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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第2部 第一章 殺しはキライ

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5話 情けない勝利

(もう一度切り裂くために、隙をつくらねば!)

 (ちょう)ヶ(こ)(すみ)(まぼろし)(のぞみ)は、自前の脚力で(うぐいす)(だに)(みのる)(つぎ)の素早い攻撃を避け続けていた。瞬脚を使って再度飛び込んでも良かったのだが、1度見せた技術が2度通用するか自信がなかった。幾度も幾度も避けては弾き、避けては弾き、つばぜり合いも何度か起こった。

「あーもう! これやから対面戦闘は~」

 そんな攻防の末、最後の攻撃と構えた時だった。


「おい、幻望。何をしている?」


 ここに居るはずのない、凜とした声が降ってきた。

「ね、姉ちゃん!?」

 驚き仰ぐ視線の先、信号の上には、幻望の姉・(ちょう)ヶ(が)(すみ)()()が立っていた。

「あ、兄ちゃん。やっぱ対面戦闘してる。マジうける~。ザコじゃ~ん」

 そのすぐ隣、青い道路案内標識の上で器用にしゃがんでいるのは、4つ下の弟、(ちょう)ヶ(が)(すみ)(よい)(づき)だ。

「宵月まで、なんでや!?」

「母さんが、牛乳買いに行くついでに、帰りが遅いお前の様子を見てこいと」

 この家族、全員話し方が違う。関西弁に染まっているのは、幻望だけであった。ただ、お使いのついでに暗殺の様子見とは。何とも規格外な一家である。

「かあちゃん。牛乳待っとるんか。ほんなら、さっさと帰らんとなぁ」

「手助けはいるか?」

「ぬかせ。この程度の雑魚相手に、俺が遅れをとるわけないやろ」

 家族の前では弱音を吐かない。もしも、弱音を聞かれたときに、どうやって根性をたたき直されるか、判ったのものではないからだ。

「強がれるだけ、まだ元気じゃんー」

「うっさいわ、ボケッ」

「誰が、ボケだ!? 誰が!?」

 いつも通り声を荒げる弟は無視して、幻望は得物を握り直す。

(そもそも、俺は対面戦闘向きの術なんて、知らん。そういうときは、工夫ちゅうもんをせなかんなぁ)

「暗殺術 夢見灯籠 宵の口」

  幻望の周りを煙が漂い始める。

「ふん。ソンな技、もう効かん」

 妖は、強気で幻望の出方を覗う。あれを吸わなければ良いだけ。切られなくてはいいだけ。簡単なことだ。とそう確かに思っていたのだが。

 ()(ゆう)(しゃく)々(しゃく)と、針金ネズミが攻撃の予備動作に入る。だが……

 幻望はその煙を、自身で吸い上げた。

「ええ!?」

 この行為には、流石の針金ネズミも驚きの声を上げた。上げてしまった。それが隙になった。

『パンッ パンッ』

 眞名の手元から、渇いた銃声が響いた。その音と同時に、宵月が飛び出す。

「暗殺術 月輪(つきのわ)

 1メートル以上はあるかという太刀を2房両手に持ち、ぐるりと回転した。暗殺術とは思えない程の派手な攻撃に、全ての針金が切り裂かれる。

「余計や、全く……」

 呟いた瞬間、幻望の姿が消える。

 同時に、鶯谷の首が空高く飛び上がった。

 妖は、攻撃を認知する刹那すら、悲鳴を上げる瞬間すら、許されなかった。

 瞬脚を超えた高速移動。それは夢見灯籠 宵の口の成せる業。

 夢見灯籠を喰らった者の大多数は、それが幻覚を見せる技だと思うだろう。その認識自体に間違いはない。ただ、これは解釈の違いだった。

 幻覚を見るとはどういう状況か。それは、脳に異常をきたしているということ。脳が体に反するということ。では、それを自分で吸い上げ、自己暗示を掛ければ? 脳が“できる”と誤解して、体が能力以上の力を発揮するのではないだろうか? 幻望が今まさに行ったのが、それである。

 そう。ただでさえ早い彼の瞬脚を、刹那の早さまで引き上げたのだった。

「あ、もう無理や」

 リミッターを超えた移動は負荷が酷く、両足の筋繊維は引きちぎれ、首を跳ね上げた右手の骨にはひびが入り、使い物にならなくなっていた。

「無茶をする。宵月、撤収だ。掃除屋に電話を」

「はいはい。分かってますよ~っと」

 宵月が、スマートフォンを耳にあてがった。


 *


「ん、んん……」

 幻望が目を覚ますと、そこは自宅だった。カーテンの隙間から差し込む明かりに、昼過ぎだという事を知る。

「イテッ……て……」

 全身に巻かれた包帯が、昨夜の苦戦を物語っていた。

「俺も、まだまだやなぁ。あんな程度のトリツキに、苦戦するやなんて」

(暗殺だけやと足りん。もっと、対面戦闘の技術を上げんと。この先戦争になったら、足手まといになってまう。いや、もっと間近、元五家第伍席(もとごけだいごせき)(はく)()と戦闘になったとき、俺は勝てるんか――?)

