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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第二章 ムカつくアイツ
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3話 ぐるぐるぐるぐる

 竜子との仕事が始まって(しばら)く経ったある日の5限目、いつもなら満腹と心地よい空気感で爆睡している智鶴が、どういう風の吹き回しか、授業中だというのに起きていた。

「はい、じゃあ、教科書のネ、23ページをネ。え~じゃあ、佐藤君、読んでみて」

 初老の国語教師が、午後の日の差し込む教室で(きょう)(べん)()っていた。

 指名された()(とう)(いつき)が指示されたエッセイの一文を読み上げていく。

 だが、智鶴にはその声が一切届いていなかった。それは彼女の脳内をムカつくアイツ――十所竜子が占有しているからで、今日も朝からぐるぐるぐるぐると、同じような事が脳裏を過っては消えていくのだった。

 今、智鶴は昨夜の事を思い出していた。


 昨夜もいつも通りの夜だった。

 中学の付近から邪気を感じると言うので、百目鬼を伴い駆けつける。そう、いつもの様に2人で妖を追う。いつも通りの夜。

 だがやはり、妖の姿を確認すると同時に竜子の姿も見えた。どうやら先に着き、戦闘を始めている様だった。妖は()(どろ)。泥にまみれた人間の様な見た目をしており、名前の通り田んぼの泥から湧く中級の妖だった。ちょうどこの初夏の時期、田に水が張られ、今まで乾かされていた土に水が染み込み、泥となると現れる。智鶴にとっては初夏の風物詩の様に思ってさえいる妖である。

「美夏萠……。全く攻撃が効かないね」

 竜子が戦闘を仕掛けながらも、そうぼやく。泥の妖に水の攻撃はただ吸収されるだけだった。

「何してるの? そんなんじゃだめよ」

 後から智鶴が声をかけた。

「あら。こんばんは」

 気さくに挨拶する竜子を無視し、「どいて」と言いながら、竜子の前に出る。

「ちょっと、何するの? 私が先に見つけたんだけど」

「うるさい。邪魔だからあっち行ってなさい。百目鬼、戦うよ」

「……うん」

 この態度には、なんとか(げい)(ごう)しようと努めている竜子も、カチンと来た。

「あのねぇ、何か作戦があるんなら、私にも教えてよ。一緒に戦ってるんでしょ? 違うの?」

「違う」

「……」

 智鶴の素早い否定に、竜子は黙ってしまった。

「いいから、おじいちゃんにはちゃんと頑張ってたって伝えるから、それで良いでしょ?」

「それじゃ、だめだよ……」

 段々とか細くなる竜子の声を聞き、百目鬼が声を掛けた。

「2人とも、ほら、敵が……」

 そんな言い合いをしている2人の元へ、田泥が泥を吐きかける。すっかり妖が意識の中から抜け落ちていたのか、「キャッ」と2人が悲鳴を上げた。が、既に遅かった。田泥の吐いた泥をもろに正面から受け、仰向けに倒れる。この妖の吐く泥には粘性と速乾性があり、抜け出せないままに固まってしまった。

 身動きが取れなくなる2人の代わりに百目鬼が前に出る。

「2人とも、頭冷やしてて。俺が、出る」

 百目鬼が田泥に突っ込むと、胴に蹴りを入れ、上半身と下半身を分断する。だが、田んぼから泥を吸い上げると、直ぐに再生してしまう。それが分かっていたのか、攻撃後敵の様子も確認せずに、彼は素早く田んぼから遠ざかる。攻撃を受け、怒った田泥はそれを追う様に田んぼを抜け出しながら、泥を吐く。

