12話 地下修練場
「ただいま~」
「坊ちゃん、おかえりなさい。あら、お友達ですか?」
蝶ヶ(が)澄幻望が玄関を開けると、女中のお菊が通りがかりざまに声を掛けた。
「いや、全員術師や。下の修練場使うで」
「え、ええ。承知しました。今は空いているハズです」
それだけいうと、不思議そうな面持ちで幻望たちを眺める。
「ええか? 今日だけ、今日だけの特別やからな」
背後に控える暁と朝倉にキツく言いつけると、「付いてこい」とだけ言って、地下の修練場へ向かう階段に案内する。
(俺が蒔いた種みたいなところあるからな。今日だけはしゃあない。しゃあない。しゃあないんや。これが最善や。しゃあない、しゃあない、しゃあない……)
面倒になって戦いで解決しようとしている辺り、もう我慢の限界であったことには違いない。冷静な判断ができているとは到底思えない。だから、頭の中で自分で自分を何とか正当化しようと、何度も「しゃあない」という言葉を反芻させた。
「ふみ、ええか? もう1回だけ言うけどな、俺が招き入れた時以外は、絶対に来るんやないぞ?」
「うん。分かってる。今日だけ、特別」
「わかっとるんなら、ええわ」
地下の修練場に着くと、壁際に鞄を降ろす。暁にも荷物を置くように言ってから、簡単な準備運動を始めたとき、ふと1つのアイディアが浮かんだ。
(あれ? これで俺が負けたら、ふみは離れるし、暁は弟子入りせえへんくなって、一石二鳥やないか……)
しかし、そんなアイディアも、
(いや、それで調子こいて夜明けの明星再結成とかされたら、目も当てられへん)
と、ボツになってゴミ箱へシュートされた。
「じゃあ、呪術ありの1本勝負な。判定はそこの黒姫とふみが見とってくれるさかい、公平や。それでええな?」
「はい!」
暁の元気な返事を合図に、両者が位置に着く。
その傍らで二人を見守る観戦者が、こそっと隣に質問をした。
「おい、文月。実際、暁はどのような男なんだ?」
「あの人は、知らない人。だけど、別に、弱すぎはしない。とおもう」
「ほう、そうか。それは見物だな」
あくまでも知らない人の振りをしているが、その力量は知っていると言うことか。文月の回答に満足した黒姫は、目の前の2人に目線を戻した。
先に動いたのは暁だった。
「俺のチカラ、見てくださいね! 照陽術 翼!」
前で組んだ腕を解き放つように左右へ広げると、一対の太陽の如き輝きを放つ炎の羽が現れた。トンと地面を蹴ると、彼の躰が宙に浮き、バサリと羽ばたく度に熱波が吹き荒れ、火の粉が舞い踊る。
「お前、やっぱ混ざりもんか!」
腕で顔を守りながら、幻望が忌々しげに言った。
(噂には聞いとったけど、暁の一族は鳳凰の末裔って、ほんまなんか? いや……何かちゃう気ぃがするなぁ。どうであれ、あれは倒せるもんや。大丈夫。術である限り、どこかに弱点はある)
「来ないなら、こっちから行きますよ! 羽弾!」
バサッと羽ばたいた羽から、炎の塊が飛来する。だが、
「居ない!?」
幻望は瞬脚で幹也の背後まで移動すると、攻撃を回避。「夢見灯籠 纏」と唱え、両手に煙を纏うと、腕をクロスさせた。そのまま燃えさかる翼を掴むと、引きちぎるように両方向へ引っ張る。いくら煙で手を守っているとはいえ、熱いモノは熱い。熱風に顔を顰めながらも、翼からは手を離さない。
「いでぇ。いで、いでで、もげ、もげる!」
羽ばたきを抑制された暁は、折角飛び上がったばかりだというのに、あえなく地面へ墜落した。
「やっぱり骨組みがあったか。この邪魔なのを捥いだら、少しは大人しなるんやろ!」
見た目には燃え上がる炎だったそれも、所謂鳥やコウモリの翼のように、骨格があった。
「くそっ! 炎上!!」
翼の火力が倍に跳ね上がる。これにはたまらず、幻望も翼を手放すしかなかった。
再び飛び上がる幹也。
「流石は暗殺者、背後をとるのが上手いですね。でも、次はそういきませんよ。照陽術 小鳥の夢!」
翼の中から鳥の形をした炎が一羽飛び立つが、その術を見た幻望は対策をとらずに呆れかえった。
