1話 始まりの電子音
大きな電子音が鳴り響いている。
音の正体は眠る少女の枕元にある目覚まし時計だった。指し示す時間は4月4日の午前7時。
部屋の壁には真新しいセーラー服。今日は入学式だった。
「智鶴~起きなさ~~い」
遠くの部屋から母の声が響くが、この目覚ましで起きない少女が、遠くから響く微かな声で目覚めるわけがない。
そんな時だった。廊下から複数の足音が近づいてくる。その足音が段々と大きくなる。
次の瞬間、廊下とこの部屋を仕切る襖が開け放たれ、巫女装束に身を包んだ女性が数人部屋に押し入る。一人は窓を開け放ち、一人は掛け布団をひっぺ返し、一人は少女を揺すり起こす。
「智鶴様。智鶴様。朝ですよ」
「朝~? まだ、ねむぅ……」
それで智鶴に起きる気配は無い。よほどの夜更かしをしたのか、疲れているのか定かではないが、放っておけばまだまだ何時間も寝ていそうな勢いである。
ゆすり動かしても、少女はまだムニャムニャ言いながら起きようとしない。
「こら、起きなさい! 入学式ですよ!」
巫女の一人がしびれを切らしてそう大声を上げる。
「入学式!」
少女の目がパチリと開いた。
「あら、おはよう」
「お嬢様? もう7時半ですよ? 入学式、間に合いますかね?」
「大丈夫よ。入学式は8時半からで、学校も近いし、間に合うわ」
そう言うと、待機していたもう一人の巫女が手鏡を見せる。
そこにはあらぬ方向に髪が跳ね回り、目やにと涎で汚れた少女が映っていた。
「うわっ」
智鶴は飛び起きると、洗面所へ向かって走って行った。
「お母さん、おはよう」
そこには先ほどと打って代わり、白髪をおかっぱ風に切りそろえた小柄な少女がいた。大きな目に、控えめな鼻。リップクリームに美しく照る唇。胸は慎ましやかであるが、それも含めて、可愛らしい少女である。
「お早う智鶴。あら、やっと支度できたの?」
「ちゃ、ちゃんと間に合う時間だわ!」
「そうね。もう高校生だもんね。一人で起きて、一人で支度出来るわよね」
母がニコリと不敵に笑い、そう言った。
「明日から頑張るわ……」
背筋にゾワリと冷たい感覚を覚えながらも、食卓に着く。
程なくして、もう一人少女が現れる。
この少女も白髪であるが、こちらの少女はその髪を肩の辺りまで伸ばしていた。身長はおかっぱの少女よりも少し高いが、発育状況は大差ないと言ったようで、こちらもなかなかの美少女である。
「姉さん。おはよう」
「……」
姉さんと呼ばれた少女は、それに返事をすることなく食事を始める。
智鶴はどこか悲しげな表情を浮かべ、再び食事へと向き合った。
食事を終えると、仏間へ行き、そこで微笑む父親に手を合わせ、玄関へ向かう。
「じゃあ、いってきます」
智鶴は巾着袋と学生鞄を手にすると家を出る。
彼女の新たな生活が始まった。
彼女の名は千羽 智鶴そして、先ほど挨拶を無視したのが、姉の智秋だ。彼女たちが住む家はとても広く大きい日本家屋……いや、お屋敷だった。そのお家柄はとても良く、ここらの地主で、その名を千羽家。1000年続く旧家である。彼女たちはこの一族における75代目候補としてこの世に生を受けた。千羽家にまつわる話は追い追い語っていけば良いだろう。ひとまずは若君智鶴嬢の新生活をば。
智鶴がさほど遠いわけでもなければ滅茶苦茶近い訳でもない通学路を歩いていると、後ろからお下げの眼鏡少女が駆け寄ってきた。
「ちーちゃん。おはよ~」
「おはよう」
「とうとう高校生だね」
「そうね。……あ、そうだ、日向は選択科目何にしたの?」
この日向と呼ばれた少女は、フルネームを木下 日向といい、智鶴にとって、唯一持つ幼稚園来の友人である。
「私? 私は書道!」
「やっぱり! 私も書道にしたの! ねっ。同じクラスだといいわね!」
「うん!」
智鶴にとって日向は居ない方が不自然な存在だった。いや、居ないと不安になってしまう、そんな存在だと言っても良い。
徒歩10分程度で高校に着く。
