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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第2部 第一章 殺しはキライ

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2話 ブッキング

 幻望が学校から帰宅すると、式台に座りローファーを脱ぐ背後から声がかけられた。

「幻望様。お母様がお待ちですよ」

 その声は女中のお(きく)だった。彼女は本名を()(がさ)(きく)()という。女中をやっていなかったら今は大学生という年の頃であり、長く伸ばした黒髪のポニーテールが若さ故の瑞々しさと相まって“お姉さん”らしい美しさを秘めている。幻望とも主従というよりは兄弟のような間柄であった。樋笠家は古くから(ちょう)ヶ(が)(すみ)()に仕えてきた家のひとつであるし、もちろん節度は保っているが。

「母ちゃん? なんやろ?」

 幻望はローファーを靴箱に仕舞うと、廊下を進み、階段を降りていった。

 蝶ヶ澄家は千羽屋敷ほど大きな見た目はしていない。せいぜいが大きめな一軒家という佇まいの現代風な日本家屋である。恐らく元・五家の中でも1番小さく、新し目な外観だろうが、それは見かけのみであり、地下に修練場や当主の間が隠されている。それも、世界の裏のさらに深い部分、殺し屋を生業としているからであり、世の中に怪しまれず溶け込み、他人(よそ)にその事を悟られない為であった。

 地下一階、広間の奥。襖の前に立った幻望は、一言声を掛ける。

「母ちゃん、入るで?」

 中から返事が聞こえたのを確認すると、幻望は襖を開く。当主の間には花魁(おいらん)姿の母・蝶ヶ澄千早が座っており、手前に座布団が1枚敷いてあった。彼は何を指示されるまでもなく、そこに正座した。

「幻望。おかえりなんし」

「おう、ただいま」

 千早と幻望は血の繋がった親子であるが、訛りが違う。見た目も、千早が花魁風情なのに対して、幻望は一般的な男子であった。

 母は美しいという言葉が本当に似合う。とても19歳の長女を始めとした3児の母だとは思えない。例え法外に初潮を迎える12歳頃に身籠もっていたとしても、30歳は超えているはずである。なのに、どう見ても20代半ばかそれよりも若く見えるのだから、どんな手を使ってるのか分かったモノでは無い。幻望はうら若き少女の生き肝を食べて、若さを保っていると睨んでいるが、真相は藪の中である。

「早速で悪いんけど、お仕事の話でありんす。お昼頃、伊賀・甲賀の両里から、連絡がありんした。どうやら、(はく)()が近畿入りしたようでありんす」

 千早はそう言うと、言葉を切った。

 伊賀・甲賀は忍者の里であり、蝶ヶ澄の本流である。蝶ヶ澄家は元を辿ると、忍者の家系に行き着く。伊賀と甲賀がいがみ合う中、ひっそりと手を結び、より高みを、より暴力をと呪術師を巻き込み勢力を増していった一派こそ、蝶ヶ澄の始まりなのだ。そして時は流れ、今となっては伊賀・甲賀をしのぐ強さを手に入れた当家は、両家を傘下に従えている。

「え~っと、白鬼って言うと、あれやな。伍席の」

「そうでありんあす。幻望。判ってるとは思いんすが、今回のお仕事は、彼女とその仲間の暗殺でありんす」

「あ~なるほど。とうとう動くんやな」

「まだ戦争とはいかんよ。そもそも白鬼さんは、一門を勘当されてると聞きんす。ここで殺したとて、何の問題もありんせん」

「そういうもんかぁ? まあ、ええけど。それじゃあ、情報を」

 A4サイズの紙が数枚、束になった資料を千早から受け取ると、幻望はサッと目を通した。

「敵さんの一味には、探索術が得意な人がいんすから、気を付けておくんなまし」

 彼が見終わったことを確認すると、千早は注意事項を述べた。

「同じ元五家やもんなぁ。きっと強いんやろうなぁ」

「強くとも、弱くとも関係ありんせん。ただ、あんさんは闇に紛れて殺すだけでありんす」

「そうやな」

 元五家を相手取る不安と、仕事に対する憂鬱さが体の中で混ざり合い、幻望は苦笑いを零しそうになったが、母の手前、ぐっと表情を引き締めて部屋を後にした。


 *


 翌日、幻望は休日を利用して、蝶ヶ澄が当主をつとめる『(あん)(さつ)()(かん)』の傘下、忍術一族甲賀家が治める甲賀の里を訪れていた。

「どうも」

「おお、幻望ぼっちゃん」

「ぼっちゃんは勘弁しとくれや」

 そう言って出迎えてくれたのは、甲賀家の跡取りで年の頃も近い、甲賀夏來(こうがなつき)だった。

「ささ、用事あるんでしょう。中へ」

 関西弁を思わせるイントネーションで、家へと促された。

 

