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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第二章 ムカつくアイツ
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9話 謁見

 土曜日の昼下がり、夏の暑さを肌が思い出す様な晴天。

 時計の針は13時40分を指している。

 人が出払っているのか、人気の無い千羽家の玄関で、お邪魔しますという声が響いた。

 客人は暫く返事を待ったが、応答が無いため、道場の方へと足を向ける。すると、頭上から「もう来たの」との声が降ってきた。

 客人は竜子(りょうこ)だった。

 狩衣(かりぎぬ)を模した青い洋服を着た彼女は、声のした方を見上げると、倉の窓から智鶴(ちづる)が顔を出しているのが目に入った。

「玄関で少し待ってなさい。今行くから」

 言われたとおりに玄関へ戻り、式台(しきだい)に腰を下ろす。

「早く着き過ぎちゃったかな」

 小さく呟くと、背後に気配がした。

「あ、竜子。早いね。智鶴は? 倉の方に、居たと、思うけど」

 振り向くと、黒い和服に袖を通した百目鬼(どうめき)が立っていた。

「お邪魔してます。智鶴ちゃんなら、もう来ると思うよ。でも倉で何してたんだろ」

「倉は、智鶴の、お気に入り。よく、あそこで、書物とか、読んでる」

 そう言いながら、百目鬼は竜子の隣に腰を下ろし、ハイカットのこれもまた黒いスニーカーを履く。

「へー。研究熱心なんだね」

「そう。智鶴は、ほぼ一人で、術を覚えた、タイプだから」

「え? それってどういうことなの?」

「智房様、俺は会ったこと、無いけど、智鶴の、お父さんに、基礎だけ習って、あとは、倉の書物とかで、勉強した、みたい」

「何でまたそんな事に」

「知らない。教えて、くれないし。でも、そうという事、だけは、知ってる」

「ふぅん」

 2人が話していると、紋付き袴の正装姿で智鶴が現れた。

「何話しているのかしら?」

「何でも無いわ」

「うん。他愛も、無い事」

「……そう。じゃあ、少し早いけど、向かうわよ。いい? 『八角齋さんのお願い』だから、『しょうがなく』、案内役をしているのよ? これも『仕事』のウチだからね!」

「はいはい。分かってますよ」

 千羽家から出て、少し行った先の道を鼻ヶ(はながたけ)沿いに南東の方角へ向かうと、大きな赤い鳥居を入り口にした、鼻ヶ岳の参道、長い石段が見えてくる。

 そこへ向かう道すがらも、3人は話を止めなかった。

「智鶴ちゃんの格好、珍しいね」

「そう? 大天狗様(だいてんぐさま)への謁見(えっけん)なんて初めてじゃ無いけど、そうある事じゃ無いの。流石に格好はキチンとしないとね」

「隼人君は紋付きじゃないの?」

「俺は、千羽の、人間じゃ、ないから」

「そっか。あの家に住んでるもんだから、ついその事忘れちゃってた」

「アンタこそ、それ戦闘服でしょ? 曲がりなりにも当主代理なのに、紋付きも持ってないの?」

「これ、戦闘服じゃ無いよ? 勿論仕事に行く時に着てるから、そう解釈されても問題無いのかも知れないけど、これ、一応ウチの正装だよ」

「そうなの」

「うん。しきたりでね~。仕事は完全に正装のみなんだ。私はてっきり智鶴ちゃんも紙服で来ると思ってた」

「前にも言ったけど、あれは自作よ。ウチは基本好きな格好だから」

「そうなんだ。良いなぁ。夏は夏服があるから良いけど、冬はちょっと寒いんだ。動けば暖かくなるけどね」

「あら、丁度いいじゃない。凍えてる間に私が仕事しておくから。アンタは家で丸まってなさいよ」

「……智鶴も、寒いの、苦手、じゃん」

「あらら。そうなんだ。じゃあ、2人で丸まっていようか」

「アンタと丸くなる何て死んでもゴメンだわ」

 智鶴はついとそっぽを向いた。

「……あらら、やっぱり、こうなる」

「こうって、何よ」

 百目鬼をジロリと見つめる智鶴。

「百目鬼の髪、謁見には適さないわね。切ってあげようか」

 袖口から出した紙切れを見せて、そう脅す。

「や、やめてよ。絶対に、嫌」

 と言って、百目鬼は智鶴から距離をとった。

「待ちなさい! いつかは切ってやろうと思ってたのよ」

 そう言って駆けていく二人を見て、竜子は声を出して笑った。

 命からがら百目鬼は智鶴の攻撃を避けきり、3人は石段の頂上鼻出神社(はなでじんじゃ)の鳥居をくぐった。境内には天狗の石像が建っており、ここが天狗を祀っている神社である事が一目で分かる。社務所(しゃむしょ)に目を向けると、千羽の門下生がうたた寝をしていた。神社の掃除や運営手伝いも門下生の仕事である。初詣や七五三などではそこそこ賑わう境内も、特に催事の無い今日は閑散としていた。

