7話 捜査開始
午後9時を廻り、私服のまま百目鬼と智鶴は自転車で駅を目指す。かなり距離があったが、もし電車で向かって、終電を逃す事になったら大変だという事で、こうなった。車で送ってもらう事も考えたが、今日は運転できる人が居なかった。
1時間近くかけて、遠く離れた清涼駅に着いた。地下の有料駐輪場に自転車を止めると、竜子と待ち合わせている場所に向かう。そこは改札を出て、北口にある大きなテラスだった。改札と地続きでテラスも2階にあり、クリスマスには綺麗なイルミネーションが施され、カップルの憩いの場所ともなるが、殺風景な初夏の今、人がまばらに立っているのみだった。
「あ、居た」
竜子は首回りと袖に透かしの刺繍が入った黒い半袖シャツの上から、肩紐のついた白い膝丈のスカートを穿いていた。2人を見つけると、小さく手を挙げて近づいてくる。
「遅かったね。電車、遅れたの?」
「いや、自転車、で、来た」
「ええ。それはお疲れ様。というか、智鶴ちゃん、その格好は流石に、華の女子高生としてどうかと思うよ」
「何よ。この格好のどこが駄目だって言うの?」
智鶴はいつも通り、ジャージを着ていた。今日は黒地に上下共に白いラインが入っているものだった。
「むしろ、どこが良いの?」
「仕事にちゃらちゃらしたスカート穿いてくる方が、どうかしてるのよ。それに、今、ジャージ着るのが流行ってるのよ? 知らないの?」
「それは、もっとお洒落なやつよ。智鶴ちゃんが着てるみたいなスーパーのノーブランドの部活動着みたいなのじゃ無くて!」
「え!? そうなの!? いや、でも動きやすいし……」
2人の服装チェックバトルを聞いて、ジーパンにパーカーというスタイルの自分はどうなのだろうかと、百目鬼は1人不安になり、自身の体を見回していた。
……多分。ジャージよりは? マシ? とそんな事を思っていた。
「スカートでも意外と動きやすいのよ。ちゃんと下だって穿いてるし」
そう言って裾を捲って見せる。
「はしたないわね。そんな風にスカートの中を見せるものじゃないわ」
彼女は少し顔を赤くした。
「あら、智鶴ちゃんはお堅いのね~」
「うっさいわね。それに、さっきからの智鶴ちゃんって何? 鳥肌が止まらないんだけど」
智鶴は両腕をさする。
「じゃあ、他に何て呼べば良いの? ちーちゃん? ちづちゃん? チッチなんてどう?」
チッチと聞いて、百目鬼が小さく吹いたが、智鶴には気がつかれてはマズいと素早く真顔に戻るも、見られてすらいなかった。
「どれも却下よ。アンタ、恐ろしくネーミングセンスと言うものが欠如してるのね。もう、その中じゃ智鶴ちゃんが一番マシよ。それで良いわ」
「あ~もう、うるさいな~。もう仕事しよう? だんだん目的を忘れそうになってくる」
「それもそうね。百目鬼、探れる?」
「ここじゃ、人が多すぎて、ちょっとキビしい」
「じゃあ、一本奥へ入ろうか」
竜子はそう言うと、先んじて、テラスを商店街方向へ降りていく。
「ちょっと! 待ちなさいよ~」
慌てて智鶴は竜子を追った。
今日は竜子への突っかかりが少ない智鶴。それに気がついた百目鬼は、小さく笑みを零した。
書店とコンビニに挟まれた入り口から『時の輪商店街』を抜けると、風俗の違法客引きがチラホラいる通りに出た。路面電車の走る大通りと、居酒屋等飲食店で賑わう広小路に比べ、人は少ないが、その分大人の世界が放つ独特の怪しい気配に満ち、何だか怖さも感じる。
「ここなら、人通りも少ないし、どうかな?」
「さっきの、テラスより、まだマシ、だけど……」
百目鬼は何だかソワソワしていた。
「どうしたのかな?」
「いや、だ、大丈夫……だと思う」
「ねえ、やるなら早くしなさいよ。この通り、何だか苦手なの」
時の輪商店街を抜けて直ぐにあるちょっとした花壇のあるスペースで、ごにょごにょと話していたら、流石に不審に思われたのか、警官が近づいてきた。
「君たち、高校生かい? こんな時間にどうしたの?」
不意に話しかけられ、3人がビクッとする。
「いや、その、ちょっと仕事で」
「仕事? まさか未成年が、怪しい仕事じゃ無いだろうな」
竜子がおどおどしながら説明するも、警官は怪しむ一方であった。
「君たち、身分証は持ってる? 親御さんに連絡して迎えに来て貰うから、ほら。学生証とか保険証とか何でも良いから」
