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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第2部 第一章 殺しはキライ

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4話 引きちぎられた運命

 ……腹が、減った。

 女から腐卵臭すらしなくなったある日のこと、玄関の辺りからガサゴソと音がした。

 泥棒か、警察か、どちらにせよ、俺には関係の無いことだ。

 暫くして廊下の角から顔を出したのは、あの男だった。あの、俺の大切なヒトを死に至らしめた、あの……。

 男はすっかり変わり果てた女には目もくれず、真っ直ぐ俺の方に向かって歩いてきた。

(……おかしい。何かがおかしい。記憶と食い違っている気がする。こんな事あったか? 確か俺は、誰にも会わないまま、餓死して妖になったハズ……)

 にちゃやぁと気持ち悪い笑みを湛えた男の表情に、吐き気を覚えた。男はゲージを開けると、俺に向かって手を伸ばす。怖かった、恐ろしかった、それでももう、俺に逃げ回れるだけの体力はおろか、針を立たせる体力すら残っていない。あえなく男の手に掴まると、すっかり痩せた俺は尻尾をつままれ、()(すべ)()く体が宙に浮く。

(おかしい、おかしい、何か、おかしい)

 汚い男の指先で、腹が小突かれる。ブラブラと弄ばれたかと思ったら、ニタニタと笑いながら、体をむんずと掴まれ、一気に尻尾を引きちぎられた。

「…………かッ」

 乾ききった喉からは悲鳴も上がらない。視界が苦痛に歪む。喉の辺りから乾いた音が漏れた。気を失いそうになり、酩酊するように世界が回り始める。

 ――気がつくと、俺の体はハリネズミではなく、(うぐいす)(だに)の体になっていて、掴まれているのも胴体ではなく右足になっていた。

(なにがどうなっている? これは、夢か?)

 鶯谷の右足を持ち上げられるほど巨大になった男は、俺の右手をこちょこちょと触ると、右腕を引っ張り始めた。そして、なんとも嬉しそうな表情を作り――ひと思いに引きちぎった。

「うぉああああぁぁぁぁぁあああぁあぁぁ」

 鶯谷の体になったからだろう。潤いをもった喉から、空間を引き裂くような絶叫が飛びだした。滝のように血が流れた後、心臓の鼓動に合わせ、一定のリズムで血が噴き出し続ける。

 止めてくれ、やめてくれ、ヤメロ――――

 耳をちぎられ、目を潰され、毛を(むし)り取られた。意識が飛びそうになる度に、新たな部位に刺激を与えられ、気絶することすら許されない。何度も何度も叫べども、男の手は止まらず、俺の体をなぶっては、嬉しそうに、気持ちよさそうに体を(よじ)らせるのだった。

 意識が遠ざかる中、考えることはひとつだけ――

 

「憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……! 人間なんて、人間なんて、駆逐してやる……!!」


 *

 

 幻覚に囚われていたハズの鶯谷が絶叫を上げた瞬間、その背中が盛り上がると、皮膚を突き破り、無数の針金がまるで間欠泉のように飛び出す。

「お目覚めが早ないか!?」

 驚き慌て、吹き上がる針金を見上げる(げん)(ぼう)。自分の術が破られたことを知ると、淡く紅い光を放つ匕首の留め金にふっと息を吹きかける。すると、その光がスッと消え、辺りに漂っていた煙も晴れた。

 鶯谷こと針金ネズミは針金の束を筋肉繊維のように、腕に、足に巻き付け、巨大化。さらに、両腕の針金を触手の様に扱い、体を浮かせると、幻望を見下ろした。

「ニニニ、にんGEN、ここここここ、コロ……」

「おっかな……。自力で幻術解きよるなんて、やっぱトリツキは怖いなぁ」

 トリツキは現在、()(じゅ)(きょく)によって研究されている途中であり、詳しいことはまだ分かっていない。それに、何が分かったところで、西側――(ものの)()()(ちょう)ヶ(が)(すみ)()には、情報など入ってこない。問い合わせて命乞いをしたところで、結果は知れている。

「さて、どうするか」

 小屋の屋根はとうに破壊され、鶯谷はすでに屋外の上に大通りまで移動されてしまった。夜中だから車通りも少ないが、一般人に見つかるのも時間の問題。しかも、(けっ)(かい)はまだ張られていないから、無茶はできない。1度破られているため、再度幻術を試す価値は低い。

「万事休すか……これで終わりやな。こんな中級に殺されるんかぁ。想えば、嫌なことばっかの楽しない人生やったなぁ」

 そう呟きながら、しみじみと月を見上げたときである。

「ア゛!?」

 結界が張られた。

「あ~。このしょんない人生も終わる思たのに、針金ネズミもツイとらんなぁ」

 心の底から、残念そうに声を吐き出すと、地面を蹴った。

 瞬間、姿が消える。

 いや、正確には消えた様に見えるほどの超加速をしたのだ。これは、ターゲットの死角に素早く入り込むための技術。(あん)(さつ)(じゅつ)()()(しゅん)(きゃく)である。