「なにが鳳凰や、洒落臭い。ぱちもんやんか。そっちの噂もほんまやったか」
暁家には鳳凰の末裔という“メジャーな噂”の他に、まことしやかに囁かれる噂もあった。それは、実は鳳凰でなく、ふらり火の力を魂に取り込み、手に入れた力であるというもの。魂にアクセスする技術は、認可を受けた一族・一門以外では禁呪とされている。既に管轄外となった関西ではどうでもいい話だが、旧来の呪術界では、そんな術に手を出していたと知られたら、魔呪局に見つかり直ぐさまお取り潰しだろう。そう考えれば、嘘をついていたことにも理由が付く。まあ、鳳凰は虚言が過ぎるだろうが。更に言えば、「小鳥の夢」はふらり火の能力である。詰めが甘いと言えばそれまでだが、追尾性能を有した小鳥型の火の粉を形成するためには、このワード以外では上手くイメージが作れなかったのだと考えて相違ない。
「焦って損したわ。ええこと教えたる。追尾性能ってのはなぁ。こうすれば消えるんやで!」
幻望が鳥の背後に木刀を投げると、鳥はそのまま真っ直ぐに飛び、墜落した。
「んな!」
「追尾って言うことは、無意識にでも操作せなかん。伝来の術なら、術式にその辺も組み込まれとるから、若手の術者になればなるほど知らへんことも多いけどな。まあ、操作するってことは、電波が出とるわけやないから、すなわち霊気・霊力・呪力なんかで繋がりを保っとるわけで、そないな事が分かれば、それを断ち切ったるだけで、どうとでもなるやろ。考えが及んでなさ過ぎやな」
幻望の解説に、ワナワナと震え出す幹也。
(お、ついにプライドが傷ついて、本性出すか?)
しかし、期待とは違った。
「さ、流石です!」
感激の余り震えていたらしく、目を輝かせ、胸の前で手を組んでいる。
「ほんま、どいっつも、こいっつも、イラつかせるなぁ。まあ、えい。準備は整った。丁度試したいもんがあったんや」
「灯籠流し」と呟きながら、手のひらに息を吹きかけると、煙が一点に集中するように流れていく。術の働きに注意しながら様子を見守る暁。二人の目の前で煙に釣られた室内の空気が渦に巻き込まれ流れていく。それは段々とつむじ風に変わり、最後は竜巻のようにうねり出した。
(巻き込まれる!)
暁がそう悟った時には、もうすべてが手遅れになっていた。
「え、あ、うわああああああああ!」
空中に居た幹也は灯籠流しの竜巻に吞まれ、地面に叩きつけられる。風に揉まれた翼の炎は、すっかりが鎮火しており、骨組だけを見せたまま伸びている。
「う~ん。やっぱ立ち上がりが遅いなぁ」
幻望は、不満足げに呟着ながら、遠くに落ちていた匕首型の木刀をゆったり取りに行く。拾い上げ、暁に近づくと、律儀にそれを首に当て
「終わりや」
と囁いた。
*
バシャッと水を被せられ、「冷たっ!」と言いながら目を覚ます暁。
「あ、あれ、俺……?」
「お前の負けや」
その言葉を裏づけるように、文月と黒姫がコクリと頷く。
「くっそ~。やっぱ、強ぇえ」
頭を掻きむしる素振りをして頭に手を伸ばした暁は、坊主頭であった事を想い出し、行き場を失った両手で頭をなで回している。
「じゃなかった! 幻望さん! 俺、見込みありますか?」
「今のところは皆無やな」
「そ、そんな~」
悔しさを通り越して絶望に包まれた幹也は、体操座りで顔を膝頭に埋める。本当に感情が忙しないヤツやなと思いながら、幻望は小さく嘆息した。
「幻望。面倒だからって、嘘は良くない」
「そうだよ、幻望。私から見ても、結構五分五分に見えたけど」
文月と黒姫からすると、今の手合わせは見応えがあったらしく、どうせ幻望は面倒くさがって幹也を振り払いたいだけだと思ったらしい。
「どこが五分五分や! へっぽこ黒姫は、目も節穴か!」
「あ~~。聞きたくないこと言った。妾にまたへっぽこって言った」
プリプリと怒る黒姫を無視して、その訳を話し始める幻望。
「はぁ。先ず、俺の術は匕首がかなり重要なんや。手の内は晒したくないから詳しくは言わんけど、ほれ、今俺はこの木刀で戦っとったやろ」
