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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第三章 弱いワタシ
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1話 宵闇の提案

 夕暮れが差し込む倉の2階で(ふみ)(づくえ)に向かい、()(づる)が書物を読んでいた。彼女の周りには他にも様々な書物が散らばっている。

 そこには、()()についての伝承が載っている。

「その鬼、額より長き一本角を生やし、長い白髪(はくはつ)と白い目そして無数の紙を従え、人を襲う……か。でも、やっぱりこれにも詳しい事は書かれていないわね」

 紙鬼の特徴を(つづ)った一文を、声に出してみる。

 想像の中では、(きん)(こつ)(りゅう)々(りゅう)の(はく)()が紙操術で人を襲っていた。

「こんな鬼、よくもまあ、初代は倒せたものよね。どんな戦略で、どんな術を使ったのかしら……。どこにも記述がないのが惜しいわ……」

 智鶴は机に肘をつき、そこへ顎を乗せ、正面の窓から外を眺めた。遠い遠い先の方を見ながら、千年以上前の千羽町に思いを馳せる。

 そのまま溶ける様に左腕を枕にして、姿勢を崩す。

 机の上に重ねられた折り紙の山をボーと眺めながら、チョンと突く。するとそれが折り鶴となって羽ばたいた。

頭の中ではここ最近の不甲斐ない戦いぶりが鮮明に再生されていた。何とか勝ち星を挙げているものの、それは結果に過ぎない。(りょう)()と戦った時も、鵺と戦った時も、自分が何とも無力で、どうしようもなくて、周りの人に心配を掛けていたか。考えただけでも心が塞い(ふさ)でしまう。

 智鶴はまた折り紙を突いた。

 強くなりたい。強くなりたい。と思うも、修行に手応えを感じられない。何か根本的に見直さなくてはならない気がするが、その根本が見えてこない。

 考えながら、折り紙を次々に鶴の形へと変えていく。

 そして、21枚目にさしかかったとき、ふと手を止めた。

 その時、智鶴の中にはまるで天使と悪魔がせめぎ合うが如く、2人の吐いた2つの言葉が響いた。

――良いか、智鶴よ。今後一度に浮かせて良いのは、20枚までとする。それ以上は霊力の消耗が激しいから駄目じゃ――

 これは、智喜との約束。これを守っているから、今智鶴は呪術を学び、仕事をさせてもらえている。だけれども、それはもう10年も前の話だった。

――試しに限界までやってみたら?――

 対してこちらは、竜子の提案だった。確かに私は自分の限界を知らない。知ることを禁じられて居るかの様に。

 トクトクと心臓が鳴る。ゆっくりと指を下ろしてみる。

 駄目だ駄目だと自制心は働くも、好奇心が体を突き動かしそうになる。

 そして心臓がドクンと大きく鳴った。それと同時に、「そうだ、やってみろ……」ふとどこからか、声がした。

 その声に驚き、我に返る。辺りを見回してみるが、誰も居ない。それに聞き馴染みのない声だった。彼女はなんだか怖くなってきた。

「誰だったの……」

 呟く様に問いかけるが、返事はない。

 一度深呼吸をしてみる。嗅ぎ慣れた、埃と砂の混じり合った倉の香りが鼻孔を突き、少し心が落ち着く。そうして辺りを見ると、すっかり暗くなっていた。窓の外には綺麗な三日月が輝いている。

 一体どれくらいの時間こうしていたのだろう。屋敷の方からは夕飯の良い匂いがしてくる。智鶴は折り紙の束を文机の引き出しに仕舞い、書物も本棚に戻すと、真っ暗な倉から光り(あふ)れる屋敷へと戻っていった。


 深い夜が訪れる。

 鼻ヶ岳の裾に広がる林には、その真ん中にぽっかりと開いた、木々の生えていない草原がある。そこで智鶴たち3人は(おに)(ぐま)と呼ばれる妖と戦っていた。

 鬼熊はその名の通り熊の妖である。位は準上級。ぱっと見は普通の熊と大差ないが、それとは違い、(きょう)(じん)()()と、鋭く伸びた爪を(たずさ)える。その攻撃威力自体は上級妖と肩を並べる程であるが、言葉を介さない事と妖術を使う個体が観測されていない為にこの位に定められている。

「竜子! そっちに行ったわ!」

「了解!」

 竜子はくさりん――鎖鎌の付喪神――を片手に、美夏萠へ跨がり、空から鬼熊へ奇襲を掛ける。これは上手くヒットした。肩口から胸の辺りまでを切り裂かれ、妖は悲鳴とも取れる咆哮を放つ。