「あの、身分証じゃ無いのだけど」
と、智鶴は幸三に貰ったカードを出す。すると、みるみる警官は青い顔になり、「こ、これは、失礼しました」と敬礼すると、慌てて消えていった。
「それ何?」
「なんかよく分からないんだけど、仕事を依頼しに来た刑事さんが置いてったの。補導されたら警官に見せなさいって」
竜子がそのカードを手に取ると、納得した顔を見せた。
「これ、県庁の捜査許可証だよ! そりゃ、警官も驚くわけだね」
「ほへ~」
「もう少し驚いたらどうなの?」
別にこういうの初めてじゃないし? と言いたげな様子で、智鶴と百目鬼が同時に首を傾げた。
「はあ、2人のが規格外なハズなのに、私の方がおかしい気がしてくるよ……」
やはり大家の2人とは経験が違うと改めて思った。
「じゃあ、気を取り直して、隼人君。よろしく」
「うん」
人目のつかない路地へ入ると、両腕の袖を捲り上げる。
「開け……」
小さく呟くと、両の腕にびっしりと『眼』が現れた。千里眼の業を行使したのだ。
「時の輪商店街……居ない。広小路……居ない。路地も……道満通りも……いない。……………………だめ。この辺、妖の気配、しない」
「まあ、明る過ぎるかもね……」
竜子が腕を組み、結果に納得した様な声を出す。
「そうだ、智鶴ちゃん。刑事さんに目撃情報とか聞いてないの?」
「ああ、そう言えば聞いてたわ」
智鶴はスマフォを取り出すと、メモを開き、続いて地図アプリを立ち上げる。
「一応この辺りでも目撃情報はあったみたいね。でも、あっちの水横ビルの方が圧倒的に目撃情報が多いわ」
「それを早く言いなよ」
「アンタがどんどん先に行っちゃうからじゃないの!
「引き留めればよかったじゃん! 何でその時に言わないの!?」
「だ・か・ら、忘れてたのよっ! そもそもアンタが服装の事で難癖を付けてこなかったら覚えてられたわ!」
「まあまあ、2人とも。取り敢えず、そっち、移動しよう。ね?」
百目鬼が割り込み、2人を水横ビルの方へ歩かせる。水横ビルはこの通りの真反対。広小路と大通りを越え、更に西へ一本入った所にある、居酒屋やその他飲食店、雑貨屋や問屋が店を構え、空から見たら背骨の様に見える、南北に長い2階建てビルの総称である。
一店舗当たりの面積が狭く、こぢんまりとしたお店が多いが、その分個性的なのが魅力として、市民に愛される駅の隠れ家的スポットだ。駅の側から、第一、第二、更に通りを挟んで第三、第四と続く。因みに、水横ビルという名称は、そのビルに沿う様に小川が流れている為付けられた。
水横ビルまでの道のりはそこそこあるため、竜子が打ち合わせがてら、情報の共有をしてほしいと言い出した。
「そうね。百目鬼には一通り説明したけど、もう一度確認しておいてもいいかしら」
「今日はヤケに素直ね。悪い物でも食べたの?」
「そういう所が嫌いだわ」
折角こっちが歩み寄ろうとしているのに、何様のつもりなんだと思い、憤慨する。
「ごめんよ。本気じゃ無いから」
「ふん。もう情報なんてやらない」
智鶴がプクッとむくれる。百目鬼は直感で彼女が本気で怒っていないと察し、放っておく事にしたようで、間に割り入ることなく後から着いて歩いていた。
「怒らないでよ~」
「……『仕事』だから、しょうがなく、機嫌を直すわ。アンタを許した訳じゃ無いからね!」
「はいはい」
智鶴が元の態度に直ると、刑事から聞いた情報を話し始めた。
「先ず、目撃情報はこの清涼駅周辺。さっきの通りよりも、今から行く水横ビル周辺が主な目撃地ってのは、さっきも話したわね」
竜子が首肯するのを見ると、智鶴は話を続ける。
「目撃時間はだいたいこの位の時間。午後10時頃。目撃者の年齢はバラバラだけど、みんな居酒屋帰りの人だから、警察も最初は酔っ払いの戯れ言だと思ってたみたい、でもこう度重なる事から不審に思い、ウチに仕事の依頼が来た訳。目撃者はみんな口をそろえて、少年ののっぺらぼうを最初に、そこから複数ののっぺらぼうを目撃したと訴えているみたいだけど、恐らくのっぺらぼうは最初の少年だけだと思うわ」
「何でそんな仮説が立つの?」
「のっぺらぼうの能力よ」
「ああ。そうか」
流石は妖の専門家である契約術師といったところか。竜子はこのヒントでピンと来た様だった。
