2話 栞奈の場合
「うへぇ。ガチの戦闘訓練なんて、わっち、初めてで……」
木枯山に着いてから丁度1ヶ月が経とうとしていたころ、昼の修行中に弱音を吐き、縁側に座り込む神座栞奈の姿がそこにあった。ここ最近は基礎練を繰り返していたのだが、とうとう今日から戦闘訓練まで始まった。藤村と陽々(よう)丸を含めた5人での総当たり組み手。一巡したら、また始めから。夜になるまでに全ての体力を使い尽くしてしまいそうだった。
「この1ヶ月、皆さんの動きのクセなどを見させてもらいました。それをまとめたものが、こちらです」
どこで作ってきたのか、藤村がレジュメを配る。
栞奈がぺらっと、自分のものを捲ると。
『全体的に、脇が甘すぎる』
・術に頼り過ぎている。
・困ると直ぐに魂をどうこうしようと考える。
→そのせいで、次の行動が遅れている。
→判断力の向上を先ずは目指しま……。
と、そこまで読んだところで吐き気がして、そっと閉じた。
言われていることは至極真っ当なことで、彼女自身も気がついていたことだが、こうして他者に言語化されると、図星を突かれたような苛立ちと、自分の無力感が同時に襲ってきて、すごく嫌になる。鼻ヶ岳の時もそうだった。自分がいたのに、大したことはなにもできなかった。戦闘も、魂の解析も、及第点より下なことは、一々言われなくても分かっていた。
「……と、いう感じで進めていきましょう」
智鶴との会話が終わった藤村が、次は栞奈の方へと足を向ける。
「栞奈さんは、魂の術を一旦止めましょう」
「え、そんなことしたら、わっち戦えないぞ?」
「そう言うと思いまして……」
藤村が羅紗の蒔かれた茶筒から、一振りの剣を取り出した。
「わっち、剣の心得もないんだが……」
「だから、お昼に鍛えるんです。流石にステゴロは可哀想なので、剣でいきましょう。今のあなたは、自分の間合いが分かっていないように思います。それに、“最短の思考”ができていないように思います」
「最短の思考?」
「ええ、そうです。例えば、敵が三方向から襲ってきたとき、どうしますか?」
「相手の力量にも寄るけど、普通に考えて3対1は不利だし、まずは逃げ道を探すかな。それで、どうしても反撃しなくちゃなら、最適な術を探す……」
と、そこまで話したところで、藤村が割り込んだ。
「そこです。優秀な術師であるほど、どんな場面でも行動の2番目には、必ず術の選択がやってきます。良くも悪くも栞奈さんの術は幅が広い。常に思考しながら、選択しながらの戦いです。それもすごい技術ではありますが、どうしてもコンマ数秒出遅れてしまいます」
「とはいっても、そういう術だしさ。それに、剣なんか普段持たないから、術での実践に役立つのか?」
「ええ、もちろんです」
藤村はニコニコと笑顔を崩さない。
「勘違いさせてしまったかも知れませんが、先ずは剣。というのが正しいですね。剣を使って、咄嗟の判断と間合いを覚えたら、次の段階です。常に使う精霊や妖を決めて、戦ってもらいます。そうすることで“選択”の時間と回数を削減するのです」
「ええ~。なら、最初から術で良くないか?」
「いま、術を選んでください。それだけしか使えませんと言って、例えば雷獣を選んだとしましょう。もし、雷が効かない敵が現れたらどうします? 剣なら取り敢えず振れば攻撃になりますが、それもできないですよね」
「なら、属性のない精霊を……」
「それだと、次は攻撃力が出ない」
「なら……」
「そうです。栞奈さんは剣を使いながら、自分の理想とする通常攻撃を探してください。智鶴様の紙刀や、百目鬼くんの拳のように」
「そうか、それに合わせて、精霊を探すわけか。つまりはとっかかりを作ってくれたわけだな」
「その通りです」
理解が進み、納得すると、不思議とやる気が湧いてくる。
「おお~。なんか、光が見えた感じだ! 早速戦いたいぞ!」