 屋敷の中はクーラーが効いており、涼しかった。

「スミマセン。オヤジ、今日は忍者の里の方で」

「ああ、そうなんや。表の仕事もある家は大変やな」

「いえいえ。実入りの悪い世の中ですから、こうして仕事にありつけるだけでも、しあわせですよ」

 伊賀・甲賀は表の世界でも一際有名な忍者の一族。里の近くに観光地として、忍者のあれこれを学び、体験できる施設を運営しているのだ。その実かなり人気な施設であり、土日などはお客さんが絶えず、甲賀の当主・(こう)()(さぶ)(ろう)()()(もん)も今日はそっちで仕事をしているとのことだった。

「それで、幻望様がいらっしゃったのは、どんな訳で?」

 幻望の前にお茶を出した夏來は、特に許可を取るでもなく、机を挟んだ対面に座った。

「さっき、伊賀の方でも聞き込みして来たんやけど、白鬼が出たって?」

「ああ、その事ですか。ええ。あれは先日のお昼頃です。山の中で()()を感じた者が居ました。鬼気を発せられる鬼などそうそう居ません。近畿で言えば(しゅ)(てん)(どう)()を始め数体。しかも、その殆どは封印されています。それに昼間だったことを加味して考えると、これは白鬼なのでは無いかという結論に至りまして、ご連絡差し上げた次第です」

「なるほどなぁ。別に目視なりなんなりで、本人を見た訳ではないんやな?」

「ええ、それは禍々しい鬼気でしたから、疑う余地もなくと言うわけで」

「そやな。確かに白鬼の線は濃厚やな。けど」

「けど?」

「白鬼以外にも鬼気を扱える呪術師はおる。たとえば、東北の()(どう)()とか、近畿にも()()()とか、(はた)()()とかおるやろ? なんで白鬼と断定できるんや?」

 幻望は腕を組んで問い質す。

「そうですね。()(じゅ)(きょく)と対立してしまっている以上、()()(ちょう)で調べることはできませんし、ウチには(ねん)(しゃ)()(けい)(とう)の呪術師もおりません。けど、白鬼以外、今この里の近くに来る理由のある呪術師がいないのも確かです」

 鬼気帳とは、魔呪局が管理している『鬼気を扱う者の名簿』である。鬼気を扱う事には、常に鬼化のリスクが伴う。だからこそ、暴走したときに人物を特定するなどのために、その人の鬼気と名前を魔呪局に届けることが義務づけられているのだ。問い合わせれば、情報開示をしてもらえるのだが、ここは魔呪局の加護の届かない近畿。その方法で鬼気から人物を特定するのは不可能である。

「けどなあ。まあ、現場を見せてもらおか」

 そう言って立ち上がる幻望。

「案内します」

 夏來は直ぐに立ち上がると、現場まで先導してくれるようだった。その背後で、幻望は思案を巡らす。

(確かに、真昼に鬼気と聞くと、白鬼の線は濃厚だが……)

 彼には引っかかることがあった。

(なぜ、わざわざ昼間に、鬼気を?)

 そう、白鬼の行動が不審に思えてしょうがなかったのだ。夜なら妖に襲われそうになったとか、戦闘になったとか、色々予測は立てられるのだが、昼間に妖が出ることは少ないし、わざわざ鬼気を使わなくてはならないような強敵に襲われていたのなら、もっと騒ぎになっているハズである。他には修行していたという考えもできるが、わざわざ近畿という敵地に入ってまでする理由が分からない。

(目的はなんなんやろ)

