13話 最初のきき
「どう栞奈? 何か感じるものはある?」
「いや~やっぱ大阪でも無さそうだぞ?」
「そう……」
白髪の少女が物憂げな表情を浮かべて空を眺めた。
「にしても、流石は大都会よね。人の多さに目が回りそう」
「おお、そうだな~。わっち、生まれてて初めての大都会だから、結構おっかなびっくりだぞ」
通天閣の展望フロアから市内を一望する2人の呪術師は、敵地の真ん中にいることよりも、大都会の真ん中にいることの方がよほど怖いようであった。
「あら、おこちゃまね」
「そういう智鶴だって、ずっときょろきょろしてさ。お上りさん丸出しじゃんか」
関西では指名手配されている彼女といえど、昼間、観光客に紛れ、しかも隠形を掛けているのだ。不意に2人を見つけるのは、手練れの呪術師ですら無理だろう。ただ1つ難点があるとすれば、気温が高まる初夏の日に、白いモッズコートを着ている異様さが周りから浮いているくらいだろうか。しかも、目立つ白髪を隠すためにフードまで被っているときた。しかし、多様性が重んじられるこの頃である。それだけで不審と咎められ、身分がバレる可能性は限りなく低い。
「だって、私も大都会なんて初めてだもの。滅多なことが無い限り、名古屋すら行ってなかったくらいだし」
「なんだと~。わっちのこと小馬鹿にしておいて! 中部の大家のくせに!」
「中部の大家だからこそよ」
「そういうもんなのか~?」
「そういうもんなのよ」
何処か憂いを帯びた横顔に、栞奈の視線が釘付けとなる。
「なんか悪いこと言っちまったか?」
「何が? 別にどうってこと無いわよ。ほら、収穫が無かったのならみんなのとこに戻りましょ」
2つの人影がエレベーターに消えていった。
その姿を遠くから眺める者の存在に気付けず。
*
夕飯時。居間には、テーブルに用意された食事を1人でもくもくと食べる蝶ヶ(が)澄幻望の姿があった。母は基本的に地下の自室で食事を摂っており、弟も姉も仕事に出かけているらしい。静かな部屋の中でようやく束の間の休息を得た彼は、思考のスピードを緩め、今日起こった様々な出来事を脳内で反芻する。
「女難か~。いや、男女難か? ともかくな~。はぁ」
今朝、朝倉文月と再会してからと言うもの、災難続きであった。
ハンバーグの汁を吸って色味が変わったマッシュポテトを突きながら、のんびり食事を進める。
(まあ、今日は仕事もないし。早よ寝よ)
などと欠伸の出るようなことを考えていたときである。
居間の襖がスパーンと開け放たれた。
「ぼっちゃん。西方で鬼気が観測されました!」
「嘘やろ~」
ようやく終わったと思った本日の災難は、まだ終わっていないようだった。
(あのクソ女~~~手間取らせやがって! どういうつもりや!)
怒りがマックスに戻った幻望は、心の中で白鬼をめった刺しにした。
*
すっかり人気もなくなり、アトラクションの灯りも全て消えたユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、昼間とは打って変わって別世界のようであり、不気味な雰囲気が漂っている。
「はぁ。母ちゃんも姉ちゃんも、ついでに弟も出払っているときに、ほんま災難やわ~」
“掃除屋”が既に手を回していたのか、園内には清掃員すら居なかった。
「んで、どこに白鬼がおんねん。鬼気の残滓すら感じひん」
「おかしいですね……。確かにこちらの方から……」
女中のお菊はそう答えると、目を瞑り、視覚を遮断。辺りに残る鬼気を関知すべく、気配を辿った。
数秒後目を開けると、「あ。こっちです」と言って先へと進んでいく。
大人しく着いていった一行が辿り着いたのは、昼間なら逆さに釣られたサメの人形を背景に、多くの人が記念撮影しているであろう場所だった。
「まだ潜伏しとるか?」
「そこまでは分かりません。私、戦闘班ですので」
「そない、無責任な。いま飛びだしてこられたら、たまったもんやないで?」
「幻望様も、本家の人間ならちゃんと探してくださいよ」
「探しとるけど、見つからんから聞いとるんやろ」
「なら、もうここに居ないのでは?」
「……」
幻望は思考を巡らせ「……そうやな」と、お菊の言葉を肯定する。
「そうもあっさり取り逃がすんですか?」
「いや、白鬼も大阪で舞い上がって、記念撮影中にうっかり鬼気を漏らしてまったのかもしれんやろ。うっかりなら、漏れたことに焦ってとんずらしとるはずやし、これで辻褄があう」
然もあらんと疑う余地のない言い訳で、お菊の何か言いたげな視線をひらりとかわす。
「そう、ですね? そう考えれば確かに辻褄が合います。では、これ以上は追わないということでよろしいですか?」
「ああ。もう少し園内を偵察したら帰るで。あんまり適当やると、鬼ババ共がうるさいからな」
鬼ババ共とは勿論、母と姉の事である。幻望には白鬼の他にも警戒すべき鬼が居るようだった。
その後、園内を見回りし、異変が無いことを確認すると、一行は帰路についた。
*
「で、収穫はなしと」
「そうや。居らんもんは仕方ないやろ」
「そうでありんすな。先日は捕らえられ、昨夜は逃げられ、全部全部“仕方ない”ことでありんす」
(棘がある廓詞なんて風情がないなぁ、ほんまに……)
仕方ないを強調して言われた幻望が反抗的なことを考えていると、
