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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第2部 第一章 殺しはキライ

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11話 兎の少女と黒い少女

「……」

 朝日が照らす通学路を、(ちょう)ヶ(が)(すみ)(げん)(ぼう)が神妙な面持ちで歩いている。

(取引、かぁ……)

 幻望は昨夜の一件を思い出していた。その取引内容は彼にとってかなり好条件であり、また蝶ヶ澄にとってはかなり不都合な内容だった。正直、本当の所で家の事などどうでもいい幻望は、かなり揺れている。それでも、次期当主候補の1人として、簡単に決められることでも無かった。

「ああ~。俺にはまだ早いわぁ~~」

 ガシガシと髪の毛を掻きむしり、雑念を晴らそうと試みるも、何度も何度も、昨夜のことが思考する度、意識にまとわりついて離れない。

「それにしても、簡単に死なへんなんて。五家の末席なんてあなどっとったら、痛い目みるな。アイツら、どうみても本気やなかった」

 取引だけではない。昨夜の会敵自体も、対面戦闘に難を感じている彼にとっては重大な出来事であった。今まで以上に自分の弱さを浮き彫りにされたようであり、気持ちが余計に急いてくる。

 もっと言えば、昨夜玉(たま)(ずさ)(くろ)(ひめ)に言われた、「幻望! なにしてんの? いつもみたいに、匕首でどうにかしちゃってよ! なんで大人しく捕まってるの~」だって、自分の強さに自信を持っていたら、鬼気(きき)に対応するチカラを持っていたら、彼女の言うとおり――

「なに、なやんでるの?」

「ん? 昨日な……!!」

 余りにも自然に、さも当然であるように話しかけられたせいで、つい秘密を零しそうになった幻望は、慌てて口を噤み(つぐみ)、隣を見る。

「お、お前! なんで!?」

 隣に居たのは、一昨日の夜に出逢った少女、朝倉文月(あさくらふづき)だった。

「強いひとに、従うのが、わたし流」

「いや、それより、なんでここに」

「言ったでしょ。私はどこにでも居るけど、どこにも居ない」

「はぁ……」

 厄災はいつまで続くのだろうか。この状況を終わらすためにも、早く学校に着きたい。だが、その願いはいとも簡単に崩される。

 面倒くささの只中(ただなか)に居る幻望は、改めて朝倉の格好をきちんと見る。彼女は先日同様うさぎの耳が付いた白いパーカーを羽織り、そのフードを被っていた。だが、その中に着ていたのは、

「はぁ。お前、中等部か~」

 幻望の通う香呂学園(こうろがくえん)の制服であり、彼とは異なったブレザーの色が、中等部であることを物語っていた。本名や術についての事前資料をもらっていたが、そこには学校の情報までは載っていなかったから、まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかった。

「お前じゃない。ふみって呼んで。それと、あんまりじろじろ見られると、恥ずかしい」

(何顔赤くしてんだ、こるぁああああ!)

 面はゆそうに(てのひら)で頬を隠す文月に対して、まるで弟の宵月(よいづき)のような口調でキレそうになる幻望だったが、なんとか堪えると、平生を装う。

「お、おう。ふみは、どうして俺の正確な居場所が分かるんや?」

「わたしに興味をもってくれるの? うれしい」

(イライライライライライライライラ……)

 もう既に毛細血管が何本かブチブチ切れていたが、年下の女の子にキレ散らかす恥ずかしさを思えば、まだ踏みとどまれた。

「あのね、わたしの術は、え~と、子どものお遊戯をモチーフにしててね。その中でも影踏みっていう術を使うと、こう、呪力(じゅりょく)をこめて、意図的に影を踏んだ相手と、自分の影をくっつけられるの。だから、どんなに離れても、影の中を通れば、直ぐに会えるんだ」

 もじもじと照れながら嬉しそうに話す文月に、またしてもイライラが募る。

「呪いやんか……」

「え?」

「なんでもないで~」

「なんでもなくない。そんなに影を踏みつけても、術は私にしか解けない」

 言葉や表情は平生を装えても、行動までは隠しきれなかった。


 *

 

 香呂学園の高等部と中等部は、道路を挟んで向かい合わせに建っており、校門が異なっている。しれっと高等部に着いてこようとする文月を引き剥がした幻望は、ふらふらと憔悴した様子で昇降口に向かう。

