14話 V.S. 八角齋
「……と言う訳で、今のっぺらぼうは私の方で保護しているわ」
智鶴が縁側で電話をしていた。唯雄と和解してから三日後、智鶴は思いだした様に報告の電話を入れていた。
「ええ。そう。まだ許可証は貸しておいて貰いたいわね。これから、彼の家族捜しだし」
相手は修一だった。電話口から聞こえる彼の声は、疑っているとも言えないが、信じているとも言いがたいといった声色だった。
「……ええ。……うん。ありがとう。じゃあ、また全部解決したら連絡するわね。……はい。さようなら」
電話を切ると、ひとつ伸びをして自室に戻る。智鶴は上のジャージを脱ぐと、戦闘服であるところの紙服に着替えた。まだ日も高いというのに。
そして部屋を、家を出ると、修行場へ向かって駆けて行く。
山に着くと、そこでは既に八角齋がストレッチをしていた。
「おお、やっと来たか。遅かったな」
「うるさいわね。遅刻してないんだからいいじゃない。あ、違うか。八角齋さんはうら若き私と触れ合えるからって、楽しみで楽しみで、早く着いちゃったのね。うんうん。分かるわ」
と、哀れみの目つきで八角齋を見る智鶴。
「ち、違うわ! たまたま仕事が早く蹴りつけられたもんだから、早く来たまでだ」
「あら~。そうだったのね」智鶴は棒読みだった。
彼らがこうして戦闘準備をして集まっているのには、訳があった。それは先日、智鶴が八角齋に申し込んだ手合わせ。それを今日、行うことになっていたのだ。
「手合わせをする前にルールを決めるわ。いい?」
「いいぞ。ハンデくらいいくらでもやる」
「ありがとう。じゃあ、まず範囲はこの山の切り開かれたここ。飛ぶのは禁止。具体的には……そうね、1分以上両足が地面から離れない事。勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、参ったと言うか、飽きるまで。これでどうかしら」
「飽きるまでってのは……」
「長引いたときの対策よ。もう十分と思ったら、止めて審議。両者合意の上で、勝敗はドローとするわ」
「いいだろう。乗った!」
「そうこなくっちゃ」
「では!」「ええ!」ルールに合意すると、両者構えの姿勢を取る。
先ず動いたのは智鶴だった。改造が施され、常に口が3センチ程開きっぱなしになるようになった巾着から、早速紙が20枚飛び出す。そのまま紙の拳が八角齋に向かって飛んでいった。
「紙操術! 紙吹雪! 巨人の拳固!」
それに八角齋は避けるでもなく、ガードを取るでもなく、腰に差したヤツデの葉を抜き取り、降った。すると迫り来る紙は散ったが、既に智鶴の姿は消えていた。陽動だったのだ。
智鶴は素早く後ろに回り込むと、紙を足場に高く飛び上がり、天狗の頭上目がけて踵落としを繰り出した。これには八角齋も、両腕をクロスする様にしてガードするしかなかった。
「やるじゃないか」
「当然よ」
一旦引いて間合いを取るも、再び紙を八角齋の元へ飛ばす。
「何度やっても同じ事よ!」
と彼はヤツデの葉を振ったが、その風が当たる前に、智鶴の放った紙は力なくブワッと広がり、彼の顔の周りを鬱陶しい蜂の様に飛び交い始めた。
「紙操術、紙吹雪、集中蜂花よ」
智鶴は紙を払う事に努める八角齋に向かって、突撃。掌底を食らわせるも、むしろ衝撃は彼女の側に響いた。
「くッ」
こんなにも非力だったかと、智鶴は驚きの顔を見せる。
「体術は赤子並みだな」
攻撃の反動をもろに受けた智鶴は、一瞬クラッとした。その隙に八角齋は集中蜂花から逃げ出し、智鶴に襲いかかった。拳が迫る中、彼女は反動から立ち直ると、素早く飛び上がり、宙返りをする様に天狗を飛び越え様に「餓狼の鉤爪!」と技を放った。