「まあ、まだ近畿に居ると分かっただけでも収穫でありんす。ところで、仕事を振って早1週間が立とうとしてるでありすが……。このまま逃がす気でありんすか?」
恩赦を得られたと思ったのに、さらに追い打ちを掛けられた。
「ぐっ……。それはやな……」
「いい訳言う暇がありすなら、さっさと結果をもって来るでありんす!!」
「は、はい……」
怒られてとぼとぼ地上階へ戻った彼の前に、人が立ちはだかる。
「おい、幻望!! 昨夜も白鬼を逃したとは、本当か!?」
「そない何回も、何回も言わんでもええやんか~!! 俺かて、逃がしたくて逃がしとるわけとちゃうで!!」
半べそをかきながら大声を上げる幻望に、眞名がちょっと引いた様子でたじろいだ。
「お、おお……。分かってるのなら、それでよいのだ。うむ、精進しろよ」
どこかちょっと優しくされた幻望だった。
フラフラと居間の襖を開ける。そこには弟の宵月が座っていた。
宵月は兄を見るや口を開く。
「お、へっぽこ。昨や……」
何を言われるか既に見当が付いていた幻望は、無言のまま弟を殴り飛ばした。
「ひい! 非力を隠すためにDVに逃げるのか! サイテーだな!!」
昨夜の事を何度も何度も、ネチネチネチネチ言われるのに比べたら、弟から発せられるしょうもない悪口など川のせせらぎのようで、むしろ心地よささえ感じられるほどだった。
*
「はぁ。俺はどないしたらええんやろ……」
キャンキャン文句を言う弟を無視して、頭を冷やそうと散歩に出る。家から少し離れた公園のベンチに座って、風に揺れながらキイキイ鳴くブランコを横目にため息を漏らす。黄昏時に黄昏れるのは、余計に感傷が深くなる気がした。
「どうしたの? 話、聞くよ?」
「あんな、俺――って、うわ! お前、またか」
「お前とは失礼。ふみって呼んで。もう、何回言ったらわかるの?」
独りごちたつもりが独りではなかった事実に、心臓が飛び出そうになった。
「まあ、お前と話しとったほうが、まだ落ち着くかもな」
昨日、幹也を諭した後、黒姫は玉梓家本家からの遣いに回収されて行った。類い希な駄々のこねっぷりだったが、屈強な遣いの者は全く意に介さず、辛辣なまでにテキパキと対処。お世話になったお礼にと、丁寧に土産の“たぬきまんじゅう”をそっと手渡す徹底ぶりに、そういえば名家のお嬢様だったということを思い出させられた。
それも幻望にとっては日常の光景だったが、初めて目にした文月は呆気にとられ、口をぽかんと開けていたのが印象的だった。
黒姫に続き、文月も、「お邪魔しました。失礼致します」と礼儀正しく帰って行った。その光景を見ていたお菊が、「良い子とお友達になったんですねぇ」とニヤニヤしていたのが、少し幻望の堪忍袋をの緒をすり減らした。
「きのう、あのあと、公園で泣いてる暁、見た」
「んで?」
「知らない人だから、取り敢えず缶コーヒーだけ渡して帰った」
冷たいのか、暖かいのか、分からないエピソードだった。
「缶コーヒーはホットにした」
あったか~い話だった。暑い初夏のホットな話だったかもしれない。
「幻望。昨日私の術を評価してくれたの、うれしかった」
「はぁ? 何のことや?」
「暁は自分のことをなにも知らないから、弱いけど、私はちゃんと知ってるって、わかってくれた」
「あれのどこを聞いたらそう思うんや。脳内お花畑か。いや、おバカ畑やな!」
「おバカ畑は流石に酷い。ちょっと、怒りそう」
フードの中で、文月の頬が小さく膨らんだ。
「お前がキレたかて、こっちに手の内はバレとるんやで」
「そうだった。というか、幻望はどこまで知ってるの?」
「お前が人前で使った術の内で、記録されとるもんは把握しとる」
「じゃあ、まだ修行中の術までは知らないんだ」
「ん? 何か新しい術を試しとるんか?」
「……秘密」
「そうか」
悪戯っぽく笑う朝倉を、興味なさそうな表情であしらう。
「呪術師として、当然やな」
自分を呪術師としてカウントしてくれている事実に、嬉しくなってふふっと笑い声が零れた。
ゆっくりと、太陽が街並みの向こうに消えていく。マジックアワーに人影2つ。和やかな応酬は、薄暗くなるまで続いたのだった。
*
「この、あいだの、遊園地、楽しかった」
「そうね」
「今日の場所は、文学があんまし分かんないわっちには、ちょっと難しかったぞ」
「わがまま言うんじゃないの」
3人の若者が、楽しげに話している。
「じゃあ、この辺でいいかしら?」
3人が石碑の前に立つ。
「どういう意味なんだ?」
「私も詳しくは知らないけど、辞世の句みたいよ。人生を振り返って、咲いたものと散ったのものの儚さでも読んだのかしら。まあ、何にせよここですることは1つだわ」
「ああ、さっさと、終わらせて、去ろう」
「退路は完璧だぞ」
「ありがとう。……紙鬼回帰」
夕陽も差し込まない程分厚い雲は、今にも涙をこぼしそうだった。
どうも。暴走紅茶です。
今回もお読みくださりありがとうございます。
今東京は雪が降っております。きっと全国ニュースで一大事になっていることでしょう。あまりテレビを見ないので分からないですが。いやぁ、それにしても休日で良かった。出勤中に乱れるダイヤほど嫌なものもないですからね……
ではでは~月曜日にはピーカンになることを願って。また次回!!!