手で弄んでいた木刀を差し出しそう言うと、女子2人は確かにと首肯した。
「そんで、暁側やけどな。お前、半グレ集団と抗争したりするとき、その翼見せるだけで、まあまあ恐れ慄かれとったやろ」
ギクッと体を揺すり、言葉に反応する幹也。
「やっぱそうか。まあ、確かに半端な奴らやったら、それだけで十分牽制にはなるかも知れへんけどな。大家や名家みたいな奴らの前では屁でもないねん。実際、世間を騒がせとる白鬼は本物の鬼気を纏う。お前、ほんまもんの鬼を前に、その翼だけでどうにか出来るのか? どうせ、半端もんびびらせて、胡座かいとったんやろ」
「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないですか~」
図星を突かれに突かれた幹也は、既に心神喪失まっしぐらといった様子だった。
「まだ終わってへんで」
「まだあるんですか?」
「幻望。もう、暁のライフは残ってない」
「知るか」
文月のフォローも無視して、先を続ける幻望。
「胡座をかいたお前は、自分の術を過信しすぎた。その結果が、現状や。自分の術の仕組みも理解しとらんから、つけ込まれる、見破られる、打破される。せっかく鳳凰の末裔なんていうでっかいハッタリがあんねやから、ちゃんと使ったらんと、ご先祖様に失礼やろ」
「ハッタリ……?」
本気で知らないという風に、首を傾げる暁。
「それも、知らへんのか。はぁ。これやから、半グレ集団ちゅうのは嫌いやねん。呪術を甘く見とる。ええか? 文月が使う新世代の術だってそうや、呪術ってのはな、太古の昔から連綿と続く技術の結晶なんや。ちゃんと過去に敬意をはらって、暖めて、次代へ繋がなあかん。そうせんと、そもそも分母が小さいねんから、直ぐに絶えてまう。お前みたいな半端もんが、呪術界を悪い意味で壊すんや」
「……」
幻望に詰められ、顔面蒼白を通り越して、透明になりかけている暁。
「な、なら! 幻望さんが俺にその、れんめん? を教えてくださいよ!」
勇気を振り絞って言い放った言葉さえ、幻望には届かなかった。
「すぐ他人に頼ろうとするところが、あかんねん。呪術は秘技や。その家のもんはその家のもんにしか分からん。ウチが門下をとらんのも、そういった精神の下ってのもある。勿論、門下をとっとる家にも、その家なりのやり方ってもんがあるんやろうけど、俺は知らん」
「そんな……。それなら、俺は、どうしたらいいんですか?」
「家に帰って、きちんと自分と、自分の呪術と向き合え。沢山文献を読み漁るなり、親に聞くなり、本家に出向くなり、我武者羅になんでもやんねん。どういう経緯でその術が生まれ、育まれ、今自分は何を扱っとるんか、ちゃ~~んと理解するんや。話はそっからやな」
「そうすれば、弟子にして貰えるんですか?」
「せやな……。まあ、また手合わせくらいなら付き合ったるわ。けどな、そこまで行けたんなら、お前はきっと強くなる。俺なんか要らんくらいにな」
「分かりました! 俺、もっと精進します! 次は負けませんよ!」
バッと立ち上がり、それだけ言うと幹也は猛ダッシュで帰っていった。
「幻望。ごめん。私の昔の仲間が」
「ええんやで。あれくらいのガキは元気な方がえい。でもまあ、末恐ろしいというか。アイツがきちんと理解し、想像力を発揮させたら手に負えんくなるかもなぁ。怖いわぁ」
「そう言いつつも、なんか楽しそうだね」
「ん? そうか?」
黒姫にそう指摘された幻望は、なんだかおかしくなり笑った。声を上げて笑った。彼の少年の未来を案じて。
どうも。暴走紅茶です。
今回もお読みくださりありがとうございます。
やさしい春に触れられたと思ったら、直ぐさま厳しい極寒に逆戻り……指先は冷え切り、吐息は白くなる前に吸うのさえしんどい……。東京でこんなんですから、雪深い地方の方はもっと大変なのでしょうね。ご自愛ください。何卒。
がくぶるがくぶるまた次回ブルブル……