「そう、のっぺらぼうの能力は幻覚。自分を目視した対象に術をかけ、かけられた対象はそこから数分間目にする人や獣がのっぺらぼうに見えてしまう。私たちにとっては大した脅威にもならない術だけど、一般人にしてみたら恐怖そのものの悪戯術ね」
2人が理解した様子で首肯する。
「そういえば、見た目、聞いてない。少年、以外に、無いの?」
「そうだったわね。情報によると、見た目は小学校4年生くらいの男の子みたいな感じで、リュックを背負って、キャップ帽子を被っているそうよ。でも、目撃者はみんな酔っ払いだから、どこまで信用してよいものやら」
「確かにそうだね。他には?」
「これで全部話したわ。2回は言わないから、ちゃんと脳の皺に刻んでおく事ね」
「智鶴。嘘は良くない。大事な、事、黙ってる」
「何? 『仕事』なんでしょ? 情報共有は基本だよ」
智鶴を真似て、仕事という言葉を強調した。
「……うう…………」
「智喜様に、言われた、でしょ?」
暗くていつも以上に見えにくいが、百目鬼の両目が、非難する様に自分を見つめている事には気付いていた。
「……滅しちゃ……駄目って」
蚊の鳴く様な声でそう呟く智鶴。
「ごめんね。よく聞こえない」
「だから! 邪気が無い限り! 滅しちゃ! 駄目だって! 言われたのっ!」
言いたくない言葉を、無理矢理吐き出す様にして声にした。
「あら。でも、そうだよ。私たちは基本的に、邪気を放ち人に悪さをする妖を仕留めるのが仕事なんだからね」
「妖なんていつか悪い事するんだから、いつ仕留めても同じでしょ」
「そんな事ないよ。現にうちの子なんて、悪い子いないからね!」
「それは、竜子の術で……」
「私の術なんて、ただ印をつけてるだけに過ぎないの。絶対服従させられる術はあるけれど、私は従者を信じてるから、その術は施していないの。だからね、うちの子は悪い事しようと思えば、出来ないわけないんだよ。でも、しないの。そういう妖だっているんだよ」
「……」
そんなの戯れ言よ。妖は絶対悪なの。滅さなければならないの。言いたいことは沢山あるのに、そう言葉にする竜子の顔を見たら、何だか何を言ってもどこにも響かず透き通って消えてしまいそうで、彼女の口から言葉は出なかった。
「2人とも、そろそろ、着く、よ」
清涼鉄道阿津木線沿いを歩き始めると、もう少しで目的地に着く。百目鬼はなるべく人通りの少ない路地を探してそこへ入ると、早速腕を捲る。が、その時だった。近くの路地で悲鳴が聞こえた。
「今の声……行くわよ!」
智鶴が声を掛けると、三者三様、目的地までの最短ルートを確保する。竜子は町中である事を慮って隠形を解かないままに美夏萠へ飛び乗り、智鶴は紙を足場に路地に面した2階建ての家の屋根へ登り、そこからパルクール選手の如く、家や電柱やそのほかに色々なモノを足場に真っ直ぐ走り、百目鬼は探索範囲を狭め、目的を逃がさない様に眼を集中させる。
「「「捉えた」」」
3人が同時に目的を捕捉する。
路地に降り立つ竜子と智鶴。2人はそのまま走り、目標を追った。話に聞いていた通り、小学校4年生くらいの体躯にキャップ帽とリュックサックの少年である。
「そこの君! 待ちなさい!」
竜子の声に少年がゆっくりと振り向く。
少年の顔には髪が生えているのみで、目も鼻も口も、何も無かった。
「アタリィ!」
智鶴が嬉しそうに声を上げた。
「ひぃ」
のっぺらぼうの少年は小さく悲鳴を上げ、再び前を向くと、逃げる様に走り出した。
「こ、こら! 待ちなさい!」
その瞬間、2人の鼻先に妖気がかすめる。
何をされたかと咄嗟に身構えるが、特に何も起きていないと判断し、大通りへ逃げた目標を追う。しかし――
「「キャ~~~~~」」
――大通りに出た2人は悲鳴を上げ、お互いに顔を見合わせると、「ギャア」とまた声を上げる。そう、2人はのっぺらぼうの術にかかっていたのだ。大通りには大小、また老若男女様々なのっぺらぼうが。それにお互いの顔ものっぺらぼうに見えていた。
声を聞きつけ、百目鬼が飛んでくる。
「大丈夫? 敵は?」
「どどど、百目鬼の、のっぺらぼ――」
混乱しきった智鶴と竜子はそのままクラクラと気を失った。
こんばんは。暴走紅茶です。
今週も読みに来て下さって、
本当にありがとうございます。
では、また来週。