 本来なら、このまま拝殿(はいでん)賽銭(さいせん)を投げ、引き返すところだが、3人は手水舎(ちょうずや)で清めた後、拝殿には目もくれず、拝殿の横をすり抜け、更に山を登った先にある本殿(ほんでん)を目指した。

「ここから参道は無くなるけど、ちゃんと付いて来なさい。私から離れると、拝殿へ引き戻されるわよ」

 智鶴はそう言うと、山道を先導して登っていく。一般人が簡単に入ってこられない様、参道は拝殿までしか設けられていない上に、特定の呪具(じゅぐ)を持っていないと、拝殿へ引き返させる術式まで組まれていた。

 険しい山道を登る事10分。拝殿よりはこぢんまりとした(やしろ)が建っていた。

「ここよ。入るわ」

 智鶴が本殿の扉に手を掛けると、開ける前にもう一度2人に向かって話す。

「いい? ここからは神の領域。失礼のないようにね。それと、ここから先に見る物はウチの秘伝だから。他言無用で頼むわ」

「わかったよ」

 竜子の返事を聞くと、智鶴は観音開(かんのんひらき)きの戸を開いた。そこはシンプルな造りであり、狭い室内には床の間のような場所に祭壇(さいだん)が設置されているのみで、その一番高いところには丸い銅鏡(どうきょう)が置かれていた。

「あれ? 大天狗様は?」

神域(しんいき)――というか、異界(いかい)全般そうなんだけど、そういう場所は、現世と黄泉(よみ)の間にあるの。で、そこには必ず入り口がある。それが、ここ。そして、この鏡。今開けるから黙ってなさい。あと、携帯とかそういう荷物はここに置いていくから。大丈夫、ここまで来られる泥棒なんていないわ」

「はーい」

 そうして荷物を部屋の端に置くと、智鶴は(そで)の中を探り、紐が付いた一粒の勾玉(まがたま)を取り出す。勾玉を銅鏡に映すと、スッと目を瞑り(つぶり)、呪力を練る。そして大きく息を吸うと、一声で、呪文を唱え上げた。

「ヒラケヨヒラケ。日神天照大御神(ひのかみあまてらすおおみかみ)の銅鏡を境とし、我を神域に通し給へ(たま)。我紙操術宗家千羽家所属千羽智鶴也(われしそうじゅつそうけせんばけしょぞくせんばちづるなり)!」

 智鶴が最後まで言い切ると、日が差し込んだ訳でもないのに、銅鏡が光り輝いた。そして、その鏡から呪力が突風の如く吹き荒れる。竜子は思わず袖で顔を覆うが、智鶴と百目鬼は何食わぬ顔で銅鏡をじっと見つめていた。そのまま光と風は強くなり――

――辺りがホワイトアウトした。

 余りのまぶしさに竜子は目を開けていられなかった。だが、段々と風は止み、光もその光量を失っていった。

 彼女がゆっくりと目を開くと、そこには先ほどまでのこぢんまりとした本殿は消え去っており、代わりに砂利の上に立っていた。そして目の前にはとても大きな屋敷――いや御殿とも呼ぶべき(やしろ)が現れていた。そう、彼女は大天狗の社が(そび)える境内に立っていたのだ。

 初めて異界、それも神域に入った竜子は初めての感覚にとらわれていた。それはなんとも心地よいような、それでいてどこか不安になる様な、不思議な感覚だった。ここが神域、神の住まう世界。竜子はそう思うも、まだどこかピンときていなかった。

「おお。智鶴。よう来たな」

八角齋(やすみいつき)さん!」

 社の入り口から天狗が手を振って近づいてきた。

「この方が、八角齋さん? なの?」

「そうよ」

「お前さんが侵入者か」

「……まあ、はい。そうです」

 改めて侵入者と呼ばれると、何とも気まずい竜子だった。

 3人は八角齋に案内され、社の中へと入っていく。どんどんと奥へ進み、奥の(おくのいん)と呼ばれる主の部屋に通された。一体何畳(なんじょう)あるのかと思うほど広い面積に加え、天井まで何十メートルもあり、大広間にも見えるそこは、部屋の3分の1が御簾(みす)で仕切られていた。

「じゃあ、今呼んでくるから、この座布団にでも座って待っててな」

 言われるがまま、座布団に正座し待つ事数分。御簾の向こうに影が現れ、3人は深々とひれ伏す。

 影を認識した瞬間、竜子は自分が滝の様な冷や汗をかいている事に気がついた。濃厚な神気(しんき)。それに混じって漂う妖の邪気。妖から神に成った者は、こういった特有の気を(まと)う。

 探られている……。下手な事はできないね。しようとも思えない。そんなことを考える以前に、思考が恐怖で埋め尽くされる。

 竜子は体を微動だにも出来なくなっていた。身じろぎ一つすることも許されないほどの圧が御簾の向こうから漂ってくる。ただ、そこに居るだけなのに。

 準備が整ったのか、御簾の前に八角齋の様な家来の天狗が数人現れた。

「大天狗様のおな~~り~~」

 その言葉と同時に、御簾がゆっくりと持ち上げられていく。

 段々と(あら)わになる姿。(さえぎ)るものが無くなり、更に濃くなる神気の圧。

 全てが上がった後、それはゆっくりと、だが確かに体の芯へ響く声を出した。

「話は聞いておる。さあ、顔を上げなさい」

 言われても直ぐには反応できない。重力が倍になったかの様に、ゆっくりとゆっくりと頭を持ち上げていく。そして、顔を上げきった時、竜子の目の前には八角齋の何十倍も大きな大きなそれは大きな大天狗が鎮座していた。

