15話 そう言えば日向が
午後8時。夕飯を済ませ、丁度お腹が落ち着いた頃。智鶴と百目鬼、竜子の3人は千羽の門前に集まっていた。
「智喜様、どうだった?」
「行ってきて良いって。ただ、くれぐれも注意する様にと、余所の土地で粗相が無い様にって言ってたわ」
「そう。それなら、良かった」
「なら、早速美夏萠に乗ってね」
そう言って竜子は美夏萠を顕現化させるが、智鶴は拒否反応を示した。
「誰がアンタのミミズに乗りますか。私は紙で飛んでいくわ。百目鬼までは乗せられないから、百目鬼はアイツのミミズに乗せて貰うといいわ」
「ミミズって言った? ウチの美夏萠の事を?」
「あら。にょろにょろしているから、見間違えたわ」
「竜子さんに悪口を言うな!」
家族捜しの為に顕現化していた唯雄が、智鶴に食ってかかる。
「うわ、びっくりした」
驚いて声のした方を見て、顔を上げると、2人がのっぺらぼうになっていた。
「こら、お前! よくも!」
「唯雄は主人思いの良い従者だね。手放したくなくなっちゃうよ~」
「ぼ、僕も……あ、でも」
そう言って唯雄の頭を撫でてやる竜子。唯雄は撫でられて嬉しそうにする。
「何だか仲良くなりましたねえ。もういっそ、このままで居たら?」
「そうもいかないよ。この世にはどんなモノにも自然な形があるの。この子は、家族と居る方が、自然な形なんだよ。それに、ご家族も心配しているだろうし」
智鶴の悪態は、竜子がのっぺらぼうだろうと、関係ない様だった。
「あーあー。もう、行く、よ。ほら、智鶴も、準備、して」
あきれ顔で百目鬼がそう言ったが、智鶴に表情を読み取る事は出来なかった。
空を飛びながら、竜子が智鶴に話しかける。
「私は大丈夫だけど、智鶴ちゃんは霊力もつの?」
「分かんないけど、これも修行の内よ」
「もし駄目そうなら、いつでも乗せてあげるよ」
「誰がそんなミミズに」
折角の竜子の提案を足蹴にした発言と馬鹿にされた事に、美夏萠が怒り、低く唸る。
智鶴はビクッとして「う、嘘よ。立派な蛟様だこと」と訂正した。
完全なお世辞だが、美夏萠はそう言われ、悪い気はしなかった様子で、威張る様に少し鱗を逆立てて見せた。
「あ、そろそろ、目撃、あった、場所」
携帯で位置を確認していた百目鬼がそう言うので、隣県で隣町の浜辺市旧流町の旧流川沿いに3人は降り立った。
この辺りはもう海が近いこともあり、川幅が広く、対岸までは橋を渡らないことには、行けそうも無い。また、川の両岸は背の高い草木が茂っているが、川から離れるにつれ、舗装された遊歩道になっていく。また、両端には堤防が築かれ、その上には道路が敷かれていた。
「来てみたものの、これ、見つかるの?」
「取り敢えず、探って、みる」
百目鬼が地面に手を置き、眼を発現させるが、どうにも見つからない様で、「少し、歩こう」と提案した。
堤防の上を川の流れに沿って歩きながらキョロキョロとする。少し歩くと、百目鬼が探りを入れる。竜子も思いだした様に天と空を出すと、探索指示を出す。
歩いて行くと、草木の茂みだった川岸が、目の粗い砂利と砂に変わっていく。
「あ、何か、妖気だ」
ふと立ち止まり、百目鬼が先を指さした。
「居たの?」
「分かんない、けど、妖気、感じた」
「どこ?」
「ちょっと、遠いけど、次の、橋の、下」
彼が指す方向には大きな橋が架かっていたが、まだまだ距離があり、そのサイズ感が上手く掴めない。
「行ってみよう」
竜子は天と空に先行させ、先頭を走る。
「居た!」