「おお、朝からお疲れじゃん。どしたの?」

 同級生に肩を叩かれ、力が抜けた幻望はそのまましゃがみ込んだ。

「え? 大丈夫か? 保健室行くか?」

「だ、大丈夫や……」

 弱々しい声音で、そう応えた。

 その後、授業中も短い休み時間も、朝倉が現れることはなかった。さすがに高等部へ忍び込むようなことはしてこないのかと、素直にそう思って安心しきっていた。だがそんな考えは、油断以外の何ものでもなかったと思い知らされることになる。

 昼休みに購買でパンと牛乳を買い、中庭のベンチに腰を下ろした時のこと。

「ヤキソバパン? わたしも好き。でも、わたしはお弁当」

「お、お前!」

「お前じゃない、ふみ。それに、お弁当はあげない」

「要らんねん」

 声に驚いて隣を見ると、ベンチの空いていたスペースに、お弁当を抱えた朝倉が座っていた。

 普段、校門は閉め切られており、守衛さんに話しかけない限り開門されないはずで、たとえ中等部の生徒だったとしても、簡単には入って来られないはずだった。だからこそ、平穏を手に入れたと思った幻望は、ゆったりと自分時間を謳歌できると暖かな中庭のベンチに腰を降ろしたのに。

「あんな、ふみ。ここは高等部やで? 中等部のヤツがフラフラしとっていいわけないやろ?」

「知らない」

 そっぽを向いて幻望の言葉が聞こえないふりをしながら、てらてらとしたタレが絡んだミートボールを口に運ぶ。幻望の絶望などどこ吹く風と、朝倉は小声で「うまっ」などと呟いている。

「知らないってことないやろって、ちょ、こっち向き!」

「いや! べつに、居ても居なくても同じだから」

 幻望はその一言で、なぜ今彼女がここに居て、あのときあそこに居たのか。何となく、思い込みかもしれないが……何となく理解した。

「はぁ。まあ、メシを食う場所くらい好きにすればええわ。ただし、俺と約束しいや?」

「約束……? はっ!? ちょっと待って、まだ心の準備、できてない。いや、それに、中学生だし。あれ? 16歳って、もういいんだっけ? あ、わたしまだ14歳だ。あわあわ」

 何を勘違いしているのか、あたふた取り乱し始める朝倉。弁当を脇に置くとフードを脱ぎ、髪の毛を整える。照れて赤らんだ頬と、普段よりも潤いを増した瞳を幻望に向けた。

「何あわあわ言うてんのか知らへんけど、俺の後を付けてくんのやったら、約束は守ってもらわなあかん」

 いつもと違う様子で固まる朝倉を、()()に無視して先を続けようとする幻望。彼女も冗談パートを諦めたようで、いつも通りの感情が希薄な表情に戻った。

「いや、っていったら?」

「無理矢理にでも引き剥がす。例えば……そうや、手足を切り落とせば、家から出られへんやろ」

 不意に殺気を向けられ、朝倉の背筋にゾクッと悪寒が走る。

「分かった。守る」

「良い子や。じゃあ、先ず1つ、仕事中は近づくな。2つ、家には来るな。3つ、自分の身は自分で守ること。ええな?」

「うん」

 そういって、朝倉は短く小さな小指を差し出した。しかし、それは彼の視界に入らないまま、言葉が続けられる。

「あとな、先生に怒られたら、ちゃんと中等部へ帰れ」

 そういいながら後ろを親指で示す幻望。朝倉の瞳には、先生がこちら目がけて走って来る様子が映し出された。


 *


 文月に纏わり付かれながらの帰り道、公園を通りかかったところ。その入り口に1人の少女が立っていた。

「あ、幻ちゃん。おかえり……って、誰、そのオンナァ!?」

 それは昨日、駄々をこねて帰らず、蝶ヶ澄家に泊まっていった四国住まいの玉梓黒姫だった。

「はぁ……」

 本日何度目か分からないため息を吐く。

「俺、女難の相とかでてんのかな……。あ、ちゃうわ。あの母と姉の元に生まれた時から、女難や……」

 もう落とす肩もなく、腰が砕け、その場にへたり込んだ。

「幻望。この人、誰?」

 文月が負けじと黒姫の睨みに対抗していた。

 

「――と、言うわけで」

 一度落ち着いてお互いを紹介しようと、公園のベンチに腰掛けていた。

「「なるほど。幻望のストーカーか」」

 2人の声が揃った。

「もう! なんでそうなるんや!」

 頭を抱え、髪の毛をわしゃわしゃかき乱した。

「落ち着いて、幻望。今はわたしがついてる」

「落ち着けるか~!」

「幻ちゃん。こんな子置いて、もう帰りましょ? ほら、お菊さん達も待ってるんじゃない?」

「お前は、いい加減四国に帰り」

 泣きそうになりながらも、キッパリと黒姫に告げる。いちばん話をややこしくしているのは、中学生のくせに堂々と学校をサボって大阪に居座る黒姫のような気がしていた。いや、勝手についてきている文月も……か? 

