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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第二章 ムカつくアイツ
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17話 唯雄の決意

 ――短い睡眠だった。()(づる)が目を覚ますと、隣には先に目を覚ました(りょう)()が片膝を抱えて座っていた

「お疲れ様」

 目覚めた智鶴に短く声を掛けた。そんな彼女の顔をじっと見たかと思うと、ふいっと顔を背け、ぼそりと呟いた。

「……悪かったわね」

「何が?」

 突然智鶴が柄にもなく謝ったので、竜子の頭の中には疑問符が溢れた。

「私が変な意地張ってないで、ちゃんと警戒していれば、アンタが不意打ちを食らわなくて済んだのに」

「なんだ。そんなことか。いいよ。気にしてないよ。妖が嫌いなのに、私の()(まま)に付き合って、仕事外の家族捜しまでやってくれたんだもん。感謝こそすれ、怒るなんて事ないよ」

「あと……。これ、使いなさい。()(たん)(ざか)の傷薬。よく効くから」

 智鶴はそっぽを向いたまま渡す。

「ありがとう! え? 本当にいいの?」

「いらないなら仕舞うわよ」

「貰う貰う!」

 竜子は薬壺を、まるで宝物であるかの様に、月光に照らした。

「そう言えばね、私、(はや)()君に聞いちゃったんだけど、智鶴ちゃんって、術、独りで覚えたんだってね」

「……あのおしゃべりが」

「私もなんだ」

「え?」

 一瞬百(どう)()()への怒りを顕わにした智鶴だったが、竜子の告白に感情の行き場を失う。

「前にも話したけど、私、お母さんが10年前に居なくなっちゃってて。お父さんは術者じゃないし、門下の人たちもお母さんが居なくなって、みんな道場を後にしちゃったからさ、私に呪術の事を教えてくれる人なんて居なかったんだ」

「そう」

 智鶴の心が、ザワッとした。それは微風が草を撫でる様な、(かす)かで優しい感覚だった。

「だからね、私も智鶴ちゃんと同じなの。同じなのに、智鶴ちゃんは大家のお嬢様で、将来を有望視されてて、そういう所に嫉妬してたのは事実。そんな思いを抱えてるから、上手く出来なかったんだ。きっと仲良く出来る方法はあったのに。きっともっと違う出会い方があったハズなのに。あんな出会い方になっちゃった。本当にごめんなさい。って言っても駄目だよね。私、ちゃんと分かってるから。もう無理になんて言わないよ。嫌ってくれて良い。でも、今私は千羽の地で生きていくしかないから、あの場所で仕事をすることだけは許して欲しいな。……って、あ~ゴメンね。独り語りしちゃって。聞きたくも無かったよね」

「いや、いいのよ……」

 智鶴に彼女の(どく)(はく)が染み渡る。知らなかったことを知った。大嫌いなハズなのに、絶対に許せないって思っていたのに、何故か鼻の奥がツンとする。

「いいの。いいのよ。『仕事』だから。そう、『仕事』なのよ。『仕事』だからしょうがないわ。しょうがないのよ」

「智鶴ちゃん……」

 泣きそうになったことを悟られまいと、いつもよりも大げさに『仕事』というワードを強調する。それはどこか、自分に言い訳をしている様でもあった。

「あっ、そう言えばのっぺらぼうたちは? 無事?」

 しんみりしてしまった空気を変えようと、智鶴は明るめにそう言った。

「智鶴ちゃんが妖の心配をする時が来るとはね」

「うるさいわよ」

「はは。大丈夫だよ。ほら」

 竜子が上を見上げる。つられて智鶴も上を見ると、堤防の斜面にのっぺらぼうたちは座っていた。智鶴の視線に気がつくと、(ただ)()がテコテコと、足取り悪そうに降りてくる。そして、降りてくるなり、智鶴の前に立ち深く頭を下げた。

「智鶴さん。怖い人だと思って、失礼な事をして、ごめんなさい。今日は助けてくれてありがとう!」

 唯雄の手の甲から、契約紋が消えている事に気がついて居た。もう竜子の従者で無いから、滅する事が出来る事も理解していた。

 でも、智鶴はそうしなかった。初めて妖にお礼を言われた。何だか変な感じがしていた。

 こんな日が来るなんて、考えた事もなかった。

「いいのよ。達者でね。もうはぐれちゃだめよ」

 初めて妖に、そんな優しいことを言った気がした。

「うん!」

「この子、智鶴さんにお礼言うまで帰らないなんて言うものだから、みんなで待ってたのよ。ありがとうね」

 お母さんのっぺらぼうが、智鶴の耳元でそう言った。

 ありがとう……何度言われても不思議な感じしかしない。妖に礼を言われて、それで高揚感を感じている自分がいることに驚いた。妖と関わって、こんな感情を覚えたのは初めてだった。