まだ橋の下までは少し距離があり、その下となると暗くてとても見えないが、妖である所の天の視界を借りた竜子には見えた様だった。
3人が近くまで来ると、橋の下に数名、人型妖の姿が見えた。妖たちは堤に腰掛け、項垂れている様だ。
「唯雄……見つからないね」
「やっぱり清涼市ではぐれたんだよ」
「本当に忌々しい妖だったわ」
そんな声が聞こえてくる。
「あ、あの~」
今回も竜子が話しかけに行った。勿論智鶴は持病の発作が現れ、百目鬼に羽交い締めにされていた。
「ひぇえ。に、人間! 私たちは悪い妖では無いんです。どうか、どうか、お助けを。命を取るなら、私だけにして下さい」
「いや、お前は子供と居てやれ。ワイが出る」
どうやら唯雄の両親らしい。その2人の後には兄弟だろうか、他に3人ののっぺらぼうが居た。
「いえ、勘違いをされているようですが、滅しに来た訳ではありません」
「え……?」
「この子を……」
と言った瞬間だった。
「危ない! 伏せて!」
百目鬼が智鶴を庇う様に伏せ、叫んだ。それと同時に、堤防が爆発したかの様に粉塵を上げ、木っ端微塵に破壊された。
「竜子~~~~~」
智鶴の叫び声も衝撃音にかき消される。
衝撃をマトモに受けた竜子が川岸まで吹き飛ぶ。
「竜子さん!」唯雄が心配そうに駆け寄り、竜子の危機を感じ取った美夏萠が勝手に顕現化した。
「ここまで追って来たの……」
お母さんのっぺらぼうが、腰を抜かし、震えて言った。
「何よ。聞いてないわ……」
智鶴たちの目の前には大きな妖が現れた。発せられる邪気から、少なくとも上級、それ以上の可能性も検討される。
その妖は、熊の胴体に狒々の顔、足が虎で、尻尾が蛇、それにコウモリの翼で成り立っていた。所謂鵺と呼ばれる妖である。だが、こんな個体は報告に聞いていない。
智鶴が戦闘態勢をとったとき、ふととある会話がフラッシュバックした。
――そのお化けはね、なんか馬みたいな見た目で背中に羽が生えてるらしいの。先輩が言うには、西洋から来たペガサスかユニコーンじゃないかって。――
日向が話してくれた噂話だった。
「これ、ウマ(・・)じゃなくて、クマ(・・)じゃない!」
そう叫び、智鶴は鵺に向かっていく。
「百目鬼はアイツをお願い! 美夏萠! アンタはアイツを助けたいなら、手伝いなさい!」
美夏萠は竜子以外の指示を聞くのが至極不本意極まりないという様子ではあったが、他に為す術もなく仕方が無いと、智鶴の近くに降りてくる。
鵺が獲物を定める様に、ヒョーヒョーと不気味に唸りながら智鶴を見つめている。
「いい? 私が引きつけるから、アンタが攻撃しなさい」
鵺から視線を離さずに、美夏萠へそう伝える。美夏萠は分かったのか、ゆっくり智鶴から離れ、獲物を狙う。
……どうする。百目鬼の戦闘は上級相手に通じる物ではない上に、竜子の参戦は望めないわ。手持ちは巾着にロール紙。自分自身の戦闘準備は万端だけど、上級を1人で相手にするなんて。いや、やらなきゃ。
智鶴は素早く状況を整理し、戦う決意を固める。
「紙吹雪! 集中蜂花!」
睨み合いの中、先に動いたのは智鶴だった。腰の巾着から飛び出した20枚の紙吹雪が、鵺にたかる様に飛び交う。が、しかし鵺がヒョ~~~~~~と雄叫びを上げると、邪気の圧によって、紙が吹き飛ばされてしまう。
「クソッ。流石は上級ね」
鵺が次はこちらの番と、地団駄を踏む。いや、地団駄に見えるそれは、人の使う兎歩――足のステップで発動させる呪術――に似た妖術だった。地団駄を踏む度に、邪気が濃くなっていく。
智鶴は、ウッとくる邪気につい、口を塞ぐ。
