16話 知らない力
雨上がりの様なムンとした空気が、辺りに漂う。
目の前には相手の出方を覗い、睨み合う美夏萠と鵺。
だが、そんな景色も、ボロボロの少女が立ちはだかり、景色が一変した。
「アンタ! まだ動いちゃ駄目よ。休んでなさい!」
「そんなボロボロの人に言われてもねぇ。でも、確かに派手な事は出来ないね。まあ、しないんだけど。いいから少し見ててよ」
「……」
智鶴の無言を肯定と受けとった竜子が、胸の前で見慣れぬ印を結ぶ。
「まだこんなレベルでしか出来ないんだけどね……」
自嘲するようにそう言うと、彼女は自分と美夏萠の『繋がり』をしっかりと意識する。今自分がここに居て、美夏萠が空で戦っている。目を瞑ってもそれが分かるほどに強く、しっかりと。そして、そっと呟いた。
「呪力循環 発」
呟くや否や、竜子の霊気が爆発した。智鶴は、術が失敗し、彼女の霊力が暴走したかと思った。だが、そうではない。爆発的な早さで早さで霊力が呪力へ変わっていく。
「あんた何を……」
「契約術の初歩よ。主人と従者はお互い密接に影響を及ぼし合うの。だから、私が呪力を漲らせれば……。ほら、美夏萠の竜気も漲る訳。これでもあの子の最大まで引き上げてやれないのが、悔しい所だけどね」
それと……と、彼女は続ける。
「これ、そんなに長く持たないから、ボロボロの所悪いけど、加勢、してやって」
竜子の呪力循環の影響で、美夏萠が雄叫びを上げ、その竜気を爆発させる。
「これで最大じゃ無いなんて」
智鶴は呆れるばかりだが、ただボーとしては居られない。
足下に置いたロール紙に呪力を流し込んで一振りの紙刀を作り、それを手にすると、紙に乗り、空へ飛んでいく。
竜気が漲った美夏萠が、一つ「ガウっ」っと声を上げる。すると、川の水面から、水で出来た槍の大群が鵺に向かい発射される。それは鵺を貫かないまでも、刺さり、深手を負わせていった。
また、鵺に当たらず、空へと飛んだ槍は、美夏萠と鵺の頭上で弾け霧散する。キラキラと辺りに水の粒が降り注ぎ、辺りの水の気が濃くなる。その気を吸い、美夏萠が秀麗に青く輝く。そして、ありありと竜気を滾らせたまま、鵺に突進を繰り出す。
まだ槍の痛みから逃れられていなかった鵺は、モロにそれを食らい、態勢を崩した。重力に引っ張られ、川へと落ちる前に美夏萠は尻尾で掴み、締め上げる。
「ひょ……ヒョー―」
鵺の苦しそうな声が次第に弱まっていく。
「加勢出来るタイミングが無いわ……」
智鶴は呆れた顔をするが、一旦刀を下げると、「紙吹雪 針地獄!」と声を上げ、タイミングを見計らい、紙吹雪の針を飛ばしていく。それは主に鵺の目や、深い傷口を狙った攻撃だった。大きなダメージとはならない。それでも、鵺の体力を消耗させるのには一役買っていた。
美夏萠は鵺の声が出なくなるまで締め上げると、数メートル敵を持ち上げ、水面に叩き付けた。ぶくぶくと泡だけが川面に浮かび上がる。
「やった!?」
歓喜の声も束の間、数秒後、ザブンと音を立て、それは水上に姿を現した。
「まだ倒せないの!?」
そして猛攻が始まり5分が過ぎた頃だろうか、美夏萠の動きがガクンと止まり、川に落ちる。ザブンと大きな飛沫を舞い上げ、川面は激しく波打つ。
状況を理解した智鶴が、ハッと振り向くと、竜子が倒れていた。
「りょうこ~~~~~~~~」
直ぐさま戻ろうとする智鶴を、竜子は震えながら手を上げ、制する。
言外に、構わないで、倒して。とそう言っていた。智鶴にはそんな声が確実に聞こえた。
竜子の意思を汲んだ智鶴は振り向き、鵺をしっかり両目で捉えると刀を上段に構える。
ドクンと心臓が強く脈打つ。それを皮切りに、どんどんと心拍数が上がっていく。
意識が加速していく。まるで自分が自分でなくなる様な感覚を覚える。
それに合わせて呪力を練り上げる。こんな力が自分のどこに残っていたのか、智鶴自身にも分からなかったが、今はそんな難しい事考えて居られないと、本能のままに力を湧き上がらせる。
対する鵺は、既に美夏萠の猛攻を受け、手負いとなって居たが、その禍々(まが)しい邪気は健在だった。智鶴という、大きな呪力の塊に気がつくと、攻撃の予備動作に入った。
その様子を視ていた百目鬼は、何故か冷や汗が止まらなくなっていた。筆舌しがたい感覚に捕らわれ、どうすることも出来ない不安感のようなものに襲われる。額がチリリと疼いた。
「智鶴……」
百目鬼が小さく小さく呟いたのが聞こえたとは思わないが、それをゴングに、智鶴と鵺が動いた。
鵺は助走をつけ、トドメとばかりにその爪を光らせ、智鶴に迫る。
智鶴は全身の力を刀と足場にのみ集約させ、自身最高強度、最高威力、自身最高滑空速度を叩き出し、文字通り『渾身の一撃』を鵺に向かい、放つ。
鵺は……
智鶴は……
「うおおおおおおおおお」「ひょ~~ひょ~~~~~」
双方の雄叫びが闇夜に轟いた。
すれ違い様、お互いの技が光る。
ドボン。
小さく木霊したのは、智鶴が川に落ちる音だった。
「智鶴!」
百目鬼が川の流れに足を取られながらも、駆け寄った。
「ごめん……オレ、間に合わ、なかった……。ごめん……」
百目鬼の頬に涙が垂れた。
「何……泣いてるのよ。男の子で、しょ、しっか……り、なさい。それに、見な、さいよ……」
智鶴が途切れ途切れに言いながら、空を眺めていた。
「え……?」
言われて百目鬼が空を振り仰ぐ。底には鵺が、額から首元にかけて割られ、塵になり風に流されていくのが見えた。
「ごめん……流石に、ちょっと疲れたわ。後、宜しく……」
そう言うと、智鶴は気を失った――
今週もありがとうございます。
来週もどうぞよろしくお願いいたします。