 だが、鬼熊もやられっぱなしではない。大きく跳躍すると、彼女へと迫った。だが、それは美夏萠が許さず、伸び上がる様に迫る所を、尻尾ではたき落とした。

「紙吹雪! 巨人の(けん)()!」

 落ちてくる所を、紙吹雪の拳がクリーンヒット。妖は杉の木に叩き付けられる。ズリッと地面に落ち、動きを止めた。

「まだ、息、ある!」

 百目鬼が叫ぶと、智鶴が追撃を仕掛けんと地面を蹴るが、鬼熊が息を吹き返し、四つん這いで唸るものだから、出鼻をくじかれ、急ブレーキを掛けざるを得ない。

「隼人君! まだなの!?」

「もう少し……見えた! 鳩尾!」

「まかせなさい!」

 弱点をサーチした百目鬼が叫び、智鶴が咄嗟に判断すると、術の予備動作に入る。

 妖というのは、人と違い心臓の様な身体的弱所がない。あったとしても、それは飾り程度のもので、潰されようが、引き抜かれようが、妖力さえ残っていれば再生してしまう。

 だがある一点、妖力の集中点という霊的弱所は備えている。そこは全身に妖力を送る要のような部分であり、突かれると抑えることも出来ずに妖力が溢れ出してしまう。

 そして、百目鬼は術によって眼を凝らすことで、そんな集中点を見つけ出す事が出来るのだ。

 しかし見つけ出したはいいものの、敵は現在四つん這い。先ずは立ちあがらせなくてはならない。

「竜子!」

 ロール紙で一本の(やり)を作った智鶴は、空を見上げずに、仲間の名を呼んだ。

 呼ばれた竜子は、その意味を理解し、美夏萠へ一言。

「水弾!」

 その指示を聞き、美夏萠は口から水の玉を1つ飛ばすと、鬼熊の背にヒットさせた。

 今まさに走り出そうとした所で、背中への攻撃。脚がもつれ、腹ばいに転んだ。

「ぐおおおおおおおおお」

 怒りを顕わにし、素早く後ろ脚で立ち上がった。その瞬間。

「捉えた」

 智鶴がその隙を見逃すはずがなかった。

「折紙! 風切の槍!」

 そう叫びながら、敵の鳩尾目がけて、羽根飾りの付いた槍を(とう)(てき)した。

 智鶴の手から離れると、それは翼を広げ、一直線に飛ぶ。羽は飾りではなかったのだ。

 鬼熊はそれを受け止めようと構えるが、時既に遅し。鳩尾を突かれると、今までの傷とは比べものにならないほどの妖気を噴出させ、塵になった。

 智鶴は手をパンパンと払い、1つ伸びをした。

「お疲れ様」

「おつかれ」

 美夏萠から降りた竜子と、離れたところで後方支援をしていた百目鬼が近寄りながらそう声を掛けてくる。

「ええ。2人もお疲れ様ね」

 のっぺらぼうの一件以来、竜子と智鶴の仲は形勢一変、依然悪態をつくことはあるものの、以前のように全否定をすることはなくなっていた。仕事も3人で行う事に拒否感を顕わにしなくなり、スリーマンセルは良い方向へ向き始めていた。

「いやあ、手応えのないやつだったね」

「うん。でも、鵺レベル、来ても、困る、けど」

「そうね。あんなのがしょっちゅう来ていたら、体が持たないわ」

「確かに」

 竜子がフッと笑った。


 3人揃って、桜並木の辺りまで歩く。

 桜はもうずいぶんと葉を付け、月の光も隠して仕舞うほどだった。

「じゃあ、また明日!」

 竜子がそう言って美夏萠に乗ろうとした時、智鶴が引き留める。

「アンタ、明日私の部屋に来なさいよ。前にアンタの部屋に入れて貰ったお返しよ」

 空気が固まった。

 あの、智鶴が、他人、部屋に、招く? 日向か、美代子さん、しか、入れないのに?

 え? 智鶴ちゃん今なんて言った? 聞き違いかな……。

 百目鬼も竜子も頭の中でそんなことを考え、彼女が何を言ったのか直ぐに理解が出来なかった。

「……」

「来てくれないの?」

「あ、いや、行きたい! 行くよ!」

 智鶴の追撃でようやく思考が追いつき、竜子は嬉しそうに肯定を示した。

 百目鬼は驚きの余り、全ての目という眼を見開いて固まったままだった。

 智鶴は満足そうに微笑んだ。

読者様各位


いつもお世話になっております。


暴走紅茶です。

今週もお読み頂き、誠にありがとうございます。

来週も何卒よろしくお願い致します。

では。

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