2話 千羽家之歴史
この日はオリエンテーションと入学式で終わったので、お昼頃には下校の時間となった。部活動の新歓に向かう者、早速作った仲間とカラオケに行く者、校内を探検する者、みな様々な行動を取る。
当の智鶴はと言うと、帰宅部に心を決め、新歓に向かった日向を見送り、人見知りを発揮して友達も作れず、校内に対して興味が無いと来ている。だが、彼女は一人寂しい様子も無く、まっすぐと帰路についていた。
「ただいま~」
「お嬢。お帰りなさい」
坊主……いや、スキンヘッドの門下生が出迎えてくれる。ちょっとした道場を経営する千羽家には住み込みで修練を積む者が居る。今朝起こしに来た巫女装束の女性や、今智鶴の前に立つ筋骨隆々の男などがそうだ。千羽家本家の者は智鶴と智秋の他には母の美代子と祖父で当主代理の智喜の4人である。
「お母さん居る?」
「はい。居間のほうに」
「わかったわ。ありがとう」
その男が荷物を預かろうとするが、大丈夫と断ると、智鶴は居間へ向かった。
「ただいま~」
「おかえり。入学式、どうだった?」
エプロンで手を拭きながら母が現れる。
「人が沢山だった」
「他には何かないの? 友達は?」
「日向がいるから十分」
「先生どんな人?」
「若い」
「そう。あ、お姉ちゃん帰り遅くなるって。なんか転校生が来たらしくて、歓迎会なんだって」
「そう」
姉さん、最近仕事さぼってると思ったら、遊んでるんだ。へ~。
「あ、そうだ。お母さん、なんか学校で要る物があるみたいで――
智鶴は制服からジャージに着替えると、家の裏手にある倉へ向かう。そこの二階は智鶴のお気に入りであり、自室にいるかここで書物を読んでいることが多い。今日はその中でもかなり古めかしい巻物を取り出して読み始める。その巻物には『千羽家之歴史』とあり、彼女はもう何度も何度も読み返した書物である。
彼女が巻物を広げると、それはふわりと浮かび上がり、読みやすい位置に留まる。また、彼女が読み進めるに従って、紙が勝手に先へと進んでいく。
その書物にはこのような事が書かれていた。
約1000年前寛弘7年(1010年)、平安時代の事。京の都では貴族が幅を利かせ、街では源氏物語が流行していた。その年の8月。紙鬼がこの地で暴れていると聞いた千羽家開祖千羽 智明は紙鬼討伐の為、ここ、清涼は鼻ヶ岳へ赴いた。
紙鬼とは紙を操り、人を食らう妖である。その起源は定かでないが、火に呑まれた寺の怨念が教典に乗り移ったか、大量生産が始まった事でだだくさに扱われ始めた紙そのものの怨念とも言われる。が、正確な伝承は残って居らず、先述述べたとおり、出自は明らかとなっていない。
また、智明についても書かれる。
智明は産まれながらに強い霊力に恵まれ、北方の小国にて呪術者一族の門下に入り、その力を磨いた。時代が時代なだけに、陰陽師を始め、呪術の修練を磨く物は少なくなかったが、彼は頭一つ抜きん出ていた。一番の得意は札を使った術であり、彼が一度妖と対峙すると、紙吹雪のように護符や呪符が舞い踊り、必ず妖を滅却した。信望も厚く、いずれはその一門を継ぐか、都に出て活躍する存在だろうと噂をされる事もあったが、彼は免許皆伝の後、その門下を後にした。そこから彼の所在は不明確となるが、紙鬼の噂を聞きつけ、この鼻ヶ岳へと赴いた。
そんな智明と紙鬼が戦ったのが、ここ鼻ヶ岳。鼻ヶ岳には天狗が住んでおり、彼らの頼みもあって、智明は紙鬼討伐に単身、出陣する。
紙鬼との戦いは困難を極めた。三日三晩に渡る戦い。消耗した一人と一体は最後の力を振り絞り大技を繰り出す。紙鬼は紙で作り出した大剣を振りかざし、智明は己の片足を供物に神下ろしの禁術を行使。神の力を自身に憑依させ、最後の呪符には火の力を持たせて最大火力の大技を打ち放つ。お互いの力は拮抗したかに思われたが、僅差で智明が競り勝ち、紙鬼は滅された。だが、力の強い鬼と三日三晩戦い続けた智明はすっかりと瘴気に当てられてしまっていた。その隙を突いた紙鬼は己の魂の半分を智明に憑依させた。
戦いのあった数日後から、智明の体は徐々に蝕まれ始める。
先ず、力の使いすぎか否か、髪が白くなり、得意だった札の呪術が使えなくなっていた。だが、その代わりに紙を自在に浮かせたり折ったり出来るようになっていた。最初は英雄だと歓迎し、讃えていた清涼の者たちも、それを見てからは紙鬼に呑まれたとか、紙鬼が化けているのではないかと恐れ始め、いつの日か鼻ヶ岳の麓にある智明の小屋には人が寄りつかなくなっていた。
しかし、片足を失い、札による呪術も扱えなくなった彼には、この地に留まり、この呪いの力を『紙操術』として完成させていくしか道が残されていなかった。
彼は熱心に修行を積み、研究に勤しんだ。そして、紙鬼討伐から20年ほどの後、今の紙操術の原型となる術が完成する。智明はその修行中、以前と同じとまではいかないものの、再び呪符や呪術を行使できるようになっていた。また、時同じくして、鼻ヶ岳には瘴気や邪気がたまり始めていた。この山は神域と言う事で妖を寄せ付けやすい。そうして集まった妖の放つ邪気が吹きだまりの様に溜まってきていたのだ。
彼は取り戻した力と新たな力を用いてこの地に集まる妖を滅していった。それは町の人を妖や邪気から守るだけで無く、邪気の高まりによって第二の紙鬼を産みださせない為でもあった。
そして始まったのが、千羽家の『仕事』鼻ヶ岳や、この地に湧き、邪気を放つ妖の退治である。
また、才能を持って生まれる子供が『産の一片』を持って生まれるようになるのも、この紙鬼討伐以来のことである。
「産の一片……」
智鶴はそう呟くと、右手を右から左に振る。すると、千羽家之歴史が閉じ、別に一巻の書物が飛んできた。そこには紙操術者台帳と書かれていた。
更に指を振ると、独りでにページがめくられ、目当てのページが開かれる。
そこには、千羽家に紙操術の才能を持った者が手にして生まれてくる『産の一片』と、名前が記されていた。
『千羽 智鶴』
彼女の名前の上には深紅に染まった和紙が貼られている。
『千羽 智秋』
姉の名前の上にはサーモンピンクの和紙が貼られている。
伝承によれば、この産の一片が赤ければ赤いほど才ある人物という事だった。それを考えれば、彼女の色は異常な赤さだった。
その台帳を見つめる智鶴の表情は、どこか悲しく切なげだった。
どうも、暴走紅茶です。変な名前でしょう? きちんと覚えて下さいね!
おい! 今妄想紅茶とか言った奴誰だ!?
と、まあ、そんな感じであります。
こんな無駄話を読まされている皆様、今週も読んで下さりありがとうございます。
今回は千羽家の歴史についてです。こうして千羽家は始まったのですよ。
ここ、テストに出すのでキチンと履修しておいて下さい(笑)
それではまた来週!