10話 お昼の学校にて
今日の通学路には日向が居なかった。智鶴は一人寂しく通学路を登校する。百目鬼は先に出ていた。この田舎道を歩いて登校しているのは、智鶴、日向と百目鬼くらいなもので、桜並木にさしかかるまで、高校生らしき人物の姿は見えてこない。そこを半分ほど進むと、名前ばかりで、実は高校から少し距離のある、清涼高校前駅から高校へ向かう人の群れと遭遇した。
「あ、智鶴ちゃん」
後から肩を叩かれて、ビクゥと心臓が跳ねたが、その正体は前野静佳だった。
「ああ、なんだ静佳か」
「なんだって言った!?」
と、少しショックを受ける静佳。
「冗談よ。おはよう」
「おはよう。今日は日向ちゃんとは一緒じゃ無いの?」
「ええ。日向は日直よ」
「そうなんだ。そう言えば、昨日日向ちゃんとね、駅前でばったり会ったんだけど、ちーちゃんに話したい事がある~とか何とか言ってて、何か知らない?」
「ん~? 知らないわね」
智鶴には心当たりが無かった。いや、正確には話半分に終わったお化けの話があるが、それではない気がしていた。智鶴にとって、妖関連の噂は聞いておきたい話ナンバーワンだが、一般人からすると、どうでも良い話の類であろうから。
第二グラウンドと塀に挟まれた道を正門目指して歩く。自転車通学の生徒や、朝練のランニングをしている野球部に追い抜かれるも、ぞろぞろと歩く一団は何食わぬ顔で門を抜けていく。
上履きに履き替え、教室に着くと、既に日直の仕事を終えた日向が席に着いていた。
「ちーちゃん。おはよう~」
「おはよう、日向」
予習をしているのだろう教科書を捲っていた日向に、挨拶をする。
「静佳に聞いたんだけど、何か話があるって?」
「あ、そうそう、先週お化けの話をしようとしたのに、話せなかったじゃん。あれ、早く話したかったんだよ~」
まさかそんなにもこの話をしたがっていると思っていなかった智鶴は、少し驚いた顔をする。
「そんなに話したかったの?」
「うん。何て言うか、それが変な話でさ。ちーちゃんが聞いたらどんな顔をするかなって」
悪戯っぽく笑う日向に、何の話? と、静佳も話に加わって来る。
「それでね、これは、文化研究会の先輩から聞いたんだけど、鼻ヶ岳の向こうの隣町でね、何人か目撃者が出てるらしいんだけど、動物の霊が出るんだって」
「動物? 人じゃなくて?」と、つい智鶴が口を挟み、しまったという顔をするが、日向は話す事に夢中で気にしなかった。
人の霊は町中でもぽつぽつと見かける。が、目立つ様な動物霊は霊として現世へ留まる内に妖へと成りやすく、お目にかかる事は少ないのだ。
「うん、動物で間違い無いよ。そのお化けはね、なんか馬みたいな見た目で背中に羽が生えてるらしいの。先輩が言うには、西洋から来たペガサスかユニコーンじゃないかって。何をしに来たのかは知らないし、どんな目撃情報だったのかも、よく分からないみたいなんだけどね」
日向は最後の言葉に笑い声を混ぜて、冗談めかしくそう話した。
「何それ、胡散臭。目撃されたのに、情報が無いって何それ」
と静佳が忌憚ない意見を発言するが、智鶴は考え込んでいるらしく、耳に届いていない。
「ぺがさす……ゆにこーん……」
智鶴が口の中で単語を転がす。でも、そんな話聞いてない。頭の中にそんな言葉が浮かぶ。その隣町だと、千羽の区域で無く、白澤院の管轄であるが、流石にペガサスやユニコーンが飛来していたら、話くらい流れてくる筈だった。しかし、それが無いとなると、
「……まだ妖になりきってない? いや、調査中か」
つい口から思考が漏れた。
「え? 何て? まさか智鶴ちゃん、こんな話を信じるの? お化けなんてないない。大方、公園の遊具とか看板を見間違えただけでしょ」
智鶴は、自分の失態に気がつき、顔が赤を通り過ごして、青くなる。
「あ、いや、違うのよ? 小さい頃好きだった漫画の事思い出しちゃって」
「あ~。それって、ひょっとして――」
静佳が同じ漫画を読んでいたため、話が悪い方向には広がらなかった。ほっと胸をなで下ろす。そしてチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
……羽の生えた馬。これ、一応百目鬼にも言った方がいいかしら。でも、所詮は噂かも知れないし。と、先生が出席をとりだしても、智鶴は考え続けていた。
だが、伝える事が出来ないまま、事は3時限目の最中に起こった。
中間テストが近づいており、流石に寝ている訳にもいかなくなった智鶴は、睡魔と戦いながらも、必死でノートをとっていた。だが、カクンと睡魔に負けた瞬間、再びピクンと目を覚ました。
……邪気? 構内に妖が居る?