 ただし、幻望は日々のトレーニングと持ち合わせた足のバネで、本来、一瞬、一歩のみ使える技術を、継続して扱う事が出来る。その様、まさに(しゅん)(かん)()(どう)(しゅん)(かん)(ざん)(さつ)

 トリツキが次に彼を認識できたのは、触手代わりにしていた針金が、すべて断ち切られた時だった。バランスを崩され、無様に落下しながらも、再び針金を伸ばし体を支える。

「それがナンだ!」

「『地面は沼地だ』」

 幻望がそう告げると、鶯谷の体を持ち上げていた針金が全て地面にめり込んでいく。踏んばることができず、攻撃に出られない。

「ならば、空に(おど)り出るまで」

 ビルを支柱に地面から体を持ち上げようと考えた鶯谷は、周りのビルに針金を突き刺し、力を込める。

「忘れとったわ。『地面は固まった』んやで」

「何を」

 嘲笑うかのように言い返す妖だったが、その言葉通り、足が地面に埋まったまま抜けない。沼のようだった地面は、既に元のアスファルトに戻っていた。

「物体に干渉するチカラだと!? キサマの術は、ゲンジュツではないのか!?」

「よく喋るようになったなぁ。万事休すか? お?」

「黙れ!」

 相変わらずヘラヘラとした口ぶりだが、反面、状況を把握すべく脳はフル回転していた。

 動けないなら、動かず戦うのみと、体から()(やみ)()(たら)と針金を伸ばし幻望を狙う。針金は壁にぶつかる度に跳ね返り、四方八方、死角からも読めない軌道で迫り来る。だがしかし、幻望は一歩も動こうともせず、ただ匕首(あいくち)を握ったまま構えも取らずに呆れたような声を上げた。

「へぇ。すごいなぁ。『ここに壁がある』けどなぁ」

 その言葉通り、針金は幻望の半径1メートル地点で、不可思議に止まった。まるで見えない壁にでも遮られているかのようだった。

 このまるで言葉にすること全てが現実になるかのような術もまた、幻術の一種であった。その名前を「(ゆめ)()(どう)(ろう) (ゆめ)(うつつ)」。夢見灯籠 (まとい)という術で得物に煙を纏わせ、敵を切り裂く。すると、切り裂かれた相手は現実の中に夢を見始める。幻望の言葉が耳から入る度に、脳が現実を誤認。言葉の通りに現実が書き換わっているかの様に“錯覚”する。

 だから、先程の沼に沈む感覚も、そう見えているだけで、ただ体に力が入っていないだけだった。体が地面から抜けないのも、そう。壁に思えたのも、脳がそこで止まらなくてはならないと抑制をかけたから。

 言い換えるのであれば、相手の脳を操る術とも言えよう。ただし――


 「あぶねっ」

 壁を突き抜けた針金が、頬の薄皮を切り裂く。


――時間制限があった。

(チッ。攻勢に出る決め手にはならんかったか。もう一度切り裂くか……?)

 攻撃を避けながら相手と距離を取る。隙をついて瞬脚で近寄るも、相手がさらに興奮を増したのか針金がさらに堅くなっており、匕首の刃では致命傷と言える傷を負わせられない。

「何だぁ? ニンゲンってのは、結局ソンなもんか」

「ほざけ」

 とは言えども、既に手札は尽きつつあった。

(いっそ、夢見灯籠の煙で街ごと……いや、それやと気質(かたぎ)の人にも被害が出てまうし、そもそも、もうそんな(れい)(りょく)残っとらんな)

 幻望の幻術は確かに強力な術である。だが、それも“煙を吸わせられれば”のこと。屋外で、何度も術を破られている今、同系統の術を試しても無駄に霊力を消耗する未来しか想像できない。フィジカルにだけ頼るも限度はある。

(くそ……所詮は暗殺者、対人には不向きやな……)

「でも、やらなあかん」

 脳みそをグルグル回した後、腹をくくったように言葉にすると、霊力を放出し、(じゅ)(りょく)を練り始めた。

 そんな幻望の姿を見た針金ネズミも、これで最後と言わんばかりに針金を伸ばし、そして先端を鋭利に尖らせる。

 両者睨み合う。

 

「おい、幻望」

 

 その時だった。今ここに居るはずのない人の声が、空から降ってきたのは。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、誠にありがとうございます!!

先日大腸検査を受けてきまして。結果は良好だったのですが、それでも下剤飲んだり鎮静剤を打たれたり、ヘトヘトになってしまいまして……。改めて健康って大切だなと思わされました。皆さんは健康診断とかちゃんと行ってます? 以外と体は不調を言葉にしてくれないので、自分から歩み寄らないとなんですよね。自分の事なのに。難しい限りです。

そんな感じで、また次回!!

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