「お前が、この地に入り込んだという侵入者か?」

「……はい。その節は誠に相済みませんでした」

 声を出しただけとは思えない(しょう)(もう)が体を襲う。

「……ふむ。()()のか。これはこれは」

 ……志波? 百目鬼の頭の中に疑問符が浮かぶ。だが、大天狗がそう言った直後から、竜子は先ほどまでの吐きそうな圧を感じなくなっていた。

「その方、名を何と申す」

「はい。十所竜子(じっしょりょうこ)と申します」

 言葉を発っしても、先ほどのように急激な消耗を感じない。

「十所か。お前は聞くところによると、これからこの地に仕えるらしいな」

「はい。大変無礼な振る舞いをしたにも関わらず、(せん)()(とも)()様に許しを頂き、千羽家付きの術者として、この地にて仕事をさせて頂いております」

「そうか。千羽のがそう決めたなら、それで良いだろう。まあ、死なぬ程度に頑張りなさい。我としては、人が生きようと死のうと関係ないが、一度顔を見た奴に、自分の土地で死なれるのは、あまり気持ちの良いものではないからな」

「ありがたきお言葉、()(ごく)(きょう)(えつ)に存じます」

 そう言い、竜子は座ったまま深々と頭をお辞儀をした。

 状況を冷静に見ていた智鶴は、簡単に話が終わった事へ少し疑問を感じた。。

「それと、ついでだ。千羽の若いの。最近山の下はどうだ」

 急に話を振られ、冷静だったハズの智鶴はドキリとする。

「あ、はい。大きな変わりなく、人々は平和に暮らしております」

「そうか。それは良い事だ。そろそろ時間か。お前たち、もう下がって良いぞ」

「失礼します」

 3人が声を揃えて頭を深く下げた。すると、後に控えていた八角齋が再び案内役となり、皆を部屋の外へ連れ出していく。

 

 客人が居なくなった奥の院にて、大天狗が呟いた。

「志波の上に十所とは。千羽はどうするつもりなのか。ふん。面白い事になるかもな。まあ、見ていてやるとするか」


 大天狗が言った時間というのは、人が神域に居られる時間の事である。余り長く居ると、段々自分と世界の境界があやふやになり、自意識を喪失し戻れなくなる。そう、神隠しに遭うのだ。この現象は、何も知らぬ者が神域や異界に迷い込み、抜け出せなくなった結果に名称がついたものである。

 3人は八角齋に別れを告げると、直ぐに来た道を戻る。社とは反対の方向に走っていくと、再び光に包まれ、鼻出神社本殿の板の間に放り出された。

うわっとか、きゃあとかと声を上げ、床に転がる。竜子はイタタと腰を擦りながら立ち上がろうとするが、腰が抜けてしまって立ち上がる事も出来ない。それどころか、立ち上がろうとした反動で、仰向けに倒れてしまう。

「アンタ、大丈夫? 顔が青いわよ」

 竜子の隣にしゃがみ込み、顔を覗き込む。

「……疲れた~。なんで君たちはそんな平気なの?」

「俺、混じってる、し」

「私は何回か行っているし」

「……やっぱり私とは規格外だね」

 苦笑いを浮かべつつ竜子はそう言った。

 竜子がそれなりに回復するのを、本殿で休憩しながら待って居る間、()(とん)(きょう)な声が聞こえてきた。

「あれ? 時間が進んでない!?」

 竜子だった。そんな声を出せるほどには回復してきたのだろうか。彼女は本殿に置いていった荷物から、スマートフォンを探り出すと時間を見たのだが、それは此処を出た時から数分しか進んでいなかった。体感では1時間近く居たはずなのにだ。

「そりゃ、神域と現世じゃ時間の進みが違うからね。ここの神域は圧倒的に遅いのよ。そういうギャップも、神域に長居しない方が良い理由」

 因みに、異界によっては進みが早いところや、日によって変わるところもある。浦島太郎なんかは、早いタイプの異界に迷い込んだ例とされる。

「へ~。なるほどね。知らない事ばっかりだよ。最近」

「環境、変われば、仕方ない」

 百目鬼が笑いかけながらそう言う。


 そして、この謁見という一大イベントをクリアした3人はつい、今抱えている『仕事』が頭から抜け落ちていた。「それ」は明後日月曜日、彼らの前に姿を現すのだった。

今週もありがとうございます。

来週もよろしく。


※作品中の神隠しや異界譚は作者個人の解釈であり、一般的なものではございません。ご理解頂けると幸いです。

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[一言] 偉い人に会うっていうだけで緊張するのに、 デカくて偉くて天狗! 想像すると胃がキリキリします 大天狗さまの漏らしていた『志波』。 『家』あるいは『血筋』でしょうか、物語の匂いが漂ってきます…
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