 自分の脆弱性に嫌気が差してくる。姉は既に業界で名が知れ渡っており、指名の仕事も増えてきている。弟は暗殺技術を磨く気があるのかさっぱり分からないが、強くなってきていることは事実。上を追いかけ、下に恐怖する。

「真ん中ってのは、どうしてこう、しんどいんやろなぁ」

 弱音が口から零れた。

 と同時に、襖が叩かれる。

 しまったと思った。もし、今のが聞かれていたら、躾けという名のほぼ死に近い苦痛が――

「ぼっちゃん、目が覚めたんですね」

「なんやぁ。お菊かぁ」

「なんやぁ。とは何ですか?」

 襖を開けて入ってきた女中のお菊は、憤慨したというよりは、ただ単純に意味が分からないといった表情を浮かべながら、脇机の湯飲みに麦茶を注いだ。

「いや、べつに……」

「昨夜は災難でしたね」

「ほんまや。災難てゆうか、最悪ってゆうか」

 昨夜の事を思い出しながら、幻望が手を握ったり開いたりしている。

「今朝方、古田整骨堂さんがいらっしゃって、骨は取り敢えず元通りと伝えてくれと」

「ほんま、あのおっさんは凄いなぁ。粉砕骨折以外は簡単にくっつけてまうもんな」

 古田整骨堂は、蝶ヶ澄家お抱えの整骨院である。当主に口伝で伝わる医術は、あらゆる骨を自在に操る事ができ、幻望の発言通り粉砕骨折以外の骨の異常なら、簡単に治癒することができる。もちろん、裏の患者にのみ、限定の施術なのだが。

「さすが医院長先生ですね」

 手首の骨の罅が完治したと聞いたのに、まだ手を眺めるのを止めない幻望を、お菊が不思議そうに見つめている。

「どうされました? 違和感などあれば、もう一度医院長先生を呼びますが」

「あ、いいんや。大丈夫。昨日の夜の事をちょっとな」

 そんな発言を聞いたお菊は、「そういえば、ぼっちゃん」と小さく、悪戯っぽくニヤッと笑う。

「眞名お嬢様が、軟弱なヤツ。みたいなこと仰ってましたよ」

 冗談交じりにそんなことを言った。

「んなこと、わかっとるって……」

「……あら、坊ちゃんが分かりやすく弱気なのも珍しいですね」

 いつもなら「うっさい、あほ抜かせ」とか言いそうな所なのに。と、お菊は驚いた表情を見せてから、物足りなそうに眉尻を下げた。

「俺が、弱いのは、事実やから……」

 急に恥ずかしくなったのか、後半の言葉を尻すぼみさせながら、寝返りを打ち、お菊に背を向ける。負傷していたところがベッドに触り、痛みを感じたが、声は漏らさなかった。

「ああ、そう言えば、これは独り言ですが、今日は(かな)()お嬢様、お元気そうでしたよ」

 無言のまま、幻望は再び寝返りをうつと、お菊の顔を見つめた。

「ふふ。では、失礼します」

 嬉しさをこらえた幻望の表情につい笑みを零すと、お菊は小さく辞儀をして部屋を出て行った。

 襖が閉まったのを確認すると、幻望はもぞもぞと起き上がる。そう言えば昨夜風呂に入っていなかったと、着替えを持って立ち上がった。


 *


 蝶ヶ澄家当主、(ちょう)ヶ(が)(すみ)()(はや)が虚空を見つめている。

 ここは蝶ヶ澄家の地下にある当主の間。千早か、千早に招き入れられた者以外、近づくことすら禁じられている。肘置きに体重を預け、足を投げ出し、艶やかな様でそこにいる彼女は、煙管(きせる)を口から離すと、静かに()(えん)を吹き出す。

「勝手に入ってくるなんて、無作法にもほどがありんす」

 他に誰もいない部屋で、誰もいない場所に話しかける。

「これはこれは、すみません」

 いつの間にか千早の目の前には、30代くらいの男性が1人立っていた。

(ものの)()様は今姿を現せませんので、私が代わりに参上いたしました」

「うぬが誰かという話ではありんせん。人を訪ねる前にアポイントをとるのは、常識でありす」

「とんだ失礼を。申し訳ございません」

 再び千早が紫煙を(くゆ)らす。

 黙ったまま値踏みするような千早の視線に、居心地の悪さを感じていた男は、急にカクンと膝が折れると、四つん這いになっていた。何が起こったのか脳が理解しようとしない。次第に思考がトロンと溶け始め、(めい)(てい)しているかのような感覚に陥った。

「ち、千早様……。この躾けもなっていない私を、どうか、どうか……」

 先程までの紳士的な態度が消え去り、意思とは反対に懇願を始める男。

「よいよい。可愛い男でありんす」

 千早に喉元を撫でられると、情けないほどに感極まった声が喉から漏れ、堪らない思いが(きょう)(せい)となって、喉元から零れる。

「それで、わっちに何でありんすか?」

「げ、げげ、現状報告を……んんっ、あっ。聞いて、聞いてこいと……」

「そんな必要ありんすか?」

「い、いいい、いえ……」

「物わかりの良い子は好きでありす」

 千早が耳元で囁き、額を人差し指で弾くと、男の体がビクンと跳ね上がり、地に伏した。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

なんだかんだ長々と居座っている小説家になろうも、UIが変わったり、流行が変わったり色々ありましたが、今度は収益化が始まるそうです。

今のところ迷ってますが、1回はどんなもんか使ってみたくはありますね。

迷う……

迷いながら、また次回!

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