「じゃあ、先ずは素振り1000回から」
「おおおおおおお」
目の前に隔たる壁の大きさに、栞奈が悶えるような声を上げた。
*
それからは試行錯誤の日々だった。慣れない剣を振り回して、いつもなら空に逃げられる所を、常に地に足を付けたまま戦う。もどかしさに苛立ちが募ることも少なくなかった。普段なら避けられる攻撃も避けられず、何度も深傷を負ったものの、上手くいかなければ上手くいかないほど、次にどうすればいいかを考えて、試して、ダメで、また考えて、試して、ダメで。
――気がつけば半年も剣を振り続けていた。
別に次の段階へ進むことを、藤村に止められていたわけではない。最初は早く術の修行に移行したいと思っていた。それでも、試行錯誤を繰り返す中、次第に理想は洗練されていき、日に日に高まる解像度に、適合する答えがどんどん遠ざかっていくのだった。探せば探すほど深みにはまっていく。それと対照的に、手に馴染んでいく剣。
「わっち、もう剣に転向しようかな……」
「何言ってんの」
弱気になって呟いた一言を、智鶴に聞かれてしまった。
「栞奈の術は、千載一遇の特別なものじゃない。神座家最後の1人なんでしょ。弱気になっていて良いの? それに、栞奈の術が無いと、私たち、紙とステゴロと剣よ? 呪術師と戦っていけると思えないわ」
「そうだけどさ、どんな攻撃なら、自分に合っているかどんどん分からなくなっててさ」
「逆を考えてみたら?」
「逆?」
智鶴の言ったことが理解出来なかった栞奈は、首を傾げてそのまま言葉を返した。
「自分に合ってるか、じゃなくて、自分に足りないものを補うにはって考えたら? 剣を使うことを念頭に置いても良いかもしれないわ」
「なるほどな……足りないものか……。う~ん、1番は機動力だな。術が無い今だからこそかも知れないけど、どうしても素早い対応ができないんだよな」
「いいじゃない。機動力。あとは?」
「あとは……。攻撃力自体は剣があるからいいとして……いや、剣だと対応力も低いよな」
膝の上に置いていた剣を莢の上から撫でた。
「幅広い使い勝手ね。もっと挙げられる?」
「他は……。あ、わっち、自分が思っていたよりも間合いが狭いみたいだ。体が小さいのもあるけど、それ以上に術に頼っていた分、範囲攻撃に慣れてたみたいだ」
「機動力があって、汎用的で、範囲攻撃……かなり贅沢ね」
「そうだな。そんな精霊も妖も知らないぞ……。そうだ、智鶴は何で紙刀を愛用してるんだ?」
「え?私?」
急に会話の矛先を向けられた智鶴が、困ったように唸る。
「う~ん。そうねぇ……。私、使っていい紙の枚数に上限を設けられてた時期があって。その当時、枚数だけの制限なら、大きい紙を使えば汎用性が上がるなって思って。じゃあ、大きな紙で作れて、攻撃力があって、取り回しの良いもの……って考えたら、自然と刀が浮かんだって感じかしら?」
話しながら、紙刀を形成する智鶴。その一振りは、以前と違って紅に輝いていた。
「なるほどな~。制限か~。わっちだったら、霊力不足とかかなぁ? 少ない霊力でもつかえる妖……」
「というか、栞奈の“降霊術”って、魂の研究の成果じゃないの? いっそ、降霊術とは違う切口で、魂の研究を攻撃に活かしてみてもいいのかもね」
「でも、攻撃できるのは、降霊術だけで……あっ」
「何か思い出したようね」
「ああ、ありがとう! ちょっと試したいことができた。藤村に相談してくるぞ!」
心なしか表情に明かりが灯った栞奈は、早速とばかりに走って行った。
*
その晩、戦場に赴いた栞奈は剣を握っていなかった。
「半年間、毎日握っていたからな。無いとちょっと不安だな」
いつも背負っていた重みがなく、軽い体が心許なかった。
「けど、今日から術を試すことができるんだ! うわ~~~楽しみだ!」
藤村にとっては、もっと前から術を解禁するつもりだったようで、昼に相談しに行った時には、反対も無く術の使用を許可してくれた。
