8話 反省会
「不甲斐ない。不甲斐ないわ」
次の日の昼休み。屋上では智鶴が機嫌の悪そうに弁当を食べていた。
「私も。何年妖の相手してるんだって感じだよ」
「ホントよね……って、何でアンタが居るの!?」
しれっと、さも当然かの様に竜子も一緒にお弁当を食べていた。
「いいじゃない」
「俺が、呼んだ」
「百目鬼!?」
「これからの、打ち合わせ、しなくちゃ」
「百目鬼がそう言うのなら、『仕事』だからしょうがないわ」
智鶴はどうやら、日向や黒瀬店長の言葉を実行し、仕事だからと自分に言い聞かせる事で、竜子の事を『諦めよう』と思い始めているようだった。
「でも、ホント、分かってたのにね」
「そうよね」
「2人の悲鳴で、驚いて、術を解いた、俺も、不甲斐ない」
「……」
3人は弁当をつつく手も止め、一点を見つめる。
「でも、本当に居たわね。のっぺらぼう」
沈黙を破りきらないくらいに、智鶴がポツリと零した。
「そうだね。でも、あんなに若そうなのっぺらぼうが、一体だけ居るなんてことある?」
「珍しい、ね」
のっぺらぼうは人に近い背格好である為か、家族を作り、その単位で行動する事が専らである。その定義に従えば、少年ののっぺらぼう一人というのは、なんとも不思議な話であった。
「おじいちゃんの見立てではね、流れ者じゃないかって」
「流れ者?」
竜子が首を傾げる。
「何かがあって、家族とはぐれてしまったんじゃないかって」
「ああ。なるほど」
「でも、そんな事関係ないの。あの妖、私に術をかけたわ! 滅して良いって事よね」
智鶴の目が爛々(らん)と輝く。
「まだ、そう、決まってない」
竜子もそうだと言わんばかりに首を縦に振る。
「何でよ。そこに、術を使う妖が居るのよ? 一般人に大きな被害が出る前に滅さなきゃでしょ。これが、私たちの、『仕事』よ」
智鶴が声を大きくしてそう主張する。その光景へ呆気にとられながらも、竜子が疑問を呈する。
「ずっと疑問だったんだけど、何で智鶴ちゃんはそんなに妖を滅したがるの? 私と戦った時も、私より美夏萠を攻撃し続けてたし」
「それは、妖が絶対悪だからよ。いつも言っている事でしょう?」
「本当に?」
「そうよ……」
智鶴が気まずそうに俯く。一瞬沈黙が流れたが、百目鬼が智鶴の言葉を攫い、話を続けた。
「智鶴のお父さん、妖に……」「ちょ、百目鬼!? 言わないでよ」
全て話す前に智鶴が阻止したが、一言で全て伝わってしまった様だ。
「そうだったの……」
「ふんッ。アンタに同情なんてされたくないわよ」
「同情じゃ無いわ。私もね、昔、お母さんが仕事に行ったきり、まだ帰ってこなくて……」
「……」
「それをちょっと思い出しちゃったの……。なんてね、もうそんな事は乗り越えているんだけどね」
取り繕う様に、後半を明るく話した竜子を、百目鬼が表情の無い顔でじっと見つめていた。
「あ、そう言えば。話は、変わる、けど。智鶴、朝、智喜様に、何か、言われて、なかった?」
彼は竜子から視線を外すと、この話を掘り下げるのは良くないと思ったのか、話の方向をずらした。
「そうだったわ。忘れてた。アンタ、今日の放課後、ウチにいらっしゃい。おじいちゃんが呼んで来いって」
「なんだろ……私何かしたかな」
「何かはもうした後じゃない。多分、謁見の事だと思うわ」
「謁見?」
竜子が何のことか分からないと言う風に、首を傾げた。
「アンタがここでやってくために、大天狗様へお顔を見せに行くのよ」
「ええっ」
「鼻ヶ岳の社の上。普通の人には入れない神域にいらっしゃる、ここいらの氏神様よ」
「私が会って大丈夫なの?」
「会わない方が大丈夫じゃ無いのよ。その土地に入ったら、その土地の主に挨拶をするのは当然の事じゃないかしら?」
「それもそうね……。分かった、放課後だね」
丁度その時予鈴が鳴った。3人はまだ半分以上残る弁当に目を落とすと、慌てて掻き込んだ。
教室に戻ると、日向が話しかけてきた。
「あ、ちーちゃん、やっと戻ってきた。どこ行ってたの?」
「ちょっとね、気分が乗ったから、外で食べてた」
「百目鬼君と?」
「そういう訳じゃにゃいわ」
「噛んだ」
「噛んでない」
智鶴が顔を赤くして否定する。
「まあいいか。可愛かったし」
「か、かわ……」
更に赤くなる智鶴。
「ふふ。やっぱりちーちゃん、直ぐに照れるね」
ニコニコと笑顔を向けて話す日向の顔が、恥ずかしくて直視出来くなった智鶴は、そっと視線を彼女から外した。
「うるさいわね」
「怒んないでよ~」
「ふん。日向だから特別に許すわ」
「あ、そうだ。ちーちゃんて、お化けとかの話、信じるタイプ?」
お化けというワードに驚いて、智鶴は日向の目を直視した。
「いいえ? 全く」
「目力と言葉がか噛み合ってないよ……」
「そんな事より、それはどんな話なの?」
日向が「あのね……」と切り出したとき、本鈴がなり、日直の生徒が「キリーツ」と声を上げた。
「続きはまた後でね」
「うん……」