 そういった事を考えているうちに、鬼気を感じたという場所に着いた。先刻伊賀の里で聞き込みをしたときとほとんど同じ場所、両里の境界付近であった。

「やっぱり、ここか」

「やっぱり?」

 幻望は伊賀の里での事を話す。

「ああ、なるほど。合点がいきました」

 夏來の合点は鬼気の正体云々でなく、伊賀でも同じように報告が上がっていたことについてだった。

「流石に一日も経っとると、なんも痕跡がないなぁ」

「そうですね。念のため探索系の術者を呼びますか?」

「いや、そこまではええわ。ふむ……」

 眉間の皺を更に濃くする幻望に気がつき、夏來が心配そうな声をかける。

「どうかしました?」

「いや、現場に来たら何か判るかもなって思っとたんやけど、これはお手上げやな。妖の気配もここは薄いし」

「ええ、伊賀も甲賀も元から妖の湧きやすい土地という訳ではありませんから。それに、最近は迷い込んでくる妖もめっきり減ってます。これも、時代のせいですかねぇ」

「どうやろ? 俺には日本全体の事なんか分からんからなぁ」

 実際、“領地外呪術使用の禁”が解かれてからこちら、どこの傘下にも入っていない野良呪術師が、稼ぎ時だと言わんばかりに、妖を乱獲し始めているのは事実である。それに、妖と手を組み悪さをしている者もあると聞く。この里周辺の妖がめっきり減ったのも、そういうわけが絡んでいる可能性はあった。

 

 *


 屋敷に戻った幻望は、従者の一人、()(もん)(りょう)()から書簡を受け取った。それはターゲットの詳細情報であり、既に白鬼一味の討伐依頼を受けているというのに、更に仕事をブッキングされたことを知った。

「嘘やろ。こん忙しいときに。あのババア」

 書簡を握りつぶし、悪態をつく

「坊ちゃん。当主様にババアはダメです。殺されますよ」

「はん! 自分の母のハニートラップにかかったら、鼻からスパゲティ啜ったるわ!」

 千早の術は、(しき)(よく)(じゅつ)というもので、所謂ハニートラップで人を殺すタイプの暗殺者だった。だから、母に欲情する分けないと踏んでいる幻望は、強気である。

「あら、幻望。おかえりなんし」

 その時丁度、廊下の角から私服姿の母が現れた。だらしない部屋着に、適当に1つ結びにした髪を肩から垂らしている。

「お、お母様!? さ、さて、修行でもしようかな!」

 幻望は母の姿を見つけると、先程の威勢はどこへやら。驚き、飛び上がり、慌てて地下2階の修練場に消えていった。

 調子良く振る舞う幻望の背後に、亮二の深いため息が流れた。


 蝶ヶ澄家の地下二階は、トレーニング場と呼ばれる様々な器具が備え付けられた部屋と、修練場と呼ばれる広い武道場があるのみだ。ごく希に傘下の者が使いに来ることもあるが、今日は幻望の他には居ないようだった。

「さて、いつも通り始めるか」

 「過度な筋肉は動きづらくなる」という持論のもと、ベンチプレスのようないかにも高価そうな器具を無視して、フロアマットの上で自重トレーニングを始める。ウエアから覗く肉体は、鍛え抜かれたインナーマッスルで引き締まっており、無駄な脂肪が一切無かった。

 腹筋・背筋をはじめ、仕事をする上で必要な筋肉を鍛え、仕上げにストレッチでそれらの緊張を解す。

 これが毎日行っているルーティンであった。

 そのまま修練場に出ると、壁際に腰を降ろし、精神統一を始める。上がっていた息を整え、乱れた霊気を整える。暗殺者とは言えども呪術師である。肉体だけでは無く、霊気の扱いにも修練が必要なのだ。

 数十分はそうしていたか。のそりと立ち上がると、「今日はここまでやな」とそう言って、修練場を後にした。去り際、掲げられた2つの家紋を一瞥して、ため息を吐いた。


 *


 夕食後、仕事の時間がやってくる。

 格好は普段通り。ゆったりした黒いジーパンに、黒のTシャツ。妖専門の呪術師のような、いかにもな格好をしていると、周りの目に止まりすぎるから、なるべく街に溶け込めるスタイルで。彼の暗殺は、すでに始まっているのだ。

 玄関でスニーカーを履き、手入れの行き届いた相棒の匕首(あいくち)をベルトの腰の辺りに差すと、深呼吸。息をふぅっと吐きながら気配を薄め、玄関を後にした。


どうも。暴走紅茶です。

今回もお読みくださり、ありがとうございます。

ところで、先日の台風は無事にやり過ごせましたか? 東京は何とか大丈夫でしたが、急に消えたのには驚きましたね……最近なんだか災害も増えてますし、防災リテラシーを高めていきたい所ですが、なかなか胃お金がね……。

そんなこんなで、また次回!!

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