11話 夕暮れ
放課後に再集合という事だったので、日の長くなってきた今では、まだ夕暮れには時間があるものの、智鶴と百目鬼、竜子の3人は授業が終わるや否や屋上へ集まっていた。
一旦帰るかどうするかと悩む智鶴に、竜子がおずおずと提案する。
「あの、良かったら……だけど、ウチに来る? 私の家、川の向こうだし、水上神社なら、ウチのが近いけど」
その提案を聞き、百目鬼と智鶴は複雑そうな顔をした。
智鶴は、そもそも竜子の家に微塵も興味が無く、行きたいとも思わなかったが、知る努力をしていという最中という事もあり、無下にしていいものかと悩んでいた。
百目鬼は、智鶴を竜子の家へ連れて行って、粗相が起こらない筈がないという無駄な確信があった。それでも、智鶴の事だからきっと断るだろうと、高をくくっていた。
「そうね、帰っても、何かするには時間が中途半端だし、分かった、行くわ」
「行くの!?」
予想外な智鶴の返事に、百目鬼が素っ頓狂な声を上げた。
「え? 百目鬼は行きたくないの?」
「あ、いや、そういう、訳じゃ…………」
女性陣に睨まれ、居たたまれなくなる百目鬼だった。
竜子の家は高校を出て、千羽家とは真反対に行き、清涼市を分断する千涼川を超えたところ、南下池町に建つ、築24年、家賃4万弱、4階建ての2階で、南向きの日当たり抜群なワンルームだ。風呂とトイレは別になっており、キッチンと寝室兼居間の境には扉もある。一人で暮らしていくには丁度良い部屋であった。
向かう道すがら、「あのね、誘っておいて何だけど、本当に狭いし、今ちょっと散らかっているかもだから、お屋敷住まいの2人には似合わない所なんだよ……」と竜子は何度も繰り返した。
千羽家から高校へ向かう道のりの倍ほど歩くと、「ここだよ」と竜子が言った。そこは、『メゾン・ド・シャーク』と書かれたアパート。彼女が先導し、玄関ホールを抜けると、外階段を上っていく。
「ちょっと待ってね」
玄関前でそう言うと、竜子は一目散に部屋へ飛び込んだ。玄関扉が閉められ、中の様子は分からないが、何やらどったんばったんぎったんばっこんドカンという効果音だけは聞こえてきた。
「大丈夫かしら……」
冷や汗を垂らしながら、智鶴が心配そうな声を上げたとき、中の音は鳴り止み、内側から玄関が開けられた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
竜子に許可を貰い、智鶴と百目鬼は家に上がった。アパートという場所に入るのが初めてであった為に、実は少しワクワクしている智鶴だった。
「今お茶を出すから、先に座ってて」
そう言われ、居間の戸を開け、中へ入っていく。そこにはおびただしい程のCDがラックの中で精緻に並べられ、その中央上にはコンポが設置され、中央真ん中にはテレビが、その下にはHDDデッキが備え付けられていた。どうやらその中央を境に右側が洋楽、左側が邦楽の棚になっている様だ。また、ベッド脇には赤いグレコ製ストラトキャスタータイプのギターとマーシャルのミニコンボアンプが置かれており、その周りにはシールドが無造作に散らかっていた。彼女の音楽好きが窺える部屋だった。
「お待たせ~」
人数分の冷えた麦茶と、お茶請けのクッキーをお盆に載せて竜子が現れると、智鶴は目を輝かせていた。
「あなた、音楽が好きだったの? この部屋凄いわね! 確かに、ウチに比べたら狭いかも知れないけど、綺麗だし、こう、趣味が溢れている部屋って、何だか共感できて、素敵だと思うわ!」
自分のぬいぐるみに溢れた部屋を脳裏に浮かべながら、智鶴は竜子を嫌っている事も忘れ、矢継ぎ早に語った。
「それに、ギターまで! 弾けるの!? 凄いわね!」
はしゃぐ智鶴を初めて見て、目が点になる竜子。その光景を見て、静かに笑う百目鬼。
「智鶴、以外と、こんなんだよ」
「そ、そうなんだね」
CDラックを眺めている智鶴を呼び戻し、3人でテーブルを囲む。席についても、智鶴はキョロキョロと辺りを見回していた。
「ちょっと落ち着きなよ」
「いいじゃない。見られて減るもんじゃないでしょ」
「そうだけど、なんか恥ずかしいの!」
はしゃぐ智鶴になれてきた辺りで、褒められている実感が湧いたのか、何だか照れくさい気分の竜子だった。
「それで、2人とも、今後の、事だけど」
女の子が女の子の部屋でわいわいしている事へ、何かソワソワとした疎外感を受けた百目鬼が、わざと真面目な声を出して、そう話し始めた。
「多分、妖は、迷子」