だが、5時間目が終わっても、移動教室のバタバタで話しかけられず、6時間目とホームルームが終わると、日向は直ぐ部活の友達に引っ張られていってしまったため、結局話は聞けず仕舞いに終わった。
「何の話だったんだろ……」
帰り道で独りごちるも、解は出ず。気になるけれども、
「私から聞くのもなぁ。なし崩しに家業の事がバレるかも知れないし……。聞けないなあ。何だったんだろう」
となんだかモヤモヤした気持ちを覚えながら、智鶴は帰宅した。
ジャージに着替えて早速と、トレーニングに出る時、竜子とすれ違った。
「智喜様居る?」
門の前でそう尋ねられたから、智鶴は「うん。奥の間」と短く答え、走り去った。
「お邪魔しまーす」
竜子は緊張した様子で、敷居を跨いだ。ここへ来るのはあの夜以来。自分の生活の何もかもが変わった場所。震える手で玄関を開けると、中へ入る。
因みに竜子は千羽付となっても、この家に住んでは居なかった。住み込みが定められているのは門下生のみであり、竜子にその義務はない。その上、今借りているアパートの契約更新云々(ぬん)があり、住処を変える事はしなかった。
「この家、前に来たときは気がつかなかったけど、広いね~。全盛期の時のウチより広いね。絶対」
そんな独り言を言っていると、右の方から、修行着姿の両手に入れ墨のある若い男がやってきた。
「お客さんですか?」
「あ、はい。十所竜子といいます。智喜様に呼ばれて居まして」
「ああ。当主のお客様ですか。これは、失礼を」
といいつつも、ヘラヘラした居住まいを直す様子は無かった。
「智喜様なら奥の間にいますよ。さあ、どうぞ」
その男に連れられて奥へと上がる。竜子を連れて行く間、その男は呑気にも、「智喜様も隅に置けないなぁ」などと言っていた。
奥の間へ付くと、男が中へ声を掛ける。
「智喜様。お客様です」
「通しなさい」
そして、その男の手によって、障子が開けられた。
「十所です。智鶴さんに言われて来ました」
「ささ、入りなさい」
にこやかに室内へ通される。その部屋は前に入ったときと違い、部屋には何の文字も書かれていなかった。
「お久しぶりです」
そう言って、深々と頭を下げる竜子。
「ああ、そんな丁寧にしなくて良い。頭を上げて、なんなら足も崩して良いぞ」
「ありがとうございます。でも、正座が落ち着くので」
「それなら良いが」
「して、どういったご用件で?」
「まあ、そう焦るな。どうじゃ? この土地には慣れたか?」
「はい、と言いたい所ですが、まだなかなか土地勘が付かなくて……」
「そうかいそうかい。何も無い田舎じゃ。直ぐになれるじゃろうて。あと、そうじゃ、智鶴とは上手くやれとるか?」
ギクリとした事がバレないように、笑顔を作って、返事をする。
「それも、ぼちぼちと言うところです」
「まあ、あの子は環境の変化に弱いからのう。どうせ、今まで通りが崩れたとかそんな事を思っとるに違いないわい。変わることも悪いことじゃないのにのう。早う気がつかんかのう」
彼は困った様な声を出しながらも、どこか嬉しそうに、顎髭を撫でていた。
「あの、差し出がましい様ですが、智鶴さんの方から少し小耳に挟みまして。何やら大天狗様へ謁見させて頂けるとかなんとか」
話を逸らそうと、竜子は無理矢理本題に入った。
「なんじゃ。アヤツ、もう喋ってしまったのか。ちと驚かそうと思ったんじゃがのう」
子供っぽく文句を言う智喜は当主と言うより、智鶴の祖父といった感じがした。
「そうじゃ。謁見じゃ。智鶴が鼻ヶ岳の鼻出神社へ参拝に行った折、家来の天狗様が降りてこられて、お前さんに大天狗様へ謁見する様にとのお達しを出されたのじゃ」
智鶴は八角齋と仲が良いことも、鼻ヶ岳に修行場を設けていることも秘密にしているので、お茶を濁した結果、こんな報告になっていた。
「はい」
「丁度明日は土曜日じゃし、昼頃にでも智鶴と百目鬼に案内して貰いなさい」
「分かりました」
「おじいちゃん、何だって?」
夜、仕事中に珍しくも、智鶴から竜子へ声を掛けた。
「智鶴ちゃんの言っていた通り、大天狗様の件だったよ。明日のお昼に2人に案内して貰えって。時間ある?」
「俺は、大丈夫」
「『八角齋さんからのお願い』だしね。私も行けるわ」
「八角齋さんって?」
「大天狗様の家来衆よ」
「へえ。智鶴ちゃん、天狗様も妖なのに、仲いいんだ」
「付き合いも長いし、それに氏神クラスの眷属に手を出す様な真似は、流石にしないわよ」
「ふ~ん」
「何よ」
パチンと火花が見え、ああ、結局またかと百目鬼がうろたえる。が、智鶴は至って冷静なまま、先を続けた。
「……まあ、いいわ。今日はこれ以上湧かないでしょうし、帰りましょう。百目鬼、どう?」
「辺りに、気配は、無い、よ。帰って、大丈夫」
予想外にも火花が散らなかった為、百目鬼はホッと安堵した。
「じゃあ、また明日。14時にウチへ来なさい」
そう言いながら、百目鬼と智鶴は帰って行った。
「はーい。じゃあね」
突っかかってこない事に驚いたのか、心のここにあらずと言った返事をし、2人を見送った。
今週もどうもありがとう。
来週もどうぞよろしく。