紙が、飢えた狼の捕食が如く、八角齋の体を削る様に飛んだが、彼はわざと転び、攻撃を避ける。そのまま前転をし、立ち上がると、再び智鶴に対峙した。
「お前、強くなってたんだな。じゃあ、ぼちぼちオレも骨頂を見せるかな」
何をする気か分からない智鶴は、相手の出方を覗う。
八角齋は両手にヤツデの葉を持つと、体で大の字を書く様に両腕を広げた。
「妖術……」
ゆらりと八角齋の妖気が邪気に転じる。
「双子竜巻!」
そう言い放ち、広げた両腕を一気に体の前に向かい振る。すると、彼の両側に二つの竜巻が上がる。それがうねり、合わさるようにして、辺りの草木を巻き上げながら智鶴に迫った。
「やば……」
咄嗟に紙服を堅くし、背中のロール紙を広げるが、竜巻はそれごと巻き上げ、智鶴を天高く放り投げた。
足場の無い空中に放り出された智鶴だが、ロール紙と共に打ち上げられたのが幸いした。「紙操術! 折紙! 刺穿槍!」
彼女はロール紙の端を握り、そう叫ぶ。すると、紙がちぎれ、折曲がり、先端に鋭利な刃を持った細長い槍が誕生した。それを構え、頭から八角齋目がけて自由落下していく。
流線型を意識し、風を切り裂く様にして、落下するが、八角齋の竜巻も凄まじい威力を保持し、重力と吹き上げる風が拮抗した。
「こなくそ……」
智鶴は自身の周りに紙吹雪を飛ばすと、風の気流を乱そうと試みる。
足りない……まだまだぁ!
智鶴は飛び交う紙吹雪の速度をどんどんと上げていく。すると、少しずつだが、拮抗していた力は、重力の方が勝る様になってきた。
あと……少し……。
懸命に双子竜巻を抜け出すと、勢いを上げて、八角齋に迫った。
後数メートルという所まで智鶴を引きつけた八角齋は次なる技を繰り出す。
「妖術! 上昇気流!」
竜巻ほどの威力はないものの、智鶴くらいなら易々と浮き上がらせるだけの風圧があった。
「きゃっ」
可愛らしい声を上げ、尻餅をつく。槍を杖にして立ち上がり構えたが、
「俺の勝ちだな」
「え」
八角齋は伸びをして、勝ち誇る様に言うのだった。
「1分足が離れた方が負けなんだろう。お前がそう決めたじゃないか」
「あ」
そう、智鶴が必死に竜巻と戦っている間に55秒、そして上昇気流に持ち上げられ、尻餅をつくまでが5秒。併せて60秒、つまりは1分経っていたのだ。
「あ。じゃない。今日はオレの勝ちだな」
「悔しいわ。いい線行ってたと思ったのだけど」
槍を紙切れに戻しながらも、悔しそうに顔を曲げていた。
「こういうルールのある戦いは、ルールの裏を掻く様な作戦が仕組まれていないか考えるべきだな。でもまあ、昔々に比べれば、マシにはなったな。それでも、お前は先ず基礎が弱い。それに応用も。紙吹雪と折紙か、悪くは無いが、決定打に欠ける。つまりは凡庸だ」
真っ直ぐに痛いところを突かれて、智鶴は顔を赤くする。
「そんなの……知ってるわよ」
「あ、でも、攻撃を囮にしたり、紙を足場にしたりするのは、上手いと思ったぞ」
「本当!? 最近考えたの。上手く行って良かったわ」
「ああ。でも、やっぱりは基礎固めだな。スタミナは十分だと思うから、体術とか、自身の霊力の流れとか、そういった所から見直せば、もっと良くなると思うぞ。でも、千羽はそんな事も教えんのか?」
「ええ」
「それで戦えと言うのも、難儀な話だな」
「そうなのよ。私、これまで数える位しか、術の指導なんて受けてないの。それも小学校に上がった後は一回も無いわ」
「それでこれなら、お前はよくやってる方だよ。でも、呪術者の養成道場まで開いている千羽が、実の子には何も教えんというのは、変な話だなあ」
「そうよねえ。私何度もおじいちゃんに教えてくれと言ったのだけど、毎回けむに巻かれるだけで……。一応道場は使えるんだけど、気が引けちゃって」
「ならしょうがないな。少しならオレが教えてやろう。今日はまだ時間あるか?」
