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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第二章 ムカつくアイツ

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13話 出会い―2

翌朝、(どう)()()はスキンヘッドの門下生に起こされた。

「君が百目鬼君だね。智喜様から話は伺っているよ。私の名前は(ふじ)(むら)(かおる)。君の兄弟子だ。いいかい? 朝は朝食前にトレーニングをしよう。さあ、道場へおいで」

 ゴツゴツつるつるとした見た目に反して綺麗な声と、可愛い名前である事に、百目鬼の脳みそは戸惑っていた。その内に手を取られ、彼の意思に関係なく道場へと連れて来られてしまった。

 道場に着くと、更衣室で修行着に着替えさせられた。そして、正座をして藤村と向かい合う。他の門下生もいたが、それに構うこと無く、各々トレーニングを始めていた。

「ランニングは朝より夕方の方がいいので、今からは筋肉トレーニングと柔軟体操をしましょう」

 言われても、今まで筋トレも柔軟も(ほとん)どやったことが無い百目鬼は、何も出来なかった。

「最初は出来なく当然です。コツコツとやっていきましょう。では、()(ぜん)を組んで、精神統一です。あ、座禅が無理なら胡座(あぐら)でも構いませんよ」

 百目鬼は藤村の真似をして崩れた座禅を組み、膝の上に手の甲を置くとゆっくり目を瞑った。

「自分の中を流れる気を感じて下さい。ゆっくり息を吸って……吐いて……。心を落ち着けていけば自然と分かります。こうして自分の気がどう流れているか感じ取る事が、術を使う上で重要となってきます。心技体とは言いますが、まだ技の習得は考えず、基礎となる心と体を作っていきます」

 数分後、さあ、目を開けてと言われ、百目鬼はすっと目を開く。

「どうです? 感じ取れましたか?」

 ふるふると首を横に振る。

「そうですか。最初はそんなものです。でも、君はじっとしていられるだけ優秀だと思いますよ。術者になるには、落ち着いた心が必要です。難しい事を言っても伝わらないと思うので端折りますが、君は見込みがあると言う事です」

 褒められたと思ったのか、小さく分かりにくく、百目鬼は笑った。

「初日なので、今日はこれくらいにしておきましょう。さあ、朝食です。君は本家の方で食べているんでしたっけ。私が連れて行きましょう」

 藤村は見た目ほど怖い人で無く、褒めてくれるので、百目鬼は無駄に怯えずに済んだ。

それでもトレーニングの内容はよく分からなかった。

 朝食はトーストとハムエッグと少しのサラダだった。流石の()(づる)も朝一番はまだ眠いのか、静かなのが救いだった。

 だが、彼にとっての悪夢はこれから始まる。

 食後、自室に戻ると直ぐに智鶴がやってきた。朝食時はあんなに眠たそうだったのに、なんという変わり身の早さだろうか。そんな彼女の手にはぬいぐるみが2体。お人形ごっこをしようと言うのだ。男友達としか遊んだ事の無い彼は、人形遊びに対して言うに言われぬの(しゅう)()(しん)が働き、逃げ出した。

 何とか逃げ切るも、どうしても昼食を一緒に取るとなると、会わない訳にもいかず、やはり昼食後、再び追いかけられた。

 こんな鬼ごっこと朝夕のトレーニングが毎日続いた、百目鬼がやってきて8日後の夜、事件が起こってしまう。


 夜。ようやく一人の時間を獲得した百目鬼だったが、何やら足下の方がモゾモゾとする。まさか、妖……? いや、ここは千羽家本家屋敷。流石にそれは無い。と考え、バッと掛け布団を捲ると、足下の方から智鶴がベッドに登ろうとしていた。

「……!」

 智鶴と目が合う。彼女はにへらと笑った。

 だがそんな表情など見る間もなく、驚きの顔をした百目鬼は、そのまま部屋を飛び出し、門下生用の玄関から一目散にどこかへ駆けていってしまった。

 靴は下足箱の中に残されたまま。


 環境の変化が大きすぎたのだ。短期間で家が変わり、千羽家に来てからも、(はく)(たく)(いん)家の時にもトレーニングはあったが、その時は年の近い子供に混じって、見よう見まねだけで許されていたし、それ以外は独りで居られた。