 きっかけは些細なことだった。それは、マスターと日向にアドバイスを貰ったこと。そして、竜子に寄り添ってみたこと。少し無理をしたら、知らない世界が見えた。

 智鶴は少し照れながら、そんな事を思った。

 

「じゃあ、行くぞ」

 お父さんのっぺらぼうがそう言うが、唯雄は俯いて動かない。何かを言いたそうにもじもじしている。一度くっと何かを(こら)えるようにすると、顔を上げて、はっきりと言った。

「竜子さん。僕、契約を解いて欲しくなかった!」

「え?」「まあ!」竜子とお母さんの声が同時に上がる。

「今日、皆さんが戦っているのを見て、それが格好よくて、でも、僕は何も出来なくて、凄く悔しかった。だから、きっとこれから強くなって竜子さんの力になるから、まだ一緒に居ちゃだめ、ですか? 悔しいままで居たくない」

 その言葉を聞き、竜子は優しく笑みを浮かべた。

「短い間だったのに、強くなったんだね。でも、そのお願いは聞けないかな」

「なんで……」

 唯雄は悔しい気持ちを顕わにし、すがる様に竜子を見上げる。

「私が、きみを守るって言ったの、覚えてる?」

「はい」

「それはね、君を無事に家族へ届けるためなんだ。でも、正式に私の従者になるなら、もう守ってあげられない。私も、私の従者たちも、みんな明日生きているかどうか分からない中で戦っている。明日生きていられる様に、戦っているの。君をそんな危険なところに連れて行けない」

「……でも!」

 竜子は優しく首を振った。

「唯雄君はお母さんのこと好き? お父さんは? 兄弟は?」

「……好き、です」

「じゃあ、尚更連れて行けないな。君が死んでしまったら、ご両親が悲しんじゃう。君は君独りじゃないんだよ。君は死とそして家族を悲しませてしまう結果、それを背負っていけるの?」

「……」

「でもね、強くなりたい気持ちは間違っていない。私に君を否定する気はないの。きっと今日悔しかった気持ちを忘れないで、大切な存在を忘れないで強くなってね。そして家族を守れる、立派な妖になってね」

「竜子さんも同じですよ。貴方が死んでしまったら、悲しいです。死なないで、生きてください」

「うん。ありがとう。でも、私はもうこんなに強い味方がいるから、きっと大丈夫だよ!」

 竜子の目覚めと共に復活していた()()()が、そんな体力も回復していないだろうに、偉そうに威張って竜気を発する。

「はい! あ、でも、もし、僕が強くなって、家族でもなんでも守れる様になったら、その時はまた会いに来て良いですか?」

「勿論!」

 そう言った唯雄はもう、1人で怯えていた時とは変わっていた。1人の妖として、大事なモノを守る1人の妖として、立派な雰囲気を(まと)っていた。

 笑顔でのっぺらぼう一家を見送る。

百目鬼は笑顔でその一部始終を眺めていた。

 

 別れ際、お父さんのっぺらぼうが智鶴にこそっと言った。

「ここに来る少し前、西の方で大きな邪気の塊を見たんや。よっぽど大丈夫だとは思うけどなぁ。(あん)(じょう)気ぃつけな。ほな、この度はありがとさん」

 この時の智鶴には、何の事だかさっぱり見当も付いていなかった。


 数分休憩すると、竜子が立ちあがり、「帰りますか!」と言った。

 戦いでボロボロになった惨状については、百目鬼が既に連絡を入れており、このまま帰って大丈夫という事だった。

「そうね。あ~、でも、私、もうヘトヘト。アンタ、美夏萠に乗せなさいよ」

「……」

 一瞬、智鶴が言った言葉が幻聴に思われ、無表情のまま、彼女を見つめた。

「行きのこと、怒っているのなら謝「いいよっ! 乗って!」るわ」

 だが、直ぐに言葉を理解すると、智鶴の二の句も無視して、美夏萠の背中へ招待した。

 その時の笑顔はまるで、大輪のひまわりが咲いたかの様だった。

 3人で美夏萠の背に乗り、千羽家を目指す。

 道中、竜子が智鶴に悪戯っぽい笑みを浮かべながら、茶化す様に言った。

「あ、そういえば智鶴ちゃん。戦闘中に初めて私の事、竜子って呼んだよね」

「……知らないわよ。ばか」

 照れ隠しにそんな暴言を吐いたが、竜子は笑っているばかりだった。

 やっと2人の仲が良くなってきたと、百目鬼はのため息は収まった。

今週はエピローグが同時に投稿されているので、謝辞などはそちらで。

では、続いてどうぞ!

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