その時、丁度3体の中級妖が迫ってきた。
「じゃあ、早速」
自分の間合いは、剣を扱っていく中で完全に掴んでいた。最初こそ、剣なんかで……と思うことも多々あったが、使い込んでいくと普段呪術を使う中での間合いが、イコールで自分が敵を認識し、行動し、完了するまでの間合いだと言うことに気がついた。だから今も、試したい術が届く範囲まで敵を引きつける。
「ここだ! 霊魂反発!」
迫ってきた妖がそれぞれ数メートル吹き飛ばされた。
「上手くいったぞ! この隙に……。降霊術! 雷獣!」
栞奈の両手に紫色の獣毛が生えた。そのまま雷が蓄積されると、再び迫ってきた妖に電撃を見舞う。
「おお~。これなら、術を選ぶ余裕が生まれるし、確か、確か、え~っと、応用もできたはずだ!」
「栞奈! すごいじゃない!」
背後に舞い降りてきた智鶴が、感嘆の声を上げる。
「えへん。これはな、魂に直接霊力をぶつけて、敵を退ける術なんだ。神座の基本なのに、降霊術に頼りきりだったせいか、すっかり忘れてたぞ……」
最初は誇らしげに張った胸も、話していくうちにだんだん猫背になっていった。
「何はともあれ、前進したじゃない。私も負けてられないわね!」
その会話を最後に、2人はそれぞれの方向へと駆け出していった。
*
「文子さん! 藤村! 昨日の見てたか?」
翌日、栞奈が修行の成果を評価してもらおうと、文子と藤村に話しかけていた。
「そうねぇ。ちょっと攻撃力には、欠けるけどぉ。何か、応用とかもできるんでしょう? それに、一呼吸つけるってのはぁ、戦闘においてとても大切なことよぉ」
文子の評価に、満面の笑みを見せる栞奈。
「ええ。私が想像していたものとはちょっと違いましたが、機動力は申し分ないですし、自分の術を高められる一手には違いありません。よくやりましたね。では、次のステップへ進みましょう」
「おう! 次は何をするんだ?」
半年もの間、剣を降り続けた栞奈には、もう怖いものはなかった。
「今まで通りに、術を使って戦ってもらいます。ですが、新たな降霊はしないでください。今力を貸してもらっている精霊・妖の力のみで戦ってください。それは、もちろん選択を減らすこともそうですが、同じ力を使い続けることで、理解を深めようというわけです」
「わかったぞ」
「ちなみに、今よく使うのは何体くらいいるのぉ?」
「う~ん。雷獣、風霊はいつも使ってるけど……。他のはその都度かなぁ。火車とか、蛇女房、ぶるぶる、とか……力を借りたこともあったけど、いつも快く力を貸してくれるのはその2体かなぁ……」
「う~ん。ちょっと少ないわねぇ。折角幅広い属性を操れるのなら、たとえばぁ、その風と雷ぃ? と相性のいい子を選んであげてもいいかもねん」
「相性か……。なるほどな」
顎を指で挟み、思案を広げる栞奈。風も雷も、陰陽五行に当てはめられない気である。他の体系や科学から考えて……。
「でしたら、この際にレギュラーメンバーを作っておきましょう。精霊や妖との交流を増やして、術の幅を広げる方向はどうですか?」
藤村の提案になるほど! と少し視界が晴れた。
(そうか、風霊に聞いてみるって手もあるな)
「うん、分かった。それなら、お昼にそれをやってみるよ。それで、夜は術を試すでいいか?」
「ええ、それでいきましょう」
それからというもの、栞奈は昼に力を貸してくれる魂を探して、夜に試すことを繰り返していた。彼女の残りの約半年は、そうして過ぎていったのだった。
どうも!暴走紅茶です!
今回もお読みくださりありがとうございます。
ななな何と! 文学フリマがもう明日!!
準備に追われていますので、今日は手短に!
と言うわけで、また次回!!
【告知】
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