「先週も話題に出したけど、そうね。その解釈で合っていると思うわ」
今日もヤケに素直だったし、と付け加える。
「そう。で、今後だけど、話の流れ、では、送り届ける、事になるかも」
「そうだね。そうしてあげた方が、その子の為かも」
「私は反対よ。何で妖にそこまでしてあげなきゃならないの? 家族が近くに居なかったら? それにこの後送っていくとして、夜の仕事までに見つけられるの?」
「それは……」
百目鬼と竜子は口籠もってしまう。
「でしょ? 流石にもう滅するのは諦めたから、取り敢えず千羽町から出て行って貰いましょ。隣町の白澤院の領地にでも放ればいいわ」
「それは流石にむちゃくちゃだよ」
「でも、どうしよ。智鶴の、言う事も、間違っては、いない」
そう言う百目鬼の声を聞いて、竜子が「よしっ!」と声を上げる。
「分かったわ。取り敢えず私の従者にする、なって貰える様に説得するよ。で、これから暇な時間を見つけて、家族を探す。きっと家族の方もあの子を探しているハズだから、直ぐに見つかると思うし」
「そういう、事なら、協力、する」
「ありがとう!」
「ちょっと待って」
意見が纏まりそうになった時、智鶴が口を挟んだ。
「何で妖にそこまでするの? 出て行って貰うだけじゃ駄目なの?」
「あ~。これは、育ってきた環境の違いかな。悪い意味で言っているんじゃないよ、本当に。私はね、妖が好きなんだ。極力滅したくないし、今回みたいに困っているなら放っておけないんだよ。理屈とかじゃないから、上手く説明できないな。ごめんね」
「……ふん。好きにすると良いわ」
竜子は己の術のせいもあり、幼い頃から妖とは友達の様に接してきた。また、師である母からは、「困っている者を助けられる強さを持ちなさい」と言われて育ってきた。そういった環境があり、彼女にとって困っているなら、人も妖も関係ないのである。それを汲んだ智鶴は、妖を助けるなどと言う事を認めたくはないが、竜子を頭ごなしに否定する気にもなれなかった。
「それで、話は戻るけど……このCD、何か流してみなさいよ! あと、ギターも弾いて見せなさい」
と、再びこの部屋への興味が溢れた智鶴が、竜子を困らせ始めた。
そうしている間に日は傾き、窓の外がうっすらと赤くなり始めた。
「そろそろ、行こう」
うたた寝から起きた百目鬼がスマフォで時間を確認しそう言うと、竜子は丁度流れていたMONO NO AWAREの『言葉がなかったら』を止めた。
竜子の住むメゾン・ド・シャークから千涼川沿いに東へ向かうと、水上神社が見えてくる。
水上神社には、一見して何者の姿も無かった。が、3人が鳥居をくぐると、それは小さな社の横手から姿を現した。
「あ、あの……。ま、待ってました……」
現れたのっぺらぼうは、口もないのに、言葉を話した。
「君が、私たちから逃げていた、のっぺらぼう君だね?」
竜子が先陣を切り、少し屈み、顔を近づけ話しかけた。
「そ、そうです……。あ、あの! 先日はすみませんでした。僕、術をまだ上手く制御出来ていなくて、驚いたりすると、勝手に漏れてしまうんです」
「そうだったの。ほおら、智鶴ちゃん。やっぱり悪い子じゃ無かったでしょ」
と、竜子が振り向くと、智鶴は百目鬼に口を塞がれ、羽交い締めにされていた。そして、目は爛々(らん)と輝き、塞がれた口からは、滅する……滅する……と、呪いの言葉の様なモノが漏れていた。諦め切れない気持ちが溢れていた。
「あ、あれは気にしなくていいよ」
怖がるのっぺらぼうに、冷や汗を垂らしながら、言い訳の様に言った。
「それと君、このままじゃ話しにくいんだけど、お名前はあるかな?」
「は、はい。唯一の唯に、雄雌の雄で、唯雄です」
のっぺらぼうの識字力が想像以上に高かった事へ、驚きの顔を見せる竜子は、更にしゃがみ、唯雄の顔を少し見上げる様な格好になる。
「唯雄君だね。なんで君は、こんな所に1人で居るのかな?」
「それは……僕、家族とはぐれてしまって――
そこから語られた事情は、こうだった。
先日、住処を移動しようと、家族総出で引っ越しをしていた。次の住処はどこにしようかと、あれこれ話ながら、旅行気分で歩いていると、突如、大きな妖に襲われた。余りにも突然で、余りにも恐怖を感じたから、どんな妖だったかちゃんと確認できていないが、取り敢えず大きくて強そうな妖だった。
両親が体を張ってくれ、何とか隙をついて逃げ出したが、がむしゃらに走って、ふと気がつくと家族はどこにも居らず、はぐれてしまっていたという。
「ああ、やっぱり。お姉さんたちもそうじゃないかなって思っていたんだ」
