4話 親友
今日は笑われて恥ずかしかったな……。そんな事を思いながら帰り支度をしていると、日向が寄ってきた。
「ちーちゃん、一緒に帰ろ」
「ええ。良いけど、珍しいわね」
「なんか顧問の先生、風邪引いちゃったらしくてさ~」
そうして、2人は昇降口に向かう。
どんよりした雨の中、パッと広がる傘の差し色が華やかに踊る。雨が跳ねて、バラバラと音を立て始めた。
「ちーちゃん、最近顔色が優れないけどどうした?」
傘の中を覗き込む様にして、日向が話しかける。
「大丈夫よ。どうってことないわ」
「そんな、また何か無理してるでしょ」
はみ出たスクールバッグの色が濃くなる。
「してないわよ。本当」
「む~。他の人の目は欺けても、幼馴染みの私の目は誤魔化せないよ!」
話さないなら、百目鬼君を尋問すると息巻く日向を見て、智鶴は諦めた様に小さくため息をつく。
ホント、日向には敵わないわね……。苦笑いでも浮かべれば格好がつくのだが、気に掛けてくれた事が嬉しく、素直に表情が綻んでしまう。
「しょうがないわね。百目鬼を人質に取られちゃ仕方ない、話すわ。でも、この雨の中話すのも、なかなかにしんどいと思うのよ。どう、久しぶりにあの店、行かない?」
「本当!? 行く行く!」
先ほどまでは心配そうな顔で一色だった日向の顔が、急に嬉しそうな顔になる。
2人は行き先を家から変えると、桜並木を抜けた十字路を東へ曲がり、中学の方へ向かった。
「懐かしいね。少しまではこっちが通学路だったのに」
「本当ね。時が経つのは早いわ」
「高校生になって、なんだかお互い忙しくて、下校まで一緒になったのって、初めてじゃない?」
「そうかも」
と、そんな事を話している内に目的地へ着いた。
そこには、田園風景の中にポツンと立つ、喫茶「モクレン」がひっそりと店を構えていた。この喫茶店は、2人が中学生の頃、暇を見つけては足繁く通い、色々な話をした場所である。多い時だと、週2回は通っていた。だが高校に入り、何かと忙しく、なかなか来られないまま数ヶ月が経ってしまっていた。
傘立てに傘を差し込むと、日向が元気に戸を開け放つ。すると、ドアベルがカランコロンと透き通る様な音色を響かせ、来客を知らせた。
「こんにちは~! マスタ~、久しぶり~」
日向が馴染みの店主にそう声をかける。
「おお、日向ちゃん。久しぶりだね。元気だったかい? それと、マスターは止めてくれっていつも言ってるじゃ無いか。僕のことは黒瀬さんと呼びなさい」
返事をしたのは、黒瀬満晴と言う名前の店主だった。30歳そこそこといった風体で、眼鏡を掛け、優しそうな雰囲気を漂わせる男性である。
「でも、喫茶店の店主はマスターなんだって、テレビで言ってたもん」
「またそれかい? そろそろ違う理由も聞きたいところだけど」
「他? あ~。うん。考えとくね」
そんな、ずっと前から聞き続けてきた会話を聞いて、智鶴が小さく笑った。
「智鶴ちゃんも、いらっしゃい」
「あ、はい。…………こんにちは」
挨拶の不意打ちを食らい、咄嗟に声が出ず顔を赤くする智鶴だった。
店内は床と椅子、机が黒く塗装された木材で統一されており、白い壁にはアンティーク物だろうと思われる照明や絵画が見られる。また、その他にも国内外問わず、様々なアンティークグッズが飾られており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
ティータイムには遅く、ディナーには早い時間だからか、客も他には居らず、ゆっくりと出来そうであった。
いつもの席に通され、いつも通り、智鶴はダージリンのホットティを日向はブレンドのホットコーヒーを注文した。
「で、ちーちゃんは何を悩んでいるのかな?」
水で口内を潤すと、日向は早速本題に入った。
「直ぐにその話?」
「だって、その話を聞きに来たんだもん」
日向は単刀直入に聞いた事を詫びる様子もなく、智鶴に催促する。
だが智鶴も話すとは言ったものの、どう話して良いのか分からなかった。どの切り口で話を始めたところで、家業の話は避けて通れない。そこを何とかすり抜け、克つ竜子の愚痴を言う方法は無いかと探りながら、話を始める。
「日向は、私の家に百目鬼が居候している事は知ってたわね?」
因みに、日向には、百目鬼は遠い親戚という事にしてある。
「うん」
「最近、百目鬼が何となく仲良くなってきた風な友達を家に連れてきて、きっと智鶴も仲良くなれるなれるなんて言うんだけど、私はどうも……ね?」
ごまかしすぎて、本質を欠きに欠いた、何の話か分からない話を始めた智鶴。冷や汗が止まらないが、勝手に言葉が飛び出してしまう。
「それって、もしかして女の子?」
智鶴の冷や汗に気がつかない日向が、名探偵の様な顔でそう問う。
「……まあ」
「やっぱり!」
推理が当たり、ニヤッとした顔でそう言うと、話を続ける。
「それは、百目鬼君のデリカシーがないね」
「でしょ? しかもその女、おじいちゃんや他のみんなには受け入れられてて、今度の祭礼とか家の事を手伝うとか、そんな流れになってきてて」
「うわ~。針の筵だね~」
ツンツンと日向が頬を突いてくる。
「そうなの。私、どうしたら良いんだろ」
「その人と仲良くしたいの? したくないの?」
「わかんない」
「じゃあ、その人のどこが気に入らないの?」
「う~ん。こう、何て言えば良いのかしら。私と仲良くなろうとして、無理矢理距離を詰めてくる所が鬱陶しいし、私の周りのみんなには好かれていっている所に、ムカついてる……のかな?」
ちょっと違うけど、大まかにはこんな所で合ってるだろうと思った。
「は~ん。つまりは嫉妬だね」
「しっっ!? そんな事ないわよ。嫉妬だなんて。何で私があの女なんかに。というか、嫉妬って何? 何で今のでそんな結論に至るの?」
「ほら、直ぐに怒るもん、図星だね~。でも、女の嫉妬は怖いからなぁ。百目鬼君もたじろいでるんじゃない?」
「し、知らないわよ!」
「でも、おじいちゃんとか、百目鬼君とか。特に百目鬼君を取られたみたいで悔しいんでしょ。顔に出てるよ」
「~~~~!」
そんなタイミングで、紅茶と珈琲とお茶請けの豆菓子が運ばれてきた。それはいつも通り、智鶴がストレートで、日向のにはうんとミルクが注がれていた。
「ありがとう! マスター」
マスターと呼ばれ、苦笑いを浮かべた満晴は、お盆を抱えると智鶴の方を向いて話し始める。
「ごめんね。聞く気は無かったんだけど、ご覧の通り、静かな時間でさ。つい、聞こえて来ちゃったんだ。智鶴ちゃんはその女の子の事、どれだけ知ってるのかな? 嫌うのを悪いとは言わないけど、どうせ嫌うんなら、色々知ってからでも遅くないと思うよ。それに、色々知ってた方が、愚痴でも零す時に悪口を言いやすくなるし」
そう言って、マスターは小さく笑った。
「あ~。マスター、性根が腐ってるね!」
「失礼だぞ! 大人に向かってそんな事を言うもんじゃありません!」
「は~い。ごめんなさ~い」
「良い子だ。お菓子をサービスしてあげよう」
そう言ってマスターはエプロンのポケットから、豆菓子をもう2つ探し出すと、テーブルの上に置いて去って行った。
「やったね。ラッキーだ」
「本当ね」
何故か声を潜めてそう言う日向に、智鶴は悪戯っぽく笑って返事をした。
「でさ、話を戻すけど、嫉妬するにせよ、マスターの言った通りその人の事を知っておくべきかもね」
「嫉妬なんかしてないって。でも、そうね。私、あの女の事、何も知らないかも知れないわ」
「ほら。知ってみて、それでも嫌いなら、もうしょうがないじゃないの」
「そうね。でも、知ろうにも先に嫌が出てきちゃって、ぶつかっちゃうから、難しいかも」
「なら、何か理由を付けたらどう? これは『仕事』だから、無理してでも話さなきゃとか、これは誰かに『命令』されているから仕方なく話すんだとか」
「それいいわね。そうしてみようかしら」
日向に話して、少し心が軽くなったのか、智鶴はいつも通りを取り戻して、無邪気に世間話を始めた。そうして、放課後の時間は過ぎていった。
家に帰る頃には雨も上がり、時刻はもう夕飯時に近づいていたが、智鶴は着替えることもなく自室のベッドに飛び込むと、そのままの勢いでテディベアのイッチーに抱きつく。
「イッチ~~~。聞いてよぉ。あのね、私、どうしても仲良く出来ない子がいるの。その子とはね、仲良くしなくちゃいけないの。そういう決まりだから。でね、百目鬼はもう上手く慣れて、話してるんだけど、どうしても私は上手くできなくて……」
言葉にすると悲しく寂しくなってきたのか、ベッドに並ぶ他のぬいぐるみも一緒くたに抱きしめる。
「みんな、慰めてくれるの? 嬉しいな。でもね、今日ね、日向が話を聞いてくれて、話せない事も沢山あったんだけど、それでも、聞いてくれて、ちょっとだけ考えが纏まったの。先ずは、その子の事を知らなくちゃって。まあ、マスターの受け売りなんだけど、大事な事だよね。忘れてたよ」
そして更に棚や押し入れや、色々なところからぬいぐるみを引っ張り出すと、その中に埋もれる。
「私、がんばるね。みんな、応援してね」
安心したのか、最近の疲れが一気に襲ってきた智鶴はすやぁと眠りの世界に誘われていった。
今週もどうもありがとう。
厳しい中ですが来週も更新します。
お楽しみに。