高校の名前は清涼市立清涼高校100年続く歴史深い高校である。ここ清涼市の繁華街、清涼駅前から正反対鼻ヶ岳の麓は千羽町にその門を構えている。生徒数はざっと1000人。文理併せて一学年320人前後、偏差値60弱という中堅高校だ。
いつもは授業が行われ淑とした雰囲気の学校も今日は入学式とあり、賑やかしい活気に溢れている。その主な原因は、昇降口で行われる部活動勧誘だろう。運動部・文化部含めざっと30団体程の部活動関係者がビラ配りを行っているのだ。
「わ~。部活動だって! ちーちゃんはどうする?」
「私は帰宅部ね。でも、日向は私に気にせず、好きな部活に入部するといいわ」
「そっか~。お家のこともあるもんね。しかたないけど、寂しいなあ」
智鶴は複雑な笑みを浮かべる。因みにだが、彼女は中学の時も帰宅部であった。いや、正確には華茶道部に属しては居たのだが、一度も顔を出さぬまま卒業した。
昇降口で履き物を替えると、正面に張り出されたクラス分けの表を見に行く。
全部で8クラス。一クラスは40人前後。例年通りの采配だった。
「あ! 同じクラスだよ!」
「え? どこ?」
「ほら! 1年6組」
「本当だわ。よかった。今年も同じクラスだね」
「うん! これで13年連続だね!」
「こんなこともあるのね……」
本当に特殊な例であるが、智鶴と日向は幼稚園の年少時からずっと同じクラスだった。仲良くなった要因の一つである。
「じゃあ、クラスに向かおう!」
「あ、私お花を摘んでから向かうわ」
「分かった~。先行ってるね」
「はい」
手を振って掛けていく日向に対して、小さく手を振り見送ると、彼女はお手洗いに消えていった。
智鶴がお手洗いから戻ると、日向は真剣な顔で部活動紹介のビラを見ていた。
「どこか良いところはあった?」
「ビックリした! もうっ。戻ったなら先に声かけてよ~」
「悪かったわ」
智鶴は表情も変えずにそう言う。
「悪いと思ってないでしょ」
「そんなことないわ。顔に出にくいだけで思ってる。それで? 良いところあったの?」
「……ちーちゃんは昔から変わらないなあ。
えっとね、この文化研究会って所か、華茶道部か、書道部で迷ってるの」
日向の家は旧家と呼べるほど古いお家柄ではないのだが、祖母がとても古風な人であり、書道や華茶道などは幼少の頃から詰め込まれていた。
「どれも貴方らしくて良いと思うわ」
「そう? でも、正直、書道も華茶道ももうお腹いっぱいだけどね~。この文化研究会って所にしようかな~」
「そこは何をする部活なの?」
「まだよく分からないんだけど、この地域の郷土文化とかを調べて、学祭で発表するんだって。フィールドワークとか楽しそう! あっ。合宿とかもあるんだ」
きゃっきゃとビラを見て楽しそうな日向を見る智鶴の顔は何だか少し羨ましそうであった。
そうこうしている内にチャイムが鳴る。と、同時に先生が教室に入ってきた。
「よし、ホームルームを始めるぞ~」
若く、活発そうな先生が教壇に立つ。
高校生活最初のHRは自己紹介だった。
時同じくして智秋のクラス。
「はい。HRを始めますよ。あっと、その前に新学期早々ですが、転校生の紹介です」
初老で、白髪交じりの先生がそう言うと、教室の扉が開き、長い黒髪を頭の後ろで一つに束ねた女子生徒が入ってきた。身長は160 cm前後、千羽姉妹に比べてそこそこ発育の良い体つきをした少女であった。
「じゃあ、挨拶してね」
「はい。十所 竜子と言います。よろしくお願いします!」
興味なさそうに頬杖をついて窓の外を見ていた智秋は、何かを察したのか、ハッとした表情で彼女を捉えたが、直ぐに元に戻ると再び頬杖を突き、窓の方を向いた。
プロローグの方で大体書きたい事は書いてしまったので、特に書く事もないのですが、どうせなので年末年始の事を書きますね。
年末年始の思い出……そう、風邪を引いて……。治らなくて……。辛かったなあ。
あ、でも、ご馳走は沢山食べましたし、酒も沢山かっ食らいました。最高でした。
これでコロナじゃなかったらなぁ……。
ではまた来週!