いいなあ。楽しそう」

「今年は竜子も一緒に来る?」

「迷惑じゃなければ」

「日向は良い子よ。きっと大丈夫だわ。それと……こちらこそ迷惑じゃなければなんだけど」

「何?」

「良かったらその子、貰ってくれないかしら。(しろ)(うと)(さく)だし、作りたてじゃないけど」

「良いの!?」

「勿論よ」

 竜子は礼を言うと、幸せそうにそれをぎゅっと抱きしめた。

「大事にするね」

「きっとよ」

 今日竜子を部屋に呼んだのは、勿論先んじて言った、前に彼女の部屋に入れて貰ったお返しという理由も確かにあったが、本当はこちらが目的だった。

 いままで散々酷いことを言って、中には文字に起こせない事も言って。本当なら智鶴も許しを()わねばならない程だったが、竜子はそんなことを咎める様子もなく、智鶴が仲良くしてくれるだけで嬉しいというスタンスを崩さなかった。その事に智鶴は少なからず引け目を感じていたが、素直にごめんと言えていなかった。これはそんな思いのこもったプレゼントだったのだ。

 竜子が嬉しそうにそれを抱きしめてくれたとき、智鶴は何だか(ゆる)しを得たような気分になり、どこかに支えていたモノが、すっと落ちた。勝手に頬が綻んでいた。


 その頃百目鬼はというと、道場で座禅を組みながら(うな)っていた。

「気配、読んじゃ、駄目、かなぁ。駄目、だよなぁ。でも、気になるなぁ」

 秘密の花園が気になって集中出来ないでいるが、どうしても行動に移せない思春期男子がそこにいた。


 その後も智鶴と竜子は2人で術の話とか、他にも色々取り留めもない事を話した。

 18時頃、竜子が(いとま)を告げるまで、話は尽きなかった。

「じゃあ、また深夜に」

「うん。今日も平和だといいね」

「いいけど、(かせ)ぎが減るわ」

「ははは。そうだね。でも、(ぬえ)みたいなのは暫く勘弁だね」

「言えてるわ」

 外はまだ雨が降っていた。だが、竜子は美夏萠を呼び出すと、傘も差さずに家を出る。

「アンタ、濡れるわよ」

「あれ? 行きに気がつかなかったの?」

「え? 何のこと?」

「じゃあ、見てて。雨が降ってても、大丈夫なんだな。それが」

 言った通り、美夏萠の半径2メートルまでは、雨が降っていなかった。美夏萠が水を操り、雨を避けているのだ。

「そう言えば私、傘も差さずに跨がってたわ。いいなぁ。便利ね」

 行きに乗った時は、美夏萠のサービス精神に振り回される余り、この現象に気がついていなかった。

「便利ってのは失礼かも知れないけど。助かってるよ」

 そう言うと、雨の雫を巻き上げ、彼女は去って行った。

 上空にて、竜子の独りしゃべりが聞こえてくる。

「ねえねえ、美夏萠! 聞いてよ! 今日ね、なんと智鶴ちゃんにプレゼント貰っちゃった!」

 そう言って、彼女は美夏萠の視界にクマのぬいぐるみを入れた。

「良いでしょ~これ、あの子の手作りなんだって! 凄いなぁ。術も上手なのに、こんな特技持ってるとか(ずる)いよね。なんちゃって」

 竜子は一瞬黙るが、また先を続ける。

「私のギターも、いつかちゃんと聞かせられるといいなぁ」

 彼女の声は雨の音と共に、夜の闇に吸い込まれていった。

今週もありがとうございます。

来週もどうぞよろしく。

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