智鶴は咄嗟に百目鬼の方を見る。彼もやはり気がついた様で、目が合った。
と、その時、姿の見えない何かが机を登って来た。何かは筆箱の影まで移動すると、2、3秒だけ姿を現す。それは、小さなネズミ、竜子の従者、ムーニーだった。ムーニーは智鶴の肩に登ると、小声で伝令を伝える。
「竜子から伝令。妖の正体は今天と空に調べさせているから、何とか授業を抜け出して、屋上に集合」
それだけを伝えると、ムーニーはそそくさと百目鬼の方へ向かっていった。
この事件を仕切ろうとする竜子には火山が爆発しそうな程腹が立ったが、そうも言っていられない。机に掛けてある巾着を掴むと、智鶴はゆっくりと手を挙げた。
「先生、すみません。休み時間まで頑張ろうと思ったんですけど、ちょっと体調が優れなくて、保健室に行っても良いですか?」
「ああ、構わんよ。誰か……」
と、先生が付き添いを探した瞬間、間髪入れずに百目鬼が立ち上がる。
「あ、俺、行きます」
百目鬼は智鶴を支える様にして、教室を出る。出て、階段に着くまでは体調の優れないフリをしていた智鶴も、姿勢を直すと屋上に足を向けて駆けていく。
屋上には、竜子が先に着いていた。
「上手く抜けられたんだね。今天と空が邪気の正体を見つけた所だよ」
竜子はマドウメの能力を使い、教室を抜け出してきたのだ。
「仕切るな! と言いたい所だけど、昼間に学校へ入ってくるなんて、どんな上級よ」
息を整えながら、智鶴はそう問いかける。
「まあ、そう慌てないでよ。別に時を争う様な事態ではないみたいなの」
「どういう、こと?」
「正体は、どうやら、のっぺらぼうみたい」
「のっぺらぼうって、あの?」
「そう、あの時の」
「何で?」
「何でって、そんなの私も分かんないよ。今さっき天が見つけたとろだもん」
「仕切る割には役に立たないわね。じゃあ、場所は? 今すぐに滅してくるから」
「役に立たないとか、滅するとか言う人には、教えない!」
竜子が腰に手を当て、頬を膨らます。
「……2人とも、今は、そんな事、してる、場合じゃない」
「ふん。まあいいわ。取り敢えず滅さないから、場所を教えなさいって」
「それくらい自分で気配取りしなよ」
「そ、れ、が、出来ないから、こうして下手に出てるんしょうが!」
「それは、下手に出てる人の態度じゃ無いよ」
「……はぁ。取り敢えず、体育館の、裏手、みたい、だから、移動、しよう」
もう、手に負えないと、百目鬼はため息をついた。
先生の目から隠れる様にして、体育館の裏に行くと、渡り廊下に天が止まっていた。
「あっちです。出入り口の石段に座ってます」
3人は天にありがとうと言うと、そこへ行ったが、のっぺらぼうは彼らの姿を見つけると、一目散に逃げ出した。
「あ、コラ、待ちなさい!」
智鶴が走り出すも、っわぁと声を上げて、草木を捨てる穴に落ちた。そこへ駆け寄る2人。そうこうしている内に、またもやのっぺらぼうの姿は見えなくなった。
「く、クソ……。やってくれるわね。滅してやるわ……」
草木にまみれた智鶴が、穴から這い出してくる。
「あの子、何も悪くないじゃん」
「いや、逃げるから悪いのよ。あの妖、絶対ここに穴があるって分かって逃げたのよ」
「……ホントかなぁ」
呆れながら竜子が呟く。
「……でも、あの妖、人を恐れてる。近づけない、かも」
「それじゃあ、どうするのよ。遠隔じゃ、滅する事しか出来ないわよ」
「智鶴ちゃんは一回、滅する事から離れて」
「そんな訳にはいかない!」
「なんでだよ、もう! じゃあ、いいよ。私と隼人君でどうにかするわ。隼人君、位置は取れてる?」
「勿論。今、通用口の方」
「分かったよ。でも、どうしよう。位置が分かっても、近づけないんじゃなぁ」
「竜子、隠形は?」
「解かずに話しかける訳にもいかないし、解いたら解いたで逃げられちゃう」
「そうだね……」
「………………ねえ、勝手に話を進めないで」
イライラした様に足をパタパタ言わせながら、智鶴が言う。
「実のある提案が出来るなら、話に入れてあげるけど? 位置取りの出来ない智鶴さん?」
