15話 過去と判決
千羽家本家奥の間で、智鶴・百目鬼・智喜の注視を受けながら、竜子がゆっくりと語り出した。
「私の実家、十所家は先代求来里の代で栄華を極めました。ですが、十年前、仕事に出たきり求来里は戻らず、それ以来我が道場の門下生は1人、2人と去って行き、没落の一途を辿りました。今では門下生は居なくなり、私と父、武の2人暮らしとなってしまいまい、それだけで無く、猫柳家のお家番付もどんどんと位が落ち、先日とうとう道場と屋敷の半分を売りに出しました。収入も、道場の経営からアルバイトに転身した父と、なんとか戦力としてこの世界で仕事をさせて頂いている私の、微々たるもの。このままでは本当に生活も出来ないという時でした。私は仕事の帰り、それを読みました――
そうして、竜子の話は続いていく。
「あ~。疲れたのに、倉の掃除も頼まれるとはね。けど、少しでも稼がなきゃ」
15歳の私は仕事着のまま、猫柳家のお手伝いをかって出ていました。
倉には古今東西の化け猫伝説系書物と、呪術体系の巻物、呪具、他にも一般人にはガラクタにしか見えない様な物が整然と並んでいました。
「整頓するまでもないな~はたきくらいかけるか」
そうして、私ははたきでほこりを払って、箒で床を掃いて……と、ありきたりな掃除を続けていきます。
その時、ふと倉の中に『千羽家』というラベルが貼られた棚が目に留まりました。千羽家……猫柳家の更に上に位置する、『手出し無用の5家』の一角を担う大家。でも、当時の私には千羽家に対する知識など一切無く、気がつくと、その棚から巻物を一本取り出しました。
はっきりと覚えています。タイトルは『清涼市と千羽町』でした。その巻物にはここら一帯の地域について書かれていました。
(それを聞いて、智喜が口を挟まない事から、その巻物は公的なものだと分かる)
私は仕事中という事を忘れ、その書物に読みふけりました。幸い、掃除は殆ど終わっていたので、時間ギリギリまで読んでいても、又蔵様にはお叱りを受ける事無く、大体の情報を掴みました。
千羽には妖が集う……。中にはぬらりひょんという大妖怪までも。
私は家に帰ると直ぐに父の元へ向かいました。泥もほこりも払わず、部屋に飛び込んできた娘に、ぎょっとした様子を示しましたが、それでも何かがあったのかと、父は私に向き合い、居住まいを正しました。
「何があった?」
「私ね、やっと見つけたんだ」
「何をだい?」
「この家を建て直す方法!」
「何だって?」
父は僥倖と言わんばかりに、身を乗り出し、目を輝かせました。
「私、千羽の土地へ行く!」
「何だと?」
しかし、千羽の名が出た途端、父の顔には怒りの様子さえ浮かびました。
「その土地はね! 妖が集まるんだって! ここみたいに、もう妖も近づかなくなった所よりも名を上げられる! 仕事に行かなくても、仕事がやってくるんだ!」
呪術者は妖を倒し、名声を上げていくもの。それにも関わらず、契約術という、妖を従える特性上、妖が恐れを成して寄ってこない土地となってしまった事も、名がなかなか上がらない理由の一つでした。
「竜子、いいかい? 千羽というのはね、私たちのずっと上に居られる方々なんだ。うかつに近づくのは良くないよ」
「それでも!」
「妖の集まる土地なら他にもあるじゃないか」
「でも、どこも低級ばかりか、完全に区域が違って、ウチじゃ立ち入る事も出来ないじゃない!」
私たち弱小の呪術一家は、千羽家傘下の領地から出て仕事をすることを許されていません。限られた環境で名を上げるに、千羽の土地はとても魅力的に映りました。
この日は父と幾ら話しても平行線のまま、私は一旦諦めた振りをして、場を収めましたが、来る日も来る日も父を説得しました。父の中には千羽家が恐れ多いという事以外に、年端もいかない娘を一人別の地へ送る事への不安も感じられましたが、あの時の私はやっと見えた蜘蛛の糸を掴みたく、必死でしたから、父の思いも蔑ろにしました。
そして、結局受験には間に合わなかったものの、1年遅れて何とか許しを得、私は晴れて転校することになったのです。
「はい。十所 竜子と言います。よろしくお願いします!」
転校初日、晴れやかに挨拶をしましたが、同じクラスには智鶴さんの姉、智秋さんが居りました。完全に計算外でした。彼女から感じる霊気の質は私個人の物とは比べようもない物で、とんでもないところに来てしまったと内心焦りましたが、それでも大願成就のためには手段なんて選んでいられないと、自分を鼓舞し、先ずは千羽家の人を観察しようと、従者を向かわせた次第です。