 それもここに来てからは、年の離れた兄弟子とマンツーマンでの、何を言っているか分からないトレーニングと、一人にして欲しいのにも関わらず、智鶴には日夜問わず追いかけ回される。

 そんな日々の積み重ねが、まだ幼い百目鬼の心を圧迫していた。それを誰も気がついてやれず、また、百目鬼自身も助けを求めなかった。

 走り去る百目鬼の様子が、いつもと少し違っていたと感じた智鶴は、何だかとても寂しい気持ちになって、鳩尾の辺りがキュッとした。

 だが、そうも言っていられない。百目鬼はここへ来たばかり、まだ町の事なんて微塵も知らない。放っておけば迷子になってしまう上に、この時間のこの辺りは妖が活発に蠢いている。まだ術を使えない百目鬼は、下手をすると殺されて、食べられてしまいかねない。

 意を決した智鶴は、玄関手前の電話機台からブロックメモ帳を掴むと、素足のまま靴を履き、パジャマのままで駆けだした。


 30分後、千羽家は蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。

 台所仕事を終え、さて風呂に入るかと部屋に入った()()()だったが、布団で寝ているのは智秋だけで、智鶴の姿が無い。可愛そうだとも思いつつ、()(あき)を揺り起こすと、(くち)(ばや)に問う。

「智秋、智鶴は?」

「むにゃ……。智鶴ぅ? え~と、今日は……ふわぁぁぁあ百目鬼君とこ……」

 (ゆめ)(うつつ)の狭間でそう言うと、智秋はまた眠りに落ちた。

「あらら。大胆ねぇ。じゃないわ。百目鬼君に迷惑掛けちゃわないかしら。大丈夫かしら。百目鬼君、ちょっと智鶴のこと苦手そうにしていたものねえ……」

 智鶴が居ない事へ気が動転している美代子は、自問自答を始めるが、そんな事より確認しなくちゃと結論を出すと、早歩きで部屋を抜け、大広間側から百目鬼の部屋を開ける。

 余りの(けっ)(そう)に、広間でテレビを見ていた数名の若い門下生が「どうしたんすか?」と声を掛けた。

「居ない……」

「え?」

「百目鬼君も、智鶴も居ない」 

 門下生の言葉が聞こえたかどうか分からないが、美代子がそう言った。

「ええええええ。大変じゃ無いッすか取り敢えず、藤村さんと、(とも)()様と、いや、皆に知らせてきます!」

 その声を聞き、ようやく門下生の存在に気が付いた美代子だったが、彼女がお願いという前にはもう全員広間を抜け、男部屋と女部屋と、智喜の居る奥の間へ走って行った。

 美代子がキョトンとしていると、ゾロゾロと部屋着姿の門下生が大広間へ入ってくる。そして、口々に、「どうしたらいい」とか「早く探しに」とか言ったり、実際に駆け出そうとして他の者に止められる者が居たりして、今すぐ2人を探しに行きたかった美代子の足が止められる。

 どうしよう……先ずは皆を静めなきゃ、でも早く探しにいかなくちゃ。と混乱している中、正面の(ふすま)が開いた。

「皆、静かに。事情は聞いた。待機班と探索班に分けるから、言うとおりにしてくれ」

 智喜が現れた。

 蜂の巣は見事に静まりかえった。


 その頃智鶴は、後に喫茶モクレンが建つ辺りを走っていた。息を切らしながらも、「どうめきく~~ん! どこ~~~~?」と叫んでいた。

 だが、次の角まで来ると、べちゃっと転んでしまった。

「どうして……」

 じわっと涙が溢れてくる。

 智鶴には何故百目鬼が出て行ってしまったのか分からなかった。自分は只仲良くなりたいだけだった。相棒だからでは無い、千羽の門下だったからではない。何となく、彼が寂しく、悲しそうに見えたから側に居てやりたかったのだ。自分が寂しいとき、悲しいとき、姉が母がそうしてくれるように。

 でも、結局そんなのは思い過ごしだったのか。心配が裏目にでて、お節介になっていたのではないか。鬱陶しかったのではないか……。

 智鶴は人生経験も、知識も何も足りていない6歳児の脳みそで、いっぱいいっぱい考えた。それでも、結局の所分からなかった。でも分からないなら、本人に聞かなくちゃと、また立ち上がり、泥を払うと走り出した。彼女はもう叫んでは居なかった。