 もう幻望の脳みそは、思考がグルグルしていて、白鬼との取引で悩んでいたのが遠い過去のようだった。

「家にお泊まりって、どういうこと? 黒姫は幻望の何?」

「何って、お、幼馴染みだけど」

「ふーん。って、ことは他人か。幻望!? 他人は家に招くのに、わたしはダメってどういうこと?」

(わらわ)は他人で、お主は違うのか!? どういうことだ、幻望!」

 やいのやいのと(たか)られて、幻望はもうため息も出なくなっていた。

「その基準で言えば、2人とも他人や」

 急に2人は押し黙り、悲しそうな表情を作るものだから。

「あ、いや、今のは言葉の綾というか……」

 根が優しく作られている幻望には、もう手に負えなかった。

 しかも、そんなところへ。

「み、見つけた!!」

 学ラン姿で坊主頭の男子が幻望の元へ駆け寄ってくる。制服からして別の学校であることは明白であり、知り合いに該当する人物が思い当たらない幻望は、その言葉が自分に向けられたとは露ほども思っていなかったのだが……。

「蝶ヶ澄幻望さん! 俺を、弟子にしてください!」

 その少年は、滑り込むように土下座すると、幻望に頼み込んだ。

「は、はぁ? なんや、藪から棒に。てか、お前誰や」

「俺ですよ! 俺、暁です!」

 それは、かつて――というか昨夜まで半グレ集団“夜明けの明星”をまとめていたリーダー、暁幹也だった。ただ、頭を丸めた今の姿からは、夜明けの明星を率いていた時の面影が無くなっており、その人だと気づけなかった。幻望は新たな災厄の登場に、思考を巡らすことさえ億劫になり、静かに天を仰いだ。夕方に差し掛かっても、まだまだ明るい夏の空は嫌みなほど青く澄んでいた。

「俺は、あの夜。月光に照らされながら殺気を放つアナタの強さに惚れました。勿論、あの時は仲間を守ることに必死でしたから、素直な行動を取れませんでしたが、日に日に……」

「日に日にって、まだ一日も経ってへんやろ!」

「お、ふみも居たのか! 弟子入りか!?」

 幻望のツッコミを無視して、かつてのチームメイトを見つけた暁は、嬉しそうに話しかける。

「だれ? 馴れ馴れしくしないで。近づかないで」

「あれ? 人違いだったか!? っかしいな~」

 暁は脳天気な言い草で、首をかしげる。

「お前、こいつと知り合いなのか?」

 自分の視界以外を無視するように、傍若無人な態度で振る舞う暁。その様子を見た黒姫が、小馬鹿にするように尋ねる。

「しらない。弱い人に、興味ない」

「弱ッ。ほら、幻望さん。どうか、この弱い俺に稽古をつけてください! 術師は、名家に入門する慣習があるはずです。どうか。下働きから始めますから!」

「ウチは、弟子なんかとっとらん。門下もおらん。分かったら去り!」

「なら、個人的にで結構ですので!」

「個人的にもお断りや! 俺は忙しいねん。お前にかまっとる暇ないわ」

「そこをなんとか!」

 なんと言っても引き下がり、足に縋り付いてくる幹也が鬱陶しくて仕方ない幻望は、一日募らせた怒りや苛立ちが臨界点を超え、針が振り切れ、そして全てに諦めが付いた。

「はぁ、しゃあないな。ほんなら、手合わせだけしたる。見込みがなかったら、帰るんやで」

「本当ですか!? やった~~~!」

 これ好機と、飛び上がりガッツポーズをとる幹也とは対照的に、幻望は度重なる面倒事に頭を抱えた。


明けましておめでとうございます。暴走紅茶です。

本年も何卒よろしくお願いいたします!!!


今回もお読みくださりありがとうございます。

2026年も沢山書いて参りますので!

沢山読んでいただけますと、めっっっっっっっっっっちゃ嬉しいです!!

よろしくお願いします!!


では! また次回!

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