後は皆様の知って居る通りの顛末で御座います。
重く、静かな雰囲気が、空気を淀ませる。
「そうか……それは難儀じゃったな。それでも、此度の立場を弁えん行動は簡単に許す訳にいかない。智鶴。この件はお前に任すと言ったが、家が絡むとそういう訳にも行かぬ。ワシが引き継いでも良いか?」
「はい」
智鶴は首肯する。
智喜はあごひげを撫で、思案する素振りを見せつつも、前から決めていた事の様に、スルスルと判決を言い渡した。
「では、判決を下す。十所竜子、貴様はこれより千羽家本家付きとして、仕事に入ってもらう、ここに猫柳家の承諾書もある。断るのならばその命、そのお家亡きモノと思え。智鶴、百目鬼、それで良いな」
そのまま取り潰されてもおかしくない状況であるのに、この判決。竜子は驚いた様子を示し、
「はい。ありがたき幸せに存じます。微力ながらもお力になれる様精進いたします」
と言いながら、深々と頭を垂れた。
「ちょっとまってよ。それじゃ余りにも刑が軽すぎない? だって、彼女は……」
智鶴が立ち上がり抗議を叫ぶ。
だが、彼女の袖をクイッと引く者が居た――百目鬼だった。
「きっと、智喜様にも、考えあっての、こと。俺だって、腑に、落ちない、でも、当主の判断、逆らうべきじゃ、ない」
彼は全ての目で竜子をしっかりと見つめながらそう言った。
「……」
目を伏せ、悔しそうに歯がみする。
「どうしても嫌なら、代案を出してみい」
「……分かったわよ」
ドスッと音を立てて座る。
そして、2人は渋々とした様子ではあったが、この判決を承諾した。
「では、明晩より、お前たちはチームを組み、仕事をする事」
「ええっ」
「何じゃ智鶴。また不満か? そう当主に刃向かってくるとなると、お前さんにも説教をしなくてはならなくなるが……」
「いや……その、今日の明日でってのは、気持ちの整理が……」
「千羽家の呪術者たる者、この程度で心が揺らぐ様じゃ、まだまだじゃのう。それに、お前さん、満身創痍じゃないか。明日からの仕事、百目鬼だけに任せる気じゃったのか?」
「くッ……」
そう言われ、顔を真っ赤に染める智鶴。
対して百目鬼はこうなってしまってはしょうがない、流れに身を任せようと言わんばかりに沈黙を貫いていた。
「では、竜子よ。もう一度問おう。この提案、お前さんはどう受け止める」
「謹んでお受けいたします」
「うむ。日々精進せよ」
「ありがたきお言葉」
こうして、監視者の一件は智鶴と百目鬼の心に痼りを残しながらも、幕を閉じた。
「……して、百目鬼。お主は竜子をどう見とる?」
話し合いの後、百目鬼だけ部屋に残され、智喜に尋ねられていた。
「……信用はしていません、戦力にはなると思います」
「何か聞こえたかのう」
「はい……。戦って、いるとき、少し、お母さん、と」
百目鬼が心の声を見透かす力を持っている事は、勿論智喜の知って居る所である。だからこそ、こうして百目鬼を残し、話を聞いているのだ。
「それに、彼女の話、別に千羽じゃ、無くても、いい。中部地方には、他にも、妖、多いところ、あります」
「そうじゃのう……」
「……何か、心当たり、でも?」
「いや、全くじゃ。……百目鬼よ」
「はい」
「今後、よっぽど竜子の奴が何かをしでかすとは思えんが、ちと見張っておいてくれな。それで、もし、何かを掴んだら、逐次報告してくれ」
「……分かりました」
こうして、千羽の闇夜に新顔が加わる事となったが、果たして、彼女の登場は智鶴にとって、いや、千羽にとって、吉と出るのか、凶と出るのか……。
どうも。暴走紅茶です。
先ずは謝辞を述べさせてください。
ついに、この小説、ブックマークが二桁になりました! 本当にありがとうございます。評価の方も70を越え、三桁も夢じゃなくなってきております。これはもう偏に読んでくださった皆様のおかげです。
改めまして、ありがとうございます。
作者は嬉しすぎてルンルンです。
それでは、本題に入ります。
これであと第一章『操られた妖』も残すところエピローグだけとなりました。(エピローグも本日公開です)
まだまだ解き明かされていない謎や、提示されていない謎が残っております。早速来週更新から第二章に入っていきますので、引き続き、お楽しみに!
では、続きはエピローグにて!