「それで、こうして助けに来てくれたんですね」
「そうだよ。それにしても、何で繁華街や学校なんて、人が多い上に明るい所に居たのかな?」
「繁華街に居たのは、単純にその辺りではぐれてしまったのと、僕が見える人に助けて貰おうと思ったんです。学校に行ったのは、そこのお兄さんを探して辿り着きました」
そう言って唯雄は百目鬼を指さした。矢面に立たされると思っていなかった百目鬼は、驚いた様に「お、俺?」と呟いた。
「はい。あの繁華街で妖気を感じる事が余りなく、感じても直ぐに消えてしまって、なかなかその妖気を出している妖の所まで辿り着けませんでしたが、あのお兄さんの妖気はしっかりと感じる事ができて覚えられたので、なんとか妖気を辿って、学校まで行きました。あの時も、折角見つけてもらったのに、逃げちゃって、ごめんなさい……」
「いいんだよ。君がこの町に来た理由も分かったし、これからお姉さんたちは、君の家族を探すお手伝いをしたいんだけど、どうかな?」
「本当ですか? ありがとうございます。よろしくお願いします!」
表情が分からないが、ポッと花が咲いた様な雰囲気が感じられた。
「それでね、君さえ良かったらだけど、あの後ろに居る怖い人みたいなのに、君が襲われない為に、一旦私と契約してくれないかな?」
「契約?」
そうだよ。と言って、竜子は手を叩いた。すると、彼女の周りに従者たちが姿を現す。
「お姉さんは契約術師なんだ。こうして、妖と契約して、一緒に戦って貰っているの。勿論、君には戦って貰う必要も無いし、むしろ君の安全を保証出来るようになるんだ。怖い事も痛い事も無いから、ね、どうかな?」
美夏萠や他の妖の気に押され、唯雄が少し怯えた様な仕草をとりだす。
「でも……お母さんが、呪術師には近づくなって」
「それは、悪い術師だよ。お姉さんは妖とは仲良くありたいの」
「でも、お姉さんは妖を倒す人なんでしょ?」
「そうね。でも、それは悪い事をした妖だけ。悪い事をしない子はこうして仲間になって貰ったり、君みたいに救いの手を差しのばして来たんだ。言葉だけじゃ信じて貰えないかも知れないけどね」
「……」
唯雄は俯いて、何も喋る事が出来なくなった。彼は迷っていたのだ。今まで母からは呪術者は怖い存在だと教えられてきた。でも、目の前に居るお姉さんは違う気がする。でも、信じてしまっていいのか。でも……でも……と。
「お姉さんに、君を、守らせて欲しいな」
ダメ押しで言ったその言葉が、唯雄の心を動かした。彼の心の中に、お父さんとお母さんの姿が映し出される。ずっと前にも、その2人は怖い妖から、傷だらけになりながら自分を守ってくれた。何とか無事に逃れた後、お母さんは笑いながら「お母さんは、あなたたちを守りたくて、頑張っているのよ。親って、そう言うもんなの」と優しくも力強くそう言っていた。お父さんも「そうだぞ。親は子供を守りたいんだ」と、言っていた。守りたい。お姉さんはお父さんやお母さんと同じ様に、この人は自分を守りたいと言ってくれた。
「お、おねがいします……」
唯雄がハッと我に返ると、自然に言葉が出ていた。
「うん。じゃあ、手を出して」
言われるがまま、唯雄は手を出す。竜子は左手でその手を取り、右手には契約の光を灯した。
「ツナギツナガレトキトカレ。我が名十所竜子の名の下に、汝我が従者となれ」
物騒に聞こえるその呪文も、どこか優しく聞こえる声で唱え、唯雄の手の甲にそっと掌を乗せた。
光が消えると、彼の手の甲には『四つ捻りの蛇の目』が刻まれており、術の成功を示した。
「これで、あなたは私の従者よ。短い間になるだろうけど、よろしくね。私は竜子って言うの」
「はい。よろしくお願いします。竜子さん」
唯雄は誇らしげに手の甲を夕日に翳した。
「隼人君。もう智鶴ちゃんを離していいよ。それともまだ抱きしめていたい?」
「あ、いや。そんな事は無い」
少し照れた百目鬼は、さっと智鶴から離れる。
「滅して……って。契約しちゃったの。流石にアンタの従者なら手は出せないわ」
一瞬呪力を放った智鶴だったが、唯雄の手の甲を一瞥すると、諦めた様にそう言った。
「本来なら、智鶴ちゃんの言うとおり、この町から追い出すだけで良いんだろうけど、私の我が儘に付き合ってくれてありがとうね。2人とも」
そう笑いながら言う竜子を見て、智鶴は何だか百目鬼と出会った時の事を思い出していた。
……あの頃の私はいつも泣いていた。
今週もどうもありがとうございます。
来週もよろしくお願いいたします。