「本当!? ええ。宿題も終わらせてきたし、たっぷりあるわ。是非ともお願いします。八角齋様」
「いつもこれくらい丁寧で素直なら良いんだけどな」
「何か言ったかしら?」
「いや、何でも無い、何でも無いんだ」
八角齋は、本当に自分が勝ったのか分からなくなるほどに、恐ろしい呪力を感じたそうな。
「では、霊力の扱いについて教えるのは無理なので、体術を教えていくぞ」
「センセー。その前に質問があります!」
「何だ? 言って見ろ」
「先生が戦闘中に使ったあの、妖術って何ですか?」
智鶴は半ばふざけて先生などと呼んでいるが、八角齋は満更でも無かった。
「意外だな。初めて見たのか?」
「ええ。上級妖が観測された仕事には、危険だからって、行かせてもらえなかったし」
もう飽きたのか、智鶴は通常モードに戻った。
「お前たちの区分で言うところの、準上級~超級の妖なら大体使える技の事だ。むしろ、これを使えるかどうかで、区分けしていると思ってたが」
「知らなかったわ。そうなの……。じゃあ、ぬらりひょんも……」
「まあ、使うだろうな」
八角齋は智鶴がぬらりひょんに恨みを持っている事は先刻承知の事である。
「その対策も教えて頂きたいわね」
「ええ~。企業秘密だぞ」
「そこを何とか」
「仕方ないな。気が乗ったら教えてやるから、ほら、立った立った。体術の訓練を始めるぞ」
そうして八角齋は、智鶴と組み手を始めた。
2、3時間は経っただろうか。智鶴が肩で息をして、へたり込んだ。
「まあ、今日はこのくらいにしておこうか。後は門下生とでも組み手すれば、徐々に自分の物となっていくだろう」
「あ、ありがとう……」
初めて体術を習った智鶴は、自分が思ったより、近接攻撃に向いていない事を、初めて知った。内心、焦りと悔しい気持ちがあった。
「で、妖術は?」
「あ、そろそろ戻らねば~~~~」
智鶴の言葉を無視して、八角齋は言葉を続ける。
「お前が望むなら、これかもたまに稽古付けてやってもいいが? どうする?」
「是非とも頼むわ」
「応ともよ。じゃあ、今日は帰るわ」
「ええ。また」
そうして、八角齋は帰って行った。
八角齋が去った後も、智鶴は1人で木に向かい、復習を始めた。
ヘトヘトになって帰り着いた智鶴の元へ、百目鬼が駆け寄ってくる。
「あ、智鶴、居た」
彼女を見つけ、駆け寄ってきた百目鬼はどこか高揚している様だった。
「あ、百目鬼。どうしたの? 何かあった?」
「鼻ヶ岳の、向こうの、隣町で、のっぺらぼうの、情報が、出た」
「え? 本当? ……まあ、どうでもいいんだけれど」
一瞬、驚いた様な嬉しい様な顔をしたが、直ぐにツンとした顔を作った。
「告様に、電話したら、隣町の、千羽町側で、目撃された、みたい」
「近いのね?」
「一応、千羽の、領地外、だけど、行っても、大丈夫?」
「傘下の領地なら、ウチの領地みたいなものよ。大丈夫だわ」
「そう。なら良かった。今晩は、非番だし、夕食後に、向かいたい。どう?」
「わ、私も行くの?」
「行かないの?」
「ああ、行くわよ。行く行く」
本当は、非番だから疲れても大丈夫と、八角齋との約束を入れていた智鶴だったが、乗りかかった船に乗らない訳にもいかない。
「一応、おじいちゃんにはその旨伝えておくわ。アイツには? 連絡してあるの?」
「これから。智鶴の、意見も、聞いてから、にしようと、思って」
「何で?」
「まあ、いいじゃん」
興味なしといった様子で振る舞う智鶴も、実は裏で情報集めに廻っていた事を百目鬼は知っていたのだ。
そうして夕飯後、戦闘服に着替えた智鶴たちは、千羽家の門前で落ち合った。
智鶴は大事なことを忘れたままだった。
毎日沢山読んで頂けて恐悦至極に存じます。
これからも何卒、何卒よろしくお願いいたします。