妖が突進しようと、後ろ足に力を入れた時だった。水の塊が勢いよく空から降ってきた。
美夏萠の攻撃だった。
急な攻撃に怯み、地団駄の効果が薄れる。その隙に智鶴は一気に間合いを詰め、一声「餓狼の鉤爪!」と叫んだ。
彼女の使う紙吹雪の術は、遠距離になるほど、その効力が落ちる。智鶴の攻撃は、鵺の鼻っ面で発動した。最大威力の攻撃が鵺を襲う。
ザクリと皮膚を抉られた鵺は、ヒョ~~~~~と痛みに声を上げ、傷口から血の代わりに邪気を噴出させるも、致命傷とはならなかった様で直ぐに立ちあがるが、目の前に智鶴は居ない。
その代わりに美夏萠が突進し、土手っ腹へ体当たりを食らわす。
体勢を崩した鵺は、羽を羽ばたかせ、上空へ。そして、急降下。智鶴は咄嗟に避けたが、辺り一帯の地面ごと抉られ、衝撃派に吹き飛ばされる。上手く受け身は取った物の、吸い込んだ砂埃に気管がやられ、咽せてしまう。
「げほっ。ごほっ」
こうなってしまうと、集中出来ず、上手く呪力が練り上げられない。
智鶴が戦える様になるまで、美夏萠が攻撃を繰り出し、鵺の意識を自分へ向け、抵抗するものの竜子が戦闘不能に陥っている為、本領が発揮できない。得意の空中戦でも、鵺の方が一枚上手となった。美夏萠は防戦一方、苦しそうな声を上げていた。
敵の弱点を探るために眼の力を使っていた百目鬼も、見かねて呪符を取り出すが、「だめ!」と智鶴が叫び、制する。攻撃をしたら、敵に認定されてしまう。そうなった時、自分は百目鬼を守れないとの判断だった。
それを察した百目鬼は少し悲しい顔をしたが、再び妖の方へ掌を向けると、解析を再開する。
咳が収まり、再び呪力を練ろうと集中した瞬間、鵺に殴り飛ばされた美夏萠が迫ってきた。
「うわっ! ちょっ!」
美夏萠ごと、堤防に叩き付けられた。紙服を硬化させて衝撃を緩和したものの、衝撃が大きく、直ぐに動けない上に、敵の猛攻が止まらず、反撃の余地がない。
智鶴がどんどん傷つけられていくのを見て、百目鬼の焦りは頂点に達していた。早く、早くと思えば思うほど、上手く妖力が空回りして、敵の弱点らしきところが見えてこない。これが上級……と、百目鬼は冷や汗が止まらなかった。
だがそんな百目鬼の焦りを余所に、鵺が大きく振りかぶったタイミングを突き、美夏萠が素早く首元に噛みついた。そのまま体を敵に巻き付け、振りほどかれないように、キツく、深く、牙を突き立てる。
「ひょ、ひょおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉおぉっっぉ」
逃れようともがき、苦しそうな声を上げつつも、強かに地団駄を踏み、邪気を爆発させる。その邪気に押し退けられ、美夏萠は鵺から離れた。
両者は口からフシューと息を吐き、睨み合う。
一方で智鶴はというと、美夏萠のお陰で鵺の猛攻から逃れるも、しばらくは立ちあがれなかったが、腕と脚に力を込めると、堤防に手をつき、ゆらりと立ちあがった。
「ごほぉぁあっ……こなクソ……」
口から血を吐きながらも、再び立ちあがる事を諦めない。紙操術師としての、妖と対峙する1人の術者としてのプライドが、彼女を奮い立たせる。
「くっそ。やってくれるじゃないの」
ここまで来ると、重さが足枷にしかならないロール紙を地面に降ろし、霊力を循環させ、呪力を練り上げる。勢いよくロール紙を千切り、今まさに飛び立とうとした時だった。
「智鶴ちゃんにだけ、良いとこ取りはさせないよ」
目の前に竜子が立ちはだかった。
今週もありがとうございます。
来週も是非よしなに。