 待機班に見送られ、探索型術師・攻撃型術師を中心に組まれた3班が、千羽町を三等分する様に捜索へ出た。

 智喜に命じられた事は三つ。

 一つ、百目鬼は怖がりなので、声を出しての探索はしない事。

 一つ、万が一変化し子供を襲うとも分からないので、邪気が無くとも妖は殲滅する事。

 一つ、夜の鼻ヶ岳は大人でも危険であるため、参道と社以外の探索はしない事。

 藤村は百目鬼の無事を案じながらも、攻撃系でも探索系でもない彼は、待機組の中にいた。

「あの、智喜様。やはり、私も」

「ならぬ」

「ですが、百目鬼の失踪には、少なからず私の落ち度も……」

「気にするでない。お主はワシに命じられただけじゃ。たまたま百目鬼の兄弟子だったというだけじゃ」

「しかし……」

 藤村は、自分が百目鬼に課していたトレーニング内容に不備があり、彼を追い詰めてしまったのではないかと考えていた。

 だが、今回の探索に自分の能力が適さない事は、彼も十分に理解していた。

 藤村はただただ、唇を噛んでいる事しか出来なかった。


 智鶴は走っていた。ただ、無言で千羽町を南へ。中学校の横を抜け、お寺の角を曲がり、そして、今から約9年後、彼女が半魚人の妖と戦うことになる沼に出た。智鶴はその沼を半周ほど取り囲む松林の辺りを歩いていた。すると、数メートル先の木陰から、時折鼻水をすする様な音が聞こえてくる。

「ここどこ~」

 微かだが、ちゃんとそんな声も聞こえた。

 智鶴はそっと近づき、その場所を覗き込む。

「あ、百目鬼くん。こんな所に居たんだ」

「あ……いや……」

 ズズンと鼻を啜りながらも、どこか怯えていた。

「怖がらないで。わたしね、謝りに来たの」

「え……?」

「百目鬼くんが嫌がってるの、知らなかった。ごめんね」

「え……」

 ヤケに素直に謝る智鶴を見て、百目鬼の心がトクンと鳴った。それは、心地の良い音では無く、何か間違えてしまった時に、心をざわつかせる音だった。

「ごめんね……」

 6歳児の智鶴に考えられる、精一杯の(ちん)(しゃ)であった。

「ご……ごめん……ね……」

 智鶴はまた鳩尾の辺りがキュッとした。謝っている内に、段々と涙が湧き上がってくる。悲しいのでは無い。きっと百目鬼とはもう仲良くなどなれない。自分が百目鬼を追い詰めてしまった。そんな後悔と罪悪感が彼女を支配していた。

「ご、ごめんな、さいぃぃぃぃいい」

 いっぱいいっぱいに溜めた涙のダムが決壊してしまった。

 その様子を見て、百目鬼はなんとすることも出来なかった。「いいよ」と言ってあげればそれで済む話なのかも知れないが、彼も彼でこの事態に混乱しており、彼女の泣く姿を只見ているばかりだった。

 しかし、状況は一変する。 

「がうぅぅぅぅぅうううう」

 程近くの茂みから狼型の妖が飛び出し、2人に威嚇した。

「きゃーーーーーーーー」

 ここは妖を寄せ付けやすい、吹きだまりの土地、千羽町。

 智鶴と百目鬼の出す、悲しさや罪悪感が生み出す陰の気に誘われ、妖が寄ってきてしまったのだ。

 智鶴は百目鬼の盾になる様に両手を広げて立ち塞がると、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と何度も唱えていた。百目鬼は妖を見ると過呼吸気味に呼吸を乱し、顔には恐怖が張り付いていた。無意識のうちに、智鶴の服の裾を掴んでいた。

 智鶴は深呼吸をすると、ポケットから先刻家から持ち出してきたブロックメモ用紙を取り出し、中空に放り投げた。そこから20枚の紙がビリッと剥がれると、彼女たちの周りへ舞う様に留まった。

 どうしよどうしよどうしよどうしよ……。

 智鶴は妖を見たことはあるものの、こうして(たい)()する事も、妖に向かい術を放つ事も初めてだった。

 (けん)(せい)にしかならない紙を盾に、じりじりと後ずさる。そのとき、背後で水しぶきが上がった。百目鬼が沼に落ちたのだ。

 泥に足を取られ、藻掻けば藻掻くほど深くはまっていく。

「た、たすけ……」

「掴まって!」

 智鶴が手を伸ばす。

 百目鬼はそれを不思議そうに見る。

 触れても良いのか分からなかった。

 それでも、彼女の顔を、目を見たら何だか心強くて、どこか不安をかき消される様で、そしてそれをガシッと掴み取った。

 だが、それを易々と見逃す妖では無い。「ガウ」小さく一声上げると、狼の妖はとうとう飛びかかってきた。

 驚いて手を離してしまう。百目鬼は再び沼に落ちる。

 まだ紙を浮かす事しか出来ない智鶴は、無いよりはマシかと、自分の背に紙を集め、百目鬼を(かば)う様に沼へ身を乗り出した。

 あと少しで襲われる……と、その時だった。空からはらりと一枚の紙が降ってきた。

紙操術(しそうじゅつ)(そっ)()(ぼう)()()

 その言葉がシンと響いた後、智鶴たちの前に降ってきた紙が妖しく光り、彼女たちを守る様に呪力の壁が展開した。

「おじいちゃん!」

 智鶴が袖で涙を拭き、顔を上げると、そこには祖父、智喜が立っていた。

「おお、こんな所におったか。遅くなったのう、もう大丈夫じゃ!」

 祖父はそのまま紙を数枚、妖に向かって投げた。

()(ばく)()(えん)(じょう)()

 紙は文字が現れると、素早く光り、その効果を発揮していく。

 智喜が戦っている隙に、智鶴は百目鬼を引っ張り上げ、2人で智喜の陰に隠れる。

 先ほど壁に弾かれ、目をチカチカさせていた妖は、再び立ちあがると、唸り()(かく)を開始したのだが、そんな事はお構いなしに智喜の札が迫る。

 木縛符から現れたツタは、逃げる狼を追って、その足に絡みついた。続いて炎上符の効果が発揮され、瞬く間にツタは絡みつく炎の鎖と化した。

 これは中国の(いん)(よう)()(ぎょう)(せつ)に則った組み合わせであり、「火は木より生ずる」という性質を利用したものだ。炎上符によって生み出された炎は木縛符の気を吸い上げ、どんどんと火力を増し、妖を塵に帰した。

「よし、こんなもんじゃな。……なんだこれ」

智喜は智鶴たちの周りに浮いているメモ用紙に気がついた。

「ほう、戦おうとしたのか。お前ら、よく頑張ったのう。じゃが、ワシが門下の者とは別で行動して居らんかったら、もしも間に合っていなかったら、今頃お前たちは血の海に沈んで居った」

 そう聞いて、智鶴と百目鬼は背筋がゾ~っとした。沼から上がった時、泣いて居た百目鬼も泣き止むほどに、怖い話だった。

「本当に勝手な事をしおって。皆がどれだけ心配していたと思って居る……まあ、説教はウチに帰ってからじゃな。そら、帰るぞ」

そう言って智喜は歩き出す。智鶴は、まだ怖がりから抜け出せないで居る百目鬼の手を引くと、後を着いて行った。

 百目鬼は手を引かれながらも、自分の意思で、自分の足で歩いた。

 

 帰り道、百目鬼の頭の中で、先ほどの事が繰り返されていた。自分に謝りたいと言った智鶴。沼に沈む自分へ手を伸ばした智鶴。自分を庇ってくれた智鶴。

 それに、自分が弱いから、一歩間違えれば死んでいた事……。色々な事が頭を過っては消えていく。今回のほとぼりが冷めたら、キチンと言わなきゃ。「いいよ」って言わなきゃ。そして、僕も「ごめん」って言わなくちゃ……。

 今日は綺麗な満月である。月明かりが優しく3人を照らしていた。千羽の屋敷が見えてくると、お母さんが飛び出して来た。百目鬼ごと2人は母の腕の中に抱きしめられた。泥だらけでもお構いなしに、しっかりと、しっかりと。

 美代子は「良かった……良かった……」と繰り返している。泣いて居る様な気もした。でも、2人に顔は見えなかった。


 翌日、2人はしこたま怒られた。ここまで怖いお母さんは初めてだった。それは、隣の部屋で絵本を読んでいた智秋が、ビックリして泣き出すほどの説教だった。智喜も叱られた。百目鬼は藤村にも叱られていた。