「ぐぬぬ……。じゃ、じゃあ、こうしましょう? 私の折り鶴なら、警戒されないんじゃない? 手紙を書いて、折って飛ばせば良いのよ」
痛いところを突かれて、つい竜子の口車に乗せられ、妖に寄り添った解決策を披露してしまう智鶴だった。
「あら、そんな事してくれるんだ! ありがとう」
「別に礼なんか言われる筋合いないわ」
少し照れくさそうだった。
「天!」
竜子が呼ぶと、近くの木の上から天が降りてきて、彼女の肩に留まる。
「通用口の方にいるみたいだから、正確な位置を見てきて」
「了解」
天は再び羽ばたくと、通用口の方へ飛んでいった。
暫くしてから、竜子が呪力を練る。すると、彼女の瞳が黄色くなっていく。
「見えたよ。うん。通用口の方だけど、これはゴミ捨て場の辺だね。でも、何だろう? こっちを少し気にしてるみたい」
「何したの?」
「視覚の共有。天の見てる風景を見てるの。っと、マズいね。近くのバレーボールコートで体育やってるよ。やっぱりこれ以上は近づけないね」
先生に見つかるわけにはいかない三人にとって、それは大問題であった。
「ならアンタ指示なさい? 私は、『今日だけ』、『特別に』、言う事を聞いてあげるわ」
「珍しい事言うね。雪でも降るのかな?」
「五月蠅い! 初夏に雪が降ってたまるか! それより、どうするの? このまま野放しにするわけにいかないわ。やるの? やらないの?」
「やらせて頂きますとも!」
そうして、先ずは智鶴の巾着に入っている紙から丁度良いサイズのモノを探し、手紙を書く。
「文面は、俺が、書くよ」
と言い、百目鬼が文字を綴っていく。
『のっぺらぼうの少年へ
今君を探している人間です。決して君を滅そうとしている訳ではありません。君がなんで繁華街や、学校という、人の集まる場所に居るのかを知りたいだけです。そして、何か困っているのなら、力になります。もし、この話に乗ってくれるのなら、夕暮れ時、水上神社に来て下さい。待ってます。』
「こんな、感じ?」
「良いじゃ無いの。て言うか百目鬼、文章だとすらすら話すのね」
百目鬼が少し赤くなる。
「……そんな事、今、関係ない。じゃあ、後は、上手く行く事を、祈る、だけ」
笑いながら、智鶴はその紙をチョンと小突く。小突かれた紙は空中で見る見る折られ、鶴の形になった。
「いつ見ても器用なものだね」
竜子が感心した様に言った。
その鶴の首を空に咥えさせ、上空から落とす作戦だった。
「いい? いくよ?」
空が所定の位置に着いたのを確認した後、竜子が智鶴にそう尋ねると、小さく頷いてみせた。
「3、2、1、離した」
その声と同時に、折り鶴がふらふらと落ちていく。
その声と同時に、智鶴は目を閉じた。見えない状況をイメージで補完する為だ。
智鶴はゆっくりと羽ばたく様に、折り鶴を操作する。
すると、只落ちていくだけだった折り鶴は、命を吹き込まれた様に、羽ばたき、目的へ向かって飛び始めた。
「もう少し右、あ、行きすぎた。次は前過ぎる」
と、何だかスイカ割りでもしているように、位置を指示する竜子と、それを視守る百目鬼。
「このあたりかしら?」
「良い感じだよ。あ、気がついた。ちょっと警戒しているみたい。でも、手に取ってくれたよ」
それを聞くと、智鶴は折り鶴を展開した。のっぺらぼうの少年は少し驚いた風を見せたが、その手紙を見ている。
「今更だけど、妖って、文字読めるのかしら」
「多分、のっぺらぼうくらいの、準上級なら、読める、はず」
のっぺらぼうは、その妖力の低さから脅威とはならないと判断されるも、人語を解し、またメジャーである事から中級以上、上級未満の、準上級という位付けがされている。
「あ、学校から出て行った。千涼川の方に歩いて行ったよ」
「上手く行ったみたいね。じゃあ、後は放課後に。教室へ戻りましょう」
智鶴の提案に賛成の意を示し、二人も教室へ戻った。
今週もお読み頂きありがとうございます。
来週もよろしくお願いいたします。
※作中に出てきます呪術等の解釈につきましては、作者独自の解釈であり、一般的なものではございません。