 それを避け、田泥を田んぼから引き離す。

 そう、田んぼから出してしまえば再生が出来なくなり、直ぐに倒せる敵だったのだ。

 田んぼから出たところを狙い、百目鬼が攻撃を入れようと踏み込んだが、先ほど田泥が吐いた泥に足を取られ、滑り、よろけ、攻撃を繰り出せなかった。

「うわっ」と声を上げる百目鬼を見て、2人は(とっ)()に助けようと、智鶴は紙吹雪を、竜子は美夏萠を(けしか)ける。だが、それらは百目鬼に届く前に空中でぶつかり、お互いの威力を打ち消し合った。

「何するのよ!?」と怒る智鶴に

「そっちこそ」と応戦する竜子。

 もう2人の事を眼中から外した百目鬼は足から泥を払うと、喧嘩する2人を余所に、間一髪田泥の攻撃を避け、もう一度攻撃を入れた。今度はしっかりと踏み込んだ(こん)(しん)の突き。その攻撃を受けた田泥は、地面に叩き付けられた泥の如くベチャッっと爆ぜ、そのまま塵となって消えた。

 妖を倒し、彼女らの方を振り向いたが、まだ喧嘩中であった。それを見ると、はぁと大きくため息をつき、そして帰って行った。去り際、美夏萠に「あの二人、水掛けてやって」と言うと、美夏萠も呆れながらに弱い水鉄砲を2人目がけて吹く。

 2人には百目鬼の声など聞こえていなかった為、急に水が掛かり驚いて声を上げた。しかし、その水のお陰で泥が落ち、立ち上がる事が出来た。

 水で頭が冷え、喧嘩が一旦落ち着いたが、気がついた時にはもう田泥も百目鬼も居なくなっていた。それが原因でまた喧嘩に火が付いた。

 

 いつも通りの夜は、どうしようも無い夜と成り果てた。それにこんな夜は昨日だけで無い。一昨日もその前も、仕事に行く度に竜子と喧嘩し、お互いがお互いの邪魔になり、低級妖ですら倒すのに精一杯な状況で、仕事を任されているのにもかかわらず、満足に行えていない事と、それから脱却できない不甲斐なさに、彼女の心はどんよりとして、鉛の様に重たかった。それにここ最近は百目鬼が妖を滅している。探索系呪術者であり、戦闘向きで無い彼に戦闘を強いてしまっている事も、心が重たい原因の一つとなっていた。

 しかし智鶴は仕事を(おろそ)かにしている訳ではない。ただ、竜子が気に入らないだけだった。彼女さえ居なければ、彼女さえ来なければ全て上手く行くのにと思う事が多かった。

 しかし、だからと言ってそれをどうした良いのかなんて分からなかった。

 彼女はただいつも通り、百目鬼と2人で仕事をしていられればそれで良かった。何故祖父はあの女と自分たちを組ませたのか、本気で意味が分からなかった。

 それに、百目鬼が、一番竜子を敵視して良いはずの百目鬼が、竜子を仲間と認めつつあるのも気にくわない。百目鬼が自分と同じように怒ってくれないのが気にくわない。百目鬼の分際で、私と意見を違えているのが気にくわない。竜子も、百目鬼も、祖父もみんな気にくわない。

 とまあ、こんなことを毎日鬱々と考え続け、彼女の脳内でぐるぐるぐるぐると巡り続ける度にイライラとした感情が収まらなくなっていた。ただ智鶴も、そんなことが子供っぽい駄々だというのが分かっていない訳では無い。だからこそまた心が沈むのだが、どうしても、そのぐるぐるとした思考を抜け出せないのだった。

「……ば……千羽! 聞いておるのかネ!? 次、読みなさい!」

 先生の声が聞こえ、ハッと辺りを見回し、大きな音を立てながら立ち上げる智鶴。

「す、すみません。聞こえてませんでした……」

「コリャ、珍しく起きとると思ったら、目を開けながら寝る方法を身につけたのかネ!?」

「あ、いや……あはは」

 恥ずかしそうに後頭部を()く。クラスのみんながそんな彼女を見て笑った。


読んで頂きありがとうございます。

来週もお楽しみに!

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