 結果として、2人には1ヶ月のおやつ抜きが命じられた。これから毎日智秋だけおやつを食べるところを見るのかと思うと、智鶴は胸が苦しくなる思いだった。


 怒られて、泣いて、謝って、泣いて。そうして、解放されると、智鶴は落ち着いてきたのか、居間の縁側に腰掛け、春の風に吹かれていた。

「なにもできなかったな……」

 昨日の妖の事を思い出していた。狼の妖、とても怖い妖。私は紙を浮かせていただけで、なにもできなかった。おじいちゃんが来てくれなかったら、私は……百目鬼は……どうなってしまったのか。考えたくも無い。背筋が凍り付く。

「どうしよう……」

 誰も術なんて教えてくれない。智秋はそれなりに手ほどきを受けている様だが、何故か智鶴は教えてもらえなかった。

「お父さん……」

 父は、父だけは智鶴に術を教えてくれた。ピクリと動かしただけで、凄いと、上手いと、褒めてくれた。お父さん……。そう呼んでも、もう返事をしてくれる事は無い。智鶴は悲しい気持ちになった。百目鬼が来てくれて、百目鬼にちょっかいを出して、そうして紛れていた気持ちが、また沸々と沸いてきた。

 体の力を抜いて、柱にもたれる。ツーーっと頬に暖かい(しずく)(こぼ)れた。

 静かに、流れるままにしていると、誰かが自分の袖を引く。

 振り返ると、そこには百目鬼がいた。

 昨日の夜に許してもらえなかった。だから、もう話す事は無いと思っていた。私が駄目でも、お姉ちゃんとは仲良く出来るだろうから、千羽の家は追い出されないだろう。私はもうちょっかいを掛けないと、迷惑を掛けないと、言葉を掛けないと、そう思っていたのに、そこには百目鬼がいて、自分の袖を引いているのだ。

「なんで……?」

「そ! その……」

 久しぶりに人に聞こえる音量の声を出した彼は、調節が利かず一言目が裏返ったのに、自分でビックリすると、また声が小さくなっていってしまう。

 百目鬼は、深呼吸をすると、一言ずつ、確実に発していく。

「昨日、夜……その。謝って、くれた、のに。ぼ……お、オレは、黙って、て」

 出てくる言葉はカタコトにも聞こえる。それでも、伝わる様に願って、百目鬼は声を絞り出す。少しでも自分を()()する様に、強がって、慣れない一人称まで使って、話を続ける。

「智鶴が、しつこいのは、確かに、嫌、だった。でも、それを、言えな、かった、オレも、悪い」

「何が言いたいの? 文句?」

「ち、ちが……。そうじゃ、なくて、そ、その、昨日、は、庇って……くれて……、ありがとう……」

 尻切れトンボになってしまったが、百目鬼は伝えたい事を取り敢えず言って、恥ずかしくなったのか、俯いた。

「でも、私、何も……」

「ううん。庇って、くれて、嬉し、かった。それと、返事も。謝って、くれた、のに。オレ、何も、言えなくて……。その、えっと。ゴメン」

「は、」

 智鶴は口から息が漏れた。

「はははははは。あ~おっかしいの、百目鬼君。私が謝ってるのに、ゴメンって。何それ、あははははははは。はっはっはっっはははは」

 後で思い出してもそんなに笑うことでは無かった。でも、その時は胃の辺りに支えて居た者が抜け落ちてホッとしたから、ついお笑いを抑えきれなかった。

 笑われて、百目鬼がカ~と赤くなる。智鶴は目尻に涙を溜めて笑った。悲しさの無い涙だった。

「え? どこか、おかし、かった?」

「はははは。2人で謝ってるなら、もうどっちが悪いか分からないね」

 智鶴は目元の涙を拭くと、百目鬼の右手を自分の両手で挟むように包むと、優しくも真剣な目つきで彼を見つめる。

「私、強くなる。百目鬼くんに、相棒って思って貰える様になる。1人でも、強くなってみせる」

 それを受け止める様に、百目鬼もまた彼女を見つめ返した。

「じゃあ、オレ、も」

 辺りが夕日で真っ赤に染まりだした。見つめ合う2人の顔には、決意が表れていた。


 こうして、2人は出逢ったのだった。

今週もどうもありがとうございます。

2章も大分後半で御座います。

また来週も何卒